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不定積分とは何か

2012年6月10日

不定積分とは、下端が定数で上端が変数の積分であり、たんに原始関数を求めるだけの原始積分とは区別されるべきである。また、原始積分に含まれる原始積分定数と不定積分の下端が作りだす不定積分定数も区別されるべきである。積分は微分の逆演算とよく言われるが、これは数学的には間違いである。原始関数の集合と非積分関数の集合との対応関係は一対一ではなく、多対一であるから、逆写像の関係は成り立たない。微分と積分は分析と総合の関係にあり、導関数は元の関数の情報の一部しか持たないので、それだけで全体の情報を復元することはできない。

Image by Peggy und Marco Lachmann-Anke from Pixabay modified by me

1. 不定積分に対する従来の説明

不定積分とは何か。これに対する私の答えを出す前に、まずは、従来、不定積分がどのように説明されてきたかを確認しよう。説明の仕方は説明者によってまちまちだが、私が観察するところ、以下のようのものが多い。

不定積分(indefinite integral)とは、微分することで所与の導関数が得られるという条件を満たすすべての関数またはその関数を求めることと定義され、原始積分(primitive integral)とも呼ばれる。また、その関数は、もとの導関数に対して原始関数(primitive function)あるいは、英語圏では、逆導関数(antiderivative)と呼ばれる。これに対して、導関数の方は、積分される関数という意味で、被積分関数と呼ばれる。

定数は微分するとゼロになるので、原始関数を復元する時には、導関数(被積分関数)ではゼロとなっている任意の積分定数 C を加えなければならない。すなわち、被積分関数 f(x) の原始関数を F(x) + C とすると、数式1 が成り立つ。

f(x)=\frac{d}{dx}\left (F(x)+C \right ) \Leftrightarrow \int f(x) dx=F(x)+C

原始関数 F(x) + C を微分すると被積分関数 f(x) となり、被積分関数を積分するともとの原始関数となることから、微分と積分は逆演算の関係にあると言われることがある[1]。この逆演算の関係を明示するのが、以下の微分積分学の基本定理(fundamental theorem of calculus)であるというのだ。すなわち、f(x) を閉区間 [a, b] で定義された連続関数とし、F(x) を閉区間 [a, b] で連続で、開区間 (a, b) で微分可能な原始関数とする。この時開区間中のすべての x に対して、

\frac{d}{dx}\int_a^x f(t)dt = f(x)

という式が成り立つ。この基本定理に基づいて、下端が定数(a)で、上端が変数(x)の積分を不定積分と同一視する人もいる[2]。他方で、そうでない人もいて、この点に関しては、解説者によって意見が分かれる。

積分記号を使った原始関数の定義の方法は、その見解の相違に加えて、積分定数を付けるかどうかによって以下の四通りが考えられる。

\int f(x) dx
\int f(x) dx + C
\int_a^x f(x) dx
\int_a^x f(x) dx + C

数式5, 6 における下端の a を省略する表記方法もあるが、下端が定数であることには変わりがないので、式としては同じである。

2. 不定積分と原始積分は区別するべきである

以上のような従来の不定積分の説明に混乱があることは、積分記号を使った原始関数の定義の方法が複数あるところに表れている。もちろん、どれも微分すれば同じ被積分関数になるのだが、どれでもよいということはない。四つあるうち特に問題なのは、数式5 で、ウィキペディア日本語版でそのような記述がみられる[3]

数式5 の積分を実行すると、

\int_a^x f(t)dt =\left [ F(t)+C \right ]_{a}^{x}=\left ( F(x)+C-(F(a)+C)  \right )=F(x)-F(a)

となるが、ここで -F(a) を積分定数 C とみなせば、たしかに、F(x)+C という形になる。しかし、これでは原始関数のすべてを表せない場合がある。例えば、余弦関数を積分する場合、

\int_a^x cos\theta\,  d\theta =\left [\,  sin\theta+C\,  \right ]_{a}^{x}=sinx-sina

となるが、-sina は、a が何であれ、

-1\leq -sina \leq 1

というように変域が制限されるので、任意の積分定数を表すことはできない。

こうした混乱を防ぐためにも、私は不定積分と原始積分を区別することを提案したい。すなわち、原始積分はたんに原始関数を求めるだけの積分と定義する。

\int _{P}  f(x) dx = F(x) + C

“P”という添え字は、原始積分であることを強調する記号で、もちろん省略してもよい。その場合、数式3 の定義と同じになる。

他方で、不定積分を下端が定数で上端が変数の積分と定義しよう。

\int_a^x f(t) dt=\left [ \int _{P}  f(t) dt \right ]_{a}^{x} = \left [F(t) + C  \right ]_{a}^{x}=F(x)-F(a)

下端が変数で上端が定数の積分や両方とも変数の積分も広義の不定積分と呼んでもよいが、微積分学の基本定理(数式2)ゆえに狭義の不定積分が最も重要である。

数式11 で、変数 x の代わりに定数 b を代入すれば、定積分となる。そこからわかるように、原始積分は不定積分においても定積分においても同様に使われる要素的な積分である。

3. 積分定数には二種類がある

従来、積分定数と呼ばれてきたものは、原始積分において加えられる定数であるが、これと不定積分の下端が作り出す定数は、概念的に区別されるべきである。そこで、前者を原始積分定数、後者を不定積分定数と名付けることにしよう。原始関数を微分する時、微分によってゼロになるのは原始積分定数であるが、微分積分学の基本定理で、微分によってゼロになるのは不定積分定数で、原始積分定数は、微分する前に相殺されて、ゼロとなっている。

\frac{d}{dx}\int_a^x f(t)dt =\frac{d}{dx} \left [ F(t)+C \right ]_{a}^{x}=\frac{d}{dx}\left ( F(x)+C-(F(a)+C)  \right )=\frac{d}{dx}(F(x)-F(a))=\frac{dF(x)}{dx}= f(x)

二つの積分定数の違いを、グラフで確認しよう。以下の図1 は、

\frac{dy}{dx}=x^{2}-x-2

という微分方程式の解を方向場(direction field)として表したもので、三本の解曲線が例示されている。

image
y’=x2-x-2 の方向場と三本の解曲線。[4]
青色のグラフ、茶のグラフ、青緑のグラフの関数は、それぞれ

y=\frac{1}{3}x^{3}-\frac{1}{2}x^{2}-2x+4
y=\frac{1}{3}x^{3}-\frac{1}{2}x^{2}-2x
y=\frac{1}{3}x^{3}-\frac{1}{2}x^{2}-2x-4

で、原始積分定数だけが 4 ずつ異なっている。これに対して、不定積分定数は下端における値で、三本の解曲線では異なる値を取る。しかし、下端を 2、上端を 3 とすると、どの解曲線においてもその区間における積分(赤い線分の長さ)は同じであることが見て取れる。

4. 不定積分は微分の逆演算ではない

従来の説明でよく見かけるもう一つの間違いは、不定積分あるいは私が定義した意味での原始積分を微分の逆演算とみなすことである。数学における逆演算(inverse operation 逆操作)とは、逆写像(inverse mapping)を行う演算で、したがって、微分と積分が写像と逆写像の関係になっているかどうかが問題となる。

今、f は、集合 X の元を集合 Y の元にマッピングする写像であるとする。

f\colon X \to Y

この写像が全射(surjection)かつ単射(injection)の全単射 (bijection) 、すなわち、X から Y への一対一かつ上への写像であるなら、

f^{-1}\colon Y \to X

という逆写像を持ち、写像と逆写像を合成すると、

(\forall x) \left (x\in X \wedge f^{-1}\left( \, f(x) \, \right) = x  \right )

という全称命題が成り立つ。例えば、f が 0 以外の数による割り算で、f -1 が 0 以外の数による掛け算なら、この全称命題が成り立つので、両者は逆演算の関係にあるということができる。

集合 X を原始関数の集合、集合 Y を被積分関数の集合とすると、f は微分、f -1 は積分に相当する写像ということになる。ある関数を積分してから微分すると元に戻るが、微分してから積分しても元の関数には戻らない。つまり、この全称命題(数式19)は成り立たないということである。これは、原始関数の集合と被積分関数の集合とが一対一対応ではなくて、多対一対応であることによる。

一対一対応は情報保存的(information-preserving)であるが、多対一対応は情報喪失的(information-losing)である。被積分関数を積分する時、原始積分なら原始積分定数、すなわち初期値の情報が、不定積分ならそれに加えて不定積分定数、すなわち下端の情報が必要である。これらの情報は、微分の際に失われている。しかし、もしもこれらの情報を得ることができるなら、微分してから積分しても元の関数を復元することができる。

微分と積分は、逆演算の関係にはないものの、分析と総合の一種であり、逆方向の認識作業であるということは言える。微分が全体を要素へと分解するのに対して、積分はそれらを全体へと再統合する。カントの分析判断と総合判断を引き合いに出すまでもなく、総合されたものは分析されたものよりも多くの情報を持つ。一般的に積分が微分よりも難しいのも、前者が後者よりも多くの情報を必要としているからであろう。

積分法は、古代ギリシャにおける取り尽くし法を起源とし、微分法とは独立に開発されたが、面積が未知の図形を面積が既知の要素へと分割することで全体面積の複雑性を縮減しようとする試みは、完全には成功しなかった。昔のシステム論者なら「全体は部分の総和以上である」というホーリズムの命題を唱えてあきらめたかもしれない。しかし、要素還元主義自体が間違っているわけではなく、全体を可視的な部分の総和以上にしている不可視の要素、すなわち関数の確定性を十分利用していなかっただけのことである。

積分の計算は、ジェームズ・グレゴリー、アイザック・バロー、アイザック・ニュートン、ゴットフリート・ライプニッツが、微分積分学の基本定理を完成させたことで、容易になった。図形の境界線を形成する関数を面積の変化率と認識し、面積をその変化率の蓄積と扱うことで面積計算を可能にしたのである。積分法は、面積のみならず、あらゆる変数と関数値の積の計算に応用されるようになった。微積分学は、全体を要素へと分解し、それらを再び全体へと組み立てるデカルト的な要素還元主義の成功例となったのである。

5. 参照情報

  1. 青本 和彦, 砂田 利一.『微分と積分1 - 岩波講座 現代数学への入門 1』 岩波書店 (October 5, 1995). p. 107.
  2. 黒田 成俊. 『微分積分 - 共立講座 21世紀の数学 1』 共立出版 (September 1, 2002). p. 145.
  3. Wikipedia. “不定積分." 2012年5月24日 (木) 02:39.
  4. Pbrks. “Slope field of the equation dy/dx=x^2-x-2." 6 June 2008. Licensed under CC-0.