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社会システム論の構図(12)支配としての模範

1997年9月5日

前節では、正当化を本質とする学問的営為も、服従したり服従させたりすることを本質とする政治的な権力闘争と変わらないということを示した。すでにマルクス主義者たちは、クーンに先立って、自然科学といえども実験室等での実践を通して形成されるのだから、イデオロギー性を免れないと主張していた。そこでクーンを「仮面をかぶったマルクス主義者」と呼ぶこともできる。本節では、両者になおある隔たりを縮めるべく、第一項でまず「パラダイム」の概念規定を行った上で、第二項ではマルクス主義の立場からクーンのパラダイム論の権力論的転換を図りながら、第三項ではこれを踏まえて、マルクス主義の言語論的転換を試みる。

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このページは電子書籍『社会システム論の構図』の一部です。

1. 第一項 パラダイムと追従の構造

今日社会科学の分野では「パラダイム」なる概念は、たんに認識枠組ないし思考様式程度の意味で用いられているが(もちろんそのように用いてもよいのだが)、クーン自身は『科学革命の構造』において、当初これを「模範 exemplar」、すなわち画期的で追従する科学者にパズル解きの余地を残す具体的な「業績 achievement」の意味で導入した。後の彼の回想によると、この意味でのパラダイムこそ「最も新鮮で最も理解されていない側面」で、「それゆえ disciplinary matrix[パラダイムの包括的概念]の他の種類の要素よりもより多くの注意を要する」とのことである[1]。「私が思うに、規則はパラダイムから派生してくるが、パラダイムは規則がない場合でさえも研究を導くことができる[2]」。現場の自然科学の研究者にとって模範となるのは、一般理論ではなく、具体的業績なのである。

このように概念規定したうえで、クーンは「社会科学のいかなる分野がそもそもこれまでに、そのような[自然科学のような]パラダイムを獲得したかは疑問である[3]」と言う。これはよく考えてみると、意外ではないだろうか。クーン自身も認めるように[4]、教科書よりも古典的著作が教育上大きな役割を果たすのは、自然科学よりもむしろ社会科学であるからだ。

クーンが社会科学のパラダイムの存在を疑うのは、しかし別の理由から、すなわち通時的な不変性ではなくて共時的な普遍性を持たないからである。自然科学においては、プトレマイオス説とコペルニクス説という二つのパラダイムがいつまでも共存しあうことはないが、人文・社会科学においては、ある時代に一つのパラダイムしかないということはむしろまれである。一方、学問創設当時のパラダイムが今日なお模範的古典として仰がれることは、人文・社会科学では普通であるが、自然科学においては稀である。

例えば、哲学は進歩していないと言う人は、アリストテレス学派が進歩しなかったことではなくて、いまだにアリストテレス学派が存在するという事実を強調しているのである。[5]

これは哲学に対する痛烈な皮肉であるが、この引用文の「哲学」を「自然科学」、「アリストテレス学派」を「生物学」で置き替えてみた場合はどうであろうか。多くの人は、自然科学における生物学と物理学は異なった学問であり、競合するパラダイムであるとは考えないであろう。しかしもし物理学者が還元主義的に生命現象を物理現象として説明しようとするのに対して、生物学者が生命の創発的特性を主張するならば、両者の対立はパラダイム間論争の色彩を帯びてくるであろう。現代の理論物理学の内部においてすら、相対性理論と量子力学は完全には統合されていないのである。また逆に、近代経済学とマルクス経済学を、対立する二つのパラダイムとしてではなくて、異なった目的のために異なった対象を扱う異なった学問であると考えることもできるのである。

それゆえ人文・社会科学にはパラダイムがないとか、それを根拠に自然科学と非自然科学を、ひいては自然と人間を区別することはできない。これはクーン自身の説ではないが、どの科学においても次のような二重の模範-追従関係、(1)一見自然科学的と思われる模範-追従関係と(2)一見社会科学的と思われる模範-追従関係がある。すなわち、(1)プラトンめいた表現になるが、科学理論においては、被説明与件たる個別者は、説明する規則の体系としての理論に、ちょうど弟子たちが巨匠の模範を模倣してそれに追従するように、追従する。他方、(2)この《説明する理論》が《説明される与件》によって追従される模範たりうるか否かは、ひとえにその理論が他の《説明する科学者》によって追従されるか否かにかかっている。

総括的に言うならば、パラダイムとは他の様にも追従しうる他の追従させることが追従するところの模範であるということになる。蓋し「パラダイムは科学を構成する」だけでなく「同様に自然をも構成する[6]」と言われる所以である。クーンがパラダイムを抽象的教科書的な理論にではなく、歴史的個別的科学者のそれに求めたのは、それの有限性、つまり支配的パラダイムが《他でありうる》ことを強調するためであったと理解できる。そしてパラダイムが《他になる》こと、これが革命にほかならない。

2. 第二項 科学革命論の権力論的転回

以上、我々はパラダイムにおける二重の模範-追従関係を摘出しつつ、自然と人間の分裂を回避した。もちろんクーンは、それ以前の英米の科学哲学者と比べるならば、自然科学を非自然科学へと、いやそれどころか政治的権力闘争にさえ近付けた点に功績のある人であったし、また我々はここにクーンとマルクス主義との親近性を見出すのである。クーンはプランクの次のような言葉を引用している。

新しい科学的真理が勝利をおさめるのは、それの反対者を納得させ、彼等の蒙を啓くことによってではなく、その[年寄りの頑固な]反対者が最終的に死に絶え、当の新しい科学的真理に慣れ親しんだ新しい世代が成長することによってである。[7]

マルクス主義においてパラダイムに相当するのは、(個人の意識と行為を規定するものとしての)イデオロギーであるが、マルクスは『資本論』のある有名な件で、労働日の無制限な延長を強行する資本家階級のイデオロギーとそれに歯止めを掛けて自らの労働商品を高く売ろうとする労働者階級のイデオロギーの対立を取り挙げて次のように言う。

ここではそれゆえに権利対権利の一つの二律背反が生じるのだが、両者とも同様に商品交換の法則によって規制されている。同等の権利を持った者の間では暴力(Gewalt)が事を決する。[8]

カントを想い起こすまでもなく、二律背反とは(p∧q)∧(p∧¬q)という対立であり、労働商品を低く買う(q)か、高く売る(¬q)かという労使間の闘争は、資本主義商品社会というパラダイム=地平(p)内部での争いに過ぎない。マルクスによれば、この闘争は資本主義から共産主義へとパラダイム転換することによって、つまりpそのものを否定することによって止揚されるのである。

資本主義者は共産主義的イデオロギーを私有財産と経済的自由の否定として非難するのであるが、共産主義者にとってはこのような非難の仕方自体がブルジョワ的として非難されるべきなのである。他方共産主義者は資本主義的イデオロギーを生産力に対する生産関係の飛躍的進歩の否定として非難するのであるが、資本主義者にとってはこのような非難の仕方自体が唯物史観的として非難されるべきなのである。このように二つのパラダイムがたんに相互に批判しあうだけでなく、批判の基準自体が批判されるべき当のパラダイムであるとき、両者は「共約不可能」であり、合理的な対話を行うことはできない。かくして先ほどのプランクの言葉を文字って表現すれば、次のように言うことができよう。

新しい共産主義的真理が勝利をおさめるのは、それの反対者たる資本主義者を納得させ、彼等の蒙を啓くことによってではなく、その反対者が革命の中で最終的に死に絶え、当の新しい共産主義的真理に慣れ親しんだ新しい世代が成長することによってである。

再び科学革命の方に話を戻そう。

諸パラダイムが、そうでなければならないのであるが、パラダイム選択について論争状態に入るとき、パラダイムの役割は必然的に循環的になる。各派閥とも自分のパラダイムを擁護するのに自分のパラダイムを用いるからである。[…]政治的革命においてそうであるように、[科学の]パラダイム選択においても、当の集団の同意以上に高次の基準があるわけではない。それゆえ、科学的革命がどのように成されるかを見極めるためには、我々はたんに自然と論理の影響のみならず、科学者集団を構成する極めて特殊な派閥の内部で効果のある説得的議論の技術をも調べなければならないであろう。[9]

今日の我々は、例えばプトレマイオスの天動説からコペルニクスの地動説へと天文学がパラダイム転換したのは、前者よりも後者のほうが天体の運動を簡単に説明することができるという合理的理由によるものと考えがちである。しかしこれは今日からの推測であって、歴史的事実ではない。

コペルニクスの[古代ギリシャのアリスタルコスの地動説よりも]精巧な説でさえもプトレマイオスの[天動説の]体系より簡明でも正確でもなかった。二つの説を選択するための基礎資料として役立つ観察検証は[…]なかった。そのような状況下で、天文学者を(アリスタルコスには惹き付けることはできなかったのに)コペルニクスには惹き付けた要因の一つは、まずもって革新を待望する危機の意識であった。[10]

ファイヤアーベントは『方法への挑戦―科学的創造と知のアナーキズム』で、さらに露骨に次のように言う。

ガリレオ[の地動説]が流行したのは、彼の文体とその鋭い説得のテクニックのおかげであり、彼がラテン語ではなくむしろイタリア語で書いたからであり、古い思想とそれの学問基準に嫌気がさしている人々にアピールしたからである。[11]

かくしてひとは、科学とは権力闘争の歴史の産物であると考えたくなる。

そう考えることは、科学においては力がものをいう[might makes right]ということを含意するであろう。この定式は、もしもパラダイム間の選択がそれによって成されるところの過程と権威の本性を歪めるのではないならば、全く誤っているわけではない。[しかし]もしも権威のみが、とりわけ科学者集団の外部の権威がパラダイム論争の調停者であるならば、この論争の帰結は依然革命ではあるのだろうが、科学革命ではないであろう。[科学者という]特殊な種類の共同体のメンバーにパラダイム間選択の権力を付与するというところに科学の当の存在がかかっているのである。[12]

科学が科学外的な権力に対して自律性を持っていることは、科学が権力とは無縁であることを意味しておらず、むしろ反対に、科学それ自体が一つの権力であることを帰結する。《真理》と《権力》を異質なものとして対立させた上で、後者が前者に因果的な影響を及ぼすのではなくて、《真理》と《権力》は同一であり、《真理》とは《権力》であり、《権力》とは《真理》であるという次の章で確認するフーコー的なテーゼをクーンの議論の中に読みこんだとしても間違いではあるまい。

先のマルクスの主張《die Gewalt entscheidet》も同様である。共産主義のパラダイムは、さしあたり資本主義のパラダイムの内部での有利な“商品”交換という卑近な自己利益を追求するプロレタリアートとブルジョワに闘争させ、理性の狡智よろしく自らを顕にする。ミネルバの梟は黄昏に巣立ち、共産主義の理念は、資本主義の崩壊過程の末にプロレタリアートの意識に上る。理性の狡智は狡智ではあっても理性的である。理性的であるもの(真理)は現実的(権力)であり、現実的なもの(権力)は理性的(真理)である。

もちろんマルクスにとって、ヘーゲルのように歴史を絶対精神の顕現と見なすことは観念論的に転倒しているし、絶対知は現存のプロイセン国家においてではなく、未来の共産主義社会において完結すべきであろう。だがマルクスの闘争史観もまた、歴史を人類の真理が自己実現する過程と見なしている、とまでは言える。

以上の《真理=権力》論を、第一節での我々のパラダイムの概念規定から説明してみよう。パラダイムとは、(1)他の様にも説明されうる被説明与件をある説明する機能へと服従させることへと(2)他の様にも服従しうる他の服従させる機能を服従させる模範のことであった。(1)のモメントは真理に、(2)のモメントは権力に対応する、とさしあたりは割り振れる。しかし《基体は主体のもとへと服従する The subject is subject to the subject》がゆえに、《Subjekt=Substanz》であるから、(1)と(2)の二つのモメンテは、同一の事態の二つの異なった射影であると主張できる。

もっともあるひとは、真理を整合説的にではなくて対応説的に考えるかもしれない。しかし対象(正確に言えば対象の知覚・知覚という判断)に判断が“対応する”ということは“整合する”ということであるから、いずれにせよ我々の服従モデルは有効である。それはちょうど、「権力」と聞いて、複数の意識主体を“整合説的に”統一することではなくて、“対応説的に”既存のおかみにへつらうことを連想する人も、権力とは何かに関しては前者を連想する人と概念が一致しているのと同様である。

以上のように科学の自律性を損なうことなく、否むしろその自律性を強めることによって、科学革命論を権力論一般へと拡張することができるのなら、マルクス主義のパラダイム論へのパラダイム転換への路も容易に開けることになる。これが次の節の主題である。

3. 第三項 唯物史観の言語論的転回

経済学批判』第一分冊の序言[13]に記されている周知の唯物史観の公式は、要点を箇条書きにすれば、次のようにまとめられる。

  1. 人間は、その社会的生産において、生産力に対応した一定の生産関係(所有関係)に入る。
  2. この社会的生産関係が人間の意識(イデオロギー的上部構造)を規定するのであってその逆ではない。
  3. 生産力は、発展するにつれて生産関係と矛盾するようになる。このとき革命が起こり、生産関係と上部構造は変革される。

これとパラレルに「科学革命の構造」を公式化するならばどうなるであろうか。我々としては、先のパラダイム概念の重層的理解に即して、(1)Substratum と(2)Subjekt の二つのレヴェルに分けて科学闘争史観の公式を式述することにしよう。まず(1)については次のようになる:

  1. 対象は、それが知覚される際、それに対応した一定の理論的枠組=科学理論に入る。
  2. この理論的枠組=科学理論が個別的な知覚(の様相)を規定するのであってその逆ではない。
  3. 知覚(観察データ)は、蓄積されるにつれて理論的枠組=科学理論と矛盾するようになる。このとき革命が起こり、理論的枠組=科学理論は変革される。

(2)の方のモメントは次のようになる:

  1. 科学者は、その科学的研究において、自分の研究分野に対応した一定の研究関係(科学者集団)に入る。
  2. この科学者集団における研究関係が科学者の意識を規定するのであってその逆ではない。
  3. 科学研究の発展につれて、異常科学が発生し、従来の模範-服従関係と矛盾するようになる。このとき科学者集団の内部において革命が起こり、パラダイムが転換する。

マルクスは、生産力に対する生産関係の役割を「母胎 Schooß」のメタファーで特徴付けている。母胎なくして胎児は生長しえないのだが、しかし胎児が大きくなるにつれて、母胎は「発展形態から桎梏へと転じる」。桎梏という否定を否定し返すことによって、胎児は新生児という新たな段階へと移行しうる。同様に(哲学的反省のもとでは)全ての「見る」は「として見る seeing-as」であり、知覚はそれを説明する理論枠組を母胎として必要とする。もし理論的枠組がなければ、我々は混沌とした知覚を前に、何をしてよいのかわからなくなるであろう。

しかしもし理論枠組が知覚を整合的に説明できなくなるならば、それは認識の発展形態から桎梏へと転じる。もっともポッパーが考えるように、科学理論はたった一つの反証例によってたちまちのうちに崩壊するわけではない。封建的生産関係が、台頭するブルジョワ階級に対して頑固に抵抗してこれを抑圧し、みずからの延命を試みたように、科学理論は反証例を突き付けられても、トカゲの尻尾を切る要領で、周辺的な部分の修正で事態を切り抜け、中枢的な部分は保存しようとする。そしてそれでは追いつかなくなったとき革命が起きる。

さて、このように二つの史観をたんにパラレルに併置しただけでは不十分なのであって、次に両者の関係について考察しなければならない。唯物史観の公式では、科学は(それが人間の意識の産物である限り)上部構造に属するので、科学革命は、所詮、経済的革命の「反映」にすぎないということになる。ところが経済的革命の原動力たる生産力の発展は科学技術の進歩に依存しており、そこで(エンゲルスも認めたように)上部構造による土台の規定をも考えなければならないようになる。

しかし我々が問い返さなければならないのは、土台と上部構造を別々に立てた上で、因果関係が一方的か相互的かということではなくて、このような問いの地平そのものなのである。経済的・政治的・法律的・科学的・芸術的・宗教的・教育的・家族的等々の諸制度は、等根源的にある一つの時代の《知》の形態であるとは言えないだろうか。このように考えることは観念論を意味しない。《知》は社会諸制度を離れてはありえないのだから。

では《知》とは何か。《知》とは言語(意味・情報)である。したがって社会制度とは言語制度である。もちろん経済的活動は、たんに人と人との商品交換の関係のみならず、自然に働きかけるレアールな生産(労働)のモメントを含んでいるわけだが、いかなる活動が労働で、いかなる活動が非労働であるかは言語的判断にかかっており、したがって労働を可能ならしめるのは言語である、社会諸制度のパラダイム(模範)は言語である、と言える。社会だけではない。人間を含めた生命体は、遺伝子という情報を《模範》として複写され・生産されているという意味で、情報(言語)はパラダイムなのである。遺伝子はたんに生物のみならず、生物の知覚様式をも決定する。

生物の種の進化はパラダイム転換の歴史であり、人間という種の発生と学問の開花が人間の意識に世界と歴史を開示することによる世界創造の過程でもある。つまり科学とは、世界が産み出した人間に世界を満たしている記号の意味を(実験その他の方法で)解読させる世界の自己認識なのである。

パラダイムとしての言語における《模範-服従》関係は、ウィトゲンシュタインの言語ゲーム論に謂う所の規則遵守(rule-following)によって特徴付けられる。言語行為を遂行するに際して、しかしながら、ひとはイデア界に超越する自存的意味を《模範=パラダイム》とするわけではない。

ウィトゲンシュタインは問うた:“椅子”や“木の葉”や“ゲーム”のような言葉をあいまいさや異論の余地なく適用する為には、何を知る必要があるか?――この問いは極めて古く、意識的にであれ直観的にであれ、椅子や木の葉やゲームが何であるかその本質を知らなければならないと言うことによって一般に答えられてきた。すなわち全てのゲームが、そしてゲームのみが共通に持っているいくつかの性質を把握しなければならない。しかしウィトゲンシュタインは、言葉の使い方や言葉を適用する世界の種類が与えられたなら、そのような性質は不必要であると結論を下す。[…]以前見たことのない行為であっても“ゲーム”という言葉を適用するのは、今見ている行為が、ゲームという名前で以前呼ぶことを学んでいた多くの活動と緊密な“家族的類似性”を持っているからである。[14]

クーンによると「標準的な解釈や公認の規則への還元がなくても、パラダイムが研究を導くことができる[15]」のは、パラダイムの模範性が持つこの家族的類似性の性格にある。つまりその模範性は、概念的に把握されるべき本質ではなく、直観的に理解されるべき類似性なのである。科学者は、パラダイムから研究の仕方を頭で理解するのではなく、身体で覚え込む。蓋し言葉の意味を理解するということは、その言葉を《適用することができる verwenden können》ということである。簡単に言えば、意味(Sinn)とは使用(Gebrauch)なのである。

新しい[自然科学の]理論は、常にいくつかの具体的な自然諸現象への適用と共に発表される。[…]理論を学ぶプロセスは、適用の勉強に依存しているのだが、それは紙と鉛筆を用いて、あるいは実験室での器具を用いて問題を解く練習をすることをも含むのである。もしも例えばニュートン力学を学ぶ生徒が“力”“質量”“空間”“時間”といった用語の意味を理解するならば、それは教科書に載っているしばしば役には立つが不完全な定義からではなくて、これらの概念を問題解決に適用することを通してである。[16]

以上からウィトゲンシュタインの《言語=パラダイム》論をパラダイムとしつつ、クーンが言う意味でのパラダイムを言語に求めることができる。そしてここにおいても《模範-服従》関係の重層構造が示されなければならない。すなわち言語論的転換においては、たんに言語に従うことだけではなく、言語とは従うことであるということを洞察しなければならない。私は言語の使い方を他人から学び、そして他人は私を含めた他人から言語の使い方を学ぶ。過去の古典的語法は模範としての優位を持つが、現在の我々がそれに従わなければ、それはもはや模範ではなくなる(言語の使用法におけるパラダイム転換)。絶対的模範も絶対的服従もない(Anyone can be an exemplar, but no one is the exemplar)。言語パラダイムはかかる家族的類似性、つまり《連続的不連続性=不連続的連続性》を持つ。

家族的類似性なる普遍概念は、一方で概念の実体的同一性を粉砕しつつ、他方共約不可能性の懐疑論を克服する。共約不可能性についてよく問われる疑問は、パラダイム P1とパラダイム P2が共約不可能であるとき、P1が P1≠P2と判断しうるためには、P2について理解していなければならないのではないのかというものである。

もし P1と P2が全く違うのなら、両者を等しくパラダイムと呼ぶことすらできないはずである。ニュートン力学と相対性理論では、「時間」「空間」「速度」などの概念の意味が異なるにしても、少なくともこれらの概念は共有されているのだし、だからこそ両者の間で論争が起こりうるのである。P1と P2の間に、そして P2と P3の間に何らかの連続性があるのならば、たとえ P1と P3が何も共有するものを持たないとしても、つまり共約不可能であるとしても、両者は《連続的不連続性=不連続的連続性》を持つことになる。

マルクスは、伝統的形而上学者が彼岸に立てた実体(例えばプラトンのイデア、カントの物自体、ヘーゲルの絶対精神)に地上からの批判を行い、これを人間の類的存在にまで引きおろした哲学者であった。マルクスの未完のプロジェクトは、言語をパラダイムとして遂行されるはずである。

4. 参照情報

  1. Kuhn, Thomas S. The Structure of Scientific Revolutions. 1970. 2nd edition. The University of Chicago Press. p. 187.
  2. Kuhn, Thomas S. The Structure of Scientific Revolutions. 1970. 2nd edition. The University of Chicago Press. p. 42.
  3. Kuhn, Thomas S. The Structure of Scientific Revolutions. 1970. 2nd edition. The University of Chicago Press. p. 15.
  4. Kuhn, Thomas S. The Structure of Scientific Revolutions. 1970. 2nd edition. The University of Chicago Press. p. 165.
  5. Kuhn, Thomas S. The Structure of Scientific Revolutions. 1970. 2nd edition. The University of Chicago Press. p. 163.
  6. Kuhn, Thomas S. The Structure of Scientific Revolutions. 1970. 2nd edition. The University of Chicago Press. p. 110.
  7. Kuhn, Thomas S. The Structure of Scientific Revolutions. 1970. 2nd edition. The University of Chicago Press. p. 151.
  8. Marx, Karl. Das Kapital. Kritik der Politischen Ökonomie. Erster Band. 1883. Die historisch-kritische Marx-Engels-Gesamtausgabe, Zweite Abteilung, Bd.8. Dietz Verlag., Internationale Marx-Engels-Stiftung. p. 241.
  9. Kuhn, Thomas S. The Structure of Scientific Revolutions. 1970. 2nd edition. The University of Chicago Press. p. 94.
  10. Kuhn, Thomas S. The Structure of Scientific Revolutions. 1970. 2nd edition. The University of Chicago Press. p. 75-76.
  11. Feyerabend, Paul. Against Method. 1978. Verso. p. 141.
  12. Kuhn, Thomas S. The Structure of Scientific Revolutions. 1970. 2nd edition. The University of Chicago Press. p. 167.
  13. Marx, Karl. Einleitung zur Kritik der Politischen Ökonomie. 1859. Die historisch-kritische Marx-Engels-Gesamtausgabe, Zweite Abteilung, Bd.2. Ökonomische Manuskripte und Schriften 1858-1861. Dietz Verlag. Internationale Marx-Engels-Stiftung. p. 100-101.
  14. Kuhn, Thomas S. The Structure of Scientific Revolutions. 1970. 2nd edition. The University of Chicago Press. p. 44-45.
  15. Kuhn, Thomas S. The Structure of Scientific Revolutions. 1970. 2nd edition. The University of Chicago Press. p. 44.
  16. Kuhn, Thomas S. The Structure of Scientific Revolutions. 1970. 2nd edition. The University of Chicago Press. p. 46-47.