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市場原理は至上原理か(12)どうすれば通信に競争が起きるのか

1999年10月15日

NTTは1985年に民営化されたにもかかわらず、なぜNTTの非効率な経営は温存され、1996年にインターネットがブームになってから2001年にヤフー株式会社が格安ADSLを始めるまで、日本の情報技術インフラの整備は遅れたのか。

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このページは電子書籍『市場原理は至上原理か』の一部です。

1. どうすれば通信に競争が起きるのか

司会:郵政省が管轄するもう一つの分野は電気通信です。郵政事業がいまだに国営であるのに対して、電電公社の方は 1985年にすでに NTT に民営化され、99年7月にひとつの長距離通信会社と東西の地域通信会社に分割再編成されましたが、NTT 自体は、持ち株会社として残存することになりました。事実上分割されなかったわけで、本当にこれで良かったのでしょうか。日本の通信コストが海外と比べて割高で、これが日本のインターネットの普及を遅らせていると言われている現状を踏まえて議論してください。

国家:電話会社のようなネットワーク型の産業の場合、規模の経済が働くから、分割すると競争力がなくなる。現在通信の世界では、巨大電話会社、所謂メガキャリア同士が合従連衡する動きが見られる。NTT 分割は世界の流れに反している。国際的な競争に勝つためにも、NTT を分割するべきではない。

自由:企業の競争力は、規模の大きさではなく、収益性だ。この表は 97年の統計をもとに売上高が最も多い世界の十の電話会社をランクしたものなのだが、NTT は世界最大規模の電話会社であるにもかかわらず、利益を通信収入で割った純所得率では最下位、従業員一人当りの純所得では第九位で、競争力があるとはとても言えない。海外の大多数の電話会社は ROE が二桁であるのに対して、98年の NTT の ROE はたったの 3.8% だ。NTT と肩を並べる劣等生は、ドイツテレコムだが、ドイツは「ヨーロッパの日本」と呼ばれ、構造問題が深刻であることを思い出して欲しい。

世界のメガキャリア10社の比較の図
世界のメガキャリア10社の比較(1997年)[1]

NTT の収益性が低い原因は、過剰人員にあるわけだが、NTT のリストラは遅々として進まない。NTT は、2000年3月期の人員と売上高見通しを次のように発表している。

分割再編成後のNTT の人員配置の図
分割再編成後のNTT の人員配置[2]

この人員配置は明らかに偏っているが、その意図は見え見えだ。DDI[3] や日本テレコム[4]など競争相手のいる長距離電話部門はスリムにして競争力をつけさせ、余剰人員を地域独占に安住できる NTT 東日本と NTT 西日本に押し込もうという魂胆だ。

国家:長距離電話部門と地域電話部門では事業内容が異なるから、単純に比較できないのではないか。

自由:もう一度 Tab.04 を見て欲しい。ベルアトランティックやベルサウスなど、アメリカの地域電話会社の従業員数が、通信収入の額に比べていかに少ないかがわかるだろう。

国家:でも NTT だって、民営化以後これまでに人件費削減にかなり努力してきたではないか。

自由:NTT は人件費を、子会社へ社員を出向させることによって作業委託費に変えて、見かけ上は減らしているが、その作業委託費を人件費に含めると、NTT の総費用に占める人件費関連費用の割合は、民営化以降一貫して増えつづけ、現在約50%に達している。新電電各社の人件費関連費用の割合が10%前後であることを考えれば、やはり過剰人員を抱えていると言わなければならない。

国家:それは日本では、アメリカでやるように、簡単に従業員の首を切ることができないからね。だが地域分割しても直接競争にならないから、合理化が進むとは考えられない。モデル会社を物差しとして、この会社より経営効率の悪い会社の値上げは認めないヤードスティック方式が電力会社やガス会社などの地域独占会社の料金査定に使われているが、こうした間接競争で料金が下がるとは思えない。現に日本の電気代は高い。アメリカでも AT&T 分割後、地域通信を担うベビーベル七社が通話料金を一斉に値上げしたという前例がある。アメリカは1984年に AT&T を一度分割したものの、後になってスケールメリットに気が付き始め、96年に通信法を改正して再び合従連衡の動きに出ている。それなのにアメリカが NTT の分割を主張しているのは、その方が買収しやすいからではないのか。現代の国家戦略で最も重要な位置を占めるのは情報と通信だ。国家の生命線である通信インフラを外国に売り飛ばすなんてことは容認できない。

自由:私も、地域独占が続く限り地域分割はあまり意味がないと思う。当初東京通信ネットワークなど全国九つの電力会社が自社所有の通信ネットワークを外部に利用できるようにした地域系電話会社が、NTT の地域独占を破ってくれるものと期待されていたが、加入者は、少しぐらい料金が安いからといって、多くの初期費用を払ってまで別の電話線を引こうとは思わないので、NTT 離れが進まなかった。

それよりも、ユーザ宅から町内にひとつある交換機までの加入者線を「天下の公道」として国公有化し、加入者交換機から先の接続サービスで各電話会社をイコール・フッティングで競争させる機能分割の方が、競争促進になって良い[5]。NTT と新電電の競争は、喩えてみれば、道路を所有するタクシー会社と道路を借りているタクシー会社の競争のようなものだ。前者は、コスト削減の努力をしなくても、道路の賃貸料を値上げすることによって、ライバルの値下げをくい止めることができる。新電電各社が NTT 回線を利用する時に払う接続料金は、98年現在で売上の40%に相当し、しかもその接続料金は、NTT が実際に使った費用を積み上げて計算する総括原価方式で設定される。NTT にしてみれば、広告宣伝費や研究開発費を含めて、金を使えば使うほどライバルの負担を重くすることができるわけだから、コストを削減しようとする必要性を感じないわけだ。

加入者線を国公営化すれば、消費者は接続サービスを提供する会社を簡単に乗り換えることができるので、値下げ競争が活発になる。この方法は他にも応用がきく。例えば、送電線やガス配管や水道管は国公営化し、電気・ガス・水道の供給者は完全民営化して新規参入者と競争させるとかね。

社会:でも、NTT は加入者線を売り渡してくれるかな。民間会社の施設をむりやり国が買い取るのは難しいのではないか。

自由:なにも既存の銅線の加入者線を買い取る必要はない。国が光ファイバ網を敷設すれば良い。 建設省は、「情報通信インフラ30万キロメートル構想」で光ファイバ網を2005年までに10万キロメートルにまで延長するとしているが、官民の二重投資は無駄だから、官は加入者線のみ、それ以外は民というように役割分担するべきだ。

国家:NTT は、1990年という早い段階でビジュアル・インテリジェント・アンド・パーソナル通信サービス構想を出し、2015年までに各家庭に光回線終端装置を設置するファイバー・トゥ・ザ・ホーム計画を立てていた[6]。今では、2005年の全国普及を目指している。だから二重投資になるのではないか。

自由:NTT がそのような構想を出したのは、電気通信審議会によるNTT 分割答申に対抗するためだ。「NTT を分割すると、情報化が遅れるぞ」と脅したわけだ。それでいて NTT は、自社の利益にならない光ファイバ網の整備を進めることに消極的だから、NTT に任せておくと、2005年になっても全国普及しないかもしれない。

国家:君は公共投資を抑制すると言っていたが、光ファイバ網の整備には郵政省の試算で39兆円、NTT の試算で45兆円かかる。短期間でそれだけの支出ができるのか。

自由:政府は97年から、下水道管理者が下水道管理用光ファイバの敷設に併せて、第三者に空間占用を行わせることを目的とした中空パイプを一体のケーブルとして整備する「下水道情報基盤整備モデル事業」を創設した。ほとんどの家庭は下水道でつながっているから、既存の下水道管を使えば、あまり費用をかけずに、ファイバー・トゥ・ザ・ホームを実現できる。また電柱を使う場合と違って景観に悪影響を及ぼさない。

社会:世界の情報が流しの下水道管から出てくるなんて、夢のない話だな。ところで日本テレコムやクロスウェイブコミュニケーションズ[7]や BT[8] は、NTT の地域通信網を利用しない無線インフラを構築している。また衛星携帯電話も、従来の携帯電話や PHS とは異なって、NTT の接続網を使わない。国が加入者系の光ファイバ網を提供することは、こうした民間の加入者系無線アクセスシステムを圧迫することにならないのか。

自由:テレビ画像並みの大きさの画面で、きれいな動画像を双方向で伝送するための究極のインフラには光ファイバ網しかない。だから無線アクセスシステムは、単なるつなぎでしかない。将来光ファイバを越える技術が出てくるのなら、加入者線を国公営にする必要はないが、今のところその可能性はない[9]

司会:セキュリティ上の問題はあるものの、従来の超大型コンピュータによる中継機よりもインターネットのルーターのほうが安くつきます。テレビもラジオも電話もすべて光ファイバを使ったインターネットで世界中の情報が高速かつ安価に送受信できる時代が来ればいいですね。

2. 参照情報

  1. International Telecommunication Union. “PTO Database”. 1998. NTT は会計年度。Bell Atlantic は、Nynex を買収し、GTE と合併し、現在 Verizon Communications となっている。SBC は、Pacific Telesis や Bell South といった他の地域ベル電話会社、さらには AT&T 本体を買収し、AT&T として今日に至る。
  2. 伴武澄.「NTT再編(1)–不揃いの人員配置」『萬晩報』1999年7月.
  3. 1984年に、京セラ、三菱商事、ソニー、セコムなど25社の出資により設立された第二電電株式会社の略称。2000年にケイディディ (KDD) 、日本移動通信 (IDO) と合併し、KDDI 株式会社となる。
  4. もとは、日本国有鉄道設立の新電電の一つ。ソフトバンクテレコム株式会社、ソフトバンクモバイルを経て、現在ソフトバンク。
  5. 2013年4月の産業競争力会議(議長・安倍晋三首相)で、楽天の三木谷浩史(1965年3月11日 – )会長兼社長が、インターネットの国有化と無料化を主張したことがあった。自由主義者の三木谷浩史がなぜ国有化かと思うかもしれないが、これは電力自由化における発送電分離と同じ発想に基づく。
  6. ファイバー・トゥ・ザ・ホーム(Fiber To The Home)、略して FTTH とは、光ファイバを伝送路として一般個人宅へ直接引き込む、インターネット接続の方式である。2012年現在、光回線のエリアカバー率が90%以上であることに対して、光回線の全国普及率は42.8%にとどまっている
  7. クロスウェイブコミュニケーションズとは、1998年10月28日に、トヨタ自動車、ソニー、IIJ の三社合弁で設立された通信事業者である。2003年12月4日に、国際サービス関連事業を除く全事業が、NTT コミュニケーションズへ営業譲渡された。
  8. BT、ブリティッシュ・テレコミュニケーションズ(British Telecommunications plc)は英国の電気通信事業者である。日本では、BTジャパン株式会社として1985年より事業を開始し、現在も営業中である。
  9. 2015年現在における無線通信の最新 LAN 規格でも、伝送速度は光ファイバと比べて劣る。2016年に普及することが期待されている次世代無線通信規格、IEEE802.11ad の伝送レートは最大 7Gbps で、ほとんどのユーザにとって満足できる速度だが、有線通信の速度よりも劣るという現状は変わらない。三菱電機株式会社は、既存の光ファイバ網で伝送速度1Tbpsを実現する「マルチサブキャリア光送受信技術」を開発したと発表した。有線が無線よりも高速であるという事実に変わりはない。