1月 282006
 

浦島太郎が、竜宮から故郷に帰ると、三百余年が経過していた。他の竜宮伝説でも、竜宮では時間の経過が異常に速いと語られることが多い。なぜ、竜宮では、時間が経つのが速いのか。竜宮から出て年をとることは何を意味しているのか。

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1 : 主観的時間のテンポは環境次第で遅くなる

浦島太郎が亜光速で飛ぶ宇宙船に乗ったということはありえないので、相対性理論は使えない。同じ観測系に属している以上、物理的客観的時間を変えることはできないが、生理的主観的時間なら変化することはありえる。

生物にとっての主観的な時間は、鼓動間隔で計測される。ゾウのように、大きくて、鼓動間隔が長い動物にとって、主観的時間のテンポは遅いが、ネズミのように、小さくて、鼓動感覚が短い動物にとって、主観的時間のテンポは速く感じられる[1]

私たちは、リゾートとかで楽しく過ごしている時は、主観的時間のテンポが遅いために、客観的時間の経過が速いと感じ、歯医者で虫歯の治療を受けている時は、主観的時間のテンポが速いために客観的時間の経過が遅いと感じるが、これは、落ち着いている時には、鼓動間隔が長くなり、緊張している時には鼓動間隔が短くなるからだ。

泣いている赤ちゃんに胎内音を聞かせると、泣き止み、やがてすやすやと寝てしまう。私たちは、胎内回帰により至福の時を過ごすならば、主観的時間のテンポが遅くなり、客観的時間の経過が速く感じるにちがいない。

2 : 一日の周期は内的脱同調で長くなる

日本では、あの国を常世(とこよ)とよぶ。「常」は「常夏(とこなつ)」と言う時の「とこ」で、永久不変という意味であるが、「底(とこ)」と同根の語でもある。だから「常世」は、「地底に存在する不老不死の楽土」という意味である。地母神の胎内としての竜宮は、原初的には、洞窟であり、洞窟内では、主観的時間のテンポが遅くなる特殊な理由がある。

私たちは誰でも、洞窟内では、1日を24時間以上にすることが簡単にできる。人間の睡眠周期は、本来約25時間なので、太陽光線を浴びなければ、1日が25時間程度になる。逆に言えば、私たちは、毎朝太陽光線を浴びることで体内時計をリセットし、無理やり1日を24時間にしているわけだ。

私たちの体内時計が25時間周期であるということは、私たちの祖先が海に住んでいて、潮汐リズムとシンクロナイズしていたことと関係があるとも言われている[2]。地球の自転周期は23.9時間だが、月が地球を公転しているために、月が元の位置に戻るには、24.8時間かかる。このため、潮汐リズムは昼夜リズムより50分長くなる。

私たちは、父なる太陽の周期と母なる海の周期という二つの異質な周期の狭間で生きている。社会でまともに生きている人は、父性原理により母性原理を克服しているが、「ひきこもり」と呼ばれている人たちは、暗い胎内に回帰して、海の周期で生活している。「外に出て働け」と厳しく叱る父とひきこもりの息子をかばう母といった、よくみかけるこうした家庭の風景は、男性原理と女性原理の葛藤を反映している。

暗闇の中にひきこもり続けていると、1日約25時間のサーカディアン・リズム(概日リズム)が、さらにフリーランして、倍の周期を持ったサーカビディアン・リズム(Circabidian rhythm)[3]になるという内的脱同調が起こる。

実はこのような実例が時間隔離実験によっていくつも確認されており、概倍日(がいばいじつ)リズム(サーカビディアン・リズム)とよばれている。この場合被験者は、約10時間の睡眠と約40時間の覚醒を繰り返しているが、この異常に長い“一日”を自分では通常の一日としてしか感じていない。このことは被験者の話や食事の回数で知ることができる。時間隔離実験では、被験者は自分が食事の時間だと思ったときに、食べたいだけ食べるのだが、40時間起きていても、被験者は三回しか食事をとらず、その食事の量も通常とまったく変わらないのだ。それでいて体重もほとんど変化しないというのだから、驚きだ。[4]

この世の洞窟内でこれだけ主観的時間のテンポが遅くなるのだから、あの世である竜宮内では、想像を絶して遅くなるに違いないと考えられたのだろう。

体内時計のテンポが遅くなった人が、洞窟から出てきて、体内時計を太陽の周期に合わせると、その人の主観的時間のテンポは、もとのテンポから計測すると、つまり竜宮側から見れば、急速に速くなる。浦島が、急に年を取ったことは、そのことを描写している。では、なぜ玉手箱を開けることで、浦島太郎は年をとりはじめたのだろうか。

3 : 玉手箱を開けることは子宮から出ることである

浦島太郎が、故郷に戻りたいと言った時、亀姫は、玉手箱を持たせて、帰郷させた。玉手箱は、子宮(竜宮)の象徴であり、これを開けることは、子宮(竜宮)から完全に出てしまうことを意味する。浦島太郎は、年をとり、二度と子宮(竜宮)には戻れなくなってしまう。

竜宮が子宮だとするならば、その中にいる浦島太郎が故郷の母に会うためにそこから出て行くということは、矛盾しているようにみえる。しかし、神話を分析する時は、精神分析学者が夢を分析する時と同様に、形式的な矛盾を気にしてはいけない。むしろ、胎内回帰願望とその挫折による母との別離という主題が、二回反復して現れていることに注目したい。

「袋の中の鳥」では、乙女が手渡したのは袋だったが、俗に母親のことを「おふくろ」と言うことからも推測がつくように、袋もまた子宮のメタファーである。この袋を開けると、根碩の魂が体から飛び去って、根碩の体はもぬけの殻になったが、浦島伝説でも、『丹後国風土記』の逸文では、浦島子は、玉匣をあけると、風雲と共に天に飛び去ったということになっている。肉体から霊魂が抜け出ることは、母胎から胎児が抜け出ることを示唆している。

アイルランドの伝説では、オシーンは、馬から下りて、地に足を着けることで、年をとった。私は、馬の首が母のペニスに相当するといったが、オシーンは、常若の国に帰るために必要な、ニアヴとのつながりを失ったのだ。子供は、産まれる時、母のペニスに相当するへその緒を切り、羊水に浮いていた足が地に着くようになる。オシーンもまた、胎内から出ることで、年をとりはじめたのだ。

4 : なぜ鶴が機を織るところを見てはいけないのか

私は、鶴女房を、竜宮伝説の一種と解釈した。鶴女房は、自分が機を織っているところを見るなといい、男は、その禁忌を破ることで、結婚は破綻する。こうした「見るな」の禁忌は、世界の様々な神話によく登場する。

日本神話の代表例は、トヨタマビメで、夫のホヲリノミコトは、妻トヨタマビメから、見ないでと言われたのにもかかわらず、こっそり出産中の様子を覗いてしてしまう。すると、トヨタマビメノミコトは、『古事記』によると、大きなワニになって、『日本書紀』によれば竜になって、腹ばいになって身をくねらせて動いていた。ホヲリノミコトはそれを見て驚き、恐れ、逃げ去った。

西洋の民話の代表例は、蛇妖精メリュジーヌである。彼女は、土曜日になると下半身が蛇の姿になり、夫がその姿を見たら、永遠に夫と別れねばならないという呪いをかけられていた。メリュジーヌと結婚したレモンダンは、禁忌を破り、下半身が蛇のメリュジーヌを見てしまった。このため、メリュジーヌはレモンダンのもとを離れ、竜となって飛んでいってしまった。

無知の暗闇に留まるということは、胎内に留まるということであり、光を見るということは体内から外に出ることを意味する。だから「見るな」という命令は「胎内から出るな」という命令なのである。この命令を無視して、胎内から出てしまうと、真理の光を見ることができるが、同時に母のもとを離れなければならない。

5 : 因幡のしろうさぎは何の話か

子を胎内における無知の安逸から眼を覚まさせ、母から引き離し、自立させることは、通常、父の役割である。このことを、『古事記』に登場する「因幡のしろうさぎ」で確かめてみよう。

オオアナムジが、泣いている裸のウサギを見つけて、泣いている理由を問うた。すると、ウサギは次のように説明した。

私は隠岐の島にいて、ここへ渡ろうと思いましたが、渡る方法がありませんでした。そこで、海にいるワニを騙して、こう言いました。

私とおまえと比べて、一族の多い少ないを数えたいと思う。だから、おまえは自分の一族をいる限り全部連れてきて、この島から気多の岬まで、ずっと並び伏せよ。そうしたら、私がその上を踏んで、走りながら声に出して数えて渡ろう。そうすれば、私の一族とどちらが多いかわかるだろう。

このように言うと、ワニたちが騙されて並び伏したので、私はその上を踏んで、声に出して数えて渡ってきて、今まさに地面に降りようとする時に、私は「おまえたちは私に騙されたのだ」と言ったところ、言い終わった途端、一番端に伏せていたワニが私を捕まえて、私の着物をすべて剥いでしまいました。[5]

隠岐の島は、古来、流刑の地である。島は周囲を海に囲まれ、羊水に囲まれた胎児のようである。島流しにするということは、胎内に戻すことを意味するので、象徴的な死刑である。「隠」という字が当てられたのも偶然ではないだろう。

胎内としての他界の島にいた兎は、一列に並んだワニの背の上を飛び跳ねて、気多の岬にまで到着する。ここでワニという動物に注目しよう。トヨタマビメの正体はワニであった。そして、日本神話では、ワニは、蛇や竜と同様に、胎内とこの世をつなぐ橋の象徴である。だから、ワニの列は、母なる海の産道であり、兎は、産道を抜けて、この世に出ようとしたのである。

その時、ウサギは、毛をむしりとられ、裸になった。つまり、素兎(しろうさぎ=裸のウサギ)になった。これは、禊(みそぎ=身削ぎ)の儀式である。ミソギは、実際の出産において、赤ちゃんが毳毛(ぜいもう=産毛)やへその緒を削ぎ落とすことに由来している

ウサギは、海水を浴びて風に吹かれるという間違った教えに従い、身体を痛める。そこにオオアナムジが現れ、正しい治療方法を教えられる。ウサギは真理に目覚め、一人前のウサギとなった。ここで、オオアナムジは、父としての役割を果たしている。

6 : 闇から光へのコスモゴニー

宇宙起源論のことをコスモゴニー(cosmogony)という。世界の多くのコスモゴニーは、闇から光が誕生したと伝えている。

ユダヤ教の『旧約聖書』は、原初の世界を暗い水として描き、父なる神のおかげで光がもたらされたとしているが、このコスモゴニーは他の創世神話でも同じである。バビロニア神話では、太陽神マルドウクと闇のティアマトが戦い、エジプト神話では、太陽神ラーと深淵ヌンに棲み、ラーの航行を妨げる悪蛇アペプとが戦い、ヘシオドスの『神統記』に描かれているギリシャ神話では、光のゼウスと闇のティタンとが闘い、いずれも光が闇に勝利することで、宇宙が始まる。

インドの『リグ・ヴェーダ』でも、原初は水であり、闇であったが、インドラが悪蛇アヒを切り殺した時、世界に光をもたらしたということになっている。中国の創造神、磐古は、暗い混沌の卵から生まれ、その眼を開くと光明の昼がもたらされた。日本の神話では、天の岩宿神話が類似のコスモゴニーである。アイヌの『ユーカラ』には、英雄アイヌラックルが、日の神を閉じ込めていた魔神を切り殺し、人の世を再び明るくしたという神話がある。闇から光へのコスモゴニーは世界中に存在する。

旧大陸の古代都市文明だけでなく、新大陸のマヤ文明、ニュージーランド、アフリカ中央部、日本にまで広がりを見せる闇のコスモゴニーを伝播・影響によって説明するのはむずかしい。水のコスモゴニーの全世界的な分布を、農耕文化の拡大に伴い世界各地に広がった祈雨呪術に由来すると考えたのだが、暗黒を水の呪術と結びつける理由は認めがたい。

そうであれば、どこに起源を求めたらよいのか。先に結論を述べれば、闇のコスモゴニーは地域や民族を問わずあらゆる古代人に共通して抱かれていた夜明けの印象に起源する ―― 闇の神話は、人類に普遍的な心性をもとに生まれた、と私は考えるのである。[6]

では、夜明けの前には夕暮れがあるのに、なぜ夕暮れが宇宙の始まりではないのか。太陽暦が採用されている社会では、日の出とともに一日が始まるが、太陰暦が採用されている社会では、日没とともに一日が始まる。多くの社会では、かつて太陰暦を採用していたのだから、日没と月の出現を宇宙の開闢としても良さそうなのに、そうはなっていない。

またこの説明では、水や竜退治というコスモゴニーの他の要素との関係が不明である。私は、創世神話の原光景を人の出産に求めることで、他の要素を含め、もっと包括的にコスモゴニーを説明するべきだと思う。すなわち、始原における暗闇と水は、子宮内の暗さと羊水のことで、水の中の竜は、その形状から分かるように、母胎と胎児をつなぐへその緒で、人は、このへその緒を切ることで、すなわち竜を切り殺すことで、この世に生まれ、この世の光に眼を開く。

浦島太郎は、竜宮という子宮から出て、真実を知る。玉手箱を開けるという第二の子宮脱出により、さらに真実を知る。こうして、浦島太郎は、そして読者は、胎内回帰が幻想にすぎないことを思い知らされるわけだ。

7 : 参照情報

  1. 本川 達雄.『ゾウの時間 ネズミの時間―サイズの生物学』. 中央公論社 (1992/8/1). p.6.
  2. 三木成夫.『海・呼吸・古代形象―生命記憶と回想』. うぶすな書院 (1992/09). p.49
  3. Honma, K., and S. Honma. “Circabidian rhythm: its appearance and disappearance in association with a bright light pulse.” Cellular and Molecular Life Sciences 44.11 (1988): 981-983.
  4. 早石修,井上昌次郎.『快眠の医学―「眠れない」の謎を解く』. 日本経済新聞社 (2000/03). p.26-27.
  5. 新編日本古典文学全集 (1) 古事記』. 小学館 (1997/05). p.77.
  6. 荒川 紘.『龍の起源』. 紀伊國屋書店 (1996/6/1). p.247.
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