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なぜ日本のリベラルはリフレ政策が嫌いなのか

2014年11月5日

欧米では、リベラルが量的金融緩和に肯定的で、保守主義者が否定的であるのに対して、日本ではそれが逆になっている。日本の左派知識人が、経済成長に積極的でないのは、彼らが、欧米的な意味でリベラルであるだけでなく、仏教かぶれでもあるからだ。[1]

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問題提起
投稿者:永井俊哉.投稿日時:2014年11月05日(水) 16:42.

原田泰が「なぜ日本のリベラルはリフレ政策が嫌いなのか」という面白い問題提起をしている。もっとも、彼は、以下の引用に見られるように、自分で納得のいく答えを見出していない。

なぜ日本のリベラルはリフレ政策が嫌いなのか (date) 2014年09月05日 (author) 原田泰 さんが書きました:

リフレ政策はあらゆる雇用を拡大させる。ブラック企業を減少させる。自殺者も減らす。格差も縮小させる。これらは、リベラルと言われる人々の望むものだと私は思う(私はリベラルではないが、私も望んでいるものだ)。少なくとも、アメリカでリベラルと言われる人々-プリンストン大学のポール・クルーグマン教授(同教授のニューヨークタイムズの連載コラムのタイトルは「リベラルの良心」である)やコロンビア大学のジョセフ・スティグリッツ教授など-は、雇用拡大のために金融を緩和せよと論じている。ところが、日本のリベラルは金融緩和に反対である。

なぜ、そうなのだろうか。考えられる第1は、リベラルではない安倍政権になって、リフレ政策が成功したら嫌だから反対しているという答えである。しかし、うまくいったらどうするのか。そもそも、民主党というリベラル派の政権ができたのだから、その時にリフレ政策を行っていれば良かった。誰がやっても、リフレ政策は効果があって、雇用情勢は改善する。もちろん、リーマンショック後まもなくだから、すぐには良くならなかったかもしれないが、何もしないよりはずっと良かったはずだ。

第2は、成功したら、自分たちが攻撃している問題が少なくなって攻撃のネタに困るという答えである。しかし、これにも成功したらどうするのかという問題がある。第3は、今はうまくいったように見えても将来はもっと悪くなると考えているからだという答えである。将来もっと悪くなるというのは、ハイパーインフレになるということだろうが、アベノミクスの大胆な金融緩和には消費者物価で2%という上限がついている。もっと悪いことが起きなかったらどうするのか。

米国では、量的金融緩和など、中央銀行による市場経済への介入に反対しているのは、リベラル(左派)よりも保守(右派)の方だ[2]。ところが、日本では、左派の知識人が愛読する朝日新聞が、安倍政権が誕生するずっと前から量的金融緩和に強固に反対していた[3]。もちろん反安倍が「社是[4]」と言われている朝日新聞は、安倍政権下で行われる異次元緩和にも反対の姿勢である。

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2013年にロンドンでアベノミクスについて説明する安倍晋三総理大臣[5]

今月表明された日銀の追加緩和に対する新聞各紙の評価も対照的だ。

日銀「ハロウィーン追加金融緩和」は前回消費増税の予測ミスを補ったに過ぎない! (date) 2014年11月03日 (author) 高橋洋一 さんが書きました:

11月1日の各紙社説では、朝日「日銀追加緩和―目標に無理はないか」、読売「日銀追加緩和 脱デフレへ強い決意を示した」、毎日「日銀の追加緩和 泥沼化のリスク高まる」、日経「異次元の追加緩和に政府も応えよ」、産経「日銀の追加緩和 今度こそ脱デフレ確かに」、東京「日銀追加緩和 危ない賭けではないか」という見出しだ。

朝日、毎日、東京という左派系新聞で、金融緩和に反対の論調である。欧米では金融緩和は左派政党のほうが言う。左派系が雇用を改善する金融緩和に反対なのは日本だけの特徴だ。

このようなねじれはなぜ生じるのか。高橋洋一は、金融緩和による経済成長を否定する日本のリベラルたちを「ヘタレ左翼」と呼び、その源泉を1970年代に顕在化した環境問題に求めている。

「脱成長」掲げるヘタレ左翼の痛さ 成長なしで雇用、社会保障は維持困難 (date) 2014.02.13 (author) 高橋洋一 さんが書きました:

東京都知事選で細川護煕元首相が、経済成長を否定する「脱成長」発言をして話題になった。細川氏以外にも「成長経済から成熟経済へ」「少子高齢化社会では成長はできない」など、経済成長を否定する論調はいまだに根強くある。

こうした論を主張する人たちの思想的背景や特徴は何か。そもそも経済成長なしで社会を持続させることは可能なのだろうか。

1970年前後、それまでの経済成長の中で種々の問題が出てきたことから、知識人から成長に関する警告が発せられた。例えば72年のローマクラブによる「成長の限界」である。人口増加や環境汚染などが続けば、いずれ地球上の成長が限界になるというわけだ。

日本でも公害や環境汚染、サラリーマンの働き過ぎ、地方の過疎化など高度経済成長の負の側面が意識され、70年から朝日新聞によって「くたばれGNP」が連載された。

こうした警告は、成長を認めつつその弊害を除くというスタンスであれば意味があるが、経済成長そのものを否定しがちであった。これは社会運動でよくみられる「目標の先鋭化」という現象だ。

日本では、時の自民党政権への対抗心から革新系勢力でこうした話はよくあった。革新系は、いわゆる「左」であるが、一定の知識人も巻き込み、左なのだが過度な闘争心もない、いうなれば「ヘタレ左翼」になっていった。こうした「少しだけ左」は、現体制にモノ申すが、まともな提案ではなく、ちょっと皮肉る程度だ。だから、「脱成長」でいいのかと正面から議論すると、全く腰抜けになる。なぜならば、経済成長で社会問題の8割方を解決できるからだ。

例えば、日本のヘタレ左翼が嫌う金融政策は、他のどんな政策よりも雇用を創出し失業を少なくする効果がある。「これを否定したら、あなたが失業する確率が増えますよ」といえば、もう反論できなくなる。

1970年代以降環境問題が地球規模で意識されるようになったことは、世界共通のことであり、欧米とは異なる日本の特殊性を説明しない。では、なぜ日本の「ヘタレ左翼」は、「成長経済から成熟経済へ」とか「少子高齢化社会では成長はできない」とかいった主張で経済成長を否定しようとするのか。

ここで高橋が謂う所の「ヘタレ左翼」が本当に左翼なのかどうかを疑ってみる必要がある。欧米におけるオーソドックスな左翼思想はマルクス主義であり、マルクス主義は生産力の増大を肯定し、労働者に物質的豊かさをもたらすことを目指していた。現在の欧米のリベラルは、「マルクス主義者」という時代遅れの肩書を自ら名のるかどうかは別として、基本的にこの路線を受け継いでおり、だから、リフレ政策が労働者に物質的な富をもたらすという効果があるなら、それに賛成する。それに反対するような人は、少なくとも欧米的な意味では、左翼とは言えない。

高橋が指摘する通り、日本の知識人には「物質的な豊かさよりも心の豊かさを求めるべきだ」といった類の主張をする人が多い。こうした主張は明らかに唯物論的ではないし、マルクス主義的でもない。ではこうした思想の源泉はどこにあるのだろうか。私は、これは左翼思想よりも、むしろ仏教思想に近いと考えている。すなわち、日本の知識人はたんに左翼かぶれであるだけでなく、仏教かぶれでもあるということだ。仏教は外来思想だが、日本での歴史が長いので、仏教思想の感化を受けている日本人は多い。これに対して、欧米では仏教思想は支配的ではないので、これで日本の特殊性を説明できる。

経済成長を肯定するということは富の追求を肯定することである。ところが仏教では、富への欲望は煩悩であり、これを捨てなければ心の平安を得ることができない。そこで、「物質的な豊かさよりも心の豊かさを求めるべきだ」といった主張が出てくるわけだ。金融緩和にはバブルを惹き起こすという弊害があるので、それに警鐘を鳴らすことは理に適っている。しかし「成長経済から成熟経済へ」とか「少子高齢化社会では成長はできない」とかいった経済成長を否定するような主張は敗北主義的で、経済学的な合理性がなく、背後には仏教的な禁欲主義があるとみなさざるを得ない。

高橋は「ヘタレ左翼」を「左なのだが過度な闘争心もない」と評しているが、仏教徒に左翼の過激派のような闘争心がないのは当然である。「正面から議論すると、全く腰抜けになる」と言っているが、これは高橋に論破されているからではなくて、仏教徒は、我執を生み出すという理由で論争を避けるからである。

「物質的な豊かさよりも心の豊かさを求めるべきだ」という日本のインテリで支配的な思想は、仏教を国教とするブータン王国の国王が、国民総幸福量(Gross National Happiness, GNH)なる概念を提唱し、GNP/GDP よりも重視しているのと同じ思想である。引用文中に朝日新聞が70年代に「くたばれGNP」という連載を始めたとあるが、朝日新聞の論調はその後も変わっておらず、「成長経済から成熟経済へ」とか「少子高齢化社会では成長はできない」とかいった「経済成長を否定する論調」を続けている。朝日新聞の量的金融緩和に対する批判もこの論調に基づいている。

強欲で身を滅ぼす人もいるので、強欲を戒める仏教的な教説には一定の説得力がある。しかし、煩悩を全否定することはばかげている[6]。少数の修行僧なら在家信者からのお布施で食べていけるが、日本人全員が煩悩を否定し、生産活動を停止したなら、誰が日本人を養うというのだろうか。国民総幸福量は、カルト的な洗脳で高めることができるが、そうした主観的幸福は社会システムを持続可能にはしない。物質的な豊かさがそのまま心の豊かさになるのではないにしても、物質的な豊かさなしで心の豊かさを得ることはできない。

サヨクの人々の一般的な傾向
投稿者:ペンペン.投稿日時:2014年11月11日(火) 22:26.

確かに、サヨクは一般的な傾向として 株式投資を毛嫌いする者が多いですね。
パチンコ、麻雀、競馬、競輪、競艇などの賭博をしない者も多い。
それが仏教思想の影響かどうかは知らないが・・・
ほかにも、煙草を吸う、口が達者(ただし、女にモテるかどうかは個人差がある)などの傾向がある。

株式投資で金を稼ぐことは悪なのか
投稿者:永井俊哉.投稿日時:2014年11月13日(木) 14:30.

株式の所有者が資本家であるのに対して、自分の身体以外にほとんど所有物を持たないのがプロレタリアですから、株式投資を評価しないのは、欧米的な意味での社会主義と考えてよいでしょう。ネットでの株式の売買で巨額の利益を稼ぐ人間よりも額に汗して働く人間の方が偉いという価値観は、左翼だけでなく多くの人が共有していますが、本来的には左翼的な発想だと思います。

でも「額に汗して働く」ことを無条件に礼賛するのはもう古いと思います。ロボットとコンピュータが人間の肉体労働や単純精神労働をどんどん奪い始めており、「額に汗して働く」ことで収入が得られる選択肢がどんどん狭まっているからです。

オックスフォード大学が認定 あと10年で「消える職業」「なくなる仕事」702業種を徹底調査してわかった (author) マイケル・A・オズボーン さんが書きました:

コンピューターの技術革新がすさまじい勢いで進む中で、これまで人間にしかできないと思われていた仕事がロボットなどの機械に代わられようとしています。たとえば、『Google Car』に代表されるような無人で走る自動運転車は、これから世界中に行き渡ります。そうなれば、タクシーやトラックの運転手は仕事を失うのです。

これはほんの一例で、機械によって代わられる人間の仕事は非常に多岐にわたります。私は、米国労働省のデータに基づいて、702の職種が今後どれだけコンピューター技術によって自動化されるかを分析しました。その結果、今後10~20年程度で、米国の総雇用者の約47%の仕事が自動化されるリスクが高いという結論に至ったのです

ロボットやコンピューターに真似のできないようなクリエイティブな労働は残るでしょうが、すべての人ができることではありません。遠い将来、ほとんどの分野で人間がロボットやコンピューターよりも生産性が低くなるなら、その分野の仕事をロボットやコンピューターに譲り、そのロボットやコンピューターを所有している企業の株を買って、その配当で暮らした方が合理的です。これこそ本当の労働者の解放になると思うのですが、左翼の人はそうは考えないのでしょうか。たぶん、左翼なら、プロレタリアには株を買う金がないと反論するでしょうが、政府が税金で無理やり雇用を作るよりも、その金を生活保護として出した方がましでしょう。[7]

参照情報
関連著作
注釈一覧
  1. ここでの議論は、システム論フォーラムの「なぜ日本のリベラルはリフレ政策が嫌いなのか」からの転載です。転載にあたっては、いくつかの修正をも行っています。
  2. 但し、共和党の大統領であったドナルド・トランプ大統領は、金融緩和に積極的であった。トランプ大統領は、関税を儲けて自由貿易を否定するなど、それまでの共和党とは異なる政策を打ち出したので、従来型の保守とは一線を画す。ここで謂う所の保守とは、小さな政府、金本位制の復活と貨幣発行の自由化を提唱するミルトン・フリードマン(Milton Friedman、1912年7月31日 – 2006年11月16日)のようなポジションの思想家を念頭に置いている。
  3. 朝日新聞の記者は反戦主義者なので、国債を乱発した太平洋戦争時の記憶から反対しているのかもしれない。しかし、国債を乱発したから戦争が起きたのではなくて、戦争をしたから国債を乱発したのであって、この因果関係を逆に解釈するべきではない。
  4. 「安倍政府打倒は朝日の社是」安倍首相が発言 そんな「社是」本当にあるの? : J-CASTニュース.” 2014/2/ 6 19:23.
  5. Japan’s Economic Revival (at Guildhall, London) 20 June 2013" by Chatham House. Licensed under CC-BY.
  6. 煩悩からの解脱は可能か | 永井俊哉ドットコム.” 2002年5月10日.
  7. AIがブームになるにつれ、ベーシック・インカムを提唱する人が増えるのはこのためである。ベーシック・インカムに関しては、「中央卸売市場は必要か」の第5節を参照されいたい。