7月 022003
 

システムとは、選択する主体である。これが本書におけるシステムの定義である。しかし、一方的に定義を押し付けられても、読者の皆さんは当惑するかもしれない。そこで、常識的なシステムの概念から出発して、システムの本質が選択にあることを確認しよう。

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1. 構造と環境

システムという言葉は、「共に立てる」という意味のギリシャ語に由来し、普通、秩序だったまとまりというほどの意味で使われる。秩序とは、無秩序の否定であり、無秩序とは、予想とは他のようになる可能性、すなわち不確定性が高い状態のことである。そして、無秩序を否定し、秩序を作るということは、複数の可能な選択肢の中から一つを選び、それ以外の可能性を捨て去るということである。

常識に反して、システムの本質は、まとめることにではなく、捨てることにある。もっと正確に言うと、捨てなければまとまらないということである。床に散らばったガラスの破片を一箇所に「まとめる」と、ガラスの破片がどこに存在するかという不確定性が減るので、安心して床を歩くことができる。政治家たちのばらばらの意見を一つに「まとめる」と、政策の不確定性が減り、将来の見通しが立ちやすくなる。

システムという言葉は、しばしば「まとめること」ではなくて、「まとまり」という意味で使われることもあるが、両者を区別しなければならない時があるので、後者を「構造」、前者を「システム」と呼んで、区別することにしよう。「システム/構造」の関係は、「選択する/選択される」あるいは「基礎付ける/基礎付けられる」の関係にある。

このことは、システムが構造とは実在的に別の存在者であるということを意味しない。選択するシステムと選択された構造が相互浸透的であることを認識することは重要である。上品な言葉を使う人は上品である。すなわち上品な言葉を選ぶシステムは、それ自体上品な性格を帯びる。システムが何であるかは、システムが何を選ぶかによって決められる。だからシステムは、構造とは不可分の関係にある。

さらに、システムと構造との区別は相対的であり、絶対的ではない。ある秩序がシステムか構造かは、観点によって変わってくる。氷山を自己組織的とみなすならば、それはシステムである。極条件によって規定されていると考えれば、氷山は、地球システムあるいは太陽システム(太陽系)の構造の一部分(サブシステム)である。

システムが一つの構造を選ぶ時、選ばれなかった他の候補は、その構造の環境を形成する。環境における他の選択主体は、そのシステムにとって他者の位置にある。他者は必ずしも他の人という意味ではない。ヨーロッパの言語の表記では、他者は、広く「他なるもの一般」を意味する。本書でも、他者という言葉を「他のシステム」という広い意味で使い、他の人という意味を特に強調する時には、「他我」あるいは「他人」という言葉を使うことにする。

2. エントロピーの法則

構造と環境あるいはシステムと他者の問題については、第1章第3節の「社会とはどのようなシステムか」で改めて論じることにして、この導入節では、システム論の出発点である不確定性について、詳しく分析することにしよう。不確定性を定量化するには、可能性の数が何通りあるかを示せばよい。そうした可能性の数を、システム論では複雑性と名付けている。そして、複雑性の対数がエントロピーである。もし読者が数学を苦手とするならば、対数とは何かについて知る必要はない。定量的にはともかく、定性的には、エントロピーも複雑性も不確定性の度合いを表す同じような概念と考えてもらって差し支えない。

エントロピーという概念は、もともと熱力学から生まれてきた概念で、受け取った熱量をシステムの絶対温度で割った商として定義されたが、後に統計力学的に解釈され、エントロピーが分子配置の複雑性の対数に比例することが確認された。一般に、温度が高ければ高いほど、システムを構成している分子なり原子なりの構成要素の運動が活発になり、存在の不確定性が増大するから、エントロピーは高くなると考えてもらえばよい。

今ここに、80度の水100グラムというシステムAと20度の水100グラムというシステムBがあるとする。両者を接触させると、AからBへと不可逆的に熱が流れ、両者は、50度になったところで平衡状態に達する。この時、Aのエントロピーは小さくなるが、それ以上にBのエントロピーが増大するので、全体としては、エントロピーは増大する。このように、全体として、エントロピーは増えることはあっても減ることは決してない。これを熱力学第2法則という。

熱力学第2法則は、例えば、熱湯に氷を浮かべるとぬるま湯になるが、ぬるま湯が自ずと熱湯と氷に分かれることはないという、誰もが常識として知っている熱の不可逆性を物理学的な法則にしたものである。だが、熱の移動がないにもかかわらず、これと類似の不可逆性を示す現象が、他にもたくさんある。

例えば、水槽に赤インクを1滴落とすと、インクの分子が拡散して、水槽の水全体がピンクになることはあるが、拡散したインクの分子が1点へと集結し、ジャンプしてスポイルの中に入るという逆の現象は起きない。インクの分子は、不可逆的に分散していく。そして、分散すればするほど、インクの分子がどこに存在するのか不確定になる。不確定性が増えるということは、無秩序になる、つまりエントロピーが増えるということである。

熱力学的な不可逆現象も非熱力学的な不可逆現象も、秩序が無秩序になる不可逆現象であるという点では同じである。部分的に秩序が生まれる時でも、全体としてそれ以上の無秩序が、必ず生まれる。例えば、冷蔵庫が庫内の温度を下げると、庫内のエントロピーは減少するが、それ以上のエントロピーが、冷蔵庫が消費する電気を生産する時に、石油などの低エントロピー資源を燃やすなどの方法で、発生しているので、全体としてはエントロピーが増加する。

ここで言う「全体」は、厳密な言葉を使うと、孤立したシステム(孤立系)である。孤立したシステムとは、環境との間で物質やエネルギーや情報が出入りしない構造のシステムである。私たちがその中に住んでいるこの宇宙は、私たちが知っている唯一の孤立したシステムである。もしも、これ以外にもう一つ孤立したシステムを知っているとするならば、私たちはそのシステムと情報を交換していることになるが、これは孤立したシステムの定義に反することになる。

孤立したシステム、すなわち私たちの宇宙のエントロピーは絶対に減ることはない。全体のエントロピーは絶対に減ることはなく、孤立していないシステムがエントロピーを減らすには、環境においてそれ以上のエントロピーを増やさなければならない。この熱力学第2法則を一般化した定式は、エントロピー非減少の法則と呼ばれるが、本書では、略して、エントロピーの法則と名付けることにしたい。

3. 構造と環境との境界の維持

孤立していないシステムが選択の機能を停止し、エントロピーの増大に抵抗しなくなると、構造と環境の境界がなくなり、システムが消滅する。図1~4は、エントロピーの増大にともなって、構造と環境の差異が消滅する様子を描いている。図1の段階では、システムA(左)は白の要素を、システムB(右)は灰色の要素を確率1で確定的に選択しており、エントロピーは最小の値である0となっている。選択が不確定となり、エントロピーが増大するにつれて、AとBとの境界があいまいになり、最後の図4の段階では、エントロピーが最大の値である1となり、境界は完全に消滅している。

エントロピーの増大と境界の消滅
図1 エントロピー最小
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エントロピーの増大と境界の消滅
図2 エントロピー約1/3
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エントロピーの増大と境界の消滅
図3 エントロピー約2/3
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エントロピーの増大と境界の消滅
図4 エントロピー最大
数式
図1~4 エントロピーの増大と境界の消滅
なお、エントロピーの計算には、以下のシャノンの式を用いた。
シャノンの式

本節の冒頭で、システムを「選択する主体」と定義したが、同じことに別の表現を与えて、「構造と環境とを差異化する主体」と定義してもよい。第5章で、スケープゴートの排除を説明する時、「構造と環境の境界を維持することが、システムの自己保存につながる」という命題が、取り上げられることになるので、第2の定義も、頭に入れていただきたい。

読書案内
書名なっとくする熱力学
媒体単行本
著者都筑 卓司
出版社と出版時期講談社, 1993/12
書名物理学
媒体単行本
著者小出 昭一郎
出版社と出版時期裳華房, 1997/11
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  One Response

  1. 時に見かける街並みの一画に、たくさんの落書きと荒れ果てた建物がある。
    意味ありげに、書かれたその落書きはアートに至ることのない、子供の落書きと同じである。
    なぜ、子供は落書きすることが好きなのか?重圧からの解放か、それともそれを自由と感じるのか?

    周りを見渡すと、まるでそこだけ磁場が入れ替わったようであり、そこの隣の建物は整然としている。
    私は、エントロピーをカオスと称し、軍人の制服にそれをみてとるが、とすれば、カオスは時に
    姿を消したように、そこにあるのかもしれない。仏教でいわれる煩悩の根源のように思えるが、
    カオスは、見つけきれないからカオスであって、そこにカオスを認識すればカオスの澱みは、
    そこに沈まり、荒立てない事が唯一の手法のようにさえ思える。それが、いわゆるネゲントロピーで
    あり、その状態を維持することが、その形態をとどめていると言う事なのだろうか。
    その肥沃な土壌の上澄み水からひょっこりと顔を見せる蓮華の笑み。
    今や、それは歴史に見る事しかできないが、それが、ご先祖を崇拝することに繋がる。

    すべての一切のものは、風化していく。それは生まれ出でてくるものの使命。
    風化とか、劣化とか、消耗とか、加齢とか、壊れるのではなく、それはただ単に時間の経過にしか
    すぎない。使いすぎると減るのである。それが、摩擦による消耗。インクも書き続けると
    減っていくのである。そのノートがきれいであろうが、汚かろうが、価値はまた別の所にある。
    インクが一滴垂れて、その汚れを落とそうとしたら広がってしまった。それが袖についてしまった。
    落ちない汚れは、落とさない方が賢明であるということだろうか?

    エントロピーの数式みると、こういう解説をすることにおののいてしまいますが、なぜか、エントロピーが
    気になるというより、人種差別・重労働・ラップ・ダンス・落書き・乱雑・崩壊 負のエネルギーの
    払拭が仏教の言わんとしていることなのかなっと思いまして・・・。黒人さえ躾がなされていれば、
    カオスではなく、コスモスなのかな~って昨今思います。菩薩によるご慈悲ですかね~。
    菩薩とは、いわゆるカオスの酷かった時代により人間らしく、人を希望へと導いた存在のことだと
    私は思います。合ってますかね~コメントしてみてびっくり!記憶が言葉になっていった。

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