仏教はなぜ女性を差別するのか
仏教は、カースト制度による伝統的な差別を否定し、万人の平等を説く宗教であるにもかかわらず、女性を蔑視するのはなぜか。この問いに答えるには、そもそもなぜ、仏教の開祖であるガウタマ・シッダールタが出家をしたのか、その動機を理解しなければならない。

目次
1. 女性を蔑視する仏教言説
仏教は女性蔑視の宗教であると言われている。例えば、『増一阿含経』には、以下のような、女性を蔑視する記述が見られる。
お釈迦様は、長老に「女には、九つの悪い属性がある」とおっしゃった。その九つの悪い属性とは何か。女は、1、汚らわしくて臭く、2.悪口をたたき、3.浮気で、4.嫉妬深く、5.欲深く、6.遊び好きで、7.怒りっぽく、8.おしゃべりで、9.軽口であるということである。[1]
仏教の開祖、ガウタマ・シッダールタは、女性(彼の養母であるマハーパジャーパティー)が教団に加わることを歓迎せず、八敬法を遵守するという差別的な条件付きでようやく許可したと『パーリ律』は伝えている。さらに、五障説[*]・変成男子説によると、女性は、どんなに仏道修行に努め励んでも、女身のままでは仏となることは不可能で、成仏するには男の姿に転じなければならない。仏教が、カースト制度による伝統的な差別を否定し、万人の平等を説く宗教であることを考えるならば、仏教の女性差別を軽視することはできない。
[*] 五障説とは、女性は、梵天王・帝釈天・魔王・転輪聖王・仏陀の五つにはなれないという説。妙法蓮華経提婆達多品第十二には、女は成仏することができないというシャーリ・プトラ長老に対して、竜女が、女の身を転じて、男の姿となって成仏するという竜女成仏譚がある。竜は本来女であることについては、「浦島物語の起源は何か」を参照されたい。
もとより、こうした女性差別の言説が見られる経典は、比較的後の時代に成立したものである。初期の文献でも、「女人は《清らかな行い》の汚れであり、人々はこれに耽溺する[2]」というような、女性蔑視と受け取れる発言があるものの、ガウタマ本人には、女性に対する偏見がなかったと考えることができる。しかし、後に教団内に生じることになる女性差別の萌芽を、ガウタマの思想の中に見出すことができる。すなわち、ガウタマは、女性を差別することはなかったが、女性原理を拒絶していた。

2. 人類史の男根期
女性原理の優位から男性原理の優位へという思想・宗教上の変化は、枢軸時代と呼ばれる、ガウタマが生きた時代の世界的潮流であった。ガウタマが仏教を興した頃、バビロン捕囚を契機としたユダヤ教の誕生(BC586)、ザラスシュトラ(BC628-551)によるゾロアスター教の創唱、孔子(BC551-479)による儒教の成立、プラトン(BC427-347)によるイデア論の提唱など、世界同時多発的に精神革命が起きた。
中国では、孔子と老子の時代で、すべての中国哲学の方向性が打ち出され、孟子・荘子・荀子その他無数の思想家が現れた。インドでは、ウパニシャッド哲学が成立し、仏陀が登場し、中国と同様に、懐疑論から唯物論まで、詭弁学派からニヒリズムに至るまで、あらゆる哲学的可能性が発展した。イランでは、ザラスシュトラが、善と悪の戦いという挑戦的世界像を説く。パレスチナでは、エリヤ、イザヤ、エレミヤ、第二イザヤといった預言者が現れた。ギリシャでは、ホメロス、パルメニデスやヘラクレイトスやプラトンといった哲学者、悲劇作家、ツキディデス、アルキメデスが現れた。[4]
「天にまします父なる神」と「母なる大地の神」と人類との三角関係が重大な変容を被るこの時代を、フロイトのリビドー発達段階の用語を用いて、人類史における男根期から潜伏期への移行期と位置付けたい。
男根期とは、エディプス・コンプレックスが生まれ、そして消滅する、3歳から5歳の間の時期である。男の子は、当初、ライバルである父親を殺害し、母親と性交したいという、ギリシャ神話のエディプス王と同じ欲望を持つが、去勢不安から、この欲望を断念し、父親との自己同一と禁止の内在化を始める。母親を欲望するのではなくて、母親の欲望の対象であるファルスを欲望する。すなわち、父親を自我理想として超自我を形成し、母親を、去勢された、劣った性として軽蔑するようになる。
これと同じことが枢軸時代に起きた。この時代は、サブアトランティック寒冷期の谷間にあたる。母なる自然が冷たくなって、子供の母離れが促進される時期である。母子一体の安逸をむさぼっていた人類は、今や、天罰という名の去勢におびえつつ、父なる神から与えられた禁欲的な戒律を遵守することで、死後の魂の救済を願うようになる。ちょうど、男の子が、母との性交を断念し、父との同一化を続けて、結婚によって形成される次の世帯で、母の代替(妻)との性交が可能となるように、当時の人々は、現世での幸福を断念し、父なる神の教えに従うことで、来世で幸福となることが約束されたのである。
フロイトは、西欧の文化で育った人だから、彼の理論をユダヤ-キリスト教に適用することは容易である。しかし、仏教への適用となると、容易ではない。仏教、すなわちガウタマの教えは、本来は、これから説明するように、自発的去勢を勧める処世術であり、父なる神の崇拝を否定する反宗教だからである。にもかかわらず、仏教は、最終的には、キリスト教やイスラム教と同様に、父神崇拝の宗教となった。それはどのようにしてであるかが、この論文の主題である。
3. 自発的去勢としての自傷行為
ガウタマの本来の教え(根本仏教)とは、結論を非常に簡単に言ってしまうならば、苦から逃れるためには、苦の原因である執着を捨てろというものである。欲望を満たそうとするから、不満になるのであって、欲望を自ら根源的に捨てれば、つまり、自発的に去勢すれば、不満(苦)から根源的に解放される。ガウタマは、苦行という自傷行為を通して、この自発的去勢の真理に到達した。苦行といっても、ジャイナ教的な、肉体を極限状態に追い込む、一見ラディカルなようで、実は中途半端な方法によっては、ガウタマは最終解脱の境地に達することはできなかった。涅槃の境地に達するために必要なことは、肉体への自傷行為(例えば、ペニスを切り捨てるなど)ではなくて、欲望への自傷行為(性欲そのものを切り捨てるなど)である。
神聖な修行を自傷行為と形容して病気扱いするのはけしからんと仏教徒から叱られそうだが、出家と自傷行為には、その動機において、共通点がある。例えば、失恋した女性が髪の毛を切るという軽微な自傷行為を例にとって考えてみよう。女性は、元彼という「後ろ髪を引かれる思い」を切り捨てるために、髪の毛を切り捨てる。ふられるということは、プライドが傷つくショッキングな体験である。だから、「私は彼から切り捨てられたのではない。私が彼を切り捨てるのだ」と自分に言い聞かせるように、髪を切り捨て、自分のプライドを守って、失恋という苦から逃れようとする。
手首や腕や足を傷つける場合も同様である。自傷症は、しばしばそう誤解されているような、自殺願望の病気ではない。自傷症は、通常「自殺するためではなくて、筆舌に尽くしがたいほど苦痛に満ちた感情を処理する一つの方法として、身体もしくは身体の一部を意図的に傷つけること[5]」と定義されている。
実際、自傷行為が自殺につながることはまれである。それは失われた主体性を取り返し、傷ついたプライドを癒す行為であって、結果として自殺の防止に役立っている。逆説的な表現を用いるならば、自傷症患者は、自らを傷つけないために自らを傷つけるのだ[6]。この逆説は、欲望を満たすために欲望を満たさないという仏教の逆説に対応している。
失恋した女性は、普通、髪の毛をすべて切り落とすことはしない。それは男に対する未練をすべて捨ててはいないことの証拠である。これに対して、すべての執着を捨てて、出家する人は、髪の毛をすべて切る。ガウタマも、出家の後、剃髪した。そして、断食もおこなった。断食を行うことは、拒食症の症状と似ている。そして、拒食症も自傷症の一種である。拒食症患者は、本当は愛に飢えているにもかかわらず、「(愛・食事等を)得ることができずに飢えているのではなくて、欲しくないから得ないだけだ」ということを体をもって示すことで、主体性のプライドを守ろうとする。拒食症患者は、しばしば誘惑に負けて過食症になるが、ガウタマは、拒食でも過食でもない、禁欲主義でも快楽主義でもない中道を歩んだという点で、迷える並みの拒食症患者とは異なる。
4. ガウタマの出家動機
では、ガウタマは、何かプライドを傷つけられる挫折体験があって、出家したのだろうか。ガウタマの出家に関しては、四門出遊という伝説がある。ガウタマが東の門から出ると、老人に出会った。南の門から出ると、病人に出会った。西の門から出ると、死者の葬列に出会った。こうして彼は、老・病・死という苦に満ちた人生の現実を目の当たりにした。ところが、北の門から出ると、輝かしい出家修行者に出会い、自らも出家しようと決意したというのである。ガウタマの出家の真相を知ろうと思うならば、こうした類の、後の時代に作られた仏伝は無視して、最も古い経典、『スッタニパータ』に収められている「出家経」を手掛かりに、当時の時代状況を考慮に入れて推論しなければならない。
「出家経」には、「出家して身による悪行を離れ、言葉による悪行を捨て、生活をすっかり浄めた[7]」とあるだけで、出家した経緯が詳しく書かれていない。その代わり、出家した後、ガウタマが、故郷から遠く離れたマガダ国の首都、王舎城(ラージャグリハ)まで托鉢のために来たところ、マガダ国王が、彼に注目し、彼が隠遁する山窟にまで赴いて、軍事力の提供を申し出たが、断られたという奇妙な話が長々と書かれている。これは、今で言うと、出家を決意した中国のある田舎者が、日本の永田町まで托鉢のために来たところ、日本の総理大臣が、「立派なお坊さんだ」と感心して、彼に注目し、彼が隠遁する富士山の山窟にまで赴いて、自衛隊の指揮権を委ねようと申し出たが、断られたというのと同様の、荒唐無稽なストーリーである。
しかし、ここに、ガウタマの隠された願望を読み取ることができる。フロイトは、『夢判断』で、夢を願望充足の表現とみなし、次のように述べている。
ある夢の意味がどうしてもわからないような場合には、その夢の顕在内容の特定諸部分を、試しに逆にしてみるとよい。そうすると一挙に解決のつくことがある。[8]
「反対物への転化」を元に戻すならば、この話の原型は、ガウタマがマガダ国王に軍事力の提供を申し出たところ、断られ、出家したというようのものだったはずだ。そして、このストーリーなら、歴史的なリアリティがある。
ガウタマ・シッダールタの父は、釈迦族の政治的指導者であった。釈迦族はコーサラ国王の支配下にあったが、釈迦族は独立心が強く、南のマガダ国と同盟を結び、南と北からコーサラ国を挟撃しようと企んだ。ガウタマは、この外交工作のため、王舎城に赴いた。ところが、当時のマガダ国は、ベンガル湾に進出しようと、ガンジス川下流のアンガ国と戦争している最中で、背後の安全を確保するために、コーサラ国と政略結婚をするなどして、平和な関係を築くことに努めていた。だから、マガダ国王は、ガウタマの軍事援助の要請をにべもなく断った。こう推測できる[9]。

後に、コーサラ国は、釈迦族を滅ぼすことになるのだが、先見の明があるガウタマは、この時既に釈迦族の運命を悟り、意のままにならない政治的現実を前に、出家したと考えることができる。ガウタマは、「クシャトリヤの家に生まれた人が、財力が少ないのに欲望が大きくて、この世で王位を獲ようと欲するならば、これは破滅への門である[11]」と述べているが、これは彼自身のことを言っているのに違いない。
釈迦族は、カピラヴァストゥ(現在のインドとネパールの国境付近にある城郭都市)に住んでいた部族である。彼らが自分たちの土地を望んだということは、母なる大地を我が物としたいという欲望を持っていたということである。そして、コーサラ国王が、軍事力で脅して、釈迦族の独立を認めなかったことは、権力者(父)が、母子相姦を禁止し、去勢の威嚇をしたということである。ガウタマの出家はこれに対する防御反応であった。ちょうど、失恋した女性が、「自分は捨てられたのではなくて、自分から捨てたのだ」と自分に言い聞かせて髪を切り捨てるように、彼は、「自分は去勢されたのではなくて、自ら去勢したのだ」、「自分は、マガダ国王に軍事援助の要請を申し出て断られたのではなくて、マガダ国王が申し出た軍事援助を断ったのだ」と自分に言い聞かせて出家した。こうした願望を充足するために、史実に二つの逆転を施し、件の『スッタニパータ』の「出家経」が生まれた。私はそう解釈したい。
5. 死の欲動と涅槃の境地
ガウタマが行った自発的去勢は、フロイトの分類を使うならば、死の欲動の産物である。フロイトは、『快感原則の彼岸』で、涅槃原則というバーバラ・ロウの仏教的表現を借用し、涅槃原則と快感原則を死の欲動と生(性)の欲動に対応させている。
私たちは、刺激に対する緊張状態を減らし、一定に維持し、終結させようとする努力を、心的生、神経的生一般の支配的傾向として認識した。これは快感原則が現れる時と似ているが、こちらは、バーバラ・ロウの表現にしたがって、涅槃原則と名付けよう。この認識こそは、私たちが死の欲動の存在を信じる最も強固な動機の一つである。[12]
しかし、性的快感は死の欲動に属するのではないだろうか。この点をはっきりさせるために、快感と享楽というラカンの区別にしたがって、快感原則を享楽原則と名付け、生の欲動は、現実原則に従う欲動とすることにしよう。
フランス語の享楽“jouissance”には、「性的快楽、オルガスムス」という意味もあって、無制限な快感を表す言葉として使える。それは、バタイユが謂う所のエロティシズムの快楽であり、エロティシズムにおいて、人はエクスタシーという擬似的な死を体験する。これに対して、涅槃原則に基づく自発的去勢は、エロティシズムの快楽を断念することなのだから、両者は全く異なる。エロティシズムが主体性を放棄して母なる大地に戻ろうとする胎内回帰の欲動であるのに対して、自発的去勢は、母子相姦を自主的に断念することで、主体性を回復しようとする欲動なのである。ガウタマは、「諸々の汚れと執着のよりどころとを断ち、智に達した人は、母胎に赴くことがない[13]」と言っている。これは輪廻としての胎内回帰から解脱したことを宣言したものと解釈できる。
生物学的には、現実原則と涅槃原則と享楽原則は、次のように区別される。現実原則は、個体保存のための個体保存の行為を、涅槃原則は、個体保存のための個体破壊の行為を、享楽原則は、種保存のための個体破壊の行為をもたらす。現実原則が、純粋な生の欲動で、享楽原則が、純粋な死の欲動であるのに対して、涅槃原則は死の欲動のような外観を持った生の欲動である。すなわち、自傷行為は、自殺行為のように見えて、実は自殺を防止するための行為である。これに対して、享楽では、人ははめをはずしすぎて死に至ることがしばしばある。
死の欲動 | 涅槃原則 |
---|---|
生(性)の欲動 | 現実原則(快感原則) |
種保存(死の欲動) | 快感原則(享楽原則) |
---|---|
個体保存(生の欲動) | 涅槃原則 |
現実原則 |
フロイト以来、二つの死の欲動が混同されてきた。仏教の密教的解釈も。二つの死の欲動の混同から起きる。中沢新一によると [14]、チベットには、ガウタマが母と近親相姦をしたとか、降魔成道の際、セックスをしまくって悟りを開いたといった、とんでもない仏伝があるそうだが、セックスのエクスタシーで体験される幽体離脱を解脱と曲解し、その絶頂に涅槃の境地があるとする、チベット密教的・タントラ的・ヨーガ的・立川流真言的・中沢新一的な仏教理解では、仏教のどこが歴史的に画期的なのかがわからなくなる。中沢新一が、チベットで修行して見出したものは、原始仏教でもなければ、ましてやポストモダンでもなく、仏教以前の原始宗教に過ぎない。
タントラやヨーガの起源はインダス文明にまで遡ることができるが、ガウタマの時代に、インドで支配的だった宗教は、バラモン教である。バラモン教もまた、涅槃原則よりも享楽原則に基づく自然宗教としての色彩が強かった。バラモンが司るヴェーダ祭式にその特徴を見ることができる。祭官(バラモン)は、犠牲獣を屠り、ソーマを供物として祭火に注いだ後、残りを飲む。ソーマの原料には、幻覚作用のあるキノコが使われていたと考えられている。一種のドラッグである。それを服用することで、トランス状態となり、そのエクスタシー体験で得られたインスピレーションから、多くのヴェーダの詩句が生み出された。祭火が据えられたアグニ祭壇は、大鷲の形をしていたが、それは、天地の間を自由に飛び、祭主を天界まで送る鷲をイメージしたものだった。
祭祀での神秘的霊感を哲学的に説明した『ウパニシャッド』では、梵我一如、すなわち、大宇宙(自然界、ブラフマン)と小宇宙(個人、アートマン)との合一の真理を悟って輪廻から解脱することが説かれている。ブラフマンは、元来は「神聖な知識」という意味で、女神ヴァーチとして神格化された。ブラフマンは、現在のインドの神話では、ヴィシュヌ、シヴァとともに三大主神を形成するブラフマーに相当するのだが、男性神としてのブラフマーは、非常に抽象的な神で、存在感がない。それもそのはずで、ブラフマンは本来女で、ブラフマーの妻にして娘ということになっているサラスヴァティーが本当のブラフマンだからである。
ブラフマンが女だとするならば、梵我一如という神秘的合一(unio mystica)は母子相姦で、解脱とはエクスタシー(脱我)のことであると解釈できる。こうした、エロティシズムを神秘的な体験とする自然宗教は、去勢コンプレックス以前の時期には、世界のいたるところに存在していた。サブアトランティック寒冷期という去勢不安の時代に自発的去勢を行った仏教やジャイナ教は、バラモン教のような自然宗教に対するアンチテーゼとして、歴史を画期する意義を持つ。
6. 仏教のディレンマ
ガウタマは、自発的去勢により、涅槃の境地に達した。しかし、ガウタマの悟りには一つ問題があった。煩悩を捨てるといっても、食欲を完全に捨てるわけにはいかない。ガウタマは、「およそ苦しみが起こるのは、すべて食料を縁として起こる。諸々の食料が消滅するならば、もはや苦しみの生ずることもない[15]」と言っているが、何も食べなければ、餓死してしまう。そうかといって、食糧を生産するために、土地を耕すと、土地(地母神)に対する執着が生まれる。そこで、当時の慣習に従って、ガウタマは、在家信者から托鉢してもらうことで、生き長らえた。
在家信者に布施や托鉢をしてもらう対価として、ガウタマは何をしたのだろうか。自分が悟った真理を教えたのだろうか。これは原理的にはありえない。もしも在家信者が、ガウタマと同様のブッダ(覚者)になろうとするならば、出家して修行をしなければならず、布施や托鉢をするだけの生産能力を失ってしまう。ガウタマの教えをすべての信者が実践しようとすると、全員が餓死して、仏教もそれとともに消滅してしまう。その意味で、ガウタマが悟った真理には、普遍性がなかったと評さなければならない。
そこで、ガウタマは、功徳を積んだ在家信者に、来世での果報を約束しなければならないはめになった。ガウタマは、在家信者に「彼[聖者]に対して眉をひそめて見下すことをやめ、合掌して彼を礼拝せよ。飲食物をささげて、彼を供養せよ。このような施しは、成就して果報をもたらす[16]」と言っている。反対に、聖者をそしったり、悪意を抱くものは、地獄に落ち、気の遠くなるような年月の間、筆舌に尽くしがたい苦しみを味わうことになるとも警告している[17]。
ガウタマ自身は、来世や魂の不滅や輪廻を信じていなかったようで、その意味で、新しい宗教の開祖になるつもりはなかったと考えることができる。しかし、世俗の人たちは、仏教の出家僧に、来世での幸福の保証人の役割を期待した。こうして大乗仏教が成立するわけだが、実は、在家信者を救済するという点で、上座部仏教も大乗仏教も違いがない。上座部仏教が信仰されている東南アジアには、福田思想と呼ばれるものがあって、在家信者が自分の子供を出家させたり、托鉢の僧に食事を寄進したりして、功徳を積めば、来世における幸福な再生が保証されると信じられている。タイのように、寺院に金品を寄進する在家信者に、「祝福の証し」という領収書を発行しているところもある。蒔いた種が間違いなくプンニャ(功徳)となって実る田という意味で、福田なのだ。
仏教発祥の地であるインドで、仏教がすたれたのは、ガウタマとその教えに忠実だった後継者たちが、大衆の低レベルな宗教的欲望を満たすことに熱心でなかったからだと考えることができる。インドの仏教僧たちは、王侯・貴族・地主・豪商など社会の特権階級からの布施や土地の寄進に依存しており、一般民衆からは遊離していた。ジャイナ教は、在俗信者にも十二の小誓戒を厳守させ、彼らの宗教的救済をしたために、インドでも今日まで生き残っているが、インド仏教は、在俗信者の救済に熱意がなく、彼らに戒律の遵守を強制することもなかった。イスラム側の史料『チャチュナーマ』によると、8世紀の前半にイスラム帝国がインドに侵入した時、仏教僧たちは進んでイスラム教に改宗し、仏教寺院をモスクにしてイスラム式の祈りを取り入れた [18]。インドの仏教僧は、崇拝するべき神を持たなかったから、異教の神を容易に受け入れることができたのであろう。インド仏教は、1203年に最終的に消滅した。
7. 仏教におけるファルス崇拝
インド以外の地では、ガウタマが、自発的去勢により、父神との同一化を拒否したにもかかわらず、後世、上座部仏教でも大乗仏教でも、大衆によって神の如きファルス的存在へと祭り上げられたのは皮肉なことのように思える。だが、この点で、仏教が、父権宗教の典型であるキリスト教と大きく異なるということはない。
ファルスは、社会システムにおいて、ダブル・コンティンジェントな複雑性を縮減するコミュニケーション・メディアとして機能する。この機能を果たすためには、ファルスは、私的特殊性を捨てて、普遍的存在者とならなければならない。貨幣商品が、使用価値を捨象することで、貨幣という純粋なコミュニケーション・メディアになることができるように、宗教家は、自らの私的所有物を捨象することで、神という宗教的なコミュニケーションのメディアとなることができるのだ。
イエス・キリストは、十字架で死に、肉体という私的で特殊な所有物を捨てることで普遍的な神となった。同様に、ガウタマは、命こそ捨てなかったが、私的で特殊な所有物に対する執着を捨てることで、死後、神に等しい普遍的な存在者となった。《預言者→罪人→神》というイエスがたどった三段階と《王族→苦行者→覚者》というガウタマがたどった三段階は、ともに《ケ→ケガレ→ハレ》というスケープゴートの弁証法として理解することができる。
8. 仏教が女性を嫌う理由
最後に、「仏教はなぜ女性を差別するのか」という最初の問題提起に答えることにしよう。これには、二つの理由が考えられる。
まず、ガウタマが行った自発的去勢は、母子相姦の自発的断念であるから、性欲は最も忌諱しなければならない煩悩の一つである。『転女身経』には、次のような、極めつけの描写がある。
女のからだのなかには、百匹の虫がいる。つねに苦しみと悩みとのもとになる。[…]この女の身体は不浄の器である。悪臭が充満している。また女の身体は枯れた井戸、空き城、廃村のようなもので、愛着すべきものではない。だから女の身体は厭い棄て去るべきである。[19]
このように、仏教が女性を不浄視するのは、「もしも女が臭くて汚いなら、性欲が起きなくてよいのに」という願望をみたすためである。仏教の教義には、こうした、実現の願望を願望の実現に摩り替えるトリックがたくさんある。
もう一つの理由は、ガウタマ本人の意思に反して、ガウタマが「仏様」という、来世での幸福を保証するファルス的存在へと祭り上げられ、仏教が父権宗教になってしまったことである。世界宗教は、キリスト教もイスラム教も、すべて男尊女卑の父権宗教であり、仏教だけが女性差別をしているわけではない。
9. 参照情報
- ↑“世尊、長老に告げて曰く、女人に九つの悪法あり。云何が九つと為すや。一に女人は臭穢にして不浄なり。二に女人は悪口す。三に女人は反復なし。四に女人は嫉妬す。五に女人は慳嫉なり。六に女人は多く遊行を喜ぶ。七に女人は瞋恚多し。八に女人は妄語多し。九に女人は言うところ軽挙なり。”『増一阿含経』第41巻. 馬王品.
- ↑『ブッダ神々との対話―サンユッタ・ニカーヤ1』. 中村 元 (翻訳). 岩波書店 (1986/8/18). p.43
- ↑“Buddha with Cincamanavika" by Sacca~commonswiki. Licensed under CC-BY-SA
- ↑“In China lebten Konfuzius und Laotse, entstanden alle Richtungen der chinesischen Philosophie, dachten Mo-Ti, Tschuang-Tse, Lie-Tse und ungezählte andere, – in Indien entstanden die Upanischaden, lebte Buddha, wurden alle philosophischen Möglichkeiten bis zur Skepsis und bis zum Materialismus, bis zur Sophistik und zum Nihilismus, wie in China, entwickelt, – in Iran lehrte Zarathustra das fordernde Weltbild des Kampfes zwischen Gut und Böse, – in Palästina traten die Propheten auf von Elias über Jesaias und Jeremias bis zu Deuterojesaias, – Griechenland sah Homer, die Philosophen – Parmenides, Heraklit, Plato – und die Tragiker, Thukydides und Archimedes.” Karl Jaspers. Vom Ursprung und Ziel der Geschichte. Piper Verlag GmbH; Neuausgabe.版 (1994/02). p.20.
- ↑“[…] the deliberate mutilation of the body or a body part, not with the intent to commit suicide but as a way of managing emotions that seem too painful for words to express.” Karen Conterio, Wendy Lader, Jennifer Kingson Bloom. Bodily Harm: The Breakthrough Healing Program for Self-Injurers. Hyperion Books (Adult Trd Pap) (1999/09/01). p.16.
- ↑朝日新聞が得意とする、いわゆる自虐史観も、自発的去勢の結果生まれた歴史解釈である。自虐史観の提唱者は、他の民族から戦争責任を指摘される前に、自ら懺悔することで、民族の主体性を取り戻そうとしているのであって、民族の誇りを失うことを恐れている点で、いわゆる自由史観を提唱する国粋主義者たちと大きく異なるわけではない。朝日新聞の購読者には高学歴のインテリが多いが、高学歴の人には、自発的去勢により禁欲的に勉学に励んだ人が多いから、自虐史観に共鳴する傾向がある。
- ↑『ブッダのことば―スッタニパータ』. 中村 元 (翻訳). 岩波書店 (1958/1/1). No.407.
- ↑“Man darf darum, wenn ein Traum seinen Sinn hartnäckig verweigert, jedesmal den Versuch der Umkehrung mit bestimmten Stücken seines manifesten Inhaltes wagen, worauf nicht selten alles sofort klar wird.” Sigmund Freud. “Die Traumdeutung.” Gesammelte Werke in achtzehn Bänden mit einem Nachtragsband Herausgegeben von Anna Freud, Marie Bonaparte, E. Bibring, W. Hoffer, E. Kris und O. Osakower. 2001/11. Bd.2/3. p.60.
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- ↑Avantiputra7. “Map of places mentioned in Vedas, Ramayana and Mahabharata.” Licensed under CC-BY-SA.
- ↑『ブッダのことば―スッタニパータ』. 中村 元 (翻訳). 岩波書店 (1958/1/1). No.114
- ↑“Daß wir als die herrschende Tendenz des Seelenlebens, vielleicht des Nervenlebens überhaupt, das Streben nach Herabsetzung, Konstanterhaltung, Aufhebung der inneren Reizspannung erkannten (das Nirwanaprinzip nach einem Ausdruck von Barbara Low), wie es im Lustprinzip zum Ausdruck kommt, das ist ja eines unserer stärksten Motive, an die Existenz von Todestrieben zu glauben.” Sigmund Freud. “Jenseits des Lustprinzips.” Gesammelte Werke in achtzehn Bänden mit einem Nachtragsband. Herausgegeben von Anna Freud, Marie Bonaparte, E. Bibring, W. Hoffer, E. Kris und O. Osakower. 2001/11. Bd.8. p.60. 『フロイト著作集 第6巻』. p.187.
- ↑『ブッダのことば―スッタニパータ』. 中村 元 (翻訳). 岩波書店 (1958/1/1). No.535
- ↑中沢 新一.『ブッダの方舟』. 河出書房新社 (1994/05). p.39-40.
- ↑『ブッダのことば―スッタニパータ』. 中村 元 (翻訳). 岩波書店 (1958/1/1). No.747.
- ↑『ブッダのことば―スッタニパータ』. 中村 元 (翻訳). 岩波書店 (1958/1/1). No.80.
- ↑『ブッダのことば―スッタニパータ 』. 中村 元 (翻訳). 岩波書店 (1958/1/1). No.657-678.
- ↑保坂 俊司.『インド仏教はなぜ亡んだのか―イスラム史料からの考察』. 北樹出版; 改訂版 (2004/05). p.142-143.
- ↑田上 太秀.『仏教と性差別―インド原典が語る』. 東京書籍 (1992/10).
ディスカッション
コメント一覧
最近話題になったミニマリストは自発的去勢をしたがる人たちだと、この記事を読んで連想しました。最低限のもので満足することは裏を返せば物欲を削って最低限にするということだと思います。不景気で所得格差も広がって欲しいものが手に入らないのも要因だと思います。永井さんはどういう風に考えますか?
そういえば、クーラーを捨てたら暑くて死にそうになったというミニマリストのブログを読んで、少し病気だと思いました。
ユダヤ人は自分の国を持たず土地に縛られない生き方を長くしてきましたが、それは母なる土地からの分離と対応すると思います。ユダヤ人は迫害された苦痛をひっくり返して、自分たちはそういう生き方を自発的に選んでいるんだと思っているのでしょうか?逆にイスラエルの建国は精神的な母胎回帰でしょうか。
出家経は悟った後のブッダが話す内容だとは思えません。「女人は清らかな行いの……」について、悟った人間がなぜこういったレトリック?を使うのかが理解できないです。
貧乏が原因でミニマリストになっても、それが自発的去勢であるとは言えません。もてる男があえて彼女を作らないなら、禁欲的と言えるけれでも、まったくもてない男が彼女を作らないことを禁欲的とは言わないのと同じことです。
ユダヤ教は父権宗教です。約束の地は父なる神に与えられたもので、彼らにとって、イスラエルへの帰国は胎内回帰ではありません。詳しくは、「先住民族の聖絶としての初子奉納」をご覧ください。
仏典はほとんどすべて後世の捏造です。歴史的人物としてのガウタマ・シッダールタが何を言っていたのか、今となっては、正確なことはわかりません。しかし、仏教がどのような宗教であるのかを理解する上では、仏典は手掛かりとなるテキストです。
私の個人的な考え方の癖なんですけども、貧乏にかぎらず多くの悩みは、周りが自分をそういう風に追い込んだんだという被害妄想的なものがあります。だから、彼氏に振”られた”女性が、自分を振ったことの被害者意識を持っているのではないかと類推しました。同様に、出家前のゴータマシッダルタについても「軍事提供を断”られた”」から逆に今までの地位を捨てたんだと(これはブッダの言葉ではないにしても)。つまりは、自分が被害者という意識があってそれをひっくり返すことが主体性を取り戻すことにつながると、永井さんの記事を解釈しました。
元から地位、能力、魅力などを持っている人間がそれを捨てるのが自発的去勢だとしても、奪われたり与えられないという体験がきっかけになっています。だから、最初から持たざるものが自分から欲しいものを断念するときも心理としては同じだと思います。ただ持たざるものが酸っぱいブドウ論法をつかっているだけではないと思います。
ルサンチマンと自発的去勢の違いがよく分からなくなりました。並みの迷える拒食症患者と違うブッダにしても同じことをしているようにみえます。
私は「まったくもてない男が彼女を作らないことを禁欲的とは言わない」と書きましたが、まったくもてない男というのは実は少数派で、一番数が多いのは、ある程度もてる男です。ある程度もてる男が、たまたまある女性にふられ、その気になれば別の恋人を手に入れることができるにもかかわらず、それをきっかけに、恋人を持つこと完全に断念するようになるなら、それは自発的去勢と言えるでしょう。ガウタマ・シッダールタも、挫折体験があったとはいえ、その気になれば、俗世で一定のステータスを維持できたはずなのに、それらをすべて捨てて出家したのだから、自発的去勢と言うことができるのです。
極端な持てるもの持たざるものという1か0かの思考は、不自然か実態にそぐわないのかもしれません。確かに、ある程度持っている人間でも、べつの部分では満ち足りずルサンチマンをいだいたりします。
上の引用で語られたルサンチマンというのが単純に束の間の出来事でありきっかけでしかなく、それ以上に踏み込んですでにある自分の可能性まで捨て去るから自発的去勢だというので納得しました。一方で、相手から拒否されてルサンチマンを抱いても、自分に捨てるものがなかったら自発的去勢にならないですね。
話が横道に逸れて、一般的になりすぎる気がしますが、とはいえ自分の可能性を信じていない人間はうつにでもならない限りそうそういない気がします。勘違いでも自分には将来があると思う人間が、現実に直面して思い込みを矯正するのは、どう説明すればいいのだろうかと思います。
昔『「捨てる!」技術』という本がベストセラーになり、今でも、ヨーガの行法を元にした断捨離がブームになっていますが、これらはあくまでも不必要なものだけを捨てようということですから、必要なものを含めてすべて捨て去る仏教における本格的な出家とはまた違うと思います。もちろん必要かどうかというのは主観的な基準で、絶対的なものではなく、ルサンチマンが動機になっているかどうかも程度の問題でしょう。
女性がが枢機卿やローマ教皇になったことが歴史上無いでしょ。
そんな連中が仏教は女性差別なんて吹聴するのは自己矛盾。
とコメントを書いたら、日ユ同祖論者な久保有政のウエブサイトでは管理者権限での強制削除。
GotQuestionsに問い合わせてみたら「非キリスト教徒が聖書の本質を理解せず勝手な解釈をしてはならない」って定型文を送り返すだけ。
そして神は偉大で絶対的に正しく、浅はかな人間ごときが神を諮ることなど出来ないと思考放棄をしていて全く理解できず。
キリスト教は他の宗教を認めないし、信仰の自由は信仰しない自由も認めているけれど、
「人間ごときが作った法律など神の前では無価値」と罵倒してくるんだよね。
こんな人たちで構成されているキリスト教徒ってやっぱり異常な集団にしか見えない。
ちょっと少し。断捨離ブームは「必要なもの」から捨てさせて断捨離本とかは大量に買わせます、必要無いものを捨てる訳でも全てを捨てる訳でもありません。この場合捨てるのは「自分で考える」という行為そのものです、考えることを完全に放棄すれば迷いも苦しみも全部無くなるという考え方。
このような利他主義は来世利益を求める世俗派の在家信徒とは別の在家信徒の思想的根幹になってませんかね?
母体回帰願望の究極系と禁欲主義の「統一」宗教として、具体名は避けますが在家側から成立した宗教は多々あります。
たいていは先鋭化していき個人の救済レベルでの自殺や人類救済と称する大量殺戮に走って消えていきますが、すぐにまた生えてきます。
我が国の社会に根強く蔓延るジェンダー問題の根源としての日本国民の集合的無意識を考察するにおいて、近代では、明治時代から戦後まで続いた軍国主義の社会システムの影響が最も強固であることは語るまでもないことですが、
しかしながら、昨今の国連からの度々の勧告にも関わらず、これほどまでに、先進国・経済大国である日本が、新興国にも増してジェンダー問題の後進国であり続けている異常な現状の原因には、武家社会や武力政権の時代に面々と利用された儒教は言うまでも無く、時の権力により人間心理の奥底を洗脳する為に利用されてきた仏教解釈にも影響があるのではないか?と言う仮説を持ってググっていると、偶然こちらのブログに出くわしました。
各時代において、仏教や各種宗教が男女差別肯定であるかの如くに利用されてきた根源を、心理学を利用して読み解こうとされている解釈を誠に興味深く拝読しました。
エディプスコンプレックス、夢占いの登場は実に面白い!自発的去勢、自虐行為という観点も新鮮です。
(今時、失恋した女性が髪を切る?という固定観念はナイですが、これは筆者ご自身が如何に数多くの女性の心を翻弄してきたかを物語る武勇伝として拝読することに(笑)。)
なるほど!
仏教が発祥した時代は、現代とは違って人間の脳をトランスさせるものはごく僅かであった。
宗教的トランスと、祭りのトランスと、恋愛トランス、酒などのドラッグトランス程度のものであったでしょう。
これらのトランスの中で、最も甘美で強烈で永続的で、誰にも止めることができないどころか、下手に止めると馬に蹴られる程の被害を被る最も強烈なトランスは、まさに恋愛トランスです!
そして、ガウタマもそうであったように、当時の仏教伝道者は、男性であった。
と、なると、そこで創られた説法であるのだから、当然、女性の色香に迷って、宗教者が宗教以外で人間の脳に至高の幸せホルモンを満々とあふれさせる効果的な恋のトランスに浸られては、その宗教自体が成り立たなくなる。
つまり、「男女差別」以前の問題として、宗教の創始者にとっても、その伝道者の教育に際しても、彼ら自身に、徹底的に女性を忌み嫌わせ、遠ざけようと洗脳しなければならなかったのは自明の理です。
男女の色恋だけは、もう何が何でもどんな手段を講じてでも、排斥しならなければ宗教そのものが成り立たないほどの必要不可欠な重大問題であったろうことは容易に推測できます。
そもそも、女性原理から男性原理への移り変わりは、当時の人類のコミニティーにおいて、人類が、自然の変化を読み解く感性の必要性よりも、人類という同族を支配する武力の必要性を認識できるようになるような、地球上の環境或いはホモサピエンスの遺伝子的変化があったことが強く推測されます。
従って、感性よりも、武力=腕力の強弱がものを言う時代において男性が主体となる社会システムが構成されるのは当然のことであり、そのような社会情勢の中で発生したり、利用される宗教的説話もまた、同様の原理に支配されて当然のことです。
いやはや、実に面白い!
参考になる楽しい話をありがとう!
更に、思考を進めると、各種宗教における「男人禁制」や「女人禁制」もまた、さにありなん。男人禁制の修道院に男性が立ち入るのが破廉恥と感じるのと同様に、女人禁制の修験の山道に女人が立ち入るのも破廉恥と感じる我々は、人的依存を生む甘美でクレージーな恋愛トランスから隔絶した世界で、個人として自立した境地で精神を研ぎ澄まし自己沈潜し人間性の根本に触れることが本来の宗教心の発芽には欠かせないことを、本能的に認識しているのでしょう。
本題に関しては、仏教や各種宗教の端っこにくっついている女性談議は、あくまでも修行上女人禁制を強いる為の男性の痴話と解釈する方が、『男女差別』という視点で語るよりも、適切であろうかと存じます。
以下は私論ですが、現存する神道或いは仏教における葬儀から法事に至る一連の葬送の儀式は、近年広く語られ始めた西欧のメンタル・ケアとしての「グリーフケア」以上に綿密な心理ケアーであることをはじめとして、日本の宗教は、人間の精神や意識という分野において、現代科学が追いつかないほどの精緻なシステムを構成し終えていることは素晴らしいことであると拝察しています。
20世紀に発達してきた西欧の心理学のパラダイムと、日本の仏教などの宗教的パラダイムに、大いなる類似点があることを私は大変興味深く感じています。ユングが晩年易占いに傾倒していたとされることにも、彼は最終的な思考の到達点において何らかの共通点を見出していたのではないかと想像します。これらの共通点に架け橋をかけ呼応させる論者が現れれば、21世紀において、人類は、画期的な意識の進化を遂げる礎となるように思えてならないのですが。。。
最後に一つ質問をお許し頂けるなら、以下について、ご教示お願いいたします。
これも、哲学に無知であることを顧みない私論に過ぎませんが、20世紀において、現代における人類の宗教心の発芽は、実存主義の哲学やキルケゴールの神的実存への段階で略語られているかのように私は捉えていますが、筆者は、哲学と宗教との関係をどのように捉えられておられますか?