10月 221999
 

2000年4月からスタートした公的介護保険制度は、公的医療保険制度と同じ問題を抱えている。高齢化の進展にともなって、公的介護制度は、公的年金制度ともに、重大な危機を迎えることになる。そうなる前に、社会保険制度を見直す必要がある。

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司会: 日本の高齢化は急速に進展しており、厚生省の試算によれば、1993年に200万人を超えた寝たきりや痴ほうなど介護を必要とする高齢者が、2000年には280万人、2025年には520万人にのぼると推計されています。高齢化社会で最も懸念されるのは介護の問題です。公的サービスおよび施設の量的・質的不足、介護者の高齢化と介護疲れなど、様々な問題が表面化しています。2000年度からスタートする介護保険制度の是非について議論して下さい。

社会: 政府が高齢者介護対策の充実を図ることは評価できるが、中身は「保険あって介護なし」と言われるほどお些末なものだ。政府は、消費税導入の口実であるゴールドプランを策定して、高齢化に対処するはずだったが、バブル崩壊後は財政難ということもあって、計画の実現は絶望的になっている。平成九年でのインフラ整備状況は、老人福祉施設が36万人分、社会福祉士および介護福祉士の有資格者数が10万人となっているが、これではとても280万人の要介護者の世話が見られない。特別養護老人ホームから追い出される老人も出てくるだろう。入居者がホームを選択するのではなく、ホームが入居者を選択する「自由化」には反対だ。

細川内閣の時の国民福祉税構想が失敗した後、新たな財源を求めていた政府は、介護保険税という別枠の負担を作り、高齢者の介護を自宅の家族に押しつけようとしている。介護保険は、金も施設もないという状況を打開するために作られた苦肉の策で、負担に見合うだけのサービスが受けられない可能性があり、しかも将来の保険料の見通しが不透明だ。また要介護度の認定にばらつきがあったり、自治体間でサービスに格差がでるなどの不公平性の問題もある。介護保険の費用は大企業も負担するべきだし、地域間の不公平は中央政府が補助金で是正するべきだ。

自由: 地方分権を推進するために自治体を介護保険の主体にするというのは、一見自己責任原則に合致しているように見えるかもしれないが、個人レベルで確定拠出になっていないので、受益者負担の原則が貫かれていない。都会で働いていた人が、リタイアして田舎で余生を送るとき、保険料を支払っていた自治体とサービスを提供する自治体とが別々になる。また地方自治体は地域独占なので、各自治体ごとにサービス内容と保険料の格差があっても、直接競争にはならない。こうした問題は、地方自治体が地団法人であることから生じる。介護保険は、地域に縛られない民間の保険会社がするべきだ。

政府が介護保険を実施すると、医療保険の時と同様に、国内産業保護の手段となるおそれがある。福祉業者が公的介護保険の恩恵に与かろうとするならば、厚生省所管の社団法人からシルバーマークを取得しなければならない。官僚の天下りと業者が癒着することにより、福祉産業の高コスト化が進むだろう。しかも被保険者は、一割負担なのでコスト意識がなく、消費者から批判されないうちに高コスト構造が増殖し、自治体の財政赤字が悪化することが心配される。

社会: 生活保護の一つとして介護扶助が新たに作られるが、もし社会保険によるサポートがなければ、生活保護の対象とならない程度の低所得者は、介護サービスを買うための高額の支出に苦しむことになる。国民の負担を軽くするために、政府と企業が社会的責任を果たすべきだ。

自由: 医療費負担の場合と同様、介護費の総額を減らさない限り、国民の負担は減らない。高齢者介護の総費用を減らすには、老人福祉施設を海外の発展途上国に作ればよい。日本と比べたら、発展途上国では、人件費や地価を含め、物価が安い。リタイアしたらもう日本にいる必要はない。資産の少ない高齢者でも、中国に行けば、「人海戦術」の充実したサービスを受けることができる。

国家: 高齢者には、日本国内であってもなじみのない土地では暮らしたくないと言う保守的な人が多い。ましてや日本語の通じない外国で余生を送ろうなんて言う人がどれぐらいいることか。

自由: 資産があるのなら、国内の高いサービスを買えばよい。しかしそれだけの資力がないのなら贅沢は言えない。もちろん海外移住には言葉の問題がある。今でもフィリピンが先進国の退職者の移住を優遇しているが、日本語は通じない。そこで政府レベルで日本語教育や資格試験制度などインフラの整備をすることから始めるべきだ。発展途上国にとっても、有力な外貨獲得の手段となるので、協力してくれるはずだ。

国家: 医療も福祉も民間に任せるというのが君の考えではないのか。

自由: 施設の建設と運営は民間がするべきだが、そのためのインフラ整備は、日本と現地政府とが進めるべきだ。

社会: 高齢者介護対策は、同時に失業対策としての側面もある。海外に老人福祉施設を作ると、外国に雇用を奪われる。

自由: 福祉産業は労働集約的で、日本のような人件費の高い国では比較優位がない。失業対策のために競争力のない産業を増やすことは、長期的に見て日本経済のためにはならない。

司会: 社会の高齢化に頭を痛めている社会保険としてもう一つ、年金があります。公的年金は、現行のままでは給付水準が下がるか破綻するかのどちらかだと言われますが、年金も、採算がとれるように民営化するべきなのでしょうか。

自由: 公的年金は、老後への備えとして積立方式でリスクを分散する社会保険であると同時に、賦課方式で世代間の所得を再分配する社会福祉でもある。この二面性が公的年金を不純にしている。若者が国民年金に入りたがらないのは、前者の機能を持つ保険が不必要だからではなく、後者の面で受益よりも負担の方が重くなると判断しているからだ。だから年金システムをまともに機能させるためには、公的年金の二つの機能を分離し、前者は民間の確定拠出型年金に委ね、後者の機能は消費税によって強制的に保険金が徴収される生活保険で代替するべきだ。

国家: そんなことをしたら、人々は生活保険を頼るようになり、国民全体の貯蓄率が下がってしまう。

自由: 人々は、最低限の老後ではなくて、豊かな老後を望んでいる。政府が一方で掛け金を支払う必要のある社会保険制度を作り、他方でそうではない生活保護の制度を作ることは、制度的に矛盾している。

社会: 年金は老後の安心を保障するためにある制度だ。401kプランのような、老後をバクチの原理に委ねるような確定拠出型年金の導入には反対だ。

自由: もしローリスク・ローリターンの運用を望むなら、国内の信用度の高い債券に投資するファンドを選べばよい。重要なことは、国民が多様な選択肢から自由に選べるという点だ。政府が画一的な年金制度を押しつけると、選択の自由が狭まってしまう。特に現行の公的年金は、以下の点でライフスタイルの選択に関して中立でないので問題だ。

  1. 企業年金制のもとでは、転職の際それまでの保険料拠出実績が新しい会社で生かされないので、厚生年金基金は退職金制度とともに転職の妨害となっている。厚生年金基金連合会を任意加入の民間保険会社として独立させ、年金をポータブルにするべきである。
  2. 現行の年金制度では、65歳でリタイヤしたほうが有利である。今後高齢者の労働力を活用していくことが重要になっていく時代に、公的な年金制度によって定年隠居を公認するべきではない。年金制度は任意加入であるべきで、65歳以上の高齢者でも働ける人は働くべきである。
  3. 第三号被保険者制度は、遺族厚生年金制度と同様に専業主婦を奨励する効果を持ち、女性の社会進出を妨げている。年金制度を民営化すれば、当然このような保険料負担免除はなくなる。

社会保障制度は、もともと民間レベルで救済できない一部の弱者を救済することから始まった。ところが、世界恐慌以来、先進国ではその制度をすべての国民を包摂する制度にまで肥大化させてしまった。この普遍主義こそ福祉国家のガンであり、個性化と差別化の現代にあっては、普遍主義からの脱却が最重要課題だ。

司会: 市場原理による競争が激しくなればなるほど、セーフティネットの必要性が高まるのですが、セーフティネットを効率よく構築しようとすると、そのセーフティネットにも市場原理を導入しなければならないというところが難しいところですね。でもどんな市場原理主義者でも、「貧乏人は飢えて死ね」と主張する人はいません。餓死するぐらいなら、強盗して金を奪った方が合理的で、捕まって刑務所に投獄されても、その方が少なくとも寿命を延ばすことができます。金持ちにとっても警備に金をかけるよりも、強盗の原因である貧困を取り除くことに金を使った方が生産的です。これは国家レベルの世界の安全保障に関しても同じことが言えます。だから政府の守備範囲をどこまでにするかという点で意見の相違はあっても、最低限の保障は必要だという点でみなさんの意見は一致すると言って良いのではないでしょうか。

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