10月 201999
 

医療保険は、もしそれが保険であるならば、高すぎて支払えない治療費のみを扱うべきである。日本の公的医療保険は、保険というよりもディスカウント制度と化しており、そのため医療需要を不当に大きくし、医療費の高騰という問題を惹き起こしている。

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司会: 日本の医療産業は、農業と同様、排他的な保護産業だとよく言われますが、みなさんはどう思いますか。

自由: 外国で医師免許を取得しても、日本では医療活動を行うことができない。阪神大震災の被災者を救うために海外からNGOの医師団が来日したとき、厚生省が待ったをかけた話は有名だ。海外には、日本より医学的水準の高い国もあるのに、医療サービスの輸入をいっさい認めないのは、国際競争力のない日本の医療産業を保護するためだ。医療産業を保護するもう一つの制度は、公的医療保険だ。もし公的医療保険が患者である日本国民のための保険なら、日本人が海外で医療サービスを受けても、保険金が支払われて良いはずだ。にもかかわらず、そうでないのは、公的医療保険は、国内医療産業を保護することを目的としているからだ[k]。

[k][2004年追記]2001年より海外でも国民健康保険が適用できるようになった。ただし、国内で適用される場合と比べると、手続きが煩瑣である。

こうした保護主義のおかげで、日本人は高い医療費を支払う憂き目にあっている。それでも経済が順風満帆の時はまだ目をつぶることができた。しかしこの図を見てもらえば分かるように、バブル崩壊後、GDPが伸び悩む中、医療費が毎年6%以上も増え続け、国民医療費の国民所得に占める割合が鰻登りになり、公的医療保険のほとんどすべてが赤字になり、医療保険が破綻の危機に瀕し始めている事態を考えれば、そうはいかない。

図7 国民医療費と対国民所得比の年次推移

国家: 外資系を参入させれば、医療コストが下がるとは考えられない。医療費が増えているのは、社会の高齢化のためで、85年から95年までの十年間で国民医療費は70%増加したが、これは老人医療費が117%増えたためだ。医療費の増加自体はやむを得ないことだ。

社会: そうだ。公的医療保険は、民間の生保が提供する医療保険とは違って、非営利だから、黒字である必要はない。赤字になれば、企業や国庫の負担を増やせば良い。80年代以降行政改革の名のもとに医療制度が改悪され、高まる需要に反して医療費が抑制され、福祉が後退した。橋本内閣が被保険者の負担を増やしたために、消費の減退を招き、景気に悪影響を与えてしまった。医療保険が赤字であることを理由に患者の自己負担率を引き上げることには反対だ。

自由: 医療費の削減が、福祉の後退だというのは短絡的だ。医療費の総額には、削減しても医療の質を低下させない無駄な経費がたくさんある。患者の自己負担を減らそうと思ったら、医療費の総額を減らす以外に方法はない。国庫負担を増やしていくと、増税という形で患者負担が増える。企業負担が増えれば、それだけ患者である社員の給与が減少するから、やはり患者負担が増える。企業はすでに老人医療費九兆円の七割を健康保険組合や政府管掌健康保険などを通して負担しているが、健康保険組合連合会のシミュレーションによれば、2025年には5人に1人が高齢者で、社会保険料の企業負担は経常利益の49%になると計算されている。こんなに負担が大きいと、国内産業が空洞化してしまう。もし企業がこれらの負担から解放されるならば、企業の雇用能力は高まることになる。また老人医療費の患者負担率を上げれば、高齢者に生涯現役で働こうとするインセンティヴが高まる。高齢者が働くようになれば、ボケや寝たきりが減少するようになる。病院が年寄りのサロンになることもない。その結果医療費が抑制されるようになる。

社会: 企業は高齢者を採用したがらない。健康保険の負担から解放されたら、企業は余剰金を別の用途に使うだろう。

自由: 日本の高齢者の多くは暇をもてあまし、短時間の労働を望んでいる。彼らに職を与えるために、最低賃金法を廃止すればよい。企業は安い労働力を使うことができるので一石二鳥だ。企業の生産性が向上すれば、税収も増えるので、医療福祉にも力を入れられる。

国家: そんな奇策を捻り出す前に、薬価差益ゆえの過剰投薬など医療の無駄を削減することから始めたらどうだ。薬価差益は、診療報酬体型で料金設定されている医者の処方料や薬剤師の調剤料とは別に医療機関の懐に入る営業収益で、その額は一兆三千億円にのぼり、薬剤費の二割弱を占める。

社会: 確かにそれは問題だ。薬剤費が国民医療費に占める割合は三分の一で、この比率は国際的に見ても高すぎる。日本の製薬流通には公定価格と自由競争価格が併存し、その格差である薬価差が消費者に還元されずに病院の利益になっている。薬を売れば売るほど儲かるので、薬漬け医療が慢性化する。来日した外国人は、日本の病院が薬をまるで茶菓子のように大量に処方して差し出すことに驚くそうだ。日本人は慣れたもので、もらった薬の半分も使わないで、残りは捨ててしまう。全部飲んだりしたら体に悪い。

国家: 過剰投薬を阻止するためには、診療報酬を出来高制から定額制にしたらよい。特定の病気の治療にかかるコストをあらかじめ決めておけば、医者もできるだけ節約しようとするようになるだろう。定額制診療報酬なら、薬剤費だけでなく、医療費全体を圧縮する効果がある。

自由: 患者によって病気の重さが違うのだから、定額制は非合理だ。またコストを定額まで下げてもそれ以上下げる努力がなされないのは困る。薬価差益の問題とともに、患者給食のアウトソーシング化に伴う給食差益の問題も出てきている。こうした問題は、患者に選ぶ自由がなく、高価なものまでセットで売りつけられることから生じる。だから薬価差益問題に関しては、患者が、医者からカルテのコピーをもらって、薬は一般の薬局でも買えるようにしたらよい。そうすれば、価格切り下げ競争が起きる環境ができる。

社会: 一般の薬局は保険がきかないから割高だ。やはり病院で買うのが一番安くつく。せっかく保険税を払っているのだから、病院で薬を買わなければ、もとが取れない。

自由: そういう考えが薬剤費の膨張の原因になっている。薬剤費を含めて医療費全体を削減するためにまず必要なことは、消費者である患者にコスト意識を持ってもらうことだ。昭和36年に導入された国民皆保険や昭和48年から始まった老人医療費の無料化の制度で医者と患者の金銭感覚が麻痺し始めた。最終的には患者である国民がすべての医療費を支払わなければならないのだが、実際には一定割合しか支払わなくて良いかのような錯覚に陥ってしまう。そうした錯覚を取り払うためにも、医療保険から公的セクタが撤退し、代わりに政府は受益者負担の明確な医療融資を行うべきだ。そうすれば、薬の販売に関しても、病院と薬局がイコール・フッティングな競争ができるようになる。

社会: 保険金がない場合の医療費はきわめて高額だ。乳ガンの治療には1047万円、肺ガンの治療には1116万円、肝炎の治療には、1293万円かかる。公的医療保険がなくなると低所得者は病院に行けなくなる。そんな福祉の後退には絶対反対だ。ヒラリー大統領夫人が日本の公的医療保険制度を賞賛していたが、君は日本をアメリカのような弱者切り捨ての医療不自由社会にしようとするつもりなのか。公的医療保険なら、支払い能力に応じた負担で維持できるが、加入に強制力を持たない民間の医療保険はリスクに応じた負担を求めざるを得ない。リスクが異なる被保険者に一律の保険料を課すと、リスクが少ない人たちは、割高な負担を嫌って脱会するようになり、これは保険料上昇と加入者減少の悪循環をもたらす逆選択と呼ばれる状況を生み出す。だからリスクが高いが資力のない人々を公的セクタが負担しなければならない。

自由: その負担は生活保護ですればよい。公的医療保険では、リスクを分散する保険機能と弱者を保護する所得再分配機能という二種類の機能がごちゃまぜになっている。前者の機能は民間の保険会社が担い、後者のみを政府が担えばよい。政府が従事するべき保険は、どうしても医療費が払えない一部の低所得者のための保険と保険会社が破綻したときの保険(保険契約者保護基金)の二つだけだ。

社会: 生活保護は審査が厳しく、申請を出してから結論が出るまで時間がかかる。受給を望む者は、自分が保護を受けるに値するだめな人間であることを証明しなければならない。社会福祉事務所の窓口でさんざん屈辱を味あわされるよりも餓死する道を選んだという悲劇も起きている。この図を見てもわかるように、生活保護を受ける人は年々減っている。

図8 生活保護の実状

自由: 「生活保護」という名称は「お上の恩寵」というイメージがあって良くない。消費税を財源とする生活保険にするべきだ。どんな低所得者でも消費税は支払っている。掛け金を支払っている以上、生活が危機に瀕したときには、保険金を受け取る権利がある。そう考えれば、卑屈になる必要はない。現在の生活保護に支給している1兆5千億円を徴収するだけなら、消費税率は1%で十分だ。

これまで生活保護の必要性は、個人単位ではなく世帯単位で考えられ、親族による扶養が優先されてきた。しかし昭和25に制定された生活保護法のこの考えは今では古くなった。もっと個人単位の保険として考え直すべきだ。

世帯は住所によってアイデンティファイされるので、従来ホームレスは生活保護を受けられなかった。しかし、住民票コードで個人をアイデンティファイできるようになるので、保険金の受け取りに住所が必要でなくなる。また住民票コードによる個人情報のデーターベース化で、ミーンズテストも迅速に行えるようになる。国会では、「弱者の味方」を自称する政党が、住民票コードは国民総背番号制につながると言って反対しているが、彼らは、ホームレスの人権はどうでも良いとでも思っているのだろうか。

社会: 生活保護に医療扶助があるが、受診するとき、あらかじめ印鑑を持参して福祉課に申し出なければならない。医療扶助は、医療保険と違ってきわめて不便で、現行の公的医療保険の代わりには使えない。資産はあるが、すぐに医療費を現金で支給できない人などは、困ることになる。

自由: 生活保護法の第63条に「被保護者が、急迫の場合等において資力があるにもかかわらず、保護を受けたときは、保護に要する費用を支弁した都道府県又は市町村に対して、すみやかに、その受けた保護金品に相当する金額の範囲内において保護の実施機関の定める額を返還しなければならない」とある。この制度を拡張して、一般向けに医療融資をすればよい。医療費が高額である場合、二割の負担でもかなり重い。医療費が払えない場合、政府が医療費を無担保で融資して、患者が職場復帰してから返済を求める。この方法なら財政をさほど圧迫しないで全国民の医療へのアクセスを保障できる。

国家: 先が長くない高齢者の中には、返済することを考えずに多額の借金をして贅沢な医療サービスを受けようとする者も出てくるのではないのか。

自由: そうならないように融資残高に上限を設ける。そうすれば、限られた枠内で、有効に融資額を使おうとするモティベーションが生まれる。

社会: 患者がコスト意識を持つようになっても、病院側にコストを削減しようとする意識がなければ、医療費の無駄はなくならない。

自由: もちろんだ。医療の無駄を省くためには、医療サービスの料金を自由化し、引き下げ競争をする環境を作ればよい。受益者負担だから、客である患者はできるだけ料金の安い病院へ行こうとする。その結果病院は多くの客を集めるために、コスト削減に努力しなければならなくなる。例えば医者の人件費なども削減対象になる。

国家: そんなことをしたら、優秀な人材が医者を目指さなくなり、医療の質の低下をもたらす。

自由: 日本では、医者の教育にかなり無駄な投資をしている。医者になる上で最大の難関は、大学受験で、医学部に入学するには、数学と物理ができなければいけない。病院の経営者は、自分の子供を後継者にするために、収入の多くを教育費に注ぐが、受験数学や受験物理の難問を解くテクニックは、医者の資質とはあまり関係がない。この弊害をなくすためには、大学の医学部を出ていなくても、医師国家試験を受験できるようにするべきだ。その代わり試験の審査を厳しくする。現行の医師国家試験には、選択式のペーパーテストしかないが、記述式の問題や実技試験も取り入れるべきだ。こうすれば、外国の医者でも、簡単に国内の免許が取れて、日本で開業できる。供給が増えれば、医療価格は下落する。

国家: 医師は人格者なのだから、無駄なコストを省いて医療費を抑えるには、市場経済の暴力的な力に任せるのではなく、やはり医師の自覚と高い使命感に期待するのが一番理想的だ。

自由: もしすべての医師が人格者なら、保険金の不正請求など起きないはずだが、水増し不正請求される保険金のうち、明らかになっている額だけで年間四億円以上もある。医療機関は毎月診療報酬明細書(レセプト)を各地の審査支払い機関に持ち込むが、審査に費やすことができる時間は、国民健康保険団体連合会の場合で一枚あたりわずか4秒だ。

社会: レセプトを患者に公開したら、不正請求を摘発できる。

自由: レセプトを公開しても、不正請求を完全に防止することは無理だろう。審査を徹底すると、そのための費用が膨大になるので、ロスコスト削減の理念に反する。診療報酬制を廃止するのが一番だ。現在の統制価格の元では、名医も藪医者も同一の医療行為に対して同じ報酬しか与えられない。料金の自由化は、サービス向上のインセンティヴにもなる。今みたいに、表向きは、医療は非営利で、料金に上限があるのに、裏では手術成功の謝礼金と称して何十万という非公式の金が医者に追加的に手渡されるやり方より透明で良い。

社会: そうした自由化と称する料金の差別化をすると、金持ちは高い医療費を払って、名医を独占し、貧乏人は、悪質な医療を押しつけられることになる。

自由: 医療費を自由化し、すべての医者に向上心を持たせれば、全体的な質は良くなることが期待できる。

社会: でも実際には、価格統制がないと病院は営利を追求して、料金をつり上げていくことになるのではないか。

自由: 医者が客を満足させるサービスを提供して、その対価を得ることには問題がない。問題は、公的医療保険に支えられた独占体制のもとで、病院が業者と癒着して医療料金をつり上げていることにある。例えば、日本の医療機器の価格は、他の先進国と比べてきわめて高く、日米の実勢価格比はバルーンカテールで3.5倍、ペースメーカーで1.8倍、人工肺で1.5倍だ。そのマージンは、医療機器メーカーから医療機器を選定する権限を持つ担当診療課の医者の手に渡る。医療機関・医師・学会への便宜供与は、PTCAバルーンカテールが31.1%、ペースメーカーは29.6%、人工肺は29.5%ということだ。

この医者と業者との癒着は、農協と業者との癒着と同じ問題を抱えている。本来医者は、患者や保険者のために、少しでも経費を下げる努力をするべきだ。それなのに、業者と共謀して価格をつり上げ、そのマージンを自分の懐に入れている。農協が集票活動を通して農政族議員から見返りを求めるように、医師会も集票活動を通して厚生族議員に自分たちの既得権益の独占を守ってもらう。例えば、医師会に属さない病院が彼らのテリトリーに進出しようとすると、自治体に許可を出さないように圧力をかけるなどといったことが行われている。こうした生産者本位の独占体制を崩すには、消費者にコスト意識を持ってもらい、かつ選択の自由を与え、医療に市場原理を導入するしかない。

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