5月 062013
 

フォーラムから“才能は遺伝するのか、本当に後天的な努力だけが結果を決めるのか、だとしたらその努力もまた才能では無いのか”を転載します。

image

投稿者:秋刀魚刺身.投稿日時:2013年5月06日(月) 12:32.

今日こんな記事を読みました。遺伝と努力や才能、その他もろもろに関する話です。

これによると

週現スペシャル 大研究 遺伝するもの、しないもの 【第1部】一覧表でまるわかり 遺伝する才能、しない才能、微妙なもの | 賢者の知恵 | 現代ビジネス さんが書きました:

日本人には「勉強は努力、芸術は才能」というステレオタイプも根強い。だが専門家たちの意見を総合すると、どうやらこれは正反対—「勉強は才能、芸術は努力」と言ったほうが、遺伝的には実情に近いようである。

だそうです。詳しくはリンク先を読んでください。

この慶應義塾大学文学部教授で、遺伝と環境の関係を専門とする安藤寿康氏という人の信憑性ですが

今年のNewton5月号(副題・新・ゲノム革命: 社会と暮らしはこう変わる

でも安藤寿康氏の書籍、遺伝マインドを元にした遺伝についてのグラフがp46,p47に挙げられており
Newtonも一応の科学雑誌ですから、それに載るということはある程度きちんとした研究に基づいたもののようです。

その方法は、Newton5月号を引用しますと、左図(ゲノムの影響を知る方法)のような遺伝と環境の寄与の度合いは、一卵双生児と二卵双生児とで、それぞれどのくらい似ているかを調べたうえで、導き出される(双生児法)。

一般に、一卵性双生児も二卵性双生児も、生活環境を共有する度合いは同じくらいだ。しかし、一卵性双生児間では原則的にゲノムが完全に一致しており、ちがいはないのに対し、二卵性双生児では通常の兄弟姉妹間と同じ程度にゲノムがちがう。そのちがいの度合いは、集団中の他人(非血縁者)間のゲノムの違いの半分である。こうした条件を元にして立てた方程式を解くことで求められたのが、左図の値である。『遺伝マインド』(安藤寿康,2011年),『Human Genetics:Concepts and Applications』(Lewis R.,2009年)などをもとに作成した。

ということで、この双生児法という方法によると、やはり努力という後天的特質だけでなく、遺伝という先天的特質も無視できないようです。永井さんは自由は平等と両立するのか

こうした努力ができるかどうかすらも生まれつき決まっているという人もいるが、そうすると私たちには、全く自由がないということになる。しかし自由がなければ、意識もないはずだから、これは事実に反する。

と、努力の優位性を説いていますが、やはり遺伝、DNAによりある程度は決められてしまうというのは避けられないのではないでしょうか。

蛇足:安藤寿康で検索すると、いくつかインタビュー?が出てきますので、参考になるかもしれません。私は読んでませんが。

努力とは何か

投稿者:永井俊哉.投稿日時:2013年5月06日(月) 16:06.

御質問は、この一文で要約されていると思います。

遺伝するもの、しないもの (date) 2013年5月5日 (media) 現代ビジネス さんが書きました:

たとえ知能そのものが完璧に遺伝するわけではないにしても、「辛抱強く勉強する才能」まで遺伝で決まってしまうのだとしたら—結局のところ、それすら持たない凡人には、逆転の余地はないのだろうか。

問題は「努力」をどこまで広く解釈するかにかかっています。引用された箇所の直前で、私は次のように書きました。

自由は平等と両立するのか (date) 2000年10月7日 (author) 永井俊哉 さんが書きました:

成功するための努力には、次の三つのレベルがある。

  1. 物理的なエネルギーを注ぎ込むたんなる努力
  2. 方法を工夫してみようする努力
  3. 自分の個性を生かせる評価基準を見つけようとする努力

よく使われる比喩だけれども、ハエが外に出ようとして窓ガラスに体当たりしているとしよう。こうしたAのレベルの努力は、この場合いくら反復しても報われない。ハエが、視野を広げて、開いている窓を見つけて外に出ることができる時、Bのレベルの努力が実ったことになる。どうしても外に出ることができない時、「人家の中にいないとできないことをしよう」と努力目標を変え、デメリットをメリットにすることもできる。これはCのレベルの努力である。

現代ビジネスが言っている「努力」は、辛抱強く一つのことに集中して真面目に取り組むことだから、A のレベルの努力であり、この一覧表にある集中力、真面目さ、頑固といった属性は、遺伝することでしょう。しかし、集中力、真面目さ、頑固といった属性の持ち主が人生において成功するという必然性はありません。むしろ、これとは逆に、集中力がなく、移り気で、一発大儲けの冒険を好むタイプの人間が運よく人生で成功することもあるでしょう。デメリットと世間で思われている属性をメリットに変える C のレベルの努力を行うならば、もって生まれた属性を恨む必要もなくなるということです。この考えに関しては、「世代を超えた格差の固定化を防ぐ方法」も御覧ください。

秋刀魚刺身 さんが書きました:

やはり遺伝、DNAによりある程度は決められてしまうというのは避けられないのではないでしょうか。

「遺伝、DNAによりある程度は決められてしまう」というのは、たしかにその通りで、私も否定していませんが、あくまでも「ある程度は」の話であって、「完全に」ではありません。引用された文は「そうすると私たちには、全く自由がないということになる」とあることからもわかるように、遺伝によって完全にその人の人生が決まると考える遺伝子決定論を批判しているだけのことです。

Re: 才能は遺伝するのか、本当に後天的な努力だけが結果を決めるのか、だとしたらその努力もまた才能では無いのか

投稿者:秋刀魚刺身.投稿日時:2013年5月06日(月) 20:35.

「世代を超えた格差の固定化を防ぐ方法」おもしろく読ませて頂きました。
確かに一つの価値基準では人を計れなく、短所を長所にというのは同意するところです。
それが必ずしも上手くいくわけでもないと思いますが、しかし今現在常識として定着している
視野の狭い考え方に比べればとても良いと思います。

ところでひとつ気になったことがあったのですが。

ゆとりの教育のおかげで、かつては高かった日本の大学生の知的水準も大きく低下してしまった。

という箇所です。

というのも、大学の学力低下は少子化が進んだ、つまり競争相手が減ったことにより、今まで競争に勝てなかった学力の者たちも、大学に進学できるようになったために起こった。大学の学力の平均は低下したが実は高校卒業生の学力は低下していないというのを聞いたことがあるからです。

探したらありました。書評を読むだけで満足してしまって、実際に著書を読んだ訳ではありませんが。
ゆとり世代はとにかく頭が悪いというのは、メディアが煽りすぎた結果、誇張されたイメージが定着したものではないでしょうか。

学力が低下したのは大学生だけではない

投稿者:永井俊哉.投稿日時:2013年5月06日(月) 23:22.

秋刀魚刺身 さんが書きました:

大学の学力低下は少子化が進んだ、つまり競争相手が減ったことにより、今まで競争に勝てなかった学力の者たちも、大学に進学できるようになったために起こった。大学の学力の平均は低下したが実は高校卒業生の学力は低下していないというのを聞いたことがあるからです。

PISA や TIMSS での日本の小学生、中学生、高校生の順位の低下は、サンプル調査ですから、少子化では説明できません。『調査報告「学力低下」の実態』によると、89年と01年の同一問題との比較で、小学生の国語と算数、中学生の国語と数学の正答率が大幅に減っているとのことです。82年と02年とで比較をした『学業達成の構造と変容』でも同じような結論が出ています。だから、学力が低下したのは大学生だけとは言えません。

このページをフォローする
私が書いた本

 返信する

以下のHTML タグと属性が利用できます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>

Facebook
Facebook
Google+
Google+
https://www.nagaitoshiya.com/ja/2013/genetically-inherited-talent
LinkedIn