中国の龍は男か女か
中国通が書いた龍のトリビア『龍の百科』を読みながら、龍は男なのか女なのかを考えよう。現在の中国人は、男と考えているようだが、もともとそうだったかどうかが問題である。
1. 龍は男で鳳は女か
蛇と鳥は、中国人にとっての二大トーテムであり、両者の戦いは、世界各地のプリミティブな社会で好まれるテーマだ。そして、中国人が愛する一対の瑞祥である龍と鳳は、蛇と鳥をモデルにしている。
池上は、龍と鳳に次のような区別があると言う[1]。
龍 = 武・力・闘争・男・皇帝・陽
鳳 = 文・美・平和・女・皇后・陰
池上は、何新の仮説[2]に基づいて、次のような二元論で整理する。
誤解を恐れずに、この「龍と鳳」を拡大解釈してみたい。龍は、黄河を中心とし、ムギを食べる北方系である。鳳は、長江(揚子江)を中心とし、米を食べる南方系である。思想上でいえば、龍は秩序を重んじる儒教の、鳳は自由を重んじる道教の、それぞれ系譜にある。[3]
果たして、このような二元論が成り立つのだろうか。鳥は、天とこの世との媒介者であり、蛇は海にそそぐ川をイメージする媒介者である。龍が川と同一視される時、それは女性的な性格を帯びる。
中国人は黄河を、慈愛に満ちた「母なる存在」にたとえる反面、一匹の「暴れ巨龍」にもたとえる。[4]
池上は、「母なる存在」であっても、「暴れ巨龍」である以上、そこには男性的な性格があると言いたいのだろう。しかし、そうした二義性があるということは、むしろ、両性具有者としてのファリック・マザーの属性ではないだろうか。
蛇と鳥は、どちらもこの世とあの世とを媒介する両義性を帯びた存在であるのだが、二つの動物を合体させた龍と鳳は、その性格を一層強く帯びる。龍も鳳も、合成獣であり、龍は部分的には鳥であり、鳳は部分的には蛇である。中国の龍には、角が生えているが、これは、中国の伝承によれば、雄鶏の角を盗んだものだとされている。そして、龍は、蛇とは異なり、鳥のように空を飛ぶ。
また、『説文解字』によると、鳳は「前は鴻、後は麟、首は蛇、尾は魚、額は鸛、髭は鴛鴦、紋様は龍、背中は亀、嘴は鶏、頷は燕、体色は五色[6]」と記述されている。首は蛇で、紋様は龍とされているところに注意しよう。中国人は対句的な呼称が好きで、鳳凰と呼ぶこともある。この場合、鳳は雄で、凰は雌である。
蛇と鳥が同じような意味合いを持つ以上、龍と鳳も同じような意味合いを持つ。それは、すなわち、ファリック・マザーのファルスである。もちろん、それは想像上の存在である。
2. 龍の眼は何を意味するのか
山東省にはこんな民話がある。崔黒子(ツオエヘイツ)という男が、龍の子を見つけて育てたが、大きくなると世話をすることができなくなって、洞窟に連れて行くことになった。崔が皇帝の命令で龍の眼が必要になると、龍は左の目玉を与えて、恩返しをした。この功績で崔は大臣となり、傲慢となり、今度は龍の許可もなく、龍の右目を取ろうとしたところ、龍に呑み込まれてしまった[8]。
日本にも、これに似た「蛇女房」の話がある。
どこからか来た美しい女が嫁になるが、あるとき昼寝の場面を覗いたら女は蛇になっていた。蛇は見られたことを恥じて山の湖に去ってゆくが、去り際に目玉をくりぬいて、これをしゃぶっているようにと子供に残してゆく。「蛇の目玉」である。話はこの後、その目玉を殿様に召し上げられ、さらにもう一つの目玉まで取られるに及んで、蛇が洪水を起こし、領民一同水の底に消えてゆくと語っている。[9]
蛇/龍の目は鏡である。自己を鏡像的他者に置き換える死の抱擁という点で、水面に落ちるナルシスの物語や見る人を石にするメデューサの物語と同じモティーフを有している。龍には鏡像的他者、つまり母の性格が残っている。
3. 参照情報
- 池上正治『龍の百科』新潮社 (2000/01).
- 荒川紘『龍の起源』紀伊國屋書店 (1996/6/1).
- 篠田知和基『竜蛇神と機織姫―文明を織りなす昔話の女たち』人文書院 (1997/11).
- ↑池上正治『龍の百科』新潮社 (2000/01). p.33.
- ↑何新.『龍 ― 神話と真相』. 上海人民出版社. 1990.
- ↑池上正治『龍の百科』新潮社 (2000/01). p.34.
- ↑池上正治『龍の百科』新潮社 (2000/01). p.87.
- ↑Sodacan. “Flag of the Chinese Empire under the Qing dynasty (1889-1912).” Licensed under CC-0.
- ↑“鳳之象也,鴻前麐後,蛇頸魚尾,鸛顙鴛思,龍文虎背,燕頷雞喙,五色備舉。” 『説文解字』卷五. 鳥部. 2358. 中國哲學書電子化計劃字典.
- ↑Bernard Gagnon. “A Fenghuang or Chinese phoenix on the roof of the Main Hall of the Mengjia Longshan Temple in Taipei, Taiwan.” 28 February 2011. Licensed under CC-BY-SA.
- ↑池上正治『龍の百科』新潮社 (2000/01). p.191-193.
- ↑篠田 知和基『竜蛇神と機織姫―文明を織りなす昔話の女たち』人文書院 (1997/11). p.20.
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません