デフレ対策としての公共事業
デフレの時代になると、国粋主義が台頭し、戦争が起きやすくなるが、それは、政府が景気対策のために公共投資を増やすのと同じ理由による。では、戦争をはじめとする無駄な公共事業を回避して、リフレーションをするには、どうすればよいのか。
1. 財政出動は景気対策として効果的か
不況になると、必ず「政府は公共投資を拡大するべきだ」という声があがる。バブル崩壊後、景気対策・雇用対策として行われた公共投資が、その目的を達していないことが実証されているにもかかわらず、小泉内閣による一般歳出減額に反対する人は少なくない。
積極財政派の人たち曰く「これまでの公共事業が総需要を喚起する効果を上げていないのは、少し景気がよくなると、すぐ緊縮財政に戻ってしまうからなのであって、切れ目ない財政出動を続けていれば、日本経済は、バブル崩壊後のデフレから脱却できていたはずだ」云々。
しかし、こうした議論は、公共事業に効果がないことを自白しているに等しい。伝統的なケインジアンの理論によれば、公共事業は、その乗数効果により、終了後も波及効果を残すはずなのに、彼らが暗に認めているとおり、今の日本の財政出動はその場限りの効果しかなく(政府支出乗数は、現在1.25)、結果として、景気の下支えをするために、「切れ目ない財政出動」が際限なく必要になる。
2. なぜ財政政策は効果を発揮しなくなったのか
マンデル・フレミング・モデルによれば、為替相場が変動相場制に移行した1973年以降、財政政策の有効性は減少している。現在の日本経済のような、変動相場制に基づく開放経済では、財政出動は、金利を上昇させて民間設備投資をクラウディング・アウトする(締め出す)のみならず、金利の上昇によってもたらされる円高が輸出を減少させてしまうので、結果として財政拡大はGDPを抑制してしまう。
もっとも、政府が民間から資金を奪ったとしても、そして為替レートが円高になったとしても、政府が資金を有効に活用し、内需主導の成長を促進するのならば、公共投資は有効といえる。しかし、実際には、当事者意識の欠如から、公共投資の効率は、民間投資に比べて、著しく低い。
3. 景気対策としての戦争
しかしながら、政府が効率を上げようとする強い当事者意識を持ち、内需主導で完全雇用を実現し、デフレを克服する実績を持つ公共事業が一つある。それは戦争である。ルーズベルト大統領は、ニューディールという平和的な公共事業で、アメリカ経済を世界大恐慌から救うことができたという神話をいまだに信じている人もいるが、実際には、ニューディールは失敗に終わっており、アメリカ経済を世界大恐慌から救ったのは、第二次世界大戦の特需である。
戦争は、民族・宗教・イデオロギーの対立が原因で起きるわけではない。それらはたんに戦争主体を区別するのに役立つ徴標に過ぎない。戦争、とりわけ大規模な戦争の原因はデフレである。資本主義成立以前でも、気候悪化に伴う資源デフレーションの時期の戦争が起きている。
デフレは、バブルの崩壊によって起きるが、戦争には、バブル的な過剰投資によって生まれた過剰設備と過剰人員を潰し合いと殺し合いによって、バブル以前の水準に戻す機能がある。平和的な公共事業は、需要を増やすことで需給ギャップを埋めようとするが、需要をバブル時の過剰供給にまで引き上げることは困難であり、通常失敗する。これに対して、戦争という公共事業は、供給を削減することで、つまり供給を削減する需要を増やすことで需給ギャップを埋めようとする。不況になると、転職産業(という名の首切り産業)は、逆に繁盛するのとよく似ている。
デフレにおいては、労働価値に対して貨幣価値が高まる。貨幣とは、経済的交換における媒介的第三者であり、権力的交換における国家の地位に相当する。だから、デフレは、国民に対する国家の価値を高め、全体主義を台頭させ、人命軽視の戦争を惹き起こす。ナチスが結党したのは1920年だが、1923年のハイパーインフレの時には、ナチスは支持されなかった。ナチスが熱烈に支持されたのは、1929年に世界大恐慌の波がドイツに押し寄せて、デフレが深刻になってからである。
現在の日本でも、デフレが深刻になるにつれて、国粋主義的傾向が強くなり、歴史修正主義が台頭するようになってきている。小林よしのりの新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論や西尾幹二の国民の歴史 がよく売れ、"私"に対する"公"の優位という国家主義的イデオロギーが支持されているのも、デフレのおかげである。
4. 最も望ましいリフレーションの方法
戦争をはじめとする無駄な公共事業を回避して、デフレから脱却するには、どうすればよいのだろうか。ここで、もう一度マンデル・フレミング・モデルに戻ろう。マンデル・フレミング・モデルによれば、変動相場制では、財政政策は景気対策としては有効でないが、金融政策は有効である。もしそうだとするならば、バブル崩壊後のデフレを解消するには、日銀が量的金融緩和によってインフレを起こし、不良債権をインフレによって一掃するべきだということになる。インフレそれ自体は、決して望ましいものではないが、戦争と比べればまだましである。
ディスカッション
コメント一覧
戦争が公共事業になるというなら。同じ規模で公共事業をバンバンやれば
済む話ではないですか。
既に説明しています。
>供給を削減することで
これが問題なのです。戦争しなくても、その戦争がもたらすだろう
破壊及び建設を量的には戦争と等しく、質的には平和に同じように
やればイイということです。例えば家屋やビルを買い取って、爆撃に
似せて壊してはつくり、壊してはつくりを繰り返したり、公務員を
一時的に大量に雇い、海外で生活させれば、実質戦争をしているの
と変わりはないと思うのですが。
つまり、その公共事業が、他の民間への需要を疎外するほどやれば
いいわけです。そうすれば供給を減らすことが出来ます。
というか、本当は私の預金がインフレでパーになることは避けたいのです。
デフレ脱却の鍵は、技術革新だと思います。技術革新なしで従来と同じものを作っても、供給が量的に増えて、値崩れを起こすので、デフレ圧力が強まるだけです。技術革新が起きれば、人々は、高くても新しい商品を買い、古い商品を捨てるでしょう。
一つ永井先生にお聞きしたいのですが。戦争による供給の減少とは
要するに軍需をバンバン生産して、バンバン壊して浪費させ、つい
でに余った人間を殺して、労働力供給を減らすことにより、全体と
しては一時的に貧しくなり、供給が減るから、それだけ「相対的に」
需要も増えるということと理解しますが。
WWⅡでは出来ても、今の時代大戦争などは核の問題で出来ませんか
ら、今の時代、あまり意味がないというか、不可能だと思うのですが。
そもそも市場あっての国家ですから。デフレならデフレで、
企業の側からそれを克服する手段が無いといけないと思います。
そういう意味で技術革新したら特許の年数を増やすとか、そう
いうインセンティブが重要だと思います。今の社会は混合経済にな
りすぎて、景気が悪いのは政府の失策のように言われますが、本当は
市場の上の企業努力が必要なのではと感じるのですが。
ホリエモンではありませんが、青年実業家を増やす上で、生存権を認
め、起業に失敗しても、死にはしないというような、政府が金を出す
というより失敗しても最終的には政府が助けてくれるような仕組みを
作りベンチャー精神をくすぐるインセンティブが必要だと思います
戦争においては、需要は、間接的ないし相対的にではなくて、政府支出の増額により直接的に増大します。9.11以降、アメリカ政府は、軍事支出を増やしています。アフガニスタンやイラクといった小さな国を相手にしているのにもかかわらず、それ以降、リフレ効果が顕著にあらわれています。
確かに戦争があるとマンキューのマクロ2版にも乗っていますけど、
インフレが怒ってる傾向が強いですね。でも単純にインフレであるから
と言って景気が良くなったのかはわかりませんが。
現在の日本では、人口減少に伴うデフレ圧力の増大によりインフレが発生しにくくなっています。仮に量的金融緩和によってインフレ状態になったとしても、円安によるキャピタルフライトという弊害のほうが大きいでしょう。
2003年ごろまでは、財務省もハイパーインフレによる累積政府債務の一掃を研究していたようですが、現在では、デフレ下の低金利を利用した問題の先送りへと方針転換したようです。