9月 142012
 

フォーラムから“なぜ日本のサイエンスライターは地位が低いのか”を転載します。

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米国では、一般向けの科学雑誌が昔から人気がある。画像は、将来の美容院を想像した 1939年の雑誌の表紙。Marvel Science Stories for April-May 1939.

投稿者:永井俊哉.投稿日時:2012年9月14日(金) 00:13.

サイエンスライターの竹内薫は、一般の日本人が科学技術に関心を持っていない現状を嘆いている。

科学嫌いが日本を滅ぼす―「ネイチャー」「サイエンス」に何を学ぶか (date) 2011年12月20日 (page) 215-216 (author) 竹内薫 さんが書きました:

一般の人々は科学に(あまり)興味を示さず、また、科学者の多くも啓蒙活動を小馬鹿にしていて、健全なコミュニケーションが失われている。科学関連予算は減り続け、モノ作りの力は弱まっている。社会全体として、いざという時にも、科学的かつ合理的な判断よりも扇情的な発言ばかりがちやほやされる。

科学を愛し、20年間、「科学応援団」として生きてきた私は、そんな歪んだ日本の科学に対して忸怩たる思いを抱き続けてきた。正直、「バカヤロー!」と叫びたい気持ちだったのである。

「扇情的な発言」を批判している当の本人が「バカヤロー!」と「扇情的な発言」をしている矛盾はともかくとして、「一般の人々は科学に(あまり)興味を示さず、また、科学者の多くも啓蒙活動を小馬鹿にしていて、健全なコミュニケーションが失われている」というのは事実である。

科学嫌いが日本を滅ぼす―「ネイチャー」「サイエンス」に何を学ぶか (date) 2011年12月20日 (page) 140-141 (author) 竹内薫 さんが書きました:

アメリカでは一般向けの科学雑誌の売れ行きがすこぶる良い。堅めのサイェンティフィック・アメリカン誌でさえ、アメリカ国内だけで約50万部という部数を誇るし、それより柔らかい中身のポピュラー・サイエンス誌やディスカバリー誌は、さらに部数が多い。

駅や空港の売店で大勢の一般人が、気楽に科学雑誌を買い求める姿は、日本やイギリスには見られないものだ。

科学技術の大衆化は、アメリカが「移民」の国として発達してきたことと無縁ではないだろう。言葉も文化も宗教も違う人々が国を支えて繁栄するためには、一致団結できる価値観、いいかえると共通の土台が必要だ。私は、アメリカの場合、その共通項が科学技術だという気がしてならない。アメリカは若い国だ。ゼロから国を作るために必要なのは、なんと言っても最新の科学技術だったのである。

先日、ニューズウィーク(デジタル)のテレビCMを見ていたら、コンテンツ紹介で、政治や経済よりもサイエンスが先に出てきて驚かされた。日本でニュース雑誌のコンテンツを紹介するときに、一番最初に科学が来ることはありえない。科学技術やエネルギーという「土台」がしっかりしていて初めて、経済や政治が動くのだということをアメリカは良く知っている。

個人的な経験になるが、数年前、取材の仕事でアメリカを訪れたとき、眩暈に似た感覚を昧わったことがある。空港の入国審査官に職業を訊かれたので「サイエンスライターです」と答えたとたん、それまでむっつりと不機嫌そうに見えた係官が、にっこり微笑んだのだ。「うらやましいなあ。いい仕事だ。私も毎週、科学雑誌を何冊も読んでるよ。いい旅を!」。係官の尊敬のまなざしに私は衝撃を受けた。

日本では、サイエンスライターといえば、科学者からは疎んぜられ(アポを取って取材に行ったら留守だとか!)、ノンフィクション作家の仲間にも入れてもらえず、新聞記者や編集者には原稿をいじくり回され、ようするに「作家」という扱いは受けられない。

私は、アメリカの空港で、まるで、奴隷の身分から解放されたかのような、嬉しくもあり、悲しくもある、複雑な心境に陥ってしまった。たしかにアメリカの平均的な科学リテラシーは高くないかもしれないが、一般の人々は科学が好きだし、信頼し、尊敬している。日本との決定的な差である。

IEA(国際教育到達度評価学会)の調査からもわかるように、日本の小中学生は、数学(算数)や理科の学力とういう点では米国よりも上だが、数学(算数)や理科への興味あるいは重要性の認識という点では、米国以下である[国際比較結果の概要(PDF:10,943KB) (media) 国立教育政策研究所]。この米国と「日本との決定的な差」は何によって生まれるのか。竹内は、米国が移民の国であることを理由に挙げているが、これは疑問である。ブラジルも移民の国だが、科学技術に対する関心が高いと言えるだろうか。

米国人が日本人よりも科学リテラシーが低いにもかかわらず、科学への関心が高いのは、米国では日本よりも一般人が科学技術にそれだけ直接的に関与しているからであろう。それは、基礎的な科学に関しても応用的な技術に関しても言える。

基礎的な科学研究はすぐには実益に結びつかないので、日米とも研究者は政府の補助金に依存している。米国では、科学者は補助金がタックス・ペイヤー(納税者)の金であることを自覚しており、予算を正当化するために、自分たちの科学研究の成果を納税者に知ってもらおうとする。だが科学者は必ずしも解説者としては優れてはいないので、先端科学を一般人に分かりやすく解説するサイエンスライターが重要な役割を果たすことになる。

これに対して、日本の科学者は、補助金はお上からもらうものという意識が強く、自分の研究を一般の人に知ってもらおうという熱意が薄い。だから、サイエンスライターを飯に集る五月蠅いハエ程度にしか感じていない科学者が多いのである。日本の納税者の圧倒的多数は、税金の使い道を政治家や官僚に任せきりであり、関心を持たないのだから仕方がない。

科学を応用した技術は、実益に結びつくので投資の対象となる。米国では日本とは異なり、間接金融よりも直接金融が主である。個人の投資家は、成長産業の鍵となる先端的な科学技術にいち早く投資しようとして、その動向に関心を持っている。もっとも、先端的な科学技術は門外漢にはなかなか理解できない。だから、それをわかりやすく解説してくれるサイエンスライターの存在が重要となる。

これに対して、日本の個人は投資には熱心ではなく、余裕資金の大半を銀行に預けている。もちろん、銀行に預けた金が何に融資されているかといったことには関心がない。預金は預金保険によって守られているのだから、そのようなことを心配する必要はないのである。日本の市場にはハイテク銘柄が多数あるが、それらに投資しているのは、主として外国人投資家である。だから、一般的な日本人は、先端的な科学技術には関心を持たない。

要するに、日本人は、税金の使い方は政府に任せ、資産運用は銀行に任せ、自分の金がどう使われているのか関心を持たない。日本のテレビのニュース番組を見ればわかる通り、平均的な日本人が興味を持つのは、スポーツや芸能や三面記事的な社会事件であり、政治や経済に対する関心は低く、科学技術に対する関心はさらに低い。このような社会でサイエンスライターのステイタスが高いはずがない。

竹内は、科学技術に対する無関心が、教育現場における理科離れをもたらし、日本を衰退させていると嘆いている。

科学嫌いが日本を滅ぼす―「ネイチャー」「サイエンス」に何を学ぶか (date) 2011年12月20日 (page) 12 (author) 竹内薫 さんが書きました:

誰もが科学技術にそっぽを向いている状況では、当然のことながら、エンジニアとして活躍する人の母集団が小さくなる。本来、日本のもの作りを支えるはずだった優秀な人材の多くが、金融やサービス業などに流れてしまい、もの作りがダメになる。それが世界的な趨勢であれば、しかたないかもしれないが、欧米諸国では、科学技術の凋落は見られないし、お隣の韓国や中国にいたっては、国をあげて製造業をもり立てている状況だ。日本だけが競争から退場しつつあるのだ。

小学校で「日本は資源がないから、資源を輸入して、技術力で加工して輸出するしか、栄える手段がない」と教わった憶えがあるが、いつのまにか、日本人の多くはその原点を忘れてしまったかのようだ。

日本が科学技術を軽視し、国際社会の中での長期低落の坂を転げ落ちようとしているのに、このまま手をこまねいて見物しているわけにはいかない。

たしかに、日本の高校生が理工系学部を敬遠するなどの理科離れが進んでいる。政府は理科離れを防ごうと科学館で子供たちの理科への興味を高めるイベントを開催するといったことに税金を使っているが、対策としては的外れである。理科離れの主要因は、子供たちが数学や理科に関心を持たないというところにあるのではない。その証拠に、医学部は理系だが、かつてないほどの大人気なのである。

なぜ医学部は人気なのに、理工系の学部は人気がないのかを考えれば、理科離れの本当の理由がわかる。理工系の学部を卒業して、製造業に就職すると、厳しい国際競争の中で戦わなければならない。これに対して、医療は規制と補助金で守られた保護産業であり、日本医師会が強い政治力を持っていることから、この特権は当分廃止されそうにない。だから、この業界に入れば、高報酬が一生期待できる。文系学部が人気なのも同じ理由である。公官庁、マスコミ、金融などの保護産業で甘い汁を吸いたいというのが本音である。

日本には国際競争力のある産業とそうではない保護産業の二種類があり、両者は宿主と寄生者の関係にある。宿主産業よりも寄生産業に就職した方がおいしい生活を享受できることは言うまでもない。しかし、すべての人が寄生産業に就職するということは不可能である。宿主産業が崩壊すれば寄生産業も崩壊する。これを防ぐには、すべての産業に市場原理を導入して、寄生産業を一掃しなければならない。

竹内は、しかしながらそういう発想を持たない。最後の章では、3.11(2011年3月11日に起きた福島第一原子力発電所事故)に関して、独占企業の東電を擁護する議論を延々と続けている。「社会全体として、いざという時にも、科学的かつ合理的な判断よりも扇情的な発言ばかりがちやほやされる」という発言も東電叩きを念頭に置いたものである。その一部を紹介しよう。

科学嫌いが日本を滅ぼす―「ネイチャー」「サイエンス」に何を学ぶか (date) 2011年12月20日 (page) 182-183 (author) 竹内薫 さんが書きました:

日本ではほとんど議論されないが、なぜ、最先端技術で食っている国が、1970年製の原子炉をいまだに一線で使っていたのか、考えてみると不思議だ。40年前に作られた飛行機に私たちは乗らない。うちの中を見回しても、40年前の電化製品は皆無に近い。カメラもデジタルになり、パソコンが生まれ、この40年で科学技術は大幅に進歩した。なぜ、国の根幹である電力をつくる施設が、40年前のままなのだ?

それは一言でいえば、この40年、原子力が「タブー」であり続けたからだろう。日本の原発は、「原発利権」を声高に叫ぶ脱原発・反原発市民団体と、事故ばかりを取り上げて報道するマスコミの姿勢により、まともな議論は阻害されてきた。

原発利権が存在しないとは言わないが、石油利権に比べたら、微々たるものだ。石油を燃やしているのに「クリーン」だというイメージを植え付けるテレビCMをご覧になったことがあるだろうか。ちょっと考えれば、石油を燃やしてクリーンなはずがない。でも、有名人の笑顔で、ほとんどの人は、石油でもクリーンだと洗脳されてしまう。それと比べたら、原発は、そもそも民放テレビで(石油と同じような)イメージCMを流すことすら許されていない(民放テレビの自主規制なのだそうだ)。

原発はこの国で常にタブーであり続けてきた。そして、国民は、その原発で作られた電気を自由に使い続けてきた。電力各社も、そういった国民の雰囲気をどうすることもできないまま、新規予算や新規原発の提案により、脱原発・反原発市民団体とマスコミの集中砲火を浴びないよう、まさに腫れ物に触るような対応を強いられてきた。安定した電力がなければ、国の経済は破綻する。そんな簡単なことも、誰も考えようとせず、ひたすら原発をタブー視してきたのである。

電力会社が原発推進のためのテレビ・コマーシャルを自粛し出したのは、3.11以降のことであり、それ以前は行われていた。また、3.11以前は、脱原発派の力は強くなく、新規予算が組めなくなったり、原発の改善が阻害されたりすることはなかった。3.11以前のテレビ番組は、地球温暖化防止のキャンペーンを大々的に行っており、2009年に発足した民主党政権も、温室効果ガス削減のために原発推進を打ち出していた。だから、タブーだったとは言えない。では、なぜ福島第一原子力発電所が40年以上も使われ続けたかといえば、それは廃炉の費用が高くつくので、できるだけ長く使いたかったからと考えるのが合理的である。平成8年4月に資源エネルギー庁が作成した「高経年化に対する基本的な考え」には、原発を60年間使い続けることが書かれており、耐震性も問題がないと書かれている[p.20-21]。

それにしてもなぜ竹内はこれほどまで東電を擁護するのだろうか。「竹内薫のプロフィール」を見ると、2002年から東京電力「都市・くらしとエネルギー研究会」委員とある。竹内は、

科学嫌いが日本を滅ぼす―「ネイチャー」「サイエンス」に何を学ぶか (date) 2011年12月20日 (page) 184 (author) 竹内薫 さんが書きました:

念のため言っておくが、私は、常に中立の立場から「科学」をよりどころに発言する姿勢を崩さぬよう、自分の収入にシーリングを設けている。具体的に言えば、特定の業界からもらうお金(原稿料、講演料など)が全収入の3%を超えないように努力している。よく、「原発利権でみんな買収されている」というデマがあるが、少なくとも、私の発言に関しては、科学的な知見だけがよりどころであり、利権とは無縁であることは、わかっていただきたい。

と言っているが、あまり説得力はない。竹内はこのほか、事業仕分けを批判し、科学技術に対する政府の支出を減らすべきではないと主張している。科学技術への投資を積極的に行うべきだという主張には賛成であるが、税金を原資とした政府による投資という従来の方法にこだわるべきではない。政府の仕事を減らし、減税を行い、民間で科学研究への寄付や技術開発への投資が行われるようにするべきである。

竹内は、3.11をきっかけに高まった原発への批判を科学に対する無知に起因すると見ているが、私は、これまで何でもかんでもお上に任せていた日本国民がその弊害に気付くきっかけを与えた出来事として肯定的にとらえている。市場原理を徹底し、大きな政府から小さな政府へと構造を転換しなければ、学生の理科離れも、国民の科学技術に対する無関心も、日本の製造業、ひいては日本全体の衰退も、そして竹内の関心事であるサイエンスライターの地位の低さも改善しないだろう。

Re: なぜ日本のサイエンスライターは地位が低いのか

投稿者:ペンペン.投稿日時:2012年9月17日(月) 09:58.

『Newton』の竹内編集長かと思ったら、人違いでした。(これは冗談)

永井俊哉 さんが書きました:

だから、サイエンスライターを飯に集る五月蠅いハエ程度にしか感じていない科学者が多いのである。日本の納税者の圧倒的多数は、税金の使い道を政治家や官僚に任せきりであり、関心を持たないのだから仕方がない。

日本の納税者の多数が、税の使い道に関心を持たない原因のひとつは、所得税の年末調整制度の存在でしょう。毎月の給料からの源泉徴収ならば、諸外国にも存在するのですが、私企業に対して、従業員個人の一年間の所得税額の計算までさせる国は、少なくとも西側先進国の中には存在しません。
従業員の中には、「結婚しているのか」「子どもがいるのか」等の個人情報を、勤務先に知られたくない人もいるでしょう。これは一種の人権侵害なのですが、「憲法違反ではない」とする裁判所の判例があるため、行政訴訟を起こしても勝ち目はありません。

Re: なぜ日本のサイエンスライターは地位が低いのか

投稿者:永井俊哉.投稿日時:2012年9月17日(月) 12:44.

日本と米国では国の成り立ちからして異なります。アメリカ独立戦争はボストン茶会事件をきっかけに起きており、米国人は国家権力をあまり信用していません。だから、政府支出の肥大化を批判するティーパーティ運動が今でも起きたりするのです。日本では、企業の従業員が確定申告をしなくてもよいから、国民にタックスペイヤーとしての自覚が生まれないといった議論をよく耳にしますが、全員に確定申告をさせることで意識が変わるというような表面的な問題ではないでしょう。お上にお任せする性向はもっと根深いもののように思われます。

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  2 コメント

  1. 私は就職活動中の大学3年生です。私は日本の技術や、テクノロジーに文系出身ながらも関わりながら仕事をしたいと思い、テレビ、新聞やコンサルティング会社の選考を受けようかと考えておりました。しかし、永井さんの記事を読んで、まだ日本ではメジャーではない「サイエンスライター」という仕事がもっとも自分の希望の職種に近いのではないかと思いました。勉強不足のままメールをして申し訳ない気持ちでいっぱいですが、サイエンスライターになるためのアドバイスを頂けたら幸いです。

  2. 著名サイエンスライター(ライターというよりもむしろ作家)の場合、自然科学系の大学院に進学したものの、研究職に就けず、ジャーナリズムに転身するというケースが多いようです。現在、就職できないポスドクは多いので、この分野の競争も激しいようです。

    本文で取り上げた竹内薫さんも、マギル大学で博士の学位を取得したものの、帰国後寄稿した原稿が、改竄・修正され、『「相対論」はやはり間違っていた―アインシュタイン 理性を捨てさせた魔力』という疑似科学本に不本意に掲載された結果、疑似科学の擁護者と誤解されて非難され、研究職を断念して、サイエンスライターになったとのことです。

    日本には、作家レベルのサイエンスライターとは別に、フリーランスの“何でもライター”が、サイエンスライターを名乗って仕事を請け負うということがあり、この場合、出自は問いません。もちろん、この場合でも、自然科学系のバックグラウンドがあれば、サイエンスライターの仕事をもらう上で有利です。ただし、誰でも簡単になれる代わり、収入と地位は低く、職業としてはかなりリスキーです。

    馬さんの場合、企業に正社員として就職し、そのうえで、サイエンスライター的な仕事をしたいということですね。テレビ、新聞やコンサルティング会社にそうした専門職種はありますが、自然科学系の学部、大学院の出身者が有利で、文系大学生には不利です。

    そこで、純粋なサイエンスやテクノロジーではなくて、ビジネスと科学技術の両方にまたがる分野に狙いを定めてはどうでしょうか。例えば、株式会社日経BPのように、ハイテク業界への取材が多いビジネス系の出版社なら、文系大学生にとっても比較的入社の敷居が低く、かつサイエンスライター的な仕事にも従事できるチャンスがあります。テレビ局や新聞社に就職する時も、「ハイテク関係のビジネスの取材に興味がある」といった動機で応募すれば、受け入れられやすいでしょう。

    理系の方が有利な職種ですが、文系出身の優秀なサイエンスライターも実際にいることですから、「好きこそ物の上手なれ」の精神でトライされるのが良いと思います。就職活動の成功をお祈りします。

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