7月 302003
 

人類は、いつから農業を始めたのか。農業を始めたことで、人類の生活水準は本当に向上したのだろうか。狩猟と採取で生計を立てている民族を参考に、かつての人類の姿を想像しつつ、この問題を考えてみよう。

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1. 狩猟民族は農耕民族よりも生活は楽である

今日、世界の辺境と呼ばれる地域で、農業(牧畜も含める)を営むことなく、狩猟と採取で生計を立てている未開民族がいる。私たちは、「貧しく飢えた発展途上国の人々」という先入観を植え付けられているから、狩猟採取に従事する未開民族は、貧しくて不安定な生活を送っているに違いないと考えがちである。

しかし調査によれば、農業を行わない狩猟採集民が食物生産に費やす時間は、成人労働者1人当たり平均3時間から4時間であるとのことである。残りの時間は、遊んで楽しむことができる。長時間労働を強いられ、過労死寸前の私たちにとっては、うらやましい限りである。農耕牧畜民族より、狩猟採集民族の方が豊かな生活を送っていると言ってよいぐらいである。

だから、例えば、アフリカの奥地に住む、食物獲得に費やす時間が平均2時間以下のハドサ族に、文明人が農業を教えようとすると、「この世にモンゴンゴの実がこんなにたくさんあるというのに、どうして植えなければならないのか」と言って拒否した。彼らは、農業を知らないから農業をしないのではなくて、余暇を守るために農業を拒否したのである。

2. 貧しさゆえに農業は始まった

では、私たちの祖先は、なぜあえて農業を始めたのかと不可解に思う人も読者の中にはいるであろう。実際、原始共産主義を賞賛する経済人類学者の中には、この不可解さを利用して、農耕文化や工業文明を批判しようとする人がいる。人類は、農業革命、更には産業革命によって、より忙しく、かつより貧しくなったというわけである。

こうした農業批判は、現在の未開社会と過去の原始社会を同一視する誤謬の上に成り立っている。例えば、マーシャル・サーリンズが1972年に出版した、この分野での古典的著作『石器時代の経済学』は、タイトルとして《Stone Age Economics》を掲げながら、本文ではもっぱら現在観察できる未開社会の経済を記述している。だが、「現在の未開社会にあてはまることは、全て過去の原始社会についてもあてはまるはずだ」という思い込みは、「現在の類人猿にあてはまることは、全て過去の人類についてもあてはまるはずだ」という思い込みと同様に間違っている。

文明社会に発展した過去の原始社会は、決していつも豊かであったわけではない。未開社会が豊かであるというよりも、豊かだからこそ、その地域は今に至るまで未開社会のままでいることができるのであって、逆に言えば、私たちの祖先は、豊かでなかったからこそ、農業を始めたと理解するべきである。

3. 人類はいつ農業を始めたのか

このことを確認するために、人類が農業を始めた歴史を振り返ってみよう。人類が食料を能動的に生産するようになったのは、氷河時代が終息した頃からだと考えられている。ヴュルム氷期が終わり、完新世が始まる局面で、地球の気温は大きく上昇したが、単調に上昇し続けたわけではなく、何度か寒冷化のゆれ戻しを経験している。温暖化のプロセスを、寒暖によって画期すると次のようになる。

16000~14000年前頃 プレニグレイシャル温暖期

14000~13000年前頃 オールデストドリアス寒冷期

13000~12000年前頃 ベーリング温暖期

12000~11800年前頃 オルダードリアス寒冷期

11800~11000年前頃 アレレード温暖期

11000~10000年前頃 ヤンガードリアス寒冷期

10000~9500年前頃 プレボレアル温暖期

9500~8000年前頃 ボレアル寒冷期

この中でも、最大規模の寒冷化をもたらしたのは、ヤンガードリアス寒冷期である。ヴュルム(ウイスコンシン)氷期以来、北米を覆っていたローレンタイド氷床の融氷水は、11500~11000年前頃までは、ミシシッピー川を経てメキシコ湾に流れていたが、11000年前頃、東側にあったマルキュティ氷河がなくなったために、セントローレンス川を経て、北太平洋に流れ込んだ。その結果、北大西洋の海水は、塩分濃度が薄まり、密度が小さくなり、これが深層海流の動きを止めてしまい、十年間で8~15度というスピードで世界の気温を低下させた。この出来事は、ヤンガードリアス事件と呼ばれている。その後、氷河の再結成により深層海流が復活し、温暖化が再開するが、この急激な寒冷化は、当時の人類経済に大きな影響を及ぼしたことは間違いない。

事実、西アジアの「肥沃な3日月地帯」の場合、アレレード温暖期の遺跡から野生種の植物が出土しているが、ジェリコやアスワルドなどのヤンガードリアス寒冷期の遺跡からは、栽培種の小麦や大麦が大量に出土している。温暖期に人口を増加させた狩猟採取経済が、突然の環境悪化で重大な危機に直面したと想像できる。寒冷化による資源デフレーションが、人々に農業を強いたのである。西アジアと東アジア以外の地域でも、農業は寒冷期に始まった。メキシコ北部でかぼちゃが栽培されたり、ニューギニア高地のクック沼地でタロが栽培されたりしたのは、9000年前で、これはボレアル寒冷期にあたる。

シリアにある、11500~7500年前頃とされる新石器時代の遺跡、アブ・フレイラ遺跡から出土した人骨には、脊髄損傷、足指の重い骨関節炎、大腿骨や膝の骨の変形といった、旧石器時代の狩猟生活を送っていた人類の骨には見られない特徴が確認されている。このことは、当時の農耕が、狩猟と異なって、いかに過酷な重労働であったかを物語っている。

もっともヤンガードリアス寒冷期での農業が、人類最古の農業かどうかは疑問である。信憑性のほどはともかくとしても、オルデストドリアス寒冷期にあたる14000年前頃の中国江西省仙人洞遺跡と吊桶環遺跡で中国最初の土器とともに最初の栽培稲が見つかったという報告がある。温暖化後の激しい寒冷化なら、長い人類史上に何回も見られる現象であるから、ヤンガードリアス寒冷期よりはるか以前に農業が行われていたとしても不思議ではない。

そもそも、最古の農業は、人類が誕生する以前から始まっていた。キノコシロアリは、空気調節されたシロアリ塚の中に培地を作り、独自に開発した品種のきのこを植え、栽培する。カワスズメの一種であるモンダブという魚は、湖底の砂を掘り起こし、そこに酸素を含んだ水を供給することによって、えさとなるユスリカの幼虫を養殖している。どちらの「農業」も、かなり古くから行われていたようだ。だから、能動的に食用の動植物を育てることとしての農業は、人間の英知を象徴する画期的な生産方法というわけではない。

人類にとって、農業は、自慢できる発明ではなくて、生き延びるために嫌々始めた苦肉の策だった。先史時代のエジプトや南米などでは、温暖化をきっかけに、農耕を放棄して狩猟に戻るということもあったようである。しかし、農業革命という逆境期の技術革新で、生産性が向上し、温暖化を背景に人口が増加した結果、環境が好転しているにもかかわらず、農業が放棄できなくなった不可逆的な段階がどこかであったようだ。少なくとも、今日、農業なくして60億人を超える世界の人口を養えないことは明白である。

読書案内
書名経済人類学の対位法
媒体単行本
著者山内 昶
出版社と出版時期世界書院, 1992/10
書名石器時代の経済学
媒体単行本
著者マーシャル・サーリンズ 他
出版社と出版時期法政大学出版局, 1984/01
書名Stone Age Economics
媒体ハードカバー
著者Marshall Sahlins
出版社と出版時期Tavistock Pubns., 1974/04/11
書名農耕と文明
媒体単行本
著者梅原 猛 他
出版社と出版時期朝倉書店, 1995/05
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