7月 072003
 

公的標準決定機関から公式に承認されて普及した標準が、デジュール・スタンダードと呼ばれるのに対して、市場原理が選んだ事実上公的な標準は、デファクトスタンダードと呼ばれる。デファクトスタンダードの古典的な事例は、VTRのVHS方式やオペレーティング・システムのウィンドウズなどである。これらの事例を参考に、ある標準がデファクトスタンダードとなるためにはどのような条件が必要なのかを探りながら、デファクトスタンダードの本質が何であるのかを考えよう。

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1. デファクトスタンダードとは何か

デファクトスタンダードは、普及しているがゆえに普及する。この、オートポイエーシスに特有のポジティブ・フィードバックの円環が回転するためには、人々の選択が相互依存的でなければならない。VTRの場合、ユーザは、レンタルビデオ店の多数派ビデオテープを再生することができるビデオデッキを買わなければならず、ビデオ店は多くのユーザが使っているVTRの方式を採用しなければならない。パソコンの場合も、ユーザは、多数派のアプリケーションを実行できるOSを買わなければならず、アプリケーションの開発者たちは多くのユーザが使っているOSをプラットフォームとして採用しなければならない。

どの標準が多数派になるのか明確でないなら、自分の選択が複数の他者の選択に依存し、そしてその他者の選択が自分を含めた他者の他者の選択に依存するという選択の相互依存性ゆえに、人は判断に躊躇するであろう。しかし、ひとたび多数派が明確になると、みんな勝ち馬に乗ろうとして多数派に殺到し、あっという間に多数派標準がデファクトスタンダードとしてユーザを「ロックイン」してしまう。

相互依存的な関係が存在しない時、デファクトスタンダードがもたらす外部経済を期待することができない。過去に一度、あるオンライン・モールで買い物をしたから、あるいは友人がそこで買い物をしたからといって、将来そこで買わなければならない必然性はない。2000年3月にピークに達したバブル経済の膨張過程で、多くのドットコム企業は、ニュー・エコノミーのもとでは収穫逓増の原理が働くと信じ、デファクトスタンダードを確立すべく巨額の投資を行ったが、その結果は悲惨なものだった。

2. デファクトスタンダードの条件は何か

では、相互依存的な選択関係でデファクトスタンダードとなることができるのは、どのような標準であろうか。常識的には、優れた標準、一番乗りの標準が有利に見える。しかし実際には、これらはあまり重要な条件ではない。

ソニーが1969年に提案した家庭用VTR、ベータマックス は、録画時間が一時間であったのに対して、日本ビクターが2年後に提案したVHSは、録画時間が2時間で、さらにVHSはベータマックスよりも5㎏軽かった。しかしベータマックスは、VHSよりも画質が鮮明であったから、性能面ではよい勝負であった。

パソコンでも、マイクロソフトがOSのパイオニアであったわけではない。世界初のパソコン用OSは、1973年に デジタルリサーチ社が開発したCP/Mで、マイクロソフトがIBMに MS-DOS1.0を供給したのは、それから8年後のことである。世界初のGUI搭載パソコンは、マッキントッシュの前身、リーサで、2年後にマイクロソフトが開発しWindows1.0は、マッキントッシュより時期的に遅れていただけでなく、性能面でも劣っていた。

では、一番乗りでもなければ、性能的に優れていたわけでもないVHSとウィンドウズがデファクトスタンダードとなることができたのはなぜだろうか。2つの条件が考えられる。

  1. 高資本所有者による媒介 日本ビクターは、ソニーのライバル会社で、日本最大の系列小売店網を持つ松下を説得することに成功した。これは、マイクロソフトが、アップルのライバルで、世界最大のコンピュータ製造会社であったIBMにウィンドウズを採用させることに成功したことを思い出させる。
  2. アウトソーシングのネットワーク ソニーが権利を独占しようとしたのに対して、日本ビクターは、試作機を企業秘密にせずに、他社に貸し出して公開した。これにより、シャープがフロントローディングを、三菱電機が速送り機能を付け加えるなど、ビクター以外の会社もVHSの改良に参加することができた。これはアップルが全てを自社で作ろうとしたのに対して、マイクロソフトがハードの製造をアウトソーシングしたことを思い出させる。

要するに、標準が市場をロックインするための必要条件は、まず、これまでコミュニケーション・メディアを提供していた高資本所有者を説得し、それから秘密主義を捨てて、できるだけアウトソーシングのネットワークを広げていくことであると言える。

デファクトスタンダードはコミュニケーション・メディアである。こう考えるならば、なぜ2つの条件が必要なのかが理解できる。アウトソーシングのネットワークにおいては、選択の基準が互いに依存しあうため、この社会的エントロピーを縮減するために、コミュニケーション・メディアが必要となる。そして、すでに高資本によって基礎付けられたコミュニケーション・メディアがある時、それに便乗すると、新しいコミュニケーション・メディアとして普及することができる。

3. 言語と貨幣のデファクトスタンダード

第1章の第3節で、文化システムでは記号(言語)が、経済システムでは貨幣がコミュニケーション・メディアであると書いた。現在、国際共通語は英語であり、国際基軸通貨はドルである。英語とドルが、国際的なコミュニケーション・メディアとして普及しているのは、両者がメディアとして一番手だったからでも、メディアとして優れているからでもない。

英語が成立したのは、5世紀の半ば頃で、世界最古の言語ではないし、ドルの起源であるターレル銀貨が生産されたのは16世紀のことだから、ドルも最古の貨幣ではない。英単語は、綴りを見ただけでは発音とアクセントの位置がわからないし、英文法には例外規則がたくさんあるので、英語が世界で最も使いやすい言語であるとはいえない。少なくとも、人工言語のエスペラント語よりも使い勝手は悪い。ドルも通貨として優れているとはいえない。表記単位がドルとセントの2つに分かれているよりも、日本円のように一つに統一されている方が便利だ。イギリスのポンドの通貨単位は複雑怪奇だったにもかかわらず、かつては国際基軸通貨でありえた。

それにもかかわらず、英語とドルが国際的なコミュニケーション・メディアとして普及しているのは、英語とドルを使っているアメリカ合衆国が、経済的・政治的・軍事的に世界最大の超大国だからであり、英語発祥の地であるイギリスの文化的蓄積が豊富だからである。

貨幣が普及するには発行者の十分な経済的資本が、言語が普及には利用者の十分な文化的資本が必要である。デファクトスタンダードは、定義により公的権力者に依拠しないが、その代わり、私的権力者の経済的資本と文化的資本(ブランド)に依拠する。そしていったん普及し始めると、権力のオートポイエーシスに特有のポジティブ・フィードバックにより、さらに普及していく。

ポジティブ・フィードバックの円環は、外部からの力によって、その回転を止めることがあると前節で書いたが、デファクトスタンダードの支配もまた永遠には続くわけではない。VHSはDVDの時代が到来すれば、ホームビデオのデファクトスタンダードではなくであろうし、ウィンドウズも、情報端末が脱PC化する流れの中でデファクトスタンダードとしての力を失うかもしれない。

読書案内
書名収益逓増と経路依存―複雑系の経済学
媒体単行本
著者W.ブライアン アーサー 他
出版社と出版時期多賀出版, 2003/01
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