12月 262005
 

はーふ・しりあす:NHKは「公共放送」なんです」に対するコメント (4)。「NHK擁護派との泥沼論争」での論争の続きです。

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NHK放送センター、東京都渋谷区神南” by Rs1421 is licensed under CC-BY-SA

あなたも、リンク先でおっしゃるように公共的なことに関してはだれかが費用負担をしなければいけないことは認めておいでですね。そんな中で、あなたは社会保障制度に変わり、保険の加入を義務付ければよいといわれる。では、公共放送をどうするかといえば、同じように考えれば公共的なコンテンツを提供するところと、契約を交わすことを義務付けますか。受信料制度そのものですね。

地上波テレビは、社会保障とは異なって、生きていく上で必須ではないから、義務化する必要はないのですが、もしも、私の社会保障制度の改革案と同じことをNHKに当てはめるなら、NHKは、番組制作には一切関与せずに、放送サービスだけを提供し、放送枠をオークションで番組制作会社に売却し、視聴者は、好みの番組と個別的に契約を結んで、金を払うということになります。これなら、今よりも、市場原理が機能します。もっとも、地上波テレビは、物理的にはまだ参入の余地があるようだから、チャンネルそのものを増やすことで、選択肢を増やすこともできます。

視聴料は月額2100円ですね。法人は免除どころか、5250円に値上げですね。内容も、NHKの福祉情報番組や健康番組とは、対象が違うようですし。

これで、私の言うところの「相当量のコンテンツとして存在し、必要なところに供給されていなければならない」ということに答えているとお思いでしょうか。こんな番組を、腰痛に悩むおじいちゃんおばぁちゃんが見ることが現実として出来るのですか?

そうお考えだというなら仕方ありませんが、仮にNHKがなくなったときに、これまでNHKから得られた情報がどれほど制限されてくるのか、必要とする人たちにどれほどの負担が求められるのか、逆にはっきりするというものです。

この番組の料金がなぜこんなに高いか、理由がわかりますか。もしも、視聴者の数が、もっと多ければ、料金を安くすることができけれども、NHKが客を奪っているから、それができないのです。もしも、あなたが仮定するように、NHKがなくなり、この番組が、今のNHKと同様に、地上波で見ることができるなら、もっと視聴者が増えるでしょうし、そうなれば料金も下がり、さらに一般向けの番組も作り、それがさらに視聴者を増加させるという好循環を生みます。

利己主義と経済成長が相反するものだということを示す材料として、日本の繁栄を築いた「高度成長期」には不思議と「個人レベルの金持ち」はあまり現れず、日本が低成長、マイナス成長に陥って以降、「個人レベルの金持ち」がうじゃうじゃ出てきたことを挙げればよいでしょうか。

あなたは、高度成長期に成功した方法が今でも有効と考えているのでしょうか。日本が貧しかったころ、画一的商品を大量生産するという社会主義的生産様式が有効でした。しかし、豊かになると、人々は、必要最小限以上の商品を求めるようになります。消費者の選択の自由と商品の多様化が必要になってきます。この意味で、NHKの今のやり方は歴史的使命を既に終えたと言えます。

日本が現在経済的に停滞している原因の一つは、過去の成功神話に固執し、社会主義的な制度の改革を怠っているところにあります。民間企業では、改革は進んでいるものの、公共セクターや規制に守られた保護産業は、旧態依然たる状態で、これが日本経済の足を引っ張っています。今日本に必要なことは、開発独裁体制から脱却し、可能な限り、市場原理を導入することです。

消費サイドのセグメント化に対応して、生産サイドの利害単位も分割するべきでしょう。自国のため→自社のため→自分のためというように、利己主義の「己」の範囲を狭めなければなりません。

利他主義は、道徳的理想であって、現実ではありません。理想だけで社会制度を作ると失敗します。利己主義という現実を否定するのではなくて、むしろそれをうまく利用して公共の利益に結びつけるのが、市場原理です。

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