10月 221999
 

もしも公教育を廃止して、教育を営利企業に任せたならば、道徳教育が疎かになるのではないのかと懸念する人がいるが、営利企業であっても、現在の学校法人以上に効果的な道徳教育を行うことは可能である。

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司会: 平成9年の刑法犯少年の補導人員は、前年比14%増の15万人に達し、非行の内容も、強盗等の凶悪犯や恐喝等の粗暴犯、薬物乱用、性非行の増加が顕著になってきています。こうした青少年犯罪の量的・質的悪化をきっかけに、心の教育をどうするかという問題が大きな関心を集めています。心の教育をテーマにした中央教育審議会の98年の中間報告では、利己的で無責任、社会改善の努力を軽視、利便性・効率性を重視する大人社会の風潮や情報化による有害情報の氾濫が子供たちに悪影響を与えていること、過保護で甘やかせすぎの親が増え、家庭での教育力が低下していることなどが原因と指摘されています。教育の自由化が心の教育をおろそかにすることがないのかどうか議論してください。

国家: さっきからの議論を聞いていると、自由とか、個性とか、バタ臭い話ばかりだ。子供たちに好き勝手に振舞わせることは教育の放棄であり、子供を堕落させるだけだということをアメリカの自由教育が示している。教育で重要なことは、子供たちに共同体の規律を教え、民族の歴史や伝統に畏敬の念を抱かせることだ。

自由: たしかに自由放任は子供を堕落させるが、自由教育と自由放任は違う。大人と子供は政府と市場の関係にあって、政府が市場に介入しすぎても、逆に何もせずに放置しても、市場は育たない。同様に、管理教育でも自由放任でも子供は育たない。

教育方法を、大きな政府型、無政府型、小さな政府型の三種類に分けてその違いを考察してみよう。例えば、子供に絵を描かせるとき、ここはこう描けといちいち指図し、従わないと叱るというのは大きな政府型の管理教育のやり方だ。子供は従順になるかもしれないが、独創性や向上心は育たない。一方、子供に何も干渉しない無政府型の自由放任では、子供は絵を描かずに、テレビを見たり、漫画を読んだり、好きなことをするであろう。これでは教育にならない。そこで子供たちにこう言ってやる。「絵を描くかどうかは君たちの自由だ。テーマも描き方も自由だ。でも一番優れた絵を描いた子には一万円をあげる。」すると子供たちはみんな一生懸命に、工夫を凝らして絵を描く。できた絵は他のクラスに持っていき、投票で最優秀作品を決める。これが、疑似市場原理を用いた小さな政府型の自由教育の方法だ。

こうした自由教育が子供を甘やかすというのは誤解だ。自由は責任を伴う。結果責任を問わない管理教育の方が、逆に子供を甘やかすことになる。自由教育は子供を自立させるための厳しい教育だ。

社会: おいおい、子供を金で釣るなんて教育上有害ではないか。金目当てで勉強している子供は、いつまでたっても学ぶことの真の喜びを知ることがない。社会に出てからも自主的に勉強することがなくなってしまう。

自由: 学術活動を金銭や名誉など外的な動機だけでする人は、純粋な趣味として内的な動機だけでする人と同様に少数派だ。学術の専門家である学者や芸術家は、通常両方の動機を持っている。外的な利益が動機でも、内的な満足を体験するきっかけになればそれで良い。

賞金を出す効用はもう一つある。低所得者の家庭の子供は、高所得の家庭の子供に比べ、経済的に不利な状況にあり、この不公平を是正することが教育の機会均等の課題となっているが、前者は後者に比べてお金に対してハングリーで、賞金を出せば、前者の方に強いインセンティヴを与えることになるので、家庭の経済状況による格差の固定を防ぐことができる。

社会: でも教育現場では、お金は、性や暴力とともに、口にするのもはばかれるタブーだ。だから子供に賞金を出す場合、現金ではなくて図書券で手渡すなど、教育的配慮がなされている。

国家: 子供はその図書券で漫画を買ったり、あるいは年齢を偽ってポルノを買ったりするかもしれないのに、それが教育的配慮なのか。

社会: いや、私は子供に賞金を出すこと自体に反対している。無垢な心を持った子供たちが、早くから市場原理の論理で汚染されることがないように、教育的配慮が必要だと言いたいのだ。

自由: 大人たちは、子供は性・暴力・金といったこの世の汚れとは無縁な存在とノスタルジックに空想しがちだが、子供をそのような無知(innocent 無垢)な存在と捉えることは、大人自身の無知・無垢以外の何物でもない。子供たちは、大人が考えている以上に早くから性や暴力や金に目覚めている。まずこの現実を直視しなければならない。

学校が性について何も教えないと、子供が学校外で性についての歪んだ知識に取り付かれてしまうように、学校がお金について何も教えないと、子供は学校外でお金についての歪んだ知識に取り付かれてしまう。「お金は汚い」という偏見を持たせてしまうと、子供はそれを裏返しにして、「お金を稼ぐには汚い手段を使わなければならない」と解釈してしまう。エイズのおかげで性教育は盛んになってきたが、お金の教育は不十分だ。「政治・経済」で、貨幣経済について理論的に教えるだけでなく、ワーク(労働・勉強)なくして報酬なしの原則を実践的に教えるべきだ。

そもそも学校とは、子供が現実社会に出るための準備をするところだ。現実社会が貨幣経済なのに、学校の中は、あたかも貨幣など存在しない修道院のような世界というのはおかしい。

社会: そんなことを言ったら、現実社会で売春が行われているのだから、現実社会に出る準備として、売春の予行練習を学校でするべきだということになる。教育に金儲けの論理を持ち込むことはそれと同じぐらい有害だ。

自由: よく子供に無条件で毎月定額のお小遣いを出している家庭を見かけるけれども、あんな特殊法人の役員を育てるような教育の方がよっぽど有害だ。子供が親に「金を出せ、口を出すな」と言うようになったら、それは自由ではなくて甘えだ。家の手伝いをしたらお小遣いを出すというように、ワークなくして報酬なしの原則を家庭内でも徹底するべきだ。

社会: でもね、やはり市場原理の導入で道徳教育なんておかしいよ。道徳教育は、本来利害関係とは無縁の人間的な情緒を養うことからはじめなければならない。

情操教育という点では、自然体験によって、子どもたちが自然の美しさ、神秘性、厳しさなどに触れ、感動や驚きを覚えるとともに、自然や環境への理解を深めていくことが望ましい。さらに、道徳性を養う体験活動として、ボランティア活動、自然体験活動、郷土の文化・伝統に親しむ活動、山村留学などを、学校や地域の状況に応じて一層活発に展開していくべきだ。

また、これからの高齢社会を展望すると、老いや死について考え、思いやりやいたわり、生命の大切さ、限りある人生をいかに生きるかなどについて考える契機として、高齢者福祉施設や病院を訪れ、介護活動を自分の目で見、体験することなどは大いに意義がある。人々の死を看取るホスピス関係者、医師や看護婦などから、直接話を聞く機会を設けることも考えられてよいだろう。

さらに、新生児の誕生に立ち会ったり、乳幼児に触れる経験の乏しい今日の子どもたちが、幼稚園、保育所、保健所、乳児院等を訪れることも、思いやりや生命の尊さを学ぶ貴重な機会となる。近年デジタルペットが若者の間で流行しているが、本物の動物をペットとして飼う方が、情操教育としては好ましい。

自由: そういう「何でも情操教育」を提案する前に、原点に立ち帰って道徳とは何かを考え直して欲しい。道徳の基本は、他者の立場に立つということである。高齢者や乳幼児や動物といった自分とは異質で、自己同一が難しい他者を相手にする前に、同年齢で同性の仲間との接触時間を増やすべきだ。

かつて一世帯の子供の数が多く、近所で子供が群れて遊んでいた頃は、子供たちは子供のコミュニティで人間関係を学んだ。ところが、自宅の外に遊ぶ場所がなくなり、少子化が進んで各子供に自分専用の部屋が与えられると、子供たちは自分の部屋にこもって一人で遊ぶようになった。その結果、子供同士の横の関係がなくなり、親や教師といった大人と子供との一対一の上下関係だけになってしまった。そうした垂直的な管理教育のもとで道徳教育を行っても子供は反抗するだけだ。

道徳教育で最も効果があるのは、子供を自宅から通学させずに、学校の寮で集団生活をさせることだ。これは教育自由化という点で一石二鳥の効果がある。公教育を廃止して学校が個性化しても、自宅から通える範囲では限られた選択しかできない。寮から通うのなら、選択肢が増える。

社会: あまり年齢が低いと、寮にいれても自分たちだけでは生活できない。ホームシックにもなる。何歳ぐらいを念頭においているのか。

自由: 子どもたちは、10歳から12歳ぐらいになると、親の言うことよりも仲間との約束を大切にするなど、仲間との結びつきが極めて強くなる。だから12歳以上ぐらいが適当だ。毎日親から監視されていると憂鬱だが、ぜんぜん会わないと寂しい。だから週末だけ自宅に帰ってくればちょうどいい。もちろん寮に入るかどうかは子供自身が決めることであって、制度として強制するべきではないが、希望する子供は案外多いのではないかと私は思っている。

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