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先進国の地理的条件は何か

2006年11月1日

世界には、高度に発達した産業を持ち、生活水準が高い先進国と、そうでない発展途上国がある。勤勉で教育水準の高い国民もいれば、そうでない国民もある。自由と民主主義が可能な国家もあれば、そうでない独裁的国家もある。この違いはなぜ生まれるのか、地理的環境的要因を考えてみよう。[1]

Photo by Clay Banks on Unsplash

1. 先進国の気候的条件

国際通貨基金によると、先進国と呼べるのは、北米(アメリカ合衆国、カナダ)、ヨーロッパ(英国、ドイツ、フランス、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、スイス、オーストリア、デンマーク、フィンランド、ノルウェー、スウェーデン、アイスランド、アイルランド、イタリア、スペイン、ポルトガル、ギリシャ、キプロス)、東アジア(日本、大韓民国、台湾、香港特別行政区、シンガポール)の三極の国々を除けば、後は、オーストラリア、ニュージーランド、イスラエルぐらいなものである[2]

このことを念頭に置いて、以下のケッペンの気候区分による世界地図を見てみよう。

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ケッペンの気候区分に基づく世界地図。Source: Dan Scollon. “World Climate Map.”

まず、気が付くことは、これらの先進国は、少なくともその中の先進的な地域は、小さな例外であるシンガポールを除いて、すべて温帯(緑色)または冷帯(紫色)に位置するということである(イスラエルは地中海性気候)。シンガポールは、地理的位置の重要さから、交易都市として外発的に発展した都市国家なので、先進「国」と言うよりも、むしろ先進国の出張所のような地域である。

赤系統の熱帯、黄色系統の乾燥地帯、灰色の高山地帯、青色の寒帯には、先進国は存在しない。私たちは、ここに地平の中間性構造を見て取れる。高度な文明は、不必要な地帯と不可能な地帯という両極端では成り立たない。必要かつ可能な中間地帯でのみ生まれる。

1.1. 文明が不必要な地域

熱帯は、文明が不必要な地帯である。熱帯で狩猟採取生活を営んでいる自然民族は、都市文明どころか農業文明すら不必要である。

調査によれば、農業に従事しない狩猟採集民が食物生産に費やす時間は、成人労働者一人当たり平均三時間から四時間である。残りの時間は、遊んで楽しめる。長時間労働を強いられ、過労死寸前の日本人にとっては、うらやましい限りである。農耕牧畜民族より、狩猟採集民族の方が豊かな生活を送っていると言ってよいぐらいである。

それゆえ、例えば、アフリカの奥地に住む、食物獲得に費やす時間が平均二時間以下のハドサ族に、文明人が農業を教えようとすると、「この世にモンゴンゴの実がこんなにたくさんあるというのに、どうして植えなければならないのか」と言って拒否したとのことである[3]

熱帯は、温帯や寒帯と違って、一年を通して気温がほとんど変化しない。熱帯雨林気候では、雨量も安定して豊富である。文明は、寒冷化や乾燥化といった危機に対処するために必要なのであって、恵まれた環境である熱帯では、長時間労働を必要とする高度文明は不必要である。

熱帯地域の人々は、長い間、自然を克服しようとすることなく、エコロジカルに安定した生活を続けていた。しかし、ヨーロッパ発の近代化の波が浸透したため、20世紀以降、この地域では人口爆発が起こり、生態系の破壊が進んでいる。その意味では、熱帯も現在では危機に直面していると言える。しかし、熱帯では、気候環境による長年の影響で、人々に、禁欲的な勤労意識や合理的計画性の精神が希薄で、このため熱帯の諸国はなかなか先進国化しない。もっともエートスというのは遺伝するわけではないので、教育しだいでは、熱帯地域の人々も先進国の人間並みにすることはできるはずだ。

1.2. 文明が不可能な地域

乾燥帯のように降雨量が少なすぎたり、冷帯や高山帯のように温度が低すぎたりする地域には、先進国は存在しない。スイスは、高山帯にあるが、主要都市はすべて温帯にある。冷帯は緯度が高いために、高山帯は海抜高度が高いために、気温が低い。では乾燥帯が乾燥している理由は何か。

以下の画像における赤色の部分は、国連環境計画(UNEP=United Nations Environment Programme)が複数の基準から砂漠と認定した地域であるが、これを見ると、乾燥帯となる場所は、一定の法則に従っていることがわかる。

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UNEPが砂漠と認定した地域。Source: UNEP. Global Deserts Outlook. United Nations (June 16, 2006). Chapter 1. Fig. 1.3.

まずよく知られているように、南北の緯度25-35度に位置する中緯度高圧帯は乾燥しやすい。赤道上で暖められた空気は、その上昇途中で膨張し、赤道直下の熱帯地域に雨を降らす反面、緯度30度付近で下降する時は、圧縮されて高温になるからである。

しかし、ケッペンの気候区分に基づく世界地図と上掲図を見ていただければわかるように、緯度30度付近だからといって必ずしも乾燥するわけではない。砂漠になっているのは、大陸の西側だけで、東側は温帯になっている。この理由を下の模式図を使って説明しよう。

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自転に伴う大陸の西側と東側の差異

これは、緯度30度線に沿って大陸を切断した図で、手前が南極側で、向こうが北極側である。この時、地球は矢印の方向(西から東)へと自転している。大陸の東側は、海洋からの蒸発による湿った空気の中を突っ込むことになるので、雨が降りやすくなる。他方で、大陸の西側では、地球の自転に引きずられるような形で海洋深層の冷たい海水が湧き上がり、これにより空気が冷やされて下降気流が発生し、乾燥する[4]

ユーラシア大陸の東側、所謂モンスーンアジアでは、大量に水を必要とする稲作が行われているのに対して、西側では小麦栽培と牧畜が行われているのは、東西の降水量の差による。

乾燥帯のもう一つの条件は、大陸の内奥にあるということだ。ユーラシア大陸の中央部は、緯度30度線から大きく北にずれているにもかかわらず、砂漠になっている。これは、海から遠く離れているためである。

読者の中には、今はともかくとして、エジプトやメソポタミアやインダスでは、かつて高度な文明が存在したのであるから、乾燥帯でも先進国になれるのではないかと考える人もいるだろう。しかし、これらの地域は、気候最適期には今よりもずっと湿潤で、現在の温帯よりも過ごしやすいぐらいであった。ところが、今から5000年前から、寒冷化と乾燥化が進み、これに対処するために、大規模灌漑を実施する文明が誕生した。新世界でも、アステカ帝国やインカ帝国は、大陸西側の乾燥した地域で生まれた。乾燥化が先進文明を生んだのだが、完全に乾燥化してしまうと、先進文明は不可能になる。

他方で、ヨーロッパや日本など、現在の乾燥帯よりも高緯度に位置する温帯は、気候最適期には、今よりも乾燥した地域だった。これらの地域は、5000年前から、寒冷化と同時に湿潤化した。水が不足していたわけではなかったので、乾燥帯におけるように、大規模灌漑を行う集権的な巨大文明は必要なく、分権的な森の文明に甘んじた。そして、近代において、先進的な役割を果たしたのは、これらの、まだ森が残っていた温帯の地域だった。

2. 先進国の歴史的条件

先進国は、温帯または冷帯に位置する。しかし、温帯または冷帯に位置するからといって、先進国とは限らない。もう一度ケッペンの気候区分に基づく世界地図を見てほしい、東欧やロシア、インドの北部、中国、南米の南部、アフリカ南部、これらの地域は、温帯または冷帯に属する。インドの北部や中国には、かつて高度な文明が栄えたが、近代化は遅れた。

なぜこれらの地域が、温帯や冷帯にあるにもかかわらず、先進的ではないかを説明するには、その国の住民の過去を振り返らなければいけない。アメリカ合衆国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの国民の多くは、西ヨーロッパ、なかんずく英国の出身である。

同じヨーロッパの中でも、東ヨーロッパと南ヨーロッパは、西ヨーロッパと比べると先進的ではない。ポルトガルとスペインは、EU域内ということで先進国の中に入れられているが、その植民地だった南米は、温帯であっても、途上国である。南アフリカは英国の植民地であったが、白人の割合は、10%に満たないので、オーストラリア、ニュージーランドのようなわけにはいかない。

先進諸国から、西ヨーロッパ系をのぞくと、残っているのは日本とアジアNIEsと呼ばれた地域である。このうち、大韓民国と台湾はかつて日本の植民地で、民族的にも文化的にも日本人に近い。いわば、英国に対するフランスやドイツのような国である。香港は、シンガポールと同様の理由で無視できるので、現在の先進国は、西ヨーロッパ系と日本系の二つに大別できる。

ユーラシア大陸以外にも、アメリカ大陸に文明が存在したが、ユーラシア大陸の文明と比べれば、マイナーであった。大陸の規模からして、ユーラシア大陸が、有史以来、地球文明の主導権を握ってきたことは自然なことである。しかし、広大なユーラシア大陸の中でも、なぜ西ヨーロッパと日本なのか。

2.1. 近代化同時並行説

梅棹忠夫は、地理的特質に注目して、西ヨーロッパと日本は、並行的に近代化したとする生態史観を提案した。彼は、以下の図Aにあるように、ユーラシア大陸の両端に位置する西ヨーロッパと日本を第一地域、その間にある第二地域の二つに分類し、日本はアジアよりも西ヨーロッパに近いと主張した。第二地域は、中央の乾燥地帯と山脈により、Ⅰ. 中国、Ⅱ. インド、Ⅲ. 西アジア・地中海、Ⅳ. ロシアの四つのブロックに分けられるが、西ヨーロッパと日本が近代化を始めた頃、これらの地域では、Ⅰ. 清帝国、Ⅱ. ムガール帝国、Ⅲ. オスマントルコ帝国、Ⅳ. ロシア帝国といった専制主義的な帝国が近代化を遅らせた。

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ユーラシア大陸の諸文明を抽象化した生態史観の図。Source: 梅棹忠夫『文明の生態史観』中央公論新社; 改版 (1998/1/18). p. 197.

梅棹は、後に、A図を少し修正して、以下のように、東南アジアと東ヨーロッパを書き加えたB図を提示している。

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ユーラシア大陸の諸文明を抽象化した生態史観の図の改訂版。Source: 梅棹忠夫『文明の生態史観』中央公論新社; 改版 (1998/1/18). p. 208.

東南アジアと東ヨーロッパは、人種や宗教が多様で、専制的な大帝国が支配することはなかったが、西ヨーロッパや日本のようには近代化が進まなかったというように、梅棹は、ここでも東西をパラレルに論じようとする。

明治以来、ヨーロッパ人に劣等感を抱き続けた日本人たちは、梅棹の平行進化説に快哉を叫けんだが、私はこの平行進化説には大いに無理があると感じている。日本は安土桃山時代から近代化の萌芽を見せていたが、産業革命による近代資本主義が最初に現れたのは英国であり、日本は、アメリカ合衆国やロシア帝国なみにそれに乗り遅れたからである。

文明に対する地理的気候的影響を重視すること自体には賛成だが、ユーラシア大陸の東と西では、地理的気候的影響が異なる以上、両者を完全にパラレルに扱うわけには行かない。寒冷化はユーラシア大陸の西から始まるのであるから、イノベーションが西から先に始まるのはしかたのないことである。

2.2. 近代化遅延並行説

梅棹の同時並行説を遅延並行説として再構成してみよう。ユーラシア大陸において、日本と対称的な位置にある島国は、西ヨーロッパではなくて、英国である。産業革命が島国英国から始まって、ヨーロッパ大陸やアメリカ大陸に伝播したように、アジアにおける産業革命は、島国日本から始まって、アジアNIEs、東南アジア、中国というように周辺諸国へ伝播していっていると考えてはどうだろうか。

では、なぜ産業革命と近代資本主義は、大陸ではなくて、島国から始まったのか。それは、大陸国家が中央集権的かつ独裁的であるのに対して、島国国家は分権的かつ民主的であるからだ。本川達雄は、動物は、島に隔離されると、サイズの大きな動物は小さくなり、サイズの小さい動物は大きくなるという「島の規則」から、それこそ「生態学的」に、日本人の均質性を説明しようとする。

島国という環境では、エリートのサイズは小さくなり、ずばぬけた巨人と呼び得る人物は出てきにくい。逆に小さい方、つまり庶民のスケールは大きくなり、知的レベルはきわめて高い。「島の規則」は人間にも当てはまりそうだ[5]

ゾウは捕食者に襲われないように体を大きくし、ネズミは捕食者に見つかりにくいように、全体の個体数を増やすために、体を小さくしているが、島に隔離され、捕食者に襲われるリスクが減ると、ゾウは牛ぐらいの大きさになり、ネズミは猫ほどの大きさになる。

島の規則を人間に当てはめる場合も、外敵の存在が重要な要因となる。地続きで敵が攻めてくる大陸では、それに対抗するために、強力なリーダーによる独裁体制が必要であるが、海が堀として機能する島国では、その必要性がなく、偉大な指導者がいない代わりに、個々人がしっかりしている。

ビジネスの世界に喩えるなら、大陸の大帝国が大企業であるのに対して、島国の小勢力は中小のベンチャー企業である。大胆な実験を行うのは、競争圧力下にある中小のスタートアップ企業であって、大企業ではない。大企業は、新しいことをするには、大きすぎてリスクが高すぎる。同様に、文明のイノベーションは、分権的で民主的な所から始まる。

明治維新の頃の日本と中国を比較してみるとよい。日本では、各藩がそれぞれ独自の領国経営を行い、やがて勝ち組の雄藩が明治維新の旗手となって台頭した。しかし、中国では皇帝のもとに独裁政治が行われ、しかも西太后のような愚昧な権力者によって牛耳られていたために、近代化が遅れ、列強の半植民地へと転落していく。毛沢東による独裁政治も、中国の近代化を遅らせることになった。

世界最古の文明は、シュメール文明であるが、この文明の担い手であるシュメール人は、ディルムンから来た海洋民族と考えられ、高度な文明を築いたのにもかかわらず、統一帝国は作らずに、最後まで都市国家の分立に甘んじた。そして、やがてこの都市文明の遺産は、オリエントの帝国に受け継がれて普及していく。

古代ギリシャもまた、クレタ島を含むエーゲ海の島々から始まった島国的な文明であった。古代ギリシャのポリスは高度な文明を築いたのにもかかわらず、統一帝国は作らずに、最後までぷリスの分立に甘んじた。そして、やがてこの都市文明の遺産は、アレクサンダー帝国やローマ帝国に受け継がれて普及していく。

英国は、もちろん島国である。イングランド国教会を樹立し、大陸中央のローマ教皇庁から離れ、いち早く議会制民主主義を発達させたこの国から産業革命と近代市場経済が始まったことは、偶然ではない。やがて英国の近代文明の遺産は、ヨーロッパやアメリカの大陸国家に受け継がれて普及していく。

シュメール都市国家とアッカド帝国、ギリシャのポリスとローマ帝国、島国英国とアメリカ合衆国の関係が、島国日本と中国との間で反復されるだろう。

3. 参照情報

関連著作
注釈一覧
  1. 本稿は、2006年11月01日に『連山』に掲載した「先進国の地理的条件は何か」に加筆と修正を施して、2021年7月18日に再公開したものである。
  2. IMF. “World Economic Outlook Database for April 2006 ― WEO Groups and Aggregates Information.” April 2006.
  3. Sahlins, Marshall, Graeber, David. Stone Age Economics. Routledge (2017/4/21). 但し、マーシャル・サーリンズが伝えるこの話は正確ではないようだ(SJさんのコメントを参照されたい)。
  4. UNEP. Global Deserts Outlook. United Nations (June 16, 2006). Chapter 1. The Effect of Marine Upwellings On Desert Distribution.
  5. 本川達雄『ゾウの時間 ネズミの時間 サイズの生物学』中央公論新社 (1992/8/25). p. 22.