7月 252003
 

経済学では、通常消費は生産と反対の活動と考えられている。しかしエントロピーという観点からすれば、生産も消費も、環境のエントロピーを増大させることにより構造のエントロピーを減少させるという点で同じである。

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1. エントロピーの観点からの分析

例えば、石油を燃焼させ、そのエネルギーで金属を製錬するという生産活動では、石油の資源価値が、燃焼(エントロピーの増大)により消滅するが、そのおかげで、不純だった鉱石のエントロピーを減らして、そこから単体の金属を取り出すことができる。製錬された金属を加工して、CDプレーヤーを製造し、それを消費者のもとに届ける生産活動もまたエントロピーを減少させる。すなわち、「好きな音楽を、好きな時に、好きな場所で聴くことができないかもしれない」という不確定性を縮減することに貢献するのである。

音楽を聴いて楽しむという消費活動も、電気を使うし、CDプレーヤーを消耗させるので、エントロピーを増大させる。しかし休息中に音楽を聴くことで、私たちがストレスから解放され、それが結果として仕事の効率を上げることに貢献するとするならば、1見遊びと見える消費活動も、労働力のリクリエーション(再創造)という意味で、生産活動の一種と捉えることもできる。

2. 楽しいか否かは問題ではない

では、消費は楽しいが、生産は楽しくないという区別はどうだろうか。歯医者で虫歯の治療をしてもらうことは、患者にとって消費であるが、歯をドリルで削られることは苦痛であって、楽しいと思う人はほとんどいない。逆に仕事が楽しいという人もいる。楽しい/楽しくないという区別と生産/消費の区別は別である。

第1節で、私は次のように書いた。

遊びには、労働の時よりも「他のようでもありうる」自由がある。逆に言えば、労働は遊びよりもエントロピーが低い。そして労働は、エントロピーを減らすがゆえに価値を生み出す。

[書籍編:価値とは何か

しかし消費活動は、遊びの場合であっても、決して何でもかまわないという恣意性を持つわけではない。生産活動に、黒字の場合と赤字の場合があるように、消費活動にも有意義な消費と無意味な消費がある。生産/消費よりもこちらの区別の方が重要である。

3. 消費か浪費かが問題である

《生産=消費》活動は、しばしば思いがけず、無駄とか浪費と呼ばれる、たんにエントロピーが増大するだけの結果に終わることがある。生産においても、消費においても、たんなるエントロピーの増大に終わらせないようにしなければ、システムは生き延びることができない。私たちの究極目的は、自己のシステムの維持である。消費と生産はこの目的実現に直接かかわるか間接的にかかわるかという違いに過ぎない。そして、現在のシステムの維持が将来のシステムの維持の手段となることを考えれば、生産と消費の相違が相対的であることが分かる。

もし遊びすら生産活動によって正当化するならば、私たちは、手段価値の実現で一生を終えてしまう。それではむなしい。目的-手段関係を無限後退させないためにも、消費を目的価値の実現として位置付けなければならないのではないか

と疑問に思う人もいるであろう。しかし個人レベルでの幸福が同時に社会システムの維持に貢献するということは、矛盾ではない。むしろそれが普通であるからこそ、人間の社会は今日まで存続することができたと言える。

4. セーの法則をめぐる論争

消費と生産が相対的であるということは、需要と供給も相対的であるということである。かつてケインズは、「供給はそれに等しい需要を作る」と定式化されるセーの法則の倒錯性を批判したが、はたして、供給が受容を作るのか、それとも受容が供給を作るのかという議論に意味があるのだろうか。

私たちがケインジアンという言葉からすぐさま連想してしまう公共事業による景気対策は、政府が主体となってインフラを整備するという点でも、労働者が労働力を売るという点でも、常識的な意味での生産であって、消費ではない。もちろん政府が公共事業を行えば、雇用が増えて失業者が減り、個人消費が増えるだろうが、それはまさに「供給はそれに等しい需要を作る」というセーの法則どおりの現象である。

では、供給が需要を決めるのか、それとも需要が供給を決めるのかという形で定式化されている、新古典派とケインジアンと論争は、本当のところ何に関する論争なのか。それは、供給が過剰になったとき、市場経済に需給ギャップを自立的に埋める能力があるのか、それとも政府による裁量的な介入が必要であるのか、つまり小さな政府か大きな政府かという論争である。景気対策として減税と公共投資の拡大のどちらが望ましいかをめぐるサプライ・サイド・エコノミーとデマンド・サイド・エコノミーの対立においても、供給が先か需要が先かが争点なのではなくて、成長の牽引役が民間なのか政府なのかが重要な争点になっている。この問題に関しては、第9章以下で論じることにしよう。

読書案内
書名エントロピー入門―地球・情報・社会への適用
媒体新書
著者杉本 大一郎
出版社と出版時期中央公論社, 1985/08
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