ゴールドラッシュはなぜ起きたのか

2001年12月15日

ゴールドラッシュとは、新しく発見された金の鉱脈へ、一攫千金を夢見る採掘者が殺到することである。現在では、狭義のゴールドラッシュは起きなくなったが、かつて金が貨幣として機能していた頃、周期的にゴールドラッシュが起きた。その原因はどこにあったのか。

Image by Paul Tate + OpenClipart-Vectors from Pixabay modified by me

1. カリフォルニアで始まったゴールドラッシュ

ゴールドラッシュは、1848 年 1月24日、アメリカのカリフォルニアで始まった。川で開拓民が、豆粒半の大きさの金を発見したのである。当初この事実は秘密にされていたが、翌年にはニュースが世界中に広がり、一攫千金を夢見る人びとが、当時無政府状態同然であったカリフォルニアに押し寄せた。

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1849年にゴールドラッシュが起きると、ニューヨークからサンフランシスコへの移動時間をそれまでの7か月から4か月に短縮する高速のクリッパー船が登場した。

この歴史上名高いゴールドラッシュがなぜ起きたのかと問うことは、愚かなことのように見える。「古今東西を問わず、人類は黄金に対して飽くことなき欲望を持ち続けてきた。川の水を濾すだけで金が手に入るとなれば、多くの人が殺到するのはあたりまえだ」と言ってしまえば、それまでだが、実は、1848 年のゴールドラッシュには、ブームを惹き起こす時代背景があったのだ。

2. ゴールドラッシュの原因はデフレである

話は、1845年に遡る。この年、多雨によってイギリス本土の小麦の収穫量が激減し、アイルランドのジャガイモも胴枯病の発生で壊滅状態となった。大量の餓死者とアメリカへの移民によってアイルランドの400万の人口は半減してしまった。

この非常事態を受けて、イギリス政府は、1846年に食糧自給を旨とする穀物法を廃止して大陸から穀物を輸入しようとした。ところが、46年には、ヨーロッパ最大の農業国であるフランスでも凶作となり、小麦の価格が高騰した。これに対応してイギリスでは、47年に小麦と小麦を運ぶための鉄道への投機が過熱したのだが、この小麦バブルは、イギリスでは47年の10月に崩壊し、ヨーロッパ大陸でも48年の3月までに崩壊した。こうしてヨーロッパは恐慌となった。恐慌の波は、ヨーロッパの貿易相手国であるアメリカにも押し寄せてきた。しかも、職を求める、飢えた移民が大量にアメリカに流入してきたのである。

恐慌とは、深刻なデフレである。デフレになれば、企業倒産が相次ぎ、失業者が町にあふれ、物価と資産価値が下落する。物価と資産価値が下落するということは、貨幣価値が上昇するということである。デフレから脱却するためには、今なら、中央銀行が金融緩和により、マネーサプライを増やして、貨幣価値を下げればよいのだが、当時は今のような管理通貨制度が確立されていなかったので、ベースマネーを増やそうとすれば、金や銀の物理的量を増やさなければならない。

カリフォルニアの金のニュースは、まさにこのような失業者の増加と金価値の高騰というデフレ状況のもとで伝わったのである。多くの人が金を求めて殺到したのも無理はない。1851年には、オーストラリアでもゴールドラッシュが起きている。一連の金生産量の増大により、世界経済は、デフレから脱却することに成功した。

3. ゴールドラッシュの周期性

一般にグズネッツ・サイクルの谷とコンドラチェフ・サイクルの谷が重なる時期は、大デフレとなる。1840年代の飢餓恐慌はそのような時期だったのだが、1870-80年代の世界大不況や1930年代の世界大恐慌といった資本主義の歴史に残る大恐慌もそうだった。1873年から始まった長期のデフレは、1886年の南アフリカでのゴールドラッシュによって克服された(オーストラリアでもその前後にゴールドラッシュが再発生した)。しかし1930年代の世界大恐慌の時は、もはやゴールドラッシュは起きなかった。先進各国は金本位制を放棄し、兌換制のない紙幣と国債を大量発行して、第二次世界大戦という大規模な公共事業を行い、デフレから脱却したからだ。