ニューエコノミーとは何か

2016年10月22日

1990年代の後半、ナスダックの株価が青天井に上昇していた頃、「ニューエコノミー」という言葉が流行った。複雑系の経済学のパイオニア、ブライアン・アーサーによれば、オールドエコノミーが収穫逓減の法則に基づいていたのに対して、ニューエコノミーは、収穫逓増の法則に基づいているので、無制約的な成長が可能ということになる。このバブルを煽った理論は、どこが間違っていたのか。

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1993-2002年のナスダックの株価. Google Finance.

1. 収穫逓増/逓減の法則

この検討に入る前に、収穫逓増/逓減の法則を説明しよう。収穫(return 利益)は、土地、労働、資本、知的資源などの生産要素を変数とする関数である。長期では、すべての生産要素は可変的投入物だが、短期では、一つの生産要素だけを可変的にしてあとは固定することができる。

例えば、ある農家が、他の生産要素を一定にしたまま、肥料の投入量だけを増やしていく場合を考えてみよう。投入量が小さいとき、肥料を増やせば、肥料の費用が増加する以上の効果が出る。しかし投入を続けていくうちに、その効果は次第に減少し、最終的に利益はゼロになってしまう。これが収穫逓減の法則である。

2. 規模に対する収穫逓増/逓減の法則

では、もし土地や労働など他の生産要素も同時に増やしていったならば、どうだろうか。大型機械を導入するなどして、生産を効率化すれば、規模に対して収穫逓増となることがある。オールドエコノミーがすべて規模に対して収穫逓減であるというのは偏見であって、むしろ工業社会では規模の経済が普通だからこそ、資本主義、共産主義、ファシズムといった体制の区別とは無関係に、多くの国は情報革命が起きるまでは、生産手段を集中化していったのである。

しかし、収穫逓増は永遠には続かない。まず、生産に必要な資源が有限である。地球が有限なので、生産量が増えるにつれて、原料の希少性=コストが増加し、利益を圧迫する。また資源が有限であるということは、人口にも限界がある、つまり需要は無限には大きくならないということである。

規模に対する収穫逓減をもたらすもっと重要な原因は、中間管理職の肥大化である。生産要素の一つである労働の投入量を増やすと、最初は分業により能率が向上するので、利益を増大させるが、その効果は次第に減少し、逆に労働者を監視する管理職のコストが増大するので、規模に対して収穫逓減となる。巨大な国営企業の非効率は、規模の不経済の典型である。

管理コストを下げる一番よい方法は、個を自立させ、労働者に自分で自分を管理させることである。各労働者が、自立した専門家として、得意分野に専念し、それ以外の仕事をアウトソーシングすれば、脱中心化は効率性を損なわない。

3. ニューエコノミーの本質

18世紀の工業革命以後続いた規模の追求は、一方で資源の枯渇と環境破壊が、他方で官僚的組織の非効率が表面化した1970年代になって、いったん挫折した。70年代以降、エネルギー集約的産業から比較的天然資源を使わない知識集約的産業への転換とヒエラルヒー型組織からネットワーク型分業への構造変換が同時に進んだ。

知識集約型のネットワーク型経済が発達するにつれて、新しいタイプの規模の経済が生まれた。デファクトスタンダードのネットワーク外部性がもたらす一人勝ちの経済(the Winner-Take-All Economy)である。売れたという既成事実が、さらに売れる原因となる。

パソコンOSに典型的に見られるようなデファクトスタンダードのポジティブ・フィードバックは、相互依存的なネットワーク経済だからこそ起きる現象である。かつてIBMは、コンピュータの市場で圧倒的なシェアを持っていたが、コンピュータ間のグローバルなネットワークが発達していなかったので、日本ではNECが独自仕様の王国を作ることができた。メインフレームからパソコンへと、情報処理機能が中央から個人へと分散し、情報交換のグローバルなネットワークが発達すると、デファクトスタンダードのグローバルな独占が可能となる。

デジタルコンテンツのオンライン販売は、複製や流通にほとんどコストがかからないので、売り上げの増加は収益を圧迫しないと一般に思われている。ここから、ドットコム企業は成長すればするほど収益を増加させるというニューエコノミーの神話が生まれる。実際には、売り上げに比例する形で宣伝やサポート対応や不正コピーをめぐる訴訟などの費用が増加する。ソフト産業は、ハード産業ほど物質的資源を使わないが、それも程度の差でしかない。さらに需要自体に限界があるから、最初急成長した新しい産業も、やがては成熟期を迎え、収穫逓減となる。

ニューエコノミーの新しさは、何を作っているかではなくて、どう作るかにある。マイクロソフトはニューエコノミーで、コカコーラはオールドエコノミーといった分類は皮相である。作っている物がソフトウェアであれソフトドリンクであれ、最初は収穫逓増の法則が、しばらくすると収穫逓減の法則が働く。ニューエコノミーの本質を収穫逓増に求めることは、「ナスダックの株価が下がった。ニューエコノミーは幻想だった」という陳腐なニューエコノミー批判と同様、本質を見誤っている。

ニューエコノミーの本質は、知識集約性にある。デファクトスタンダードを可能にする相互依存的ネットワーク構造も、低インフレを可能にするエネルギー節約性も、知識集約的経済の派生物に過ぎない。

読書案内
書名 収益逓増と経路依存―複雑系の経済学
媒体 単行本
著者 W.ブライアン アーサー 他
出版社と出版時期 多賀出版, 2003/01
書名 Increasing Returns and Path Dependence in the Economy (Economics, Cognition, and Society)
媒体 ペーパーバック
著者 W. Brian Arthur
出版社と出版時期 Univ of Michigan Pr, 1994/07/01