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市場原理は至上原理か(11)郵便事業は民営化するべきか

1999年10月14日

郵政事業を民営化すると、過疎地の郵便料金が値上がりし、ユニバーサル・サービスが不可能になるとして、民営化に反対する人がいる。過疎地は都会より住居コストが安いのに、通信費は同額にしろという方が不平等ではないのか。

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このページは電子書籍『市場原理は至上原理か』の一部です。

1. 郵便事業は民営化するべきか

司会:流通の自由化について議論しましょう。流通といっても狭義の物の流通だけでなく、情報の流通すなわち通信も含めます。郵便は、情報を物として運搬するので、通信産業であると同時に流通産業でもあるというところでしょうか。それでは、郵便事業の民営化の是非について討論してください。

社会:1997年9月に出された行政改革会議の中間報告でも郵便事業だけは国営維持だった。世界で郵便事業を完全民営化しているところはほとんどない[1]。郵便貯金を廃止したアメリカですら郵便事業を国営のまま維持している。郵便事業民営化は特に反対だ。そもそも郵便事業を私企業に任せたら、憲法が保証している信書の秘密の保持ができなくなる。

自由:もし信書の秘密がそんなに重要ならば、どうして郵便局はアルバイトを雇ったりするのか。プライバシーを侵害するような業者が市場から淘汰されるメカニズムが確保されている限り、信書の秘密は保持される。

社会:民間業者が郵便事業に参入しても、採算が取れる地域にしか進出しない。郵便事業の地域別収支は偏っている。現状では、黒字は三大都市圏だけで、地方では赤字だ。民営化されれば、全国均一料金制が廃止されるか過疎地が切り捨てられるかのどちらかだ。前者の場合、郵政省の試算によると、政令指定都市以外の地域宛て一般郵便料金は、手紙は80円から240円に、はがきは50円から150円になってしまうとのことだ。どんな離島でも僻地でも住民はすべて等しく利便を受ける権利がある。国営の郵便局ネットワークがなければ、このようなユニバーサル・サービスは保証されない。国家は、全国いつでもどこでも、公平かつ簡便に生活基礎サービスを利用する機会を国民に保証しなければならない。

自由:僻地の地価は、交通コストが高くつく分だけ安い。田舎に行けば行くほど家賃の水準は落ちる。もし「生活基礎サービス」を全国均一料金のユニバーサル・サービスにしなければならないとしたならば、衣食住の一つである住の料金も全国均一にしなければならない。地価は過疎地の方が安いのに、通信コストだけは全国均一にするなんてかえって不公平だ。そもそも田舎は都会よりも弱者というのはうそだ。経済企画庁が発表する「豊かさ指数」の都道府県別総合順位を見てもわかるように、都市部よりも農村の方が豊かなぐらいだ[2]

社会:でも地域別料金にすると、郵便物は無記録扱いだから、郵便ポストが使えなくなるよ。また複数の種類の切手を用意するとか、いちいち料金表を見るとかいったことは、利用者にとっては不便だ。

自由:今の郵便料金だって重さによって料金が異なるから不便だ。いちいち郵便局に行って量ってもらわなければいけない。そこで次のような提案をしたい。従来の切手は廃止して、代わりに自分が口座を持っている銀行でIDバーコードを発行してもらう。はがきや封筒をポストに入れる時、そのバーコードを貼って出す。郵便物を回収し、7桁の郵便番号で宛先別に振り分ける時、つまりまだ郵便物の投函地区がわかっているうちに、重さを量って料金を計算し、機械に差出人IDバーコードを読み取らせ、後で口座から料金をまとめて引き落とす。そうすれば、これまでのように郵便料金や消費税率の変更のたびごとに切手を買い直す必要はなくなる。

社会:そんな機械を新たに設置しようとすれば、費用は馬鹿にならないだろうな。ところで銀行に口座のない人はどうするのだ。

自由:近くの有人受付カウンターまで行って現金で料金を支払えばよい。日本全国にある郵便ポストの数は約16万個であるのに対して、宅配業者の窓口は、コンビニ、米屋、酒屋など28万個所ある。これに2万局の郵便局の数が加わるわけだから、無人ポストよりも有人受付カウンターの方が便利になるぐらいだ。

社会: 郵便事業が民営化された場合、内容証明の公証性はどうするのか。近年金融機関の内容証明引受数はもとより、一般市民の、特にクーリングオフにともなう需要が増大している。利潤追求ならば、特定の企業にのみ有利な扱いをして、儲からない、しかも書式を知らないために手間のかかる一般市民を切り捨てることになるのではないか。

自由:郵便サービスを民営化しても、内容証明サービスだけを切り離して郵政省の仕事とすることができる。まず郵政省がインターネット上に内容証明専門のサイトを開設し、客が内容証明したい手紙を持ってきたら、窓口でその内容をスキャナで読み取り、そのデータを郵政省のサイトにオンライン登録しておく。出した日付は自動的に記録する。内容証明を要する手紙を受け取り手に手渡す時、配達人がモバイル端末を用いて、受取人に受け取る日付と時間の確認をさせた上で、それを本人確認のデータといっしょに郵政省のサイトに送る。こうすれば、郵政省の方で、内容証明、日付証明、配達証明をすることができる。郵政省は98年2月から1ヶ月、インターネットを使って内容証明郵便の申し込みを処理する実験を、札幌中央郵便局で実施したそうだ[3]。現在の内容証明郵便は、差出人があらかじめ同内容の文面を3通用意して窓口で内容の確認を得る必要があるなど手続きが煩雑だ。デジタル化すれば、利用者にとっての利便性も増えるし、コストが削減されるので、郵便サービス提供会社にとっても相応の利潤が期待できる。

国家:しかしそれにしても現在2万局以上ある郵便局が、民営化後も存続できるかどうか疑問だ。ドイツの場合は、郵便事業を公社化したために1989年末の約29000局あった郵便局が1995年末では約17000局にまで減少している。採算が取れないところは閉鎖してしまえで済むのかな。郵政審議会が発表した『郵便局ビジョン2010』の表現を借りて言うならば、郵便局ネットワークは「国民共有の生活インフラ」であり、「情報・安心・交流の拠点」だ。 郵便局は、郵便や小包の配送、郵貯・簡保のほかに、年金・恩給・児童手当などの支給窓口になっている。『郵便局ビジョン2010』が提案しているワンストップ行政サービスが実現すれば、140種類もの行政手続きが郵便局一箇所でできるようになる。また郵便局は、銀行支店のない過疎地では、唯一の金融機関で、金融ビッグバンの進展により、民間金融機関の支店数は、どんどん減っていく中、貴重な存在だ。

自由:ドイツの場合、郵便局が閉鎖された地区では、スーパーや食料品店とフランチャイズ契約を結んで窓口業務を委託している。住民の間では営業時間が延びた分便利になったと評判がいい。ポストバンクも24時間利用できるテレフォンバンキングで、店舗の減少を補っている。もちろんテレフォンバンキングでは、こなせるサービスは限られているけれどもね。サービス内容を拡大しようとすればインターネットが必要だ。そもそも今世界的規模で起きている金融革命は、情報技術革新に端を発している。情報通信網が発達して、顧客が自宅のパソコンで金融サービスを受けられるようになれば、当然金融機関の支店数は減少していく。郵政三事業はいずれも情報産業だから、宅配業を除けば、究極的にはオンラインサービスに取って代わられるであろう。その意味で21世紀の「国民共有の生活インフラ」は、郵便局ではなくて光ファイバ網と宅配ネットワークだ。行政手続きも大半は自宅の情報端末でできるようになるだろう。

国家:郵便局も金融機関もなくなるかもしれないと僕が心配しているのは、離島や僻地といった過疎地だよ。そんなところに住んでいる高齢者がパソコンを使うことができると思っているのかい。

自由:郵政審議会が2010年という未来の話をするからそれに合わせているのだ。そのころには、パソコンはテレビなみに、いやテレビと一体となって全家庭に普及しているだろう[4]。現在都市部の方が、インターネット普及率が高いが、これはよく考えるとおかしい。通信が不自由なところほど、インターネットは価値があるからだ。僻地でテレビを持っていても NHK しか見られないが、インターネットならば世界中の情報にアクセスできる。僻地の郵便料金を値上げしてインターネットをもっと普及させるべきだ。

国家:君はインターネット万能主義者のようだね。でも郵政省の調査によると電子メールが普及してもペーパー・メールは減少するどころか逆に増大している。それは日本でもインターネット先進国であるアメリカでもそうだ。電子メールがペーパー・メールを代替するなんてことはない。

自由:日本もアメリカも補助金でペーパー・メールの料金を不当に下げているから、一向に減らないのだよ。市場原理に任せれば、ペーパー・メールの料金は上昇し、それが郵便量を減らし、さらに料金が高くなるというネガティヴ・フィードバックが生じる。ペーパー・メールは電子メールに比べて、たんにコストが高くて遅いだけでなくて、環境問題や資源問題という点でも好ましくない。木を切って紙を作らなければならないし、それを自動車で運ばなければならない。情報は物として運ばずに、情報のまま運ぶべきだ。だから紙の使用量は減らす努力をするべきだし、少なくとも補助金をつぎ込んで環境破壊を促進することは止めてもらいたいものだ。

社会:いくらハードの面で情報化が進んでも、情報化に対応できないため、そのメリットを享受できない、いわゆる「情報弱者」が顕在化し、情報化が高度になればなるほど、「情報弱者」の範囲が拡大するのではないか。こうした、情報の個人間格差を見直し、どこでも、誰でも、簡易に情報にアクセスし、受発信できる現在の郵便システムは堅持するべきだ。

自由:情報弱者には、《同情に値する情報弱者》と《同情に値しない情報弱者》がいる。目が不自由な人、口がきけない・耳が聞こえない人、歩行が不自由な人は前者の部類に属する。インターネットでは文字でコミュニケーションができるし、音読ソフトを使えば耳で読書もできる[5]。老眼の人は、フォントを拡大して読むことができる[6]。図書館に行かなくても自宅で世界中の文献を手に入れることができる。だからインターネットは弱者にやさしいメディアだ。一方情報化に適応しようとしないアナログ人間は、わずかな努力をも怠る同情に値しない情報弱者だ。インターネットなんてパソコンスクールに行けば3日でマスターできるから、自動車免許の取得より10分の1やさしいと考えることができる。パソコンの値段も自動車の10分の1だ。なのに誰も「自動車の普及は交通弱者を生み出す」とは言わない。むしろ自動車のおかげで行動範囲が広がる身体障害者の方が多い[7]

国家:君はアメリカのバブルが崩壊した後で郵政三事業を民営化しろと言った。だがインターネットが100%近くまで普及するのは相当先のことだ。それまでどうするのだ。

自由:インターネット通販が本格化するまでの「国民共有の生活インフラ」はコンビニエンス・ストアが有力候補だ。今コンビニでは宅配便を受け付けたり、住民票の受け渡しサービスをしたりしているが、そのうち民間金融機関がコンビニを使って、インストア・ブランチを展開するようになるに違いない。こうした《コンビニの郵便局化》に対抗するには、《郵便局のコンビニ化》が必要だ。各郵便局を、それぞれに民営化された従来の三業務を業務委託という形で、自店舗で取り扱う代理店としつつ、それ以外の収益性が望める営業も行えるようにする[8]。『郵便局ビジョン2010』は一人暮らしの高齢者などに日用品や雑貨等の買い物,あるいは薬の受け取りなどを代行して宅配する「ひまわりシステム」を提案している。国営だと郵政省の管轄範囲がネックとなるが、民営化されれば、どんなビジネスだって自由にできる。

社会:その代わりサービスの公共性は失われる。通信教育に関わる郵便物、心身障害者団体発行の定期刊行物、日刊新聞などの定期刊行物は通常より安い料金が設定されているが、こうした弱者優遇措置は、民営化されれば撤廃される。

自由:弱者保護は《サービス提供型社会福祉》ではなくて《資金提供型社会保険》で行うべきだ。民営化で得られる税収を弱者保護に直接使えばよい。

社会:1997年5月に共同通信社が実施した世論調査によれば、郵政三事業国営維持賛成者は69.7%、7月に時事通信社が実施した世論調査によれば、郵政三事業国営維持賛成者は63.5%だ。郵政三事業民営化には、国民のコンセンサスが得られていない。

自由:毎日新聞の世論調査によると、「郵便、郵便貯金、簡易保険の郵政3事業の民営化についてどう思うか」との問いに対して、「一部事業は民営化すべきだ」が36%で最も多く、「民営化すべきだ」の19%を合わせると55%が何らかの形で「民営化」を進めるべきだと考えていた。一方、「国営のまま維持すべきだ」は27%で、「民営化」支持者の半分に満たなかった。98年度には郵便事業が625億円、郵貯は6337億円の赤字になり、簡保も剰余金が減少した[9]。累積赤字のために「2005年までは値上げしない」という約束が守れなくなった時、郵政三事業民営化の声が国民から上がるだろう。

2. 参照情報

  1. 日本に先んじて郵便事業を完全民営化した国はドイツである。1995年に、ドイツ政府は、それまで政府所有企業であったドイツ連邦郵便をドイツテレコム、ドイツ・ポストバンク、ドイツポストに分割し、株式会社として民営化した。
  2. 1999年以降、都道府県順位の発表が中止された。堺屋太一経企庁長官(当時)は「身長、体重、視力を足したようなもの」と言って、「豊かさ指数」の無意味さを指摘したが、この指数の基準は身長や体重など最適値が不明な指標ではないのだから、適切な譬えではない。ひょっとすると堺屋の出身地である大阪府が下位であったことが気に入らなかったからなのかもしれない。実際最下位であった埼玉県からはこの指数に対する批判が出ていた。しかし、この順位の発表が中止されたことで、農村が都市を搾取している事実が隠蔽されることになった。
  3. その後「電子内容証明サービス」という正式なサービスになった。このサービスは、インターネットを通じて24時間受付けられている。すなわち、内容証明郵便を電子化し、電子内容証明の証明文、日付印を文書内に挿入し、受取人宛て正本、差出人宛て謄本を自動印刷、電子内容証明郵便物として発送してくれる。
  4. 2010 年時点でインターネット普及率は78%を超えた。高齢者の普及率は若年層ほど高くないが、それでも2014年度末で70台の普及率が50%を超えた。
  5. 音声コミュニケーションの技術はその後さらに進んだ。2016年現在、Apple Siri, Google Now, Microsoft Cortana といった音声認識機能が実用化されている。また電子書籍の読み上げ機能も、かつてのように目が不自由な人のための特殊サービスとしてではなく、所謂「ながら族」のための一般的なサービスとして幅広く使われている。
  6. 従来のパソコンでも、設定を変更することで、フォントを拡大することはできたが、タッチパネルを搭載したデバイスでは、ピンチアウトでより簡単にフォントを拡大することができるようになった。
  7. 情報端末は、その後ますます小型化、低価格化した。また操作もさらに直観的に行えるようになった。将来は、脳波センサーを備えたウェアラブル・コンピュータが実用化し、言葉に出さずにも、考えただけで作動するようになるかもしれない。
  8. しばしば、郵政民営化は過疎地の郵便局の切り捨てになるといった予想をする人がいるが、郵便局のコンビニ化は過疎地の郵便局にむしろ有利に働く。都市部にはコンビニが乱立していて、郵便局がコンビニ化しても、激しい競争に勝てる保証はない。ところが、過疎地にはコンビニがないので、郵便局のコンビニ化は、郵便局の収益力向上と地域住民の利便性の向上につながる。
  9. 1997年に消費税が5%に引き上げられた際、1994年に大幅値上げしたこともあり、郵便料金の値上げは見送られた。このことが収益の圧迫につながった。このため、2014年4月に消費税が5%から8%に上がった時に、増税分値上げした。さらに、2015年8月より「ゆうパック」の基本運賃が、30円〜320円値上げとなった。