反日的韓国人の深層心理

2010年9月28日

福原泰平著『ラカン―鏡像段階』に対する私の書評に対する原名高正さんの批判に対する反論。5年前に私が提案した反日的韓国人パラノイア説の是非をめぐる議論。

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ソウルの日本大使館前に設置された慰安婦のブロンズ像。"Japanese Embassy in Seoul and watched from behind a bronze statue of comfort women" by Sakaori. Licensed under CC-BY-SA

1. 韓国人による日本の模倣

■「朝鮮人たちは自らを大日本帝国臣民に同一化しようとした」っていう見解も、ご当人はご満悦のようだが、全然説得力がないとおもう。「親日派」とよばれる、日本につよい同化志向をもった一群がうみだされ、「日本臣民」になりきろうとした層が相当数にいたったことは事実だが、それが当時の朝鮮半島住民の大半などでないことははっきりしている。それだったら、当時の日本語おしつけ政策はもっと成功していたはずだし、「戦後、日本に同一化できなくなる」といった事態さえ、うまれなかったのではないか? 
■当時の朝鮮半島住民を概観するなら、圧倒的な軍事・警察力でもって制圧している帝国日本にあからさまに抵抗しても、かちめがないので(実際、1919年の「3・1運動」など、反日デモや抵抗運動は、ことごとく鎮圧・抑圧された)、面従腹背していたに過ぎないというのが、妥当なところだろう。
■当時の朝鮮人が「自らを大日本帝国臣民に同一化しようとした」といった断定は、帝国日本による植民地支配を美化したい右派日本人、あるいは当時の「親日派」の動向を正当化したい層の願望による、ねじまがった総括であり、それこそ、ねぶかい妄言として「精神分析」にあたいする。

もちろん、当時の朝鮮人は、自分たちだけで独立国を作ることがベストだと考えていたことでしょう。しかし、当時、それは現実的な選択肢ではなく、彼らは、日本の属国になるか、日本の一部になるか、どちらかを選ばなければならないという状況でした。その場合、(少なくとも将来的には)日本の内地と対等な立場になれそうな後者の選択肢を選ぶことは当然でしょう。私も、日本は、米国の属国という地位に甘んじるぐらいなら、米国の一部になった方がましだと思っています。属国化と併合は、似て非なるもので、後者の場合、朝鮮の経済的水準を内地レベルにまで引き上げなければならず、そのためには、膨大な財政支出が必要でした。このため、伊藤博文は、日韓併合に反対していたのですが、彼が暗殺されたことで、日韓併合が強行されてしまいました。日韓併合は、朝鮮の利益にはなったが、日本内地の利益にならなかったことに関しては、『歴史を偽造する韓国―韓国併合と搾取された日本』などに詳しく書かれています。

■ちなみに、韓国の戦後の諸制度のうち、おおくが日本のコピーであること、そのことを韓国民の相当部分がみとめたがらないことも事実だ。しかし、漢字文化からの自立をめざしたハングルなどをみればわかるとおり、韓国民のやることなすことが日本のコピーにすぎないなどという見解は、まさに妄言だろう。

李氏朝鮮時代においては、訓民正音(後のハングル)は、朝鮮の公式な言語ではなかったし、体系的な言語でもなければ、大衆に広く普及した言語でもありませんでした。福沢諭吉とその門下生、井上角五郎は、朝鮮人を中国の文化的従属から独立させるために、日本語の仮名に相当するハングルに注目しました。そして、井上は、「漢城周報」という官報に、初めてハングルによる漢文訓読体の文章を用いました。要するに、福沢と井上は、日本が、平安時代に日本がやった中国からの文化的独立と同じことを朝鮮にやらせようとしたのでして、ハングルによる中国からの文化的独立も日本のコピーと言えなくはありません。

■ついでにいうと、韓国の軍隊文化とか、1980年代までは確実に残存していたらしい警察のとりしらべにともなう拷問などは、ほぼすべて、帝国日本の「おきみやげ」である。それは、帝国日本の陸軍士官学校などで育成された「親日派」の相当部分が戦後韓国の実権をにぎったエリート層にほかならないからだが、そういった野蛮な「負の遺産」が脈々と戦後もひきつがれたことこそ、めをそむけたくなるような、しかし直視すべき日韓関係・日朝関係の証拠ではないのか?

目を背けたくなるような残虐な拷問をやっていたのは、むしろ李氏朝鮮時代の朝鮮人でしょう。日本は、朝鮮を近代化するために、1908年の法令改正で、拷問を禁止し、拷問した取調官に3年以下の懲役を科すことを決めました。ちなみに韓国の独立記念館が、蝋人形を使って展示している、日帝支配時代に行われていたとされる拷問の様子は、李朝朝鮮時代に行われていた拷問を再現したものです。自分たちの加害行為を被害行為へと鏡像的に反転させる彼らのパラノイア的思考が「ラカン―鏡像段階」の主題なのです。

■韓国人にかぎらず朝鮮人も(ま、民族はおなじだけど)、自覚できない次元でも日本のコピーをしてきたんでしょう。なにしろ、マルクス主義と理念的に矛盾するはずの個人崇拝とか世襲とかを天皇制からパクったんですから(笑)。

■でも、近代天皇制自体がキリスト教のパクりだし、日本民族にそんなオリジナリティがあるわけじゃない。
■いや、戦前戦後をとおして、アメリカのマネばっかりしてきましたね(笑)。
■アメリカ人は、日本人にむかって、「オレたち、うらやましいだろ。正直にいえよ。マネばっかりしてさ」などと、イヤミはいいません。日本語のなかにも、カタカナ語として、英米語が大量に流入しているしね。大和魂は風前のともしび(笑)。

知的財産権の侵害にならないのなら、真似しても問題ないと思います。ただ韓国人が、剣道のような、実際には起源は日本で、韓国はそれを模倣したものの起源が韓国にあると主張し、日本はそれを模倣し、盗用したといった宣伝を世界に向けてするのは問題だと思います。こういう韓国起源説も、パラノイア患者に特有の鏡像的な反転から説明できます

2. 日本への憧れと日本への憎悪の共存

■この評論家氏、「韓国人は、日本に憧れているのだが、だからこそ、日本人が憎い。韓国は、日本のようなアジア最高の先進国になりたがっているのだが、だからこそ、日本が目障りなのである」と、きめつけているが、その根拠は「2004年9月の中央日報による世論調査によると、韓国人が一番嫌いな国として挙げたのは日本で、2位の米国の倍近くあり、最も見習うべき国も日本がトップで、2位の米国の倍以上の割合だった」という報道らしい。
■この統計データのあつかいについては、慎重にならねばならないが、同一の回答者が、日本を「一番嫌いな国として挙げ」、同時に「最も見習うべき国も日本」とこたえたという保障はない。こういったデータを、「愛憎なかばする意識」といったくくりかたをするのは、「精神分析」派のわるいクセで、完全に「メタファーとしての個体」の欠陥が露呈している。
■ハラナがおもうに、「最も見習うべき国も日本」というのは、日本がすきで同一化したいとねがっているというより、モデルとして欧米をえらぶのは非現実主義的であり、東アジアのモデルケースとして試行錯誤をつづけてきた日本を無視するのは得策でないという、知恵のあらわれにすぎない。評論家氏、やはり、韓国にすかれているとおもいたいらしい(笑)。

たしかに、一番嫌いな国として日本を挙げた人と最も見習うべき国として日本を挙げた人は、必ずしも同じではありません。ただ、反日的な報道を繰り返す韓国のテレビ局が、日本のテレビ番組のアイデアを盗用した番組を大量に流しているとか、韓国政府が制作した竹島のCMに、「独島の守護神」として登場したテッコンVが、日本のマジンガーZそっくりであるとか、普段自国内では日本の悪口を言っている韓国人が、海外に行くと日本人のふりをするとか、反日的な人が日本の模倣をするという個別事例はたくさんあり、したがって、「日本は嫌いだけれども、見習うべきだ」と考えている韓国人は、確実にいるといってよいでしょう。

憧れの対象が憎悪の対象でもあるというのは、一見すると矛盾しているようで、実は、そうではありません。例えば、今、あなたが男性だとして、ある女性に一目ぼれした後、彼女に彼氏がいることを知ったとします。その時、あなたはその彼氏に対してどのような感情を抱くでしょうか。一方で「あの男のように、彼女の愛を独占したい」という憧れの感情を持つと同時に、他方で「あんな野郎死んでしまえ」という感情も持つことでしょう。彼氏が死ねば、あなたが、彼女の愛を独占できるかもしれないから、この二つの感情は、同じものです。韓国人が、一方で「日本のような、アジア最大の先進国になりたい」という願望を持ちながら、他方で、「日本列島なんて沈没して無くなればよいのに」という願望をも持つのも同じ理由によります。

もちろん、韓国人が、日本の長所だけを取り入れるというのなら、問題はないでしょう。しかし、日本そのものになろうとすることはナンセンスです。本物の日本になることは、現在の日本が存在する限り不可能ですから、勢い、「日本人はみんな死んでしまえ」といった過激な反日思想につながってしまいます。だから、日本以外の様々な国の長所を参考にしながら、独自の国づくりをするというのが一番健全な方法でしょう。

原名さんが、「メタファーとしての個体」という言葉で何を言おうとしているのか、リンク先が切れているので、わかりませんが、たぶん、韓国と個々の韓国人は別で、韓国という国をあたかも一人の人間であるかのように精神分析するのはおかしいということだろうと思います。しかしながら、私がしようとしていることは、韓国という国と自己同一をしているナショナリストの精神分析ですから、この批判は当たりません。なお、断るまでもないことですが、韓国人が全員反日的というわけではないし、ナショナリスティックであるというわけでもありません。あくまでも反日的な韓国のナショナリストに対象を限定した分析です。

最後に、原名さんは、私の精神分析までしてくれているけれども、なんだか、ストーカー被害を訴えに来た女性に向かって、「お前は、本当は、自分がもてる女だということを自慢したいだけなんだろう」と言う警官みたいで、かなり的外れです。もちろん女性なら、男性にもてたいと思うでしょうが、だからといって、ストーカーに追い回されるといったことは、表層でも深層でも欲望していないでしょう。私も、日本が韓国が憧れるような国になること自体は、好ましいことだとは思いますが、だからといって、韓国が日本にストーカー行為をするといったことは、表層でも深層でも欲望していません。なお、「ストーカーは何を求めて付きまとうのか」でも書いたことですが、ストーカー行為は、パラノイア的な被害妄想に基づいており、反日的韓国人の日本批判も、ストーカー的性格が随所に見られます。

3. 韓国人が反日病から脱却する方法

■さて、この「書評」の結論部は、こうむすばれる。
「……私は、韓国人の自我に向かって「未来志向の日韓関係」を呼びかける代わりに、韓国人のエスに向かって次のように語りたい。日本コンプレックスに固執する限り、いつまでたっても日本の劣化コピー以上のものになれない。日本など眼中にない独自の発展を遂げる国になって、初めて、韓国は自立した国になれる、と。」
■最後の「日本など眼中にない独自の発展を遂げる国になって、初めて、韓国は自立した国になれる」という箇所は、一片の真理はかたっているとおもう。
■しかし、「自分たち日本人が韓国人にいつも優位にたち、韓国人が劣等感にねざした愛憎なかばする意識にとらわれている」といった独断こそ、「精神分析」にあたいするとと、ハラナはおもう(笑)。

ラカン―鏡像段階」を書いてから、すでに5年以上が経ちました。当時と比べると、日本と韓国の差は、かなり縮まりました。分野によっては、韓国が日本を上回っています。そのため、今年は、日韓併合条約の締結100周年ですが、反日感情は高まっていません。

日韓併合条約の締結から100年となった22日、韓国の聯合ニュースは、サムスンやLGなど韓国を代表する企業が世界市場で日本企業を追い抜いたと指摘、「過去の対日コンプレックスを乗り越え、世界市場で日本企業を負かしたという朗報が、国民に希望を与えている」と伝えた。

韓国では、100年を機にした反日感情の高まりは、特段見られず、関心の対象が日韓間の過去の問題より、未来に向き始めているように見える。

背景には、経済やスポーツが好調なほか、今年11月の主要20か国・地域(G20)首脳会議や、2012年の「核安全サミット」開催国となるなど国際政治における地位も向上、国民の自尊心が満たされていることがある。

[読売新聞(2010年8月23日)日本企業負かしたから…韓国で反日感情高まらず]

韓国が日本を凌駕した事例として、世界最大の電機メーカーとなったサムスン電子や東アジアのハブ空港となりつつある仁川国際空港などを挙げることができます。これらは、たんなる日本の模倣ではないからこそ成功したのであり、韓国人は、将来、こうした成功により、パラノイア的な反日病から脱却できるようになるでしょう。