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現象学的に根拠を問う(08)超越論的目的論的還元

1997年9月2日

『現象学的に根拠を問う』第三章第一節:この章では、現象学的還元・構成・破壊の手法を倫理学・価値哲学の分野に応用し、これを目的論的還元・構成・破壊と称して、規範と価値の基礎付けを行うことにしたい。本節では、目的論的還元により、価値と規範の根拠が現象学的に問われる。

『現象学的に根拠を問う』の画像
このページは電子書籍『現象学的に根拠を問う』の一部です。

フッサールによる「現象学的還元」の概念と具体的使用は、1905年の夏に滞在したチロル地方のゼーフェルトでフッサールが書いた「ゼーフェルト草稿」に見られる。この草稿で、フッサールは、茶色いビール瓶の知覚を例に挙げて、「当の現象において、たんに思念されているだけで、与えられてはいないすべてのものを排除する[1]」手続きを「現象学的還元」と呼んでいる。フッサールによれば、「茶色いビール瓶」という超越的知覚は、誤ることがあるが、「茶色の広がり」という内在的な知覚はそうではない。昨日見た「茶色の広がり」と今日見ている「茶色の広がり」が同一であるという判断ですら超越である。ひょっとすると、見ていないうちに誰かがすりかえたかもしれない。現象学的還元で得られるのは、「今、この茶色が同じ広がりを覆っている」といったことだけである。

フッサールが公の場で明確に「現象学的還元」を方法として最初に使用したのは、1906-7年冬学期の『論理学と認識論への序論』という講義においてである[2]。この講義でフッサールは「現象学的還元」を「認識論的還元」とも呼び、デカルトの方法的懐疑を引き合いに出して、「反省された顕在的現象の存在の絶対的確実性[3]」を確認することによって、コギタチオの領圏を、疑いえない認識諸現象の領域として確保しようとした。そういうと、デカルトの『省察』と変わらないようだが、フッサールが見出した純粋現象は、デカルトのコギタチオのような自然の内に位置を占める自然の事実とは異なるとフッサールは主張する。

まとめると、「今、この茶色が同じ広がりを覆っている」という内在的な知覚は確実であり、それを知覚している知覚主体の存在も確実であるということである。フッサールが当初考えていた「現象学的還元」は、後に『イデーン』などで表明される現象学的還元である超越論的還元や形相的還元(この茶色の広がりという個別的事実ではなくて、茶色の広がりという普遍的、本質的な形相への還元)と比べると、かなり禁欲的である。しかし、この最初期の現象学的還元ですら、絶対に確実とは言えない。「その広がりは、茶色ではなくて、赤褐色だ」という異論を挟む人がいるかもしれない。その人は、私とは色覚が異なるのかもしれないし、異なる色の識別文化に即ずる人なのかもしれない。いずれにせよ、フッサールが絶対確実と考えた内在的知覚の判断すら、間主観的妥当性が得られるとは限らないということである。形相的還元による「本質直観」ならなおさらである。

フッサールは、1929年にソルボンヌで行われた講演、『デカルト的省察』において、現象学的還元とは別に、間主観性に関して「超越論的経験の固有性領野[Eigenheitssphäre]への還元[4]」を行っている。ちょうど現象学的還元において、世界の存在を暗黙のうちに認めている自然的態度を括弧に入れ、判断中止(エポケー)を行うように、自我の固有性領野への還元では、他我の存在を暗黙のうちに認めている自然的態度を括弧に入れ、判断中止を行う。他我を排除し、「今、この茶色が同じ広がりを覆っているように私には思える」と言えば、たとえその判断が客観的に間違っていても、その言明自体は正しいことになる。問題は、いかにして極度に還元(reduzieren 縮減)された内在的知覚から超越するかである。「認識の基礎付け」ではなくて、「認識が真であることの基礎付け」を行うには、むしろ逆に間主観性への現象学的還元が必要である。

フッサールは、晩年(1936年)の著作『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』で、これまでとは異なる学の基礎付けを行っている。第二次世界大戦前夜の1936年は、政治的な危機の時代であったと同時に、ヨーロッパ諸学が危機に瀕した時代でもあった。ヒルベルトは、数学全体の完全性と無矛盾性を示すことで、集合論をめぐるパラドックスを回避しようと、形式主義に基づくヒルベルト・プログラムを推進したが、1930年にゲーデルが不完全性定理を証明したことで、このプログラムは挫折した。かくして、数学、さらには数学に基づく数理科学全体の基礎が揺らいだ。フッサールは、この危機の時代のさなか、客観主義的で普遍主義的な判断を停止し、数学と科学の基礎を生活世界に求めた。これはいわば「生活世界への現象学的還元」とでも言うべきものである。

フッサールは、歴史的に時代を遡って、科学の基礎である数学のアルケーを求め、幾何学の起源を測量術という生活世界における実践に求めた。古代エジプトにおいては、実用的関心の対象以上のものでなかった測量術としての幾何学は、古代ギリシャにおいて理想化された学問となり、さらにガリレオによって自然科学に応用された。直観的理解を基礎に持っていた幾何学は、やがて解析学によって代数化され、抽象化され、それに伴って数学における認識は概念的な記号操作によって置き換えられていった。ヨーロッパ諸学の危機は、生活世界における直観的理解という明証性の地盤が隠蔽され、学が人間の生にとってどのような意味を持つのかという問いへの答えが失われたことによって起きたとフッサールは考えた。

フッサールの現象学は、例えばこれから見るように、ハイデガーなどによって受け継がれた。私としても、私なりの方法で、現象学的還元を批判的に受け継ぎたいと思う。受け継ぐべき遺産は、生活世界における実践への学の還元である。私たちは、円周率(π=3.1415926535…)で無限に続く数字列のすべてを認識していないが、実践的関心からすればそれはどうでもよいことである。なぜなら、幾何学的に定義された完全な円は、現実の世界には存在しないからである。円周率で未発見の数字列が存在するか否かに関して排中律が成り立つかという数学基礎論上の弁証論的な問題も、問題ではないのである。理論理性による弁証論の解決を断念したカントもそう考えたように、物自体(この場合は無限自体)は私たちが認識するべき現象ではないからである。

私たちは、普段から、毎秒数百メガビットのペースで私たちの感覚器官を通過する膨大な量の情報(それとて、認識対象が持つ無限の情報のごく一部にすぎないのだが)の大部分を切り捨て、認識内容を形成している。それは私たちの意識の容量が有限で、認識できないからというよりも、そもそも認識する必要がないのである。認識という行為は、他の行為一般と同様に、私たちの生存という究極目的によって正当化される。生存に役立つ情報だけが選ばれ、生存に役立つように認識対象のモデルが認識内容として作られるのであって、鏡が対象を映し出すように、意識が認識対象を忠実にコピーすることが認識なのではない。

本書は、私たちが美しい絵画を鑑賞して感銘を受けているとき、何を見ているのかという問いから始まった。画家は目に映った光景をそのまま絵画として描いているのではないし、鑑賞者も目に映った物理的対象としての絵画をそのまま見ているのではない。画家も鑑賞者も、情報の大半を切り捨てて、美しい形象を作り出している。『カントの超越論的哲学』の第三章で述べたとおり、美しさも究極的には私たちの生存という究極目的によって決まる価値であり、真善美のいずれであっても、意識内容は、生存に役立つように形作られる。

もちろん、生存に役立つと思って作ったモデルが、そうではなかったということもありうる。生存に役立たない知は、まさに生存に役立たないがゆえに、その知の所有者とともに生存しない。生存に役立つ知は、間主観的な生存競争を通じて形成される。生存競争と言っても、それは、必ずしも物理的な生存だけのことを言っているのではない(そうでないなら、無人島での一人だけのサバイバルでも成り立つ真理論ということになってしまう)。その競争は、むしろ、たいていは、間主観的な承認をめぐる競争である。もちろん真理は多数決で決まるということではない。少数派の意見が後に真理であることが判明することもある。しかし、その場合でも、判明した時には多数派の意見になっているのだから、究極的には、真理は間主観的な承認によって決まる。真理のプラグマティズム的な判定についても同じことが言える。今役に立たなくても、将来役に立ちうるなら、その真理は重要とみなされる。

私は『カントの超越論的哲学』で、カント哲学が超越論的目的論を帰結すると書いた。それは、物理学における人間原理の哲学バージョンであり、物自体から区別された現象は、人間が理性的に認識し、理性的に行動することで、理性的な存在を目的としているように説明できるというものだった。なぜ私たちの認識内容は生存に役立つように作られているのかという問いに対しても、人間原理と同じような方法で答えることができる。もしも生存に役立たないように作られた認識内容が間主観的に承認され、生存し続けるなら、私たちは生存できなくなっているはずだが、それは私たちの存在という疑いえない事実に反している。

フッサールは、価値や実践について語ることはあったものの、その研究生活の大半を理論的な知の基礎付けに費やした。しかし、理論的認識も生きていくための実践として意味を持つというのであるなら、現象学的還元は目的論的還元によって還元されることで、基礎付けの基礎付けが行われなければならない。倫理学の現象学的基礎付けというシェーラーがやろうとした試みは、こういう形で、より包括的に行うべきではないのか。現象学者が考えるように、私たちの認識の根底には直観的理解があることは確かだが、直観的理解に留まっている限り、学の包括的な基礎付けはできない。この考えに基づき、以下本章で、私は、独自の超越論的目的論的還元、構成、破壊を通じて、価値的現象の基礎付けを行いたい。

1. 第一節 超越論的目的論的還元

本節では、フッサールの現象学的還元に倣って、まず、無反省な自然的態度において、価値を超越的に定立する判断を停止し(エポケーし)、その実在性を括弧に入れ、価値を価値たらしめている目的へと、そして究極的な目的である私たちの存在へと反省の作用を振り向けることにしたい。

1.1. 第一項 価値の超越的定立のエポケー

事象と意味、あるいは事象と価値の特定の述定関係は、私たちに先与的・超越的に、さながら事象そのものの性質であるかのように現出する。そのために現象学者は、《実質的アプリオリ》としての事象本質の受動的直観に自足する。しかしだからといって(差し当り価値に関して言えば、メタ倫理学を批判する解釈学者が主張するように)事実から価値は切り離されず、両者は一体であるとは言えない。

例えば眼前に生起したある行為は、私にとって「美しい、素晴らしい、称賛に値する」という価値感情と一体となっているとする。この即自的な段階においては、私にとって「私にとって」が意識されていない。ところがいまそこにある他者が現れ、その行為を指示しつつ「醜い、くだらない、罵倒に値する」というような述定を行ったとする。もし事実と価値が一対一対応の関数関係にあるとするならば、価値が異なることは事実が異なることを意味するので、彼は異なった対象を指示していることになる。もしもそうだとすれば、一般に(つまり価値のみならず意味に関しても)妥当性要求の争いは同一主語に矛盾した述語を帰属させることによって生じるのだから、私は彼と論争する必要はないはずである。しかし今の場合、私は自分の述定に根拠を与えてそれを正当化しつつ、なぜ君はあの美しい、素晴らしい、称賛に値する行為に「醜い、くだらない、罵倒に値する」などというような述定を行うのかと問い質すのではないだろうか。

もちろん指示対象に相違を見出して争いを回避することもあるであろう。例えば私はその行為の美しい動機を讃めたのに対して、後から来た彼はその行為の結果だけを見てけなした場合とか、同じ行為を主語にしている場合でも、私は封建的な家庭に育ったが、彼はリベラルな雰囲気の家庭に育ったというように(判断者の心的状態をも含めた)指示“対象”を振り分ける時には争いは生じない。では常にこのような振り分けが可能かと言えば、そうではなく、相互に譲り合わない和解不可能な争いが世の中にあることは否定できない。そしてこのことは事実即価値ではないことを示している。パラダイムの相対性の自覚が直観主義者をしておのれの規範の超越論的基礎付けを動機付けるのである。

倫理学の創始者アリストテレスは、今言った意味での直観主義者であったと思われる。彼は、実体主義的な価値観に基づいて徳目の記述を行う点でシェーラーやハルトマンなどの現象学的ないし現相論的な実質的価値倫理学の祖でもあったように思われる。そこでまず手始めにアリストテレスの倫理学を検討してみよう。

1.2. 第二項 アリストテレスにおける中庸の徳

人生経験豊かな大人アリストテレスは、哲学的には実体主義的であったにもかかわらず、徳の相対性をよく心得ており、例えば「勇敢」という徳が「無謀」という悪徳と表裏一体であることを見抜いている。だが徳の価値はあくまでも客観において完結すると考える彼は、両者の差を事象の事実的相違によって区別しようとする。すなわち「勇敢」は、中庸の徳として「無謀」と「憶病」という過超と不足の中間に位置する、と考えられるのである。

それゆえ“徳”は、その実体に即して言えば、またその本質を言い表す定義に即して言えば“中庸”であるが、しかしその最善性とか“善さ”とかに即して言うならば、それはかえって“頂極”に他ならないのである。[5]

アリストテレスの三項図式は、図解すると以下のようになる。

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中庸の徳またはアリストテレスの三項図式

この三項図式において、無謀と憶病という両極端は、なるほど「いかなるものも恐れず、いかなるものにも向かって進んで行く」人は無謀であり、「あらゆるものを逃避し、あらゆるものを恐怖して何事にも耐えない」人は憶病である、というように事実的に区別されようが、果たして同様に勇敢が両者の《事実的》中間であると言えるだろうか。ここでアリストテレスの価値客観主義は行き詰まるように見える。勇敢の具体的規定という段取りになると、彼は「然るべき事柄を、然るべき目的のために、然るべき仕方で、然るべき時に」「事柄の値するところに応じて、理(ことわり)の命ずるであろうような仕方で」という空虚な条件しか与えることができないのである[6]

事実と価値の乖離をより明確に暴露するためには、事実的に同一の行為が勇敢とも無謀とも取れるような例を示せばよい。アリストテレスによれば、「優れた意味において勇敢な人と言うべきは、うるわしき死について、またおよそたちまちのうちに死を招来する如き事柄について恐れるところのない人に他ならない。こうした事態の最たるものは、だが戦いにおけるそれであろう[7]」とのことであるので、特攻隊を例にとって考えてみよう。

特攻隊に志願して敵国艦隊に体当りするという行為は、戦中の帝国臣民にとっては勇敢に見えようが、今の私たちにとっては無謀としか思えない。この相違を、現代の日本人は戦中の日本人よりも身の危険が少ないので、勇敢な行為が相対的に無謀に見える、というように程度の差として説明するには無理がある。そこには普通私たちが《観点の相違》と呼んでいるものがある。問題はこの事象の中に見出すことのできない相違を何に帰属させるかである。

さてある特攻隊員は命が惜しくなり、(うまく行けばの話だが)隊を離れて中立国に亡命したとしよう。帝国臣民はこれを憶病な、破廉恥極まりない国賊的行為として罵倒するに違いないが、そうは考えない今の私たちは彼の行為をなんと形容したらよいであろうか。アリストテレスの三項図式に従うならば、高く評価する以上は彼の行為を勇敢と呼ばなければならないのだが、これは、もし当人がそれを“ファシズムへの挑戦”と称して開き直るならともかくとして、言葉の意味に反する。かくして私たちは、無謀でも勇敢でもない憶病でもない「慎重」という第四項を必要とするようになる[8]

この第四項を加えることによって、アリストテレスの三項図式は以下の図のように修正される。この四項図式においては、左と右の事実の相違と上と下の価値の相違が完全に区別されている点に注意したい。

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事実と価値の峻別または四項図式

その構造は、以下の一般図式において明確となる。

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四項図式の論理形式(T=事実、W=価値)

直観主義者の価値の地平は、この図式で言えば《勇敢(T∧W)か憶病(¬T∧¬W)か》あるいは《慎重(¬T∧W)か無謀(T∧¬W)か》というような←→で示された二項図式によって表現されているのであって、そこでは事実の相違(Tと¬T)が、そのまま価値の相違(Wと¬W)になっている。

この点アリストテレスの三項図式は、素朴な直観主義者の二項図式から批判的四項図式への過渡的段階であったと言うことができよう。いやそれどころか彼の徳目の叙述の中には、三項図式の不十分さに気が付いていたのではないのかと思われる個所すら見出されるのである。

私たちは、名誉心の強い人を名誉を希求するにあたって希求すべきものを越えて希求してはならないところから希求するものとして非難し[T∧¬W]、また名誉心のない人を美しい行為によって名誉を与えられることさえ望まないものとして非難する[¬T∧¬W]。そしてある時は、私たちは名誉心の強い人を男らしい、美しい行為を好む人として称賛し[T∧W]、ある時は、名誉心のない人を身の程を弁えた節度ある人として称賛する[¬T∧W]。[9]

アリストテレスは、結局この場合中庸は無名称である言って逃げてしまうのだが、彼の当面した問題は、上掲の四項図式の論理形式によって最もよく理解されうる[10]。以下の図では、アリストテレスが列挙しているこれ以外の中庸の徳目の三項図式をも私たちの四項図式に変換しておいた。なおこの図では、新たに加えられた第四項には*が付けられている。中庸が無名称であるとされる場合でもアリストテレスの叙述から推し量った。

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自己の誇りに関する中庸の徳目「自尊」の四項図式での位置付け
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肉体的快楽に関する中庸の徳目「節制」の四項図式での位置付け
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財貨の使用に関する中庸の徳目「寛厚」の四項図式での位置付け
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財貨の消費に関する中庸の徳目「豪華」の四項図式での位置付け
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怒りの情念に関する中庸の徳目「温和」の四項図式での位置付け
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社交と交際に関する中庸の徳目「孤高」の四項図式での位置付け
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自己の評価に関する中庸の徳目「真実」の四項図式での位置付け
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交際や冗談に関する中庸の徳目「機知」の四項図式での位置付け

このような徳目/価値の四項分節に接して私たちは当惑する。価値客観主義=価値実体主義の立場に立つ限り、(1)同一事象に対立する価値が述定されたり(T ⇒ W∧¬W)、(2)相互背反的な事象が「善い」の基準になったりする(W ⇒ T∧¬T)不合理が生じるからである。この矛盾を回避するには、

(1) (T∧Z1⇒W)∧(T∧Z2⇒¬W)

(2) (W∧Z1⇒T)∧(W∧Z2⇒¬T)

という振り分けが必要なのだが、この変項 Z は T を手段とする目的で、W は T に内存する実体概念ではなくて T と Z の関係概念であると私たちは主張したい。もしこの Z で主観的な心的状態が理解されるならば、それは「蓼食う虫も好き好き」という不可知論的主観主義が帰結するであろう。これに対して私たちは、客観的当為を客観的目的によって定義するので、逆に客観的目的から客観的当為を導出することができる。

しかしある目的を客観的と称するためには、その目的を根源的で間主観的に承認された目的によって正当化しなければならない。かくして目的論的還元が始まる。私たちは自然的態度における価値の超越的実在措定を括弧に入れて、価値の根拠(目的)を問い遡らなければならない。

しかしその前に、私たちの目的論的還元とフッサールの現象学的還元との関係について言及しなければならない。目的意志的行為が一種の志向性を持つことはフッサールも認めるところである。「未来へと向けられた意志は創造的な志向[schöpferische Intention]であり、実行行為において“充実”される[11]」。そしてこの未来完了形の実行行為は(ドイツ語の文法用語を用いるなら、接続法第二式のたんなる願望文とは異なった)接続法第一式の《かくあれ Es werde …!》なる事態へと向けられた志向性の実的成素である。

ただ意志の志向性は「時間区間 Zeitstrecke」を持つという点で知覚の志向性とは異なる。もちろん「知覚作用-知覚対象 Wahrnehmen-Wahrgenommenes」の志向性においても、後者で超越的対象が考えられているならば、両者の間には時間的な差延があることになろうが、内在的意識の領域に留まるなら、意識作用(ノエシス)と意識内容(ノエマ)は同時である[12]

カントも言うように知覚としての相互作用は同時なのである。だがもし内在的意識を超越して《本質洞察》へと係わろうとするならば、アリストテレスが言うように、認識は「まさにそれであったところのもの」(ト・ティ・エーン・エイナイ)を志向しなければならない。なぜならば、「本質とは、そうであったところのもの」(Wesen ist was gewesen ist)であるからだ。

目的意志的行為は一種の志向性を持つのだが、逆に志向性もその本質的構造において目的論的なのである。志向性の現象学は超越論的哲学を帰結するのだが、『カントの超越論的哲学』で結論したように超越論的哲学とは目的論に他ならない。したがって《現象学的還元=超越論的還元=目的論的還元》であることが肯首されるであろう。

1.3. 第三項 価値に対する三段階の目的論的還元

目的論的還元の第一段階は形相的還元である。価値の個別的直観から本質が観取され、領域的形相学の立場から個体-種-類へと類的普遍化が遂行される。そして最高価値類の総体からそれのノエシス的相関者への視線の転化が第二段階の、というよりも狭義の目的論的還元である超越論的還元になる。フッサールはさらに第三段階の現象学的還元とでも言うべき「間主観的還元[13]」を考案する。

カントが言うように、各人格は他の人格を、一方ではたんに手段として、だが他方では同時に目的としても扱う。たんに目的の体系が間主観的に承認されるだけでなく、間主観性自体が目的の体系として定義される。だがこれは構成と破壊で論じることにしたい。還元のモデルとして以下のようなものが考えるられる。

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目的論的還元のモデル

このモデルの意味するところをもう一度特攻隊の例で考えてみよう。C が神風特攻隊員に成って体当りをすることであるとするならば、D は鬼畜米英艦隊に損害を与えて自国に勝利をもたらすこと、B は特攻隊員に成るための一連の手段行為ということになる。行為 B に定位した時、B は一方で動機 A を原因として因果的に成立してはいるものの、他方で A を目的Cとして未来に向けている。この意味で未来完了的な目的は過去完了的な「まさにそれであったところのもの」でもある。この A=C と相即して A-B の「A だから B をした」と B-C の「C をするために B をすべし」は折り返しになっている。B-C の可能的行為規則が現実のものとなるかどうか、つまり行為 B が C を実現しうるかどうか自然的社会的法則にかかっている。

A から D は、たんなる時間的な因果系列として見られるならばその分節の仕方は相対的であり、特攻隊志願の動機 A の目的を直接 D にまで求めて短縮することもできれば、さらに細かく「特攻隊の訓練を受け、別離の酒を交わし、戦闘機に乗り込み、レイテ島沖に向かって出発し、天皇陛下万歳と叫びながら …」というように分節することもできる。だがこのことは B,C,D が意志の志向性における作用・内容・対象の区別を無意味にするわけではない。分節は、単定立的/多定立的の区別の時と同様、主体の実践的関心に基づく。

形相的還元を遂行するにあたって目的概念の二義性を指摘しなければならない。目的は普通目的-手段系列において、手段より時間的に後続する事象とされているが、このような目的概念を「目標的目的」と名付け、これとは別に手段的行為をその実現「形態」(カント流に言えば図式/範型)とし、それから時間的に分離できない(つまりフッサール流に言えば当の断片の非独立的契機である)「理念的目的」から区別することにする。

目標的目的 D を実現しなかった場合、例えば特攻隊によくあることだが、体当りし損なって海中に没した場合でも、なお C は独立の目的でありうる、つまり還元されるべき価値が有ると考えられる。C はたんに目標的目的 D の手段であるだけでなく、理念的目的 E の実現形態でもある。C は D にとって善いだけでなくて、E としても善い。私たちは先に価値を目的と事象との関係概念であるとしたが、二種類の目的に対応して価値も二種類に分けられる。

価値はたんに《とって-系列 Für-Reihe》上だけではなくて、《として-系列 Als-Reihe》上にも還元しなければならない。それは「勇敢な行為」「天皇への忠誠の証示」などの高次の(ただし構造的に“高次の”であって価値的に“高次”というわけではない)種概念へ包摂されることによってその根拠が遡られる。もしたんに《とって-系列》上にだけ還元するならば、「受験勉強は良い学歴のために、良い学歴は良い就職のために、良い就職は良い結婚と蓄財のために、そしてこれは子育てと老後のために、… そうこうしているうちに私たちは死ぬ」というニヒリスティクな帰結が生じる。だがカントが洞察したように、このような《とって-系列》上への還元によって得られるのは最終目的であっても究極目的ではないのである。

行為の《産出すること das Erzeugen》の価値と《産出されたもの das Erzeugte》の価値の区別は、ノエシスとノエマの区別ではなくて、Handeln(行為すること)と Handlung(行為)の区別に基づく。また、Handeln とHandlung は、身体行為とその行為の産物の関係にあるのでもない。身体自体が新陳代謝という行為の産物であるし、身体の外部である道具も身体の機能を果たすので、普通の意味での身体は還元にとって本質的ではない。Handeln と Handlung は、作用と内容という機能的な区別である。

Handeln という作用は、メタレヴェルのノエシス-ノエマ関係においてはノエマとして名辞化され、個物-種-類の階層を上昇して行く。種E(勇敢な行為)は、D(特攻隊の任務を果たすこと)だけでなく、例えば「弱いものいじめに抗議する」をも包摂するであろう。特攻隊を評価しない私たちが前者を無謀と呼び後者を勇敢と呼ぶのは、後者が産出する結果が前者のそれとは異なって私たちのシステムの存立に《とって良い》からであって、両者が理念的目的である種Eに包摂される点では(つまり Handlung から区別された Handeln としては)、共通である。価値だけでなく当為もまた還元される。「自分は特攻隊に志願すべきだ」という個別的指令は「帝國臣民ハ國體護持ノ義務ヲ負フ」一般的規則に包摂されるが、しかしその行為規則もまたその当為の根拠をシステムの維持という目的に還元されるのである。

種-類の階層(規則の包摂関係は類種関係ではないが、ここではフッサールの形相的還元モデルにしたがっておく)はフッサールが謂う所の実質的アプリオリであって、実質的であるがゆえにその頂点は複数でありうる。例えばFは「自己実現」とか「忠誠」とか「冒険」とかで、それ以上還元されないであろう。だが超越論的エゴ・コギトはその複数性を統一しうる。この統一性=単一性こそがGの究極目的であり、その定義からしてただ一つだけである。ノエマの総体からノエシスの総体へのこの超越論的目的論的還元によって獲得された単一性のゆえに、対立する価値パラダイムは和解の可能性を得るのである。

しかしその単一性は空虚な単一性であってはならず、多様な目的の体系の統一を通しての反照的規定である《具体的普遍=超越論的統覚》でなければならない。もちろん Fの最高次の理念的諸目的が何であるかは、その都度の価値経験の還元の積み重ねによって修正/確証されるわけだが、ここである程度内容上の考察をしておく必要があるであろう。価値の四項図式における対立する価値地平を還元してみると、ニーチェの用語で言えば、そこには左上と右下の組合わせによって示される「主人の徳」と右上と左下の組合わせによって示される「奴隷の徳」が対立していることに気が付く。

「主人の徳」は、憶病に対して勇敢を、卑屈に対して自尊を、無感覚に対して活発を、吝嗇に対して寛厚を、小心に対して豪華を、腑抜けに対して厳粛を、機嫌取りに対して孤高を、卑下に対して真実を、道化に対して真面目を先取する。これに対して「奴隷の徳」は、無謀に対して慎重を、傲慢に対して謙虚を、放埒に対して節制を、放漫に対して倹約を、派手に対して質素を、短気に対して温和を、無愛想に対して親愛を、虚飾に対して正直を、野暮に対して機知を先取する。私たちとしては、前者の目的を「自己実現」、後者の目的を「他者帰属」と命名しておこう。

自己実現とは他者を蹴落としてエゴを顕示せんとする行為であり、そこにおいては他者の苦痛が自分の喜びであり、その喜びとは生の高揚である。他者帰属とはエゴを滅して他者との平和な情緒的関係に埋没しようとする行為であり、そこにおいては他者の喜びが自分の喜びであり、その喜びは生の安定である。

私たち社会の中で生きるものは、いつもこの二つの目的の間で揺れるものである。一方で、目立ちたい、注目を浴びたいと思いながらも、他方、孤立し、村八分になることを恐れている。多数派の中に身を置けば、安心感は得られるが、同時に自分の存在感を失ってしまう。しかし出る杭は打たれるのである。

それにしても一見多様な精神的目的をこの二つに還元することはいかがなものかと思う人もいるであろう。私たちは決して最初からこのような目的を対自的に意識しているわけではない。例えばあるフランス通の人は自国の日本文化を軽蔑し、フランス文化そのものに価値を見出し、フランス文化に精通することに生き甲斐を感じているとしよう。ところが、その人がフランスに留学してフランス人に囲まれるや否や、突然「日本の心」だの「東洋の禅の精神」だのといったそれまでに口にしたこともないようなことを口にしたくなる衝動を感じたとしたならば、それは彼がそれまでにフランス文化に認めていた超越的価値の妥当性をエポケーして、その根拠を問い遡って反省することを彼に動機付けさせるようになる。すると彼は、彼の職場にはイギリス通やドイツ通のライバルはいても、フランス通は誰もおらず、したがって、自分はフランス通であることにアイデンティティを感じていたと悟るに至る。こうしてフランス文化への愛好は、自己実現という理念的目的の偶然的な実現形態に過ぎないということになる。

多様な精神的目的も対他性の形式においては特殊性と一般性の二つのカテゴリーに分類されるのである。ではこの差し当っては和解不可能な二つの目的はいかにして無矛盾的に構成されるのであろうか。このように問う時、《演繹》の問題は《構成》の問題へと移行する。

2. 参照情報

  1. Husserl, Edmund. Seefelder Blättern. 1905. Husserliana, Edmund Husserl Gesammelte Werke, Bd. 10, S. 237-253. Martinus Nijhoff. ed. Rudolf Boehm. p. 237.
  2. 榊原哲也. 『フッサール現象学の生成―方法の成立と展開』 2009. 東京大学出版会, 87頁.
  3. Husserl, Edmund. Einleitung in die Logik und Erkenntnistheorie. Vorlesungen 1906/07. Husserliana, Edmund Husserl Gesammelte Werke, Bd. 24. Martinus Nijhoff. ed. Ullrich Melle. p. 200.
  4. Husserl, Edmund. Cartesianische Meditationen und Pariser Vorträge. 1931. Husserliana, Edmund Husserl Gesammelte Werke, Bd. 1. Martinus Nijhoff. ed. S. Strasser. §.44.
  5. Αριστοτέλης. Ηθικά Νικομάχεια. アリストテレス. 『ニコマコス倫理学』岩波書店 (2014/8/28). 1107a.
  6. Αριστοτέλης. Ηθικά Νικομάχεια. アリストテレス. 『ニコマコス倫理学』岩波書店 (2014/8/28). 1115b.
  7. Αριστοτέλης. Ηθικά Νικομάχεια. アリストテレス. 『ニコマコス倫理学』岩波書店 (2014/8/28). 1115a.
  8. Hartmann, Nicolai. Ethik. 1926. Walter de Gruyter. p. 565.
  9. Αριστοτέλης. Ηθικά Νικομάχεια. アリストテレス. 『ニコマコス倫理学』岩波書店 (2014/8/28). 1125b.
  10. このようなアリストテレスの中庸の徳に対する批判としては、以下を参照:Hartmann, Nicolai. Ethik. 1926. Walter de Gruyter. p. 562-584.
  11. Edmund Husserl. Vorlesungen über Ethik und Wertlehre 1908-1914. Husserliana 28. ed. Ullrich Melle. Springer; 1988 edition (October 31, 1988). p. 109.
  12. Husserl, Edmund. Zur Phänomenologie des inneren Zeitbewusstseins 1893-1917. 1928. Husserliana, Edmund Husserl Gesammelte Werke, Bd. 10. Martinus Nijhoff. ed. Rudolf Boehm. p. 109f.
  13. Husserl, Edmund. Zur Phänomenologie der Intersubjektivität. Texte aus dem Nachlass. Erster Teil. 1973. Husserliana, Edmund Husserl Gesammelte Werke, Bd. 13. Martinus Nijhoff. ed. Iso Kern. p. 447.