7月 162003
 

貨幣は、交換される商品から交換する媒介者へ、鏡像的他者からファルスへ、母性的存在から父性的存在へと変貌を遂げた。個体発生と系統発生を重ねながら、貨幣の歴史を精神分析学的に考察しよう。

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1. 女性としての貨幣

世界最古の貨幣は、殷王朝(紀元前1600~1046年)で貨幣として使われたタカラガイだと言われている。タカラガイは、ヴァギナに形が似ているために、安産のお守りとしても使われ、子安貝とも呼ばれる。貝という漢字は、タカラガイの一種、キイロダカラガイの形から生まれた象形文字で、貝を部首とする漢字が貨幣にかかわりがあるのはこのためである。「生きがい」とか「働きがい」などの「かい」は、「価値」という意味だが、やはり貝を語源としている。タカラガイは、最近まで未開社会で貨幣として使われていて、英語でも、キイロダカラガイを《money cowry お金のタカラガイ》と呼んでいる。

なぜ、タカラガイ、すなわち子安貝が貨幣として使われたかに関しては、入手困難で希少価値があり、装飾品としての使用価値もあり、保存に適していて、運搬に便利といった理由が挙げられることが多い。しかし、この程度の条件を満たすだけで良いのなら、他にも貨幣の候補はたくさんある。子安貝が、貨幣として特に好まれたのは、ヴァギナとの類似ゆえに、女性を象徴していたからではないだろうか。貨幣に相当する単語は、ラテン語やギリシャ語では女性名詞であるが、これはかつて貨幣は女性として表象されていたことの名残である。

なぜ、女性の象徴が貨幣となったのかは、後で考えることにしよう。子安貝のような、直接的な欲望の対象となりうる貨幣は物品貨幣と呼ばれる。物品貨幣として機能したのは、子安貝だけではない。シベリアでは毛皮が、エチオピアでは塩が、日本や中国やアメリカでは穀物が、ギリシャや南アフリカでは家畜が貨幣として使われた。これら物品貨幣が流通している経済は、物々交換の経済からの離陸がまだ十分でない。

2. 男性としての貨幣

時代が下るにつれて、貨幣は次第に抽象化され、女性の象徴から男性の象徴へと姿を変えていく。戦国時代、中国南方の楚では、貝殻を象った蟻鼻銭が使われていたが、斉や燕では、小刀を模した刀幣、韓・魏・趙では、農具を模した布幣が使われていた。紀元前221年、秦の始皇帝が中国を統一すると、丸い硬貨の中心に四角い穴を穿った円形方孔の貨幣を鋳造した。このスタイルは、その後2000年続いた、東アジアの典型的な貨幣形状である。方孔は、一定の枚数単位でひもを通した銭緡作成のために穿たれたと考えられているが、象徴的な意味もある。

紀元30年頃に魯褒が書いた『銭神論』によると、円形は「天」を、方孔は「地」をそれぞれ象徴している。円形は貨幣の形としてポジティブに与えられ、方形は穴としてネガティブに与えられているが、中国の易学によれば、もともと、天は、父や強い人など、堅くて動的なものを象徴する陽であり、地は、母や従順な人など、柔らかくて静的なものを象徴する陰である。だから、円形方孔貨幣は、男性性器と女性性器の結合のシンボルと見ることもできる。ただ、円形方孔貨幣は、男根の切断面の形に似ていて、ひもで通して集めると、男根そのもののように見える。

西洋でも、貨幣の男性化が進んだ。西洋における最初の非物品貨幣は、紀元前7世紀にリディア王国で造られた打刻貨幣で、紀元前600年頃発行された、スターテルと呼ばれる貨幣には、ライオンの頭が浮き彫りになっている。その後、ギリシャやローマでも、金属に支配者や神や動物の肖像を刻印した打刻貨幣が発行された。近代、すなわち男性(人間)が女性(自然)を支配する時代になると、男の権力者の肖像が描かれた紙幣が貨幣の世界標準となる。

3. 貨幣の男性化は何を意味するのか

貨幣が、物品貨幣が持つ具象性を捨てて、抽象化されたということ、女性的性格を失って、男性化するということは何を意味しているのだろうか。

まず、貨幣がそれ自体商品であったということは、貨幣が直接的な欲望の対象でもあったということを示している。これに対して、管理通貨制度のもとにおける貨幣は、それ自体何の価値も持たない金属片や紙切れや電子パルスで、もっぱら他者によって欲望される限りにおいて欲望される象徴的存在にすぎない。ここからわかるように、貨幣はその具象性を捨てることにより、欲望の欲望という相互依存的な複雑性を縮減する、純粋なコミュニケーション・メディアとなった。

このことは、貨幣がファルス的性質を持っていることを示している。ペニスは、父と母との権力的差異を象徴する記号であり、子供たちにとって、欲望されるがゆえに欲望される、同一化願望や所有願望の対象である。しかし、ペニスがファルスの象徴であるのは、男尊女卑社会においてだけである。かつて、女性性器が貨幣として使われていたということは、文明以前の太古の昔に女尊男卑の時代があったのではないのかという推測の1つの根拠となる。

第8章第4節で、詳しく論じるが、抽象化は男性原理に基づく。貨幣や刑罰が、文明化にともなって、多様性を捨象し、一般化されたコミュニケーション・メディアとなったことは、社会が男性化したことを物語っている。

文明社会では、長らく男尊女卑の時代が続いた。男尊女卑社会では、ペニスがファルスを象徴している。貨幣発行権や刑罰執行権など、国家権力を独占するものは、ファルスを独占する。本節では、経済システムのコミュニケーション・メディアである貨幣をファルスとして考察した。次節では、司法システムのコミュニケーション・メディアである刑罰をファルスとして考察しよう。

読書案内

栗本慎一郎は、この本の中の論文「貨幣のエロティシズム」で、貨幣の起源は、女性性器ではなくて男性性器であると言っている。

書名幻想としての経済
著者栗本 慎一郎
出版社と出版時期青土社, 1990/03
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私が書いた本

  One Response

  1. 貨幣は男か女か?
    宝貝が象徴するものは明らかに女性だと思います。
    分子生物学の福岡 伸一さんの「できそこないの男たち」によれば
    太古は女性が支配する世界。男性は、遺伝子のバラエティを増やすための
    道具に過ぎなかった..故に短命でもある。
    文明とともに余剰の交換が生まれ、それを司る男族に支配権が
    移って行ったとの説。
    これによると、貨幣が生まれたときは女尊男卑、貨幣による余剰の
    交換が盛んになると男尊女卑になった。
    従って、貨幣の性格が女性から男性に変っていった、、とは
    とれないでしょうか。

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