セーフティネットはどうあるべきか

2016年10月22日

生活保護の水準以下の生活を送っている勤労者がいる反面、ギャンブルや覚醒剤に支給金を使っている生活保護の受給者がいるとか、ホームレスよりも刑務所の受刑者の生活水準の方が高く、刑務所に入るために犯罪に手を染める生活困窮者が続出するなど、日本の社会的セーフティネットには様々な問題が生じている。これらの問題を解決するための方法を考えよう。

image
セーフティネットは、もともとこうしたサーカスなどで使われる安全網を意味したが、そこから転じて安全を保障するもの、安全策という意味で使われるようになった。

1. 現行の生活保護の問題点

日本国憲法は、その第二十五条において、国民の生存権を保障している。

1. すべて國民は、健康で文化的な最低限度の生活を營む權利を有する。

2. 國は、すべての生活部面について、社會福祉、社會保障及び公衆衞生の向上及び增進に努めなければならない。

日本國憲法,第25条

「健康で文化的な最低限度の生活」を保障する代表的な制度は生活保護である。以下のグラフが示すように、長引く不況のおかげで、生活保護の支給対象となっている世帯の割合は、この十年間で確実に増えている。

被保護実世帯数・保護率の年次推移
縦軸の保護率は、被保護世帯数を総世帯数で除したパーミル(千世帯あたりの世帯数)で表している。[国立社会保障・人口問題研究所「生活保護」に関する公的統計データ一覧

厚生労働省によると、2010年10月に生活保護を受給していた世帯数は141万世帯で、統計を取り始めた1951年度以降で過去最高となり、人員でも過去3番目の高水準となった。財政が危機的な状況を迎えている今日、この制度の存続可能性が疑問視されている。

被保護世帯数及び被保護実人員(各月間)
[過去2年間の被保護世帯数及び被保護実人員(各月間)厚生労働省:福祉行政報告例(平成22年10月分概数)

財政的な存続可能性以前の問題として、生活保護の意義を考え直さなければいけないような事例も報告されている。生活保護の支給金は、住宅扶助や教育扶助などを除けば、使い道は特に限定されていない。そのため、支給金をギャンブルや薬物のために使う受給者もいる。TBS が2010年02月27日に放送した報道特集の番組、「パンク寸前!大阪市の生活保護」によると、三人に一人が生活保護を受給している大阪市西成区あいりん地区では、支給日になると賭博所と薬物販売が繁盛するとのことである。

この報道を裏付ける報道がある。2007年10月18日に、生活保護費を受け取ったその足で大阪市西成区に行き、覚醒剤を購入した無職の男二人が、大阪府警に現行犯逮捕された[産経新聞(2007年10月18日)生活保護費で覚醒剤 支給日「心待ち」密売所直行 所持容疑、2人逮捕 大阪府警]。2010年10月6日には、大阪府警が、大阪市西成区にあった、山口組系暴力団が経営する競輪や競艇のヤミ券売り場を摘発したところ、客約100人のうち、少なくとも約30人が生活保護受給者と確認された[朝日新聞(2010年11月20日)競輪のヤミ券売り場、生活保護食い物に 山口組系が経営]。不祥事は西成区に限った話ではなく、石垣市でも、福祉総務課が生活保護費支給日にパチンコ店で立ち入り調査を実施したところ、生活保護受給者11人がパチンコ店に出入りしていたことが分かった[八重山毎日新聞(2010年10月19日)市生活保護費支給日、受給者11人がパチンコ]。

生活保護に関しては、こうした支給金の不適切な利用の他、不正受給、支給金目当ての詐欺的な貧困ビジネス、など様々な問題が起きている。これらの問題は、現金を支給することによって起きるのだから、現金に代えて生命維持に必要な最小限の現物を支給するべきだという提案がある。米国で低所得者向けに配布されているフードスタンプなどは現物支給の一例である。もとよりフードスタンプで買うことができる商品は、一般の消費者と同じなので、低所得者の中には、フードスタンプを換金して、フードスタンプでは買うことができない嗜好品を買う者もいて、現金支給の時と同じような問題を惹き起こしている。私は、この問題を最小化するためにも、以下のような未利用資源利用型社会保険を提案したい。

2. 未利用資源利用型社会保険

現在、日本で生産される野菜の少なからぬ部分が、規格外野菜として廃棄されている。規格外野菜とは、食べられるにもかかわらず、曲っている、キズがついている、色が薄い、太さが足りないなどの理由で、市場に出回らない野菜で、一部はカット野菜や加工食品として流通しているものの、4割程度は廃棄されていると推測されている[All About:規格外野菜ってなんだろう?]。同じことは鮮魚に関しても当てはまる。栄養学的に問題がなく、かつおいしいにもかかわらず、大きさが小さい、あるいは有名な魚ではないなどの理由で、水揚げされる魚の約半分が規格外の扱いを受けている[日経流通新聞(2008年12月17日)食を支える-旬材、規格外・珍魚をネット売買]。

こうした規格外で廃棄されている食料素材を政府が安値で買い上げ、社会保険の受給者に支給してはいかがであろうか。この提案は、私が「社会福祉は必要か」で提唱した民間保険会社の社会保険への参入と矛盾しない。保険会社が直接受給者に現金を支払うことを禁止し、代わりに同額のバウチャーを支給させ、受給者は、そのバウチャーを用いて、好みの規格外食品を購入する。こうすれば、限られた枠内においてではあるが、市場原理が機能するから、特定業者が利権を寡占することはない。高所得者の大半は規格外食品に興味を示さないから、不正利用や換金の問題は起き難くなる。バウチャーだと手続きが煩瑣になると懸念する人もいるかもしれないが、電子バウチャーなら、そうした問題は起きない。

私の提案は、フードバンクに似ているが、フードバンクが、商品化されたものの、包装不備などの理由で商品価値を失った食品が対象であるのに対して、未利用資源利用型社会保険は、商品化される以前に破棄されている食材が対象であるから、未利用資源の利用という点では、より抜本的である。もちろん、フードバンクが対象としている商品も未利用資源であるには変わりなく、社会保険で支給する商品に入れることは可能である。この外、消費期限内の売れ残り、食べ残しを再調理した食品も未利用資源として活用するべきだ。Replate.orgのように、食べ残しをホームレスに与える活動を行っているNGOもあるが、これだと毒物混入等のいたずらを防ぐことができないので、責任者が明確になる仕組みで再利用するべきである。

未利用資源利用型社会保険は、農業支援になると同時に資源の節約にもなる。従来、縦割り行政の弊害であるが、社会保障に関しては厚生労働省が、農業支援に関しては農林水産省が、環境保護に関しては環境省がそれぞれ単一目的の予算を組んで、財政支出を行ってきたが、限られた予算を効率よく使うには、同じ予算の執行が、社会保障にもなり、農業支援にもなり、環境保護にもなるなど、複数の政策目的を実現するように工夫する必要がある。

バウチャーの対象として、リサイクルショップの非贅沢品(ブランド物等を除く)を加えれば、これもリユースの促進になる。サービスに関しては、新人研修サービスが未利用資源となる。もちろん、リサイクルショップで、中古品の販売を装って、覚醒剤のような対象外商品が販売されるといった不正が行われる可能性は排除できない。しかし、電子バウチャーで購入すると、いつどの店でどの受給者IDがどの商品を買ったかが記録として残るから、現金支給の場合よりも不正の摘発が容易である。

現行の生活保護では、住宅扶助は生活扶助とは別枠で支給される。そのため、ゼロゼロ物件に対して上限ぎりぎりの敷金と礼金を申請をするネット制が横行している。これを防ぐためには、各種扶助を一つに統合し、限られた支給金額内でやりくりしなければならないようにすればよい。そうすれば、受給者たちは節約して使うようになる。もっとも、子供に対する教育扶助は、別人格への扶助だから別の保険制度で保障するべきだし、医療扶助は個人によって上限がまちまちなので、別の保険制度を適用するべきだろう。

この制度であれば、貧困が原因で命を落とす者がいなくなる反面、消費の自由が制約を受けるから、国民が勤労意欲を失うこともなくなる。極端な自由主義者は、こうした最小限のセーフティネットすらいらないと主張するかもしれない。たしかに、セーフティネットがなければ、勤労意欲は最大限高まるが、犯罪行為が増えるという副作用をもたらす。それも、刑務所に入るリスクを冒してでも生き延びようと犯罪行為を行う者だけでなく、刑務所に入るために犯罪行為を行う者が増えるという結果が予想される。その兆候は、すでに現在の日本で現われている。

3. セーフティネット化する刑務所

自治体の中には、不正受給防止や財政悪化を理由に、保護申請の受理を消極的に行う「水際作戦」を取るところがでてきた。生活保護がセーフティネットとして機能しなくなると、その代替セーフティネットとして選ばれるのが刑務所である。以下は、先月(2010年12月)に報道された、刑務所に入るために犯罪を行った事例である。

コンビニエンスストアの店員を脅したとして、愛媛県警西条署は7日、住所不定、無職宇田尚容疑者(50)を脅迫容疑で逮捕した。

宇田容疑者は店員に「すみません、びっくりせんと聞いてください。今から強盗するんで警察呼んでください」と話しかけて脅迫したといい、「刑務所から出たばかりで、戻りたかった」と供述しているという。

発表では、宇田容疑者は6日午後6時55分頃、西条市大町のコンビニ店で、男性店員(26)に傘の先端を示して「金を出せ」などと脅した疑い。店内に客はいたが、けがはなかった。

読売新聞(2010年12月8日)「今から強盗、警察呼んで」…刑務所戻りたい男

愛知県警港署は14日、名古屋市港区東海通5丁目、無職相畑幸三容疑者(43)を現住建造物等放火の疑いで逮捕し、発表した。「生活費に窮した。刑務所に入りたかった」と容疑を認めているという。

同署によると、相畑容疑者は13日午後2時20分ごろ、5階建てマンション2階の自宅で布団にサラダ油をまき、ライターで火をつけた疑いがある。この火事で、布団が燃えたり壁が焦げたりしたが、けが人はなかった。相畑容疑者は同日午後7時半ごろ、近くの交番に出頭。同署の調べに対し、家賃を滞納しており、「生活費に窮して火をつけた」などと話しているという。

朝日新聞(2010年12月15日)「刑務所に入りたかった」自宅に放火容疑、無職の男逮捕]

刑務所を出た1週間後に、パトカーに十円硬貨で傷をつけたとして器物損壊罪で起訴された男(56)に、山口地裁(鳥飼晃嗣裁判官)は27日、求刑通り懲役1年6月の判決を言い渡した。男は公判で「社会復帰して生活する気はない」と話していた。弁護人は「被告が長期間の受刑を望み、(出所後に)重大な犯罪をしなければいいのだが」と懸念している。

検察側は公判で「被告は過去にも2度、刑務所に入る目的で強盗や器物損壊をやった」と指摘。男は「刑務所では仕事も食事も与えられ、誰にも遠慮せず堂々と生活できる」と話した。

西日本新聞(2010年12月27日)山口地裁、刑務所志願の男に実刑「社会復帰する気ない」]

2002年に発覚した名古屋刑務所での受刑者に対する暴行・殺人事件をきっかけに行刑改革推進委員会が発足し、法務省は、その委員会を通じて受刑者の要望などを聞き、処遇の改善を進めてきた。その結果、日本の刑務所は、三食が保証され、職業訓練が受けられるのみならず、受刑者が、各部屋でテレビを見たり、図書館で雑誌や新聞を読んだり、様々なクラブ活動に従事したりすることができる快適な空間となってしまった。だから、出所後も、刑務所に戻るために再犯を繰り返す受刑者が後を絶たないのである。

日本は、欧州連合(EU)などから死刑制度を廃止するように要求され、亀井静香を会長とする死刑廃止議連は、死刑に代わって終身刑を創設しようとしたことがあった。だが、刑務所への長期入所を希望する者がたくさんいる日本において、死刑を終身刑で代替すると、「一生刑務所に入れてくれ!」と叫びながら無差別大量殺人をする生活困窮者が続出するという由々しき事態の発生が懸念される。日本の刑法では、死刑と無期懲役とを分ける境界線は明確ではなく、そのため、死刑を回避して、刑務所に長く居たいという人には、軽い犯罪を繰り返すという手段しかなかったが、極刑が終身刑になると、刑務所に終身雇用を求めている人は、安心して重犯罪を敢行することができるようになる。

4. 刑務所のセーフティネット化を防ぐ方法

刑務所への入所希望者を減らす方法は、二つある。一つは、刑務所の外部に、遺漏のないセーフティネットを張ることであるが、これについては、すでに述べた。もう一つは刑務所の内部を快適な空間にしないことである。イスラム圏で今でも行われている鞭打ち刑を導入すれば、誰も受刑を望まなくなるが、こうした野蛮な刑の導入に日本のような先進国の人々は同意しないだろう。ミシェル・フーコーが指摘した[Foucault:Surveiller et Punir]ように、刑罰は、肉体を苛める報復的な刑から犯罪者を社会復帰させるための訓育的な刑へと進化するのが時代の流れであり、私もこの流れを否定するものではない。犯罪者といえども、人間は人的資源であり、人的資源を鞭打ちなどで毀損させるよりも、社会に役立つように矯正する方が、社会にとって生産的である。

本稿の主題は「セーフティネットはどうあるべきか」であって「刑罰はいかにあるべきか」ではないので、詳しくは論じないが、刑罰を科す目的は、報復ではなくて、損害賠償と再発防止のための矯正である。従来、損害賠償は民事裁判で、矯正は刑事裁判で重視さてきたが、刑事罰にも損害賠償の原理を導入してはどうだろうか。犯罪者は社会に損害を与えているのだから、責任能力が問える場合には、その損害および矯正のためのコストを受刑者が金銭で賠償することは道理にかなっている。

法務省は「矯正処遇の適正な実施」のために710億円、「更生保護活動の適切な実施」のために120億円を平成21年度に支出している[法務省における予算及び決算について政策ごとの予算との対応について]。犯罪者は、その犯罪によって社会に損失を与えているのにもかかわらず、その損失を賠償するどころか、逆に自分の矯正や更生のために税金を使っている。これはまことに不条理なことである。犯罪者に資産がある場合は、それで賠償することができるが、ない場合は、刑務所での労働で費用を支払うことができるようにするべきだ。

こう言うと、受刑者の刑務所作業収入では、損害賠償どころか、刑務所運営の経費の相殺にすらならないと反論する人もいるだろう。たしかに、平成21年度における矯正官署作業収入は47億円であるから、赤字である[法務省:一般会計歳入予算概算]。しかし、これは、受刑者に木工、洋裁、金属、革工といった付加価値の低い労働をさせているからであって、付加価値の高い労働に従事させれば、黒字にすることは可能である。そして、刑務所作業の付加価値を高めようとするならば、刑務所ゆえに競争力を持つ仕事を見出さなければいけない。

そのような仕事の代表は、情報機密を要求される仕事である。入学試験の印刷は古典的な例だが、2005年に個人情報保護法が施行されて以来、企業の顧客情報管理が厳しく問われるようになり、個人情報を扱う業務のアウトソーシングに対する対価は高くなる傾向にある。これは、刑務所にとっては大きなビジネスチャンスだ。普通の企業は、個人情報漏洩を防ぐために、従業員を24時間監禁して管理するといったことはできないが、刑務所ならそれができる。といっても、公営の刑務所に不慣れなビジネスを始めさせる必要はない。機密事業を扱っている企業に刑務所業務を委託すればよい。もちろん、市場原理が機能するように、参入は自由にするべきだし、受刑者にも刑務所を選ぶ自由が与えられるべきである。

日本でも、2007年以降、美祢社会復帰促進センターのような半官半民の刑務所が作られたが、刑務所の民営化に関しては、米国の方が先を行っている。民営刑務所は、1990年に米国には五ヶ所しかなかったが、10年間で百ヶ所以上に膨れ上がった。堤未果によれば「この新しいビジネスの急激な拡大をもたらした背景には、1990年代に盛り上がった自由市場至上主義の熱気と、連邦および州政府の財政難の二つがある」[堤未果:ルポ 貧困大国アメリカ II, p.161]。堤は、刑務所ビジネスの拡大が低賃金搾取労働の温床になっているとして、自由市場至上主義を批判しているが、低賃金搾取労働を解消する鍵は、むしろ市場原理にある。堤が指摘するように、刑務所ビジネスが儲かるビジネスで、参入企業が増えてくるならば、刑務所における労働市場は売り手市場となり、企業側は囚人労働者の待遇を改善せざるをえなくなる。

しかし、実際には、そうはならなかった。刑務所の数と同時に囚人の数まで増えたからだ。堤は「過度な市場原理が支配する社会では、政治と企業はとても仲が良い」[堤未果:ルポ 貧困大国アメリカ II, p.194]と言って、企業が低賃金搾取労働を続けるために、政府が囚人の数を増やしていると推測しているが、囚人の数が増え出したのは1970年代の後半からで、刑務所が民営化されたから囚人が増えたのではなくて、囚人が増え出したから公営の刑務所だけでは追いつかなくなったというのが現実である。もちろん、政府が企業と癒着するということはありうることだが、政府が特定業者と癒着することによって起きる弊害は、政府が自ら企業活動をすることによって起きる弊害と同じ種類のもので、社会主義経済の悪弊である。市場原理の欠如によって起きる問題を市場原理が原因で起きる問題と混同してはいけない。

5. 安心と公平さの両立

セーフティネットという言葉は、本来、サーカスなどの演技者が、誤って落下しても命を落とさないように下に張ってある安全網のことを指している。日本の社会的セーフティネットは、かなり高い位置に不完全に張ってあるため、一方で演技の邪魔になっている反面、他方で網にかからないまま地面にたたきつけられて死亡する者が出ているというありさまである。

この問題を解消するためには、高い位置にある不完全な安全網を撤去し、低い位置に強固な安全網を張らなければいけない。具体的に言うならば、年金や雇用保険といった中途半端な社会保障を廃止し、雇用を守るという大義名分の下に競争力のない産業を保護することを止め、経済を自由化すると同時に、本稿で提案した方法で最低限の生存権を保障することを提案したい。

また、サーカスに成功した者が、失敗した者よりも低い位置にいることもあってはならない。日本国憲法第27条は、勤労を日本国民の義務と定めている。だから、働いている者の生活水準が、働かない生活保護受給者の生活水準よりも下であってはならない。また、犯罪者が、法律を遵守している者よりも利益を受けるということもあってはならない。要するに、

勤労者の生活水準>社会保険適用者の生活水準>受刑者の生活水準

という不等式が成り立たなければいけない。私が本稿で提案した、未利用資源利用型社会保険、刑事裁判への賠償制度の導入、刑務所の民営化は、一方で最低限の生存権を守りつつ、他方でこの不等式をも維持するための制度である。