10月 071999
 

デフレが進行する中で、財政支出を切り詰めると、景気がさらにいっそう悪化するとして、小さな政府に反対する人がいる。デフレを悪化することなく、市場原理を導入することは、どうすれば可能だろうか。

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司会: 現在、日本は出口の見えない不況の中にありますが、景気回復のためには、財政出動をするべきなのか構造改革を急ぐべきなのか、つまり日本経済を再建するためには大きな政府と小さな政府のどちらが望ましいのかについて議論してもらうことにしましょう。

社会: 不況のとき、企業がリストラをするように政府が行政改革を行えば、失業者が増加し、将来不安のため貯蓄が増えて消費が低迷し、不況がますますひどくなる。この総合の誤謬による悪循環から脱却するためには、政府は公共事業の拡大や所得税減税によって景気を刺激するべきだ。

自由: 政府の行革は失業者を増やさない。現業部門や外郭団体を民営化しても、それが即解雇につながるわけではない。それにしてもあなたは伝統的な総需要政策しか頭にないようだね。政府は92年8月以来7年間にわたって100兆円を超える規模の総需要政策を行ったが、それによって日本経済が良くなったと言えるかな。

資本集約的産業から知識集約的産業へと基幹産業のトレンドが代わったため、土木建築によるインフラ整備の波及効果は限られたものになってしまった。公共投資は麻薬と同じで、一時的に気持ちの良い幻想を抱かせることができるが、効果はすぐなくなり禁断症状が現れる。すると政治家は近視眼的な人気取りのために再び麻薬を投入する。この時間的不整合によって、日本経済は健康になるどころか廃人同様になっていく。

所得税減税の効果は、一部は貯蓄の増大によってそがれ、また消費が拡大しても輸入が増加するので国内企業の収益性改善にはあまりつながらない。

財政政策で唯一推奨できる景気対策は、法人税・事業税減税だ。所得税・住民税減税の場合と違って貯蓄には回らないので、即効性があり、民間投資を活性化する。さらに民間投資は公共投資とは異なり、効率的で、費用に対する効果が大きい。

国家: 現在の需給ギャップを需要不足と設備過剰に分解すると、概ね3対7の割合で設備過剰が大きな原因となっている。法人税・事業税減税で民間による勝手な過剰投資を促進してよいのか。

自由: たしかにバブルの時期に行われたゴルフ場開発などの過剰投資をスクラップしなければならないが、同時に技術革新のための研究開発など新たに投資を拡大しなければならない分野もある。ただし法人税・事業税減税が、リストラを遅らせる一時的な救済策にならないように、税制のあり方を変えなければならない。すなわち、法人税事業税に累進性のある外形標準課税方式を取り入れ、税の性格を収益に対するペナルティから独占に対するペナルティに変える必要がある。税率が規模に関して累進するようになれば、大企業は不採算部門を売却して得意分野に特化し、不得意分野をアウトソーシングするようになる。同時に独占が困難になるので競争が活発になる。企業は、量から質への転換、即ち従来のように売上高を伸ばすことよりも利益率を上げることを迫られる。その結果企業は収益性改善のための投資をすることになるであろう。

社会: 不況のときに構造改革をするなんて、病人に鞭を打ち、立ち上がれと言うようなものだ。橋本内閣は日本経済が病み上がりのときに行政改革を断行したため、景気を急速に悪化させてしまった。同じ過ちを繰り返すつもりか。

自由: 橋本龍太郎さんは、財政再建のために消費税率を引き上げ、特別減税を打ち切り、医療費負担を増やしたわけだが、これが97年から始まる橋龍不況の原因だと言われている。しかし彼の財政再建策が失敗したのは、それが《行革による財政再建》ではなく、《行革なき財政再建》だったからだ。小さな政府による財政再建の理念は、歳出を減らすことによって財政赤字を減らすことであって、橋本さんのように歳入を増やして財政赤字を減らそうとすることは大きな政府のすることだ。

国家: 今の不況は、通常の在庫調節型不況ではなく、資産デフレによる構造不況だ。バブル崩壊後、不動産や株などの価格が下落したために含み損が発生し、含み益を担保にした融資が滞ってマネーサプライが伸び悩み、それが設備投資と生産を萎縮させ、雇用と賃金水準の悪化と消費の減退を惹き起こしている。これ(図2と図3)を見てわかるとおり、日本での物価は下落傾向にある。

日本銀行調査統計局「卸売物価指数」、各国資料により作成。卸売物価のデータは、日本が国内卸売物価、米国が生産者価格、ドイツが工業生産者価格。日本は、97年4月の消費税率引き上げの影響を除いた試算値。
図2 最近の卸売物価の動き
総務庁統計局「消費者物価指数」、各国資料により作成。日本は、97年4月の消費税率引き上げの影響を除いた試算値。
図3 最近の消費者物価の動き

地価や株価など資産価値も下落傾向にあるので、現在の物価下落は、生産者の経営努力によってもたらされたものではない。物価下落の原因はデフレーションだ。市場原理至上主義者は政府事業の民営化を主張するが、デフレスパイラルを阻止しないで、約100兆円と言われる国公有財産を売却すると相場の需給関係を悪化させ、更なるデフレ要因になるのではないか。

自由: 国公有財産を売却してマネーを吸収しても、その売却益で国債・公債を買えば、マネーは市中に戻ってくる。だから政府事業の民営化はマネーサプライを減少させない。

国家: しかし少なくとも増加させない。マネーが収縮しているのに、レッセフェールの原則を貫いて、放って置けば、経済は底無しの地獄に落ちていく。

自由: デフレスパイラルを食い止めるには、調整インフレが有効だ。これ以上金利を引き下げられないし、法定準備率の引き下げにも限界がある。日銀に残された金融緩和手段は、買いオペレーションだけだ。そしてマーケットにインフレ期待を持たせるためには、日銀による国債引受や買い切りオペが望ましい。

国家: やれやれ、調整インフレか。もともと調整インフレ論は、小渕政権が積極財政を行うために国債を増発し、そのため98年の末に債券市場での需給関係が悪化し、長期金利が上昇し、民間投資がクラウドアウトされてしまったことに対する対策として浮上してきたわけだが、君は調整インフレによって長期金利上昇に歯止めがかかると思うか。

自由: そうは思わない。日銀が主張しているように、インフレになれば、長期金利はむしろ上昇するはずだ。しかしそれを根拠に調整インフレを行うべきではないという結論を出すのは早計だ。調整インフレの本来の目的はマネーサプライの伸び率を引き上げることだ。マネーサプライ(M+CD)の伸び率は80年代には世界同時不況や円高不況のときを含めて6%以上だったのに対して、バブル崩壊後の90年代にはずっと6%未満、99年6月現在で前年同月比4.3%だ。不況から脱出しGDPの成長率を上げるには、マネーサプライの伸び率を10%近くまで引き上げなければならない。

社会: マネーサプライを人為的に増加させることは、小さな政府の理念に反していないのか。

自由: マネーサプライの伸び率を安定させることは、中央銀行の最低限の仕事だ。日銀は80年代の後半に、低金利政策を続けてバブルを煽り、バブル崩壊後、91年には日銀がコントロールできるベースマネー(ハイパワードマネー)の伸び率がマイナスになる異常事態が発生したにもかかわらず、有効な対策を打たず、このため翌年にはマネーサプライの伸び率がマイナスになり、平成大不況の原因を作ってしまった。羹に懲りて膾を吹くということなのか、日銀は不況だというのにバブルの再燃を恐れ、デフレだというのにインフレの心配をしている。

社会: 日銀がお札を刷って国債を買い、通貨供給を増大させるといっても、日銀の輪転機は打ち出の小槌ではないわけで、結局は国民がそのつけである“インフレ税”を負担することになる。そのような搾取的方法に、具体的にどのようなメリットがあると言うのか。

自由: 日銀が国債引受なり買い切りオペなりで名目マネーサプライを増加させることには、次のようなメリットがある。

  1. インフレにより政府と民間の債務額が減価されるので不良債権の償却が容易になる。事実上の徳政令であるが、銀行が特定ゼネコンなどの債権放棄をする場合と違って平等である。
  2. 債権者である個人預金者は打撃を受けるが、それによって個人消費が落ち込むことはない。インフレは貯蓄を吐き出させ、耐久消費財の購入や株式の購入を活性化させる。
  3. 通貨の減価により、為替相場は円安になる。輸入物価の上昇は、更なるインフレ要因として機能する。日本は輸出主導型経済であるから、円安はある程度までは景気回復の好材料となる。
  4. 国債残高は、名目でも実質でも減少する。政府は、自分が消化する国債の額だけ新たな歳入を得ることができるので、それを財源にして法人税の税率を減らすことができる。

要するに、調整インフレを行えば、単価の大きい耐久消費財の国内消費が拡大し、輸出が容易になり、企業の債務が減価し、法人税が減税になり、株が上昇するので、民間投資が活発となり、景気回復が回復すると期待される。

社会: 国債の日銀引き受けは、戦前の高橋是清蔵相が昭和恐慌を乗り切るために使った手法だが、その後財政感覚の麻痺による軍事費増大とハイパーインフレを招いた。この前例に対する反省から、現在では政府の発行する国債は、市中消化が原則で、新規発行国債を日銀が引き受けることは財政法・日銀法で禁止されている。財政法第5条に「すべて、公債の発行については、日本銀行にこれを引き受けさせ、又、借入金の借入については、日本銀行からこれを借り入れてはならない」とある。

自由: でも財政法第5条は、その続きに「但し、特別の事由がある場合において、国会の議決を経た金額の範囲内では、この限りでない」と例外を認めている。あらかじめ引き受け額の上限を設定した上で行えばよい。ハイパーインフレは、将来予測を不可能にするので望ましくはないが、インフレだから望ましくないというのは偏見だ。バブル崩壊後のデフレを中和し、軽度のインフレにするべきだ。

戦前の昭和恐慌の原因は、1930年、暗黒の木曜日の後世界恐慌でデフレが進行しているときに、第一次世界大戦前の旧平価による金輸出解禁をして金本位制に復帰しようとしたことにあった。時の蔵相井上準之助は市場にデフレ圧力を加えることで、産業の合理化を促し、高コストと高賃金の問題を解決して国際競争力をつけようとしたのだが、割安な金はたちまち海外に流出し、国内のマネーサプライが減少したために大恐慌となり、円高で輸出競争力が低下し、企業は倒産し、株価は暴落し、31年には金輸出が再度禁止となった。やはりデフレの時にはインフレ策を取るべきだったのだ。

もちろん私は高橋是清の真似をしろと言うつもりはない。戦争を含めた公共事業によってではなく、法人税減税による民間投資の促進によって不況を乗り切るべきだと主張しているわけだ。

社会: インフレで金利が上昇すると、企業の債務返済が困難になり、景気には悪影響だ。現にニューヨーク市場では、インフレによる金利上昇懸念が持ち上がるごとに株価は下がっている。

自由: インフレになれば、名目利子率は上昇するが、実質利子率は上昇しない。むしろ下がる。現在名目金利は、短期金利はほぼゼロで、長期金利も2%以下に抑えられている。名目金利がこれほど低いと、生保が逆鞘に苦しむなど、金融機関は苦境に立たされる。日銀は、短期市場金利をゼロ近傍まで低下させることによって潤沢な資金を市場に供給していると言っているが、潤沢に増えているのは、行き場を失った使い道のないマネーだけだ。預金に対する貸し出しの割合も減少傾向にあり、98年の銀行における資金余剰額の対GDP比率は過去最高の4.1%で、その一方、民間金融機関の平均貸し出し残高は減る一方(99年6月現在で対前年同月比マイナス1.2%)だ。

名目金利が上昇したほうが景気には良い。名目金利が低いほうが借り手の企業には良いと日銀は考えているようだが、デフレだから実質金利は高いので、設備投資への意欲はわかない。金利をマイナスにすることはできないので、名目金利がゼロ近くでも、デフレがひどくなるとデフレになった分だけ実質金利は上昇していく。価格伸縮経済は、数量調節的ではないので、在庫調整による通常の不況に対しては自律的に適応できるが、まさに価格伸縮的であるがゆえに、デフレスパイラルからの自律的脱却は難しい。日銀の低金利政策は、今まさに限界に来ている。今後の不当な実質金利の上昇を抑制するためにも、調整インフレは必要だ。

ニューヨーク市場で金利と株価がトレードオフの関係になっているのは、貯蓄率がマイナスで、株式市場と債券市場がマネーの奪い合いをしているからだ。日本では97年以降の金融不安のおかげで、マネーが金庫預金や郵貯に避難してしまっている。この行き場を失ったマネーを金融市場へ回帰させることによって、債券市場と株式市場を両立させることができる。

国家: 調整インフレによって将来円安ドル高が進むことになれば、外貨建て投資が魅力的になり、日本の貯蓄が国内に投資されずに海外に出て行ってしまう恐れがある。実際90年代の後半から、通貨安・低金利の日本から通貨高・高金利の米国へ大量のマネーが流れた。これでは景気回復にはつながらない。

自由: たしかにこれまでアメリカは、世界の投資信託銀行として日本と欧州から資金を集め、エマージングマーケットに投資し、成功してきた。ところが、98年のロシア経済危機をきっかけに、アメリカへのマネーの流入が滞るようになった。そして99年1月12日には、円は1ドル108円まで上昇した。以後、円高になるごとに日銀は円売りドル買いを行ったが、不胎化を堅持しているので、円安にはならない。。円安にするためには、調整インフレをするべきだ。今後日本が調整インフレを行っても、次のような理由から、アメリカへマネー再び流出し始めるとは思われない。

  1. ドル高になると、通貨をドルペッグにしている途上国が通貨を切り下げる可能性が高まるだけでなく、アメリカの経常赤字が拡大するので、アメリカの通貨当局がさらなるドル高を容認するとは思えない。ルービンが財務長官を辞任した背景には、経常赤字が焦点となる大統領選挙を目前に控え、ドル高政策を転換する目的があったとすら言われている。
  2. アメリカの株式相場には高値警戒観があり、またアメリカ経済の裏庭である中南米も経済の先行きが不透明であることから、日本の投資家はアメリカ市場への投資に以前より慎重になっている。99年に入ってから米国債を売って欧州債を買う動きが見られる。
  3. 99年4月1日から生保会社に対する早期是正措置が導入され、生保会社のリスクテイク能力が低下するため、日本の生保が為替リスクのある外債を減らすと予想される。
  4. ヘッジファンドの監視強化によってマネーロンダリングが制限され、米国への資本流入が容易でなくなりつつある。

日本の輸出企業の想定レートは115~120円と言われる。日本経済は94年以降再起し始めたが、円高で腰折れしてしまった。99年の「変化の胎動」も円高で流産になるおそれがある。そうならないように調整インフレで円高を阻止するべきだ。もし急激に円安ドル高が進むのなら、日本が保有する米国債を売却すればよい。日本政府は二千億ドル近くの米国債を持っている。

司会: 市場原理の導入で、保護産業が自立できるようになるのか、これから具体的な各論を通して検討していきましょう。

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