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システム論序説(10)近代世界システムの克服

1997年9月4日

近代世界システムは、ウォーラーステインの予想に反して、社会主義システムに移行しなかった。逆に、社会主義は崩壊した。中核と周縁へと差異化された近代世界システムは、今後も続くのだろうか。南北問題は、どのようにすれば解決することができるのだろうか。

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このページは電子書籍『システム論序説』の一部です。

1. 第一項 ウォーラーステインの近代批判

ウォーラーステインは、近代資本主義のみならず、近代科学も危機に瀕していると考えている[1]。ニュートン力学に象徴される近代科学決定論的で、「決定論は線形性、平衡、可逆性と結合することで、理論的な説明を“科学的”と言うための最低限の基準を形成した[2]」。要するに、近代科学は、A. 線形性と B. 平衡性に基づく、C. 超時間的、超歴史的な、D. 必然性、確定性を前提し、かつ追求したということである。このパラダイムは、以下のように現代科学においては揺らぎつつある。

  1. 近代科学は、世界を脱魔術化してこれを均質で線形関数によって計算可能な時空体にし、原子的単位から全ての出来事を機械論的に説明しようとした。線形関数では、全体は部分の単純な和であるが、自然界に実在するシステムでは、全体は部分の和以上である。このため、近代的な要素還元主義は限界に達し、代わって非線形の科学が求められるようになった。
  2. 近代科学では秩序とは平衡状態のことであり、ゆらぎはたんに秩序形成を妨害する攪乱要因としてしか見なされていなかったが、プリゴジンは、ゆらぎを通しての秩序形成、つまり非平衡状態における散逸構造の形成過程を明らかにした。生命や社会構造も「平衡状態から遠くはなれて維持される開放系システムにおいて自己組織化する[3]」。これは我々が第一節で確認した複雑性の増大による複雑性の縮減に他ならない。
  3. 近代科学では、力学的運動の方程式は時間の関数ではなく、したがって時間変数の正負は関係がないので、変化は可逆的であったが、熱力学の第二法則は時間を不可逆的過程にし、物理学を宇宙の歴史学にしてしまった。ここに“個性記述的”歴史学と“法則定立的”科学との対立は消え、プリゴジンは自然科学と人文/社会科学との「新たな同盟」を呼びかけた。
  4. 近代科学が理想としていた決定論は、二十世紀に量子力学によって否定された。ハイゼンベルクの不確定性原理はミクロな対象にしか適用されないが、マクロな対象に関しても、カオス理論が謂う所の初期値鋭敏性により、ミクロな不確定性がマクロな不確定性を帰結するバタフライ効果が認められる。このため、現在の科学は、決定論的な未来予測を避け、統計学的な確率論的アプローチを採っている。

ウォーラーステインは、以上のパラダイム転換に範を仰ぎつつ、A. 世界システム論というホーリスティックな分析枠組で、B. 米国の覇権の衰退という無秩序から自己組織化するポスト資本主義システムを C. 歴史の不可逆性において D. 予言ではなくて、予測する。

従来のマルクス主義は、階級闘争を国の内部で考え、「経済的社会形成が進歩してゆく段階として、アジア的、古代的、封建的、および近代ブルジョア的生産様式を挙げる[4]」唯物史観の公式を国ごとに個別に適用し、かつその進歩を歴史の必然とみなしていた。ところが、それだと、なぜ最も近代ブルジョア的生産様式が発達した英国が次の発展段階である社会主義的生産様式に移行しないのかとか、なぜアジア的生産様式のままだった中国が途中の発展段階をスキップして、社会主義的生産様式に移行できたのかといった疑問が生じることになる。そして、マルクス主義者たちの予言が外れることから、歴史はそもそも必然ではないのではないかという疑問も生じてくる。そこで、ウォーラーステインは、発展段階論をシステムとしての世界全体に適用し、歴史の進歩を必然とみなす決定論をも破棄した。ウォーラーステインが、決定論的な印象を与える「世界システム理論」という名称を使わずに、「世界システム分析」という言葉を使うのはそのためである。

ウォーラーステインによる個別的発展理論の否定をもう少し詳しく紹介しよう。1917年の革命でソビエト連邦が誕生し、革命がもっと先進的な資本主義国にまで広がらなかった時、なぜ社会主義革命は資本主義が高度に発達した先進国で起きないのかということが、当時からマルクス主義者たちの間で問題になった。

周知のように、マルクスもレーニンもそして他の誰も、“社会主義革命”が他のどこよりも早くロシアで起こるとは思ってもみなかった。マルクスはイギリスを有望な候補として多少とも予言していたし、マルクスの死後、[第二]インターナショナルの社会主義運動では、ドイツで起きるであろうという点で予測が一致していた。[5]

このような予測は、社会主義あるいは共産主義を資本主義の後に続く一国内の発展段階と考えるところから来るのであって、地球的規模の階級関係を考えれば、十九世紀のイギリスや二十世紀のドイツなどの先進国で最初に社会主義革命が起きることは、一国内でプロレタリアートに先んじてブルジョワたちが社会主義革命に立ち上がるのと同じぐらいありそうにないということはすぐわかるだろう。反対に当時先進国の植民地となっていた後進国では、グローバルな社会主義革命を起こすだけの力はなかった。革命を起こす必要のない先進国と、革命を起こすことのできない後進国との中間に位置する国が、最初に立ち上がったという地平的中間性の公式がここでも成り立つ。

ウォーラーステインは、自分の世界システム論を国別発展段階説に対置する。「ヘーゲル的な用語で表現すれば、発展段階主義者のパースペクティブは機械論的であり、これに対して世界システムのパースペクティブは弁証法的である[6]」。ウォーラーステインが自分の理論を「弁証法的」と形容するのは、彼が、フォン・ベルタランフィのように、部分に還元できない創発的特性を全体に認めることによる。

二十世紀のある時点で、ある国は資本主義社会の段階にまで到達していて、他のある国はまだ封建社会の段階に留まっているというのではなく、一方で豊かな「資本主義」社会が、他方では貧しい「封建主義」社会が立ち現れる両者の関係が、世界システムにおける資本主義社会なのである。それは、一国内で、資本家にまで発展した個人と労働者として発展途上にある個人が無関係に混在しているのではなくて、資本家と労働者という役割分担が生じる関係性が資本主義社会であるのと同じことである。

歴史の発展段階は、世界システム全体について語りうることであって、各民族国家がそれぞれ辿る段階ではない以上、中国のような封建社会は資本主義社会の段階を飛ばして社会主義に移行できるのかというスキップの問題も生じない。「もしも自然史という意味での“民族国家別発展”がないとするならば、そしてもし正当な比較の対象が世界システムであるなら、段階のスキップを問題にすることはナンセンスである[7]」。

「世界システムのパースペクティブ」からロシア革命の意義を考えてみよう。ウォーラーステインによれば、1914年におけるロシアは、工業国としては欧米列強の中では最弱であり、農業国としては非西洋の世界では最強であった。なるほど1890年代から、シベリア鉄道建設に伴ってロシアの資本主義は飛躍的な発展を遂げる。しかし当時石炭、石油、製鉄などの重工業部門や銀行はほとんどフランス、ベルギー、イギリスなどの外国資本の手によって握られていた。そしてロシア政府自体がフランスなどに巨額の負債を抱えていたことも考慮しなければならない。

それゆえ現在の我々の言葉で表現すれば、ロシアは中核における最弱であるか周縁における最強かのどちらかであった。もちろん両方であって、事実上、今日我々が半周縁国と呼んでいるものの実例であった。[8]

一般的に言って「上位にいる者[中核]は、自分たちの特権をより良く保持するために、常に三層[中核/半周縁/周縁構造]を存続させようとし、これに対して下位にいるもの[周縁]は、この同じ特権をより良く破壊するために、三層を逆に二層[少数の支配者対多数の被抑圧者]にしようとする[9]」。半周縁は中核の周縁であると同時に周縁の中核でもあり、立場が両義的であるから、中核の忠実な番犬として周縁の反乱の鎮圧に血道を上げるか、それとも周縁たちの先頭に立って中核への反乱のリーダーとなるかという二つの戦略が選択肢として与えられる。

もしもロシアが将来の中核候補として上昇期にあったとするならば、前者の選択肢を選んだに違いない。だが日露戦争の敗北でロシアの列強としての地位は最低のランクにまで落ち、第一次世界大戦ではタンネンベルクの戦いでドイツ軍に大敗した。ロシア人民が後者の選択肢を選び、帝国主義システムそのものの解体を通じて活路を見いだそうとしたことは十分理解できる。もっともロシア革命が成功したのは歴史の必然ではなかった。半周縁が、中核側につくか、半周縁側につくかは偶然的な事柄である。

ロシア革命は成功した。しかしドイツでの社会主義革命は失敗する。1924年のレーニンの死後、永久革命論に立つトロツキーが追放され、一国社会主義を説くスターリンが実権を握るに至って、世界革命は挫折する。第二次世界大戦以後、ロシアよりさらに後進的な周縁諸国で社会主義政権が誕生した。しかし肝心の先進資本主義諸国がそのまま存続したがゆえに、二十世紀の社会主義革命は、本来の世界革命の自慰的代物に終わった(するべきところでやったのではなく、することができるところでしかやらなかったという意味で自慰的ということである)。

もちろんソ連を中心とする東側の陣営は、一時期米国を中心とする西側の陣営と拮抗するところまで力を付けた。だが当時世界システムが二つの異なる自存的な経済体制に分断されていたと考えるのは間違っている。資本主義陣営と社会主義陣営が世界の覇権をめぐって競争するという関係自体が資本主義的なのである。資本主義的対外関係は、本来共産主義的であるべきはずのソ連の内部構造へも反照されるというのが弁証法の論理であって、ソ連は1921年にネップを採択して資本主義に近い体制へ移行し、やがて計画経済のもとではあるが、農業国から工業国へ脱皮し、第二次世界大戦以後、他の社会主義諸国に対して帝国主義的な中心/周縁関係を作ってしまった。こうしたソ連の“発展”は、資本主義諸国の帝国主義的発展と大きくは変わらない。社会主義にも資本主義にも徹しなかったソ連は、その中途半端さが災いして結局崩壊する。顧みれば、二十世紀には資本主義的世界経済という単一のシステムしかなかったのである。

2. 第二項 米国のヘゲモニーに対する挑戦

ウォーラーステインによると、現代資本主義世界システムのゆらぎは、1968年から始まった。ベトナム戦争での敗北によるパクス・アメリカーナの終わりの始まりは、中ソの対立によ る米ソ間の接近や欧州、日本の再台頭と相まって、世界の多極化(エントロピーの増大)をもたらした。68年のフランスの五月革命をきっかけに起こった世界的な学生運動は、同じ68年のチェコ動乱へのソ連の軍事介入に対しても批判的であり、資本主義だけでなく社会主義をも含めた既製の管理社会に対する反乱となって現れた。米国では黒人の差別撤廃運動やフェミニストのウーマンリヴ運動が巻き起こる。第三世界の下からの反乱、特に OPEC が惹き起こした石油危機は、世界経済をコンドラチェフの長期波動の第4後退期に向かわせ、先進国の間で不況と失業とGNPの伸び悩みが慢性化する今、資本主義的世界システムは末期状態を呈しているというのだ。

では、資本主義的世界システムが崩壊した後、世界はどうなるのか。1975年に書かれた論文の中で、ウォーラーステインは、「それゆえ今日我々は皆、停滞する世界資本主義のシステムからその後継者、すなわち世界社会主義への移行を早める手段を再考することを求められている[10]」と提言する。さらに彼は、20年後(1995年)の「地政学的提携」として次のような組み合わせを考える。まずコメコン(ソ連を中心とした共産主義諸国の経済協力機構)と EC(現在のEUの前身)が合体してハートランドを形成し、このヘゲモニーに対して二つの抵抗の極ができる。

一つは中国で、これは多分日本と政治的に手を結ぶであろう。もう一つは合衆国で、この国は傷付いてはいるものの死に絶えることはあるまい。言うまでもなく、二つの反対の極は、ある種の戦略的同盟の方向に動くかもしれないのである。[11]

だが、ウォーラーステインによると、合衆国と中国では階級闘争が激しくなり、米国の多国籍企業や大銀行は、経済力の強い(ソ連を含む)ヨーロッパに本拠を移転するだろうとのことである。1995年で20年経ったが、ウォーラーステインの予測は明らかに外れている。

ウォーラーステインは、冷戦崩壊後、世界をどう予測するのか。思えば冷戦時代は秩序ある時代であった。《冷たさ》は熱力学的に低エントロピーを意味しているというのは偶然であろうか。《雪解け》が始まるにしたがって、個々の水分子の運動は活発になり、秩序は乱れてくるが、このエントロピーの増大が、新たな秩序形成のエネルギーとなるのである。ソ連がヘゲモニー候補から明らかに脱落した年(1991年)に出版された論文集の中で、ウォーラーステインは、今度は「世界で最も成功した社会主義国」としばしば揶揄されていた日本をヘゲモニーの候補とする予測を立てている。

この競争[米国と日本と欧州との間のヘゲモニー争奪戦]において、日本が徐々に勝ち抜くのではないのかというのが私の印象である。その主な理由は、日本は合衆国よりも(そして合衆国ほどではないが西ヨーロッパよりも)中間層へ(政府の社会福祉政策や民間企業の膨れ上がった中間管理職や第三セクターでの法外の消費量により)膨大な資本を浪費する負担から免れているし、またもちろん、既得利益[例えば植民地]を守るために引き起こされる、政治的軍事的支出からも免れているというところにある。[12]

オランダのヘゲモニーが終わると、イギリスがオランダと同盟してフランスを破り(英仏間の第二次百年戦争)、イギリスのヘゲモニーが終わると、米国がイギリスと同盟してドイツを破った(両世界大戦)ように、今度は日本が米国と同盟してEUを破るであろうというわけである。「日本は、十九世紀後半に合衆国がイギリスに対して演じていた役割と同じ役割を今日合衆国に対して演じているように見える[13]」。実際、世界経済システムの時代においては、ハプスブルク、フランス(ナポレオン帝国)、ドイツ(ヒトラーの第三帝国)、EUのような世界帝国型の陸の統一よりも、オランダ、イギリス、米国、日本のような海/空の統一のほうに優位がある。

そしてこのシナリオから行けば、確かに、2050年頃には世界戦争が起きるかもしれない。それは基本的には米ソ間のではなくて、日本と西ヨーロッパ間の世界戦争であり、これまでのアナロジーからすれば、当然日本が勝つはずだ。[14]

2050年はまだ先だが、ウォーラーステインの予測が当たっていると思う人はほとんどいないだろう。ウォーラーステインがこの文章を出版した 1991年はソ連が崩壊した年で、米国が日本を新たなライバルとみなしていた時期である。当時、日本が世界制覇を企んでいるとか、米国を乗っ取ろうとしているとかいった陰謀論が出回っていたが、日本経済がバブル崩壊以降急速に衰退したため、日本脅威論も1990年代の半ばには消滅した。

2015年以降、かつての日本脅威論に代わって米国で顕著になってきたのは中国脅威論である。中国が一帯一路構想をもとに提唱したアジアインフラ投資銀行に、ヨーロッパ主要国を含む57か国が創設メンバーとなった。米国はこれを、米国を中心とする国際金融秩序への挑戦とみなして、警戒した。オバマ政権は、当初中国に対して融和的だったが、2015年10月に、中国が主権を主張する南シナ海において「航行の自由作戦」を開始するなど、中国を牽制する動きに出た。2017年1月にトランプが大統領に就任してからは、米中の対立はさらに激しくなり、覇権争いの様相を濃くしている。

2013年に中国の国家主席となった習近平は、2015年4月に、反帝国主義、反植民主義を掲げたアジア・アフリカ会議の六十周年を記念する会議に出席し、結束強化を誓う宣言に調印した。中国は、途上国の中では最大の大国であり、ウォーラーステインの用語では、半周縁国である。中国は、いまや途上国のリーダーとして、中核国の米国の覇権に挑戦しているようにみなされている。

もっとも、この場合、中国はかつてのソ連と同じジレンマに陥る。ソ連が反帝国主義という社会主義の理想を掲げながら、衛星国家に対して帝国主義的な従属関係を強いたように、中国もまた援助する途上国に対して「新植民地主義」と揶揄される従属関係を強いるのではないのか、援助とは名ばかりで、たんに富を搾取するだけではないのかという懸念が途上国の間に生じている。実際、一帯一路構想に基づいて中国が行う「支援」の実態は、途上国を債務の罠にはめ、天然資源や軍事拠点を確保するとことにあるという見方がある。

将来中国が米国に変わって覇権国になると予測する人もいるが、ウォーラーステインは、米国の衰退と中国の台頭を認めつつも、中国の将来に対して明言を避けている[15]。いずれにしても、どの国が将来ヘゲモニーになるかといったことは、学問的にはどうでもよい問題である。「大多数の[ヘゲモニー候補ではない]国にとって、重要な問題は、現在の世界においてどの国がヘゲモニーであるかではなくて、はたして、そしてどのように世界システムは変えられていくのかということである[16]」。

ところが、ウォーラーステインは、あまりにもこれまでの予測が外れ続けたからなのか、最近では、ヘゲモニーの予測だけでなく、あらゆる種類の未来予測を控えるようになった。もちろん、それは必ずしも自信を喪失したからだけではなくて、第一項で述べたウォーラーステイン自身の学問論に基づくと言えなくもない。実際、ウォーラーステインは、プリゴジンの『確実性の終焉[17]』を引き合いに出している[18]。とはいえ、近代に誕生した国家が今後も存在するかどうかといったことに対してすら「私はわからない、あなたはわからない、私たちはわからない、それがポイントだ[19]」という聴き手をディサポイントさせるような結論しか出せないのなら、謂う所の「確実性の終焉」は「学問の終焉」をもたらすことになるだろう。未来を正確に予測することは原理的に不可能だが、どうなる確率が高いかを述べることはできるはずだ。

ウォーラーステインは、階級的な格差を解消するには、国家を廃止し、社会主義的な世界政府を作らなければならないと考えていた。世界革命を起こすはずだったソ連が崩壊した後、皮肉な現象が起きた。すなわち、冷戦が終結し、市場経済がボーダレスにグローバル展開した結果、地域間格差が縮小していったのである。それまで西側先進国は、南北問題を解決しようという善意で、OECD 等を通じて、途上国に援助をしたが、ほとんど効果がなかった。これに対してグローバル企業は、そうした善意は全く持たず、たんに安い人件費を求めて途上国に投資を行った。そして、南北問題を解決に導いたのは、そうした民間企業の営利目的の投資だった。

ウォーラーステインは、当初《南》における新興国の工業化は南北問題を解消しないと考えていた。なぜなら、途上国の工業化によって「起きたことのすべては、その通常の[雁行形態の]繰り返しにおいて、かつて高利潤・高賃金・高技術であった生産活動、例えば繊維業、後には鉄鋼業、後には電気工業、これらは、その性質を失うにつれて、世界経済の周縁地帯へ押しつけられ、他方今日の中核地帯は次の時代の先端産業、例えばバイオテクノロジーとかマイクロプロセッサーとか先進的形態のエネルギー生産などを開発しようとしているということである。この“新たな国際的分業”は、不平等交換を減らすどころか増やすであろう[20]」。

しかし、市場経済がボーダレスにグローバル化して以来、途上国における一人当りの国民所得の増加率の方が先進国のそれよりも高くなった。つまり、南北間の格差は縮小しつつある現在、ウォーラーステインの、遡ってはフランクやアミンなどの「従属理論の失敗は決定的なものとなった[21]」と言える。ウォーラーステインも、中流階級と呼べる比較的所得の高い個人が世界システムに占める割合が、5-10%(ないしそれ以下)から 20-30%(ないしはそれ以上)に増えた事実を認めている[22]

グローバルな市場経済が格差を縮小させているというと、多くの日本人は違和感を持つに違いない。冷戦時代、日本は「一億総中流」と言われるほど均質性が高く、むしろ、冷戦終結後のグローバル市場経済の時代になって経済格差が拡大したからだ。実際、八十年代以降、日本ではジニ係数や相対的貧困率は上昇している。しかし、だからと言って、「一億総中流」と言われた時代を格差無き時代と美化することは偽善的である。南北格差という国際的な格差があったからだ。経済がボーダレス化するにつれて、先進国に貧困層が現れる一方、途上国に富裕層が現れるようになった。国内格差が増大したことで国際的な格差は縮小したのだ。

国内が平等であるがゆえに世界が不平等であったインターナショナルな社会と国内が不平等になるがゆえに世界が平等になるグローバル社会とどちらが望ましいだろうか。私は、豊かになれるか否かが、どこで産まれるかといった先天的要素で決まる社会よりも、産まれた後の努力といった後天的な要素で決まる社会のほうが望ましいと思う。グローバリゼーションは、機会の均等という点では望ましいことである。

インターナショナルな社会では、国家が競争の主体であったのに対して、グローバルな社会では、個人が競争の主体となる。先進国の国民だから、あるいは大企業の社員だから豊かになれるという保証はどこにもない。個人は、自分にどれだけの市場価値があるのか、グローバルな視点で評価しなければならなくなっている。もちろん、中核/周縁という地域的格差は依然として残るが、グローバルな個人主義の時代では、それは以前ほど重要な意味を持たなくなっている。

3. 第三項 格差問題のシステム論的解決

富の格差をそのままにするべきかそれとも是正するべきかという問題は、政治における最も重要な論争点の一つである。前者を主張する立場は保守と呼ばれ、後者を主張する立場はリベラル(革新)と呼ばれる。米国における共和党と民主党、英国における保守党と労働党など、所謂二大政党は、この政治理念の違いを軸としている。もちろん、保守やリベラルと言っても、その内実は多様だが、純粋かつ極端な意見としては、保守が格差の固定を望むのに対して、リベラルは、格差を完全になくすことを要求する。

もちろん、多くの人はこの両極端の中間の立場だ。保守主義ともリベラリズムとも異なるリバタリアニズムは、政府は結果の平等まで保証する必要はないが、機会の平等(機会均等)は最大化するべきだと主張する。格差の固定でも格差の否定でもなく、格差の流動化が必要というわけだ。すなわち、勝者と敗者は入れ替わって変動する(あるいは少なくとも変動しうる)ものの、勝者と敗者が存在する非平衡システムの構造自体は是正しないという立場である。勝者は、いったん勝つと、自分の既得権益を守るために競争を制限しようとするものだが、これは普遍化不可能な利己心に基づいているために、表立って格差の固定化を主張することはない。但し、安全や文化的価値といった口実で自由化を阻止しようとする保守主義者はよくいる。しかし、格差を固定すると、その固定を暴力で取り除こうとする過激派(革命願望のある左翼や戦争願望のある右翼)が台頭することになる。

機会均等の自由競争が必要である理由を、複雑性の増大による複雑性の縮減が進化をもたらすという第一節の法則で説明しよう。システム論的に表現するなら、機会を平等にすれば、より多くの人が競争に参加するので、誰が勝者になるのか不確定になる。その意味でそれは複雑性の増大である。他方で、競争の結果勝者が決まれば、不確定性がなくなるのだから、それは複雑性の縮減である。複雑性を増大させればさせるほど、それを縮減する価値は大きくなる。平たく言えば、より多くの人が競争に参加すればするほど、より優秀な勝者が選ばれやすくなる。だから、機会均等の自由競争は、社会システムに進化をもたらすのだ。

リベラルは、自由競争は弱者切り捨てにつながると言って、これに反対することが多い。それならば、謂う所の「弱者」が餓死しないように配分するべき富を作るのは誰なのか。強者とは、弱者が生きることができるほどの富を作ることができるという意味で強い者なのだから、強者を作ることは、弱者を切り捨てるのとは逆の結果をもたらす。ところが自由競争を否定するリベラルは、そうは考えない。そういう人たちは、富の総量は一定であることを前提し、強者が多くの富を奪えば、弱者に配分する富は減るので、弱者の貧困を帰結すると考えている。しかし、富の総量が一定であるという前提が間違っているのであり、自由競争を否定すれば、富の総量が減るので、平等な貧困というもっと好ましくない結果が生じる。それはたんに強者に努力しようとするモティベーションがなくなるからではない。自由競争を否定する管理社会でも、信賞必罰によるモティベーションの向上は可能である。自由競争の否定がもたらす最大の弊害は、自由な発想に基づく実験が行いにくくなることによるイノベーションとリスク分散の欠如である。

イノベーションやリスク分散がなくても、現状を維持することで富を短期的に創り続けることは可能である。しかし変化適応力がないので、長期的に富を作り続けることができない。そのことは、共産主義国家が持続可能な豊かな社会を作らなかったという過去の歴史がよく示している。共産主義国家はたんに経済的に貧しいだけではない。共産主義経済という不自然な状態を作り、これを維持しようとすると、スターリンや毛沢東など強力な権力を持った独裁者が恐怖政治を行わなければならない。そこには、格差のない社会を作ろうとするなら、独裁という究極の格差社会を作らなければならないというパラドックスがある。

リベラルの中には、機会の平等が保証されるなら、結果の平等が保証されていなくても、自由競争を認めるという立場もある。但しその場合でも、機会の平等の保証として、相続税率を100%にするとか、子供が受けることができる教育を完全に同じにするとかいった極端な格差是正策が主張されることがある。たしかに、スタートラインをそろえないとフェアな競走ができないという主張には一理ある。しかし、競争者を均質化しすぎることは、結果の平等を人為的に作り上げることと同じ弊害がある。すなわち、均質化するということは、他のようである不確定性が減るということであるから、複雑性が増大しないし、その結果複雑性の縮減が有効にはならなくなってしまう。

リベラルが「強者」と「弱者」を語る時、強者と弱者が初めから決まっているように考えている。しかし、私たちは有限な認識能力しかないので、誰が強者で誰が弱者なのか、誰が競争に勝つのか負けるのか、確定的に予測することはできない。だからこそ、競争には多様な参加者が必要なのである。もし初めから誰が強者で誰が弱者なのかがわかっているのなら、競争などせずに、直接強者に多くの資源あるいは権力を割り当てればよい。実際、共産主義の国では、独裁者に権力が集中し、エリート官僚たちが計画経済の管理を行っている。だがこうした中央集権型の社会システムでは、イノベーションやリスク分散が不十分なので、長期にわたる繁栄は困難である。無知の知があるのなら、機会均等と称して多様性を減らすことがあってはならない。

自由競争に基づく市場経済や選挙に基づく民主主義政治は、人間の認識能力が有限で、すべてが不確定であることを前提にした上で、その弊害が持つリスクを最小限にしようとするシステムである。ウォーラーステインは、現代が「確実性の終焉」の時代であることを理由に、近代資本主義の存続も確実ではなくなったと考えているのだが、現代が「確実性の終焉」の時代であるからこそ、社会主義的な世界政府によって格差をなくすという全体主義ではなくて、《不確実性=複雑性》を増大することで、複雑性を縮減する市場経済と民主主義政治が必要になっているとみるべきである。

4. 参照情報

  1. Wallerstein, Immanuel Maurice. Unthinking Social Science. 1991. Polity Press. pp. 31-34.
  2. Wallerstein, Immanuel Maurice. The Uncertainties of Knowledge. Philadelphia: Temple Univ Pr, 2004. p. 83.
  3. Prigogine, I., P.M. Allen, R. Herman. “Long-term trends and the evolution of complexity”. 1977. in Studies in the Conceptual Foundations. Pergamon., ed. E. Laszlo, J. Bierman. p. 19.
  4. Marx, Karl and Friedrich Engels. “Zur Kritik der politischen Ökonomie." Vorwort. Marx-Engels-Werke, Band 13. Dietz Verlag, Berlin. 7. Auflage 1971, unveränderter Nachdruck der 1. Auflage 1961, Berlin/DDR. p. 9.
  5. Wallerstein, Immanuel Maurice. The Capitalist World-Economy. 1979. Cambridge University Press. p.55.
  6. Wallerstein, Immanuel Maurice. The Capitalist World-Economy. 1979. Cambridge University Press. p.54.
  7. Wallerstein, Immanuel Maurice. The Capitalist World-Economy. 1979. Cambridge University Press. p.4.
  8. Wallerstein, Immanuel Maurice. Geopolitics and Geoculture. 1991. Cambridge University Press. p.88.
  9. Wallerstein, Immanuel Maurice. The Capitalist World-Economy. 1979. Cambridge University Press. p.223.
  10. Wallerstein, Immanuel Maurice. The Capitalist World-Economy. 1979. Cambridge University Press. p.223.
  11. Wallerstein, Immanuel Maurice. The Capitalist World-Economy. 1979. Cambridge University Press. p.243.
  12. Wallerstein, Immanuel Maurice. Geopolitics and Geoculture. 1991. Cambridge University Press. p.43.
  13. Wallerstein, Immanuel Maurice. Geopolitics and Geoculture. 1991. Cambridge University Press. p.20.
  14. Wallerstein, Immanuel Maurice. Geopolitics and Geoculture. 1991. Cambridge University Press. p.45.
  15. Wallerstein, Immanuel Maurice. “The Rise of Asia in the World-Economy”. 01/09/2012. Le Réseau Asie-Pacifique.
  16. Wallerstein, Immanuel Maurice. The Politics of the World-Economy. 1984. Cambridge University Press. p.68.
  17. Prigogine, Ilya. The End of Certainty. 1 edition. New York: Free Press, 1997.
  18. Wallerstein, Immanuel Maurice. The Uncertainties of Knowledge. Philadelphia: Temple Univ Pr, 2004. pp. 34-58.
  19. Wallerstein, Immanuel Maurice. “China and the World System since 1945”. Held on November 18, 2013 at the Henry Luce Hall auditorium at Yale University. 1:03.
  20. Wallerstein, Immanuel Maurice. Geopolitics and Geoculture. 1991. Cambridge University Press. p.101-102.
  21. 大西広. 『「第三世界」論の現在』 1994. 『唯物論』 第68号. 東京唯物論研究会,p. 19.
  22. Wallerstein, Immanuel Maurice. “The Rise of Asia in the World-Economy.” 01/09/2012. Le Réseau Asie-Pacifique.