5月 072015
 

このページでは、私の著作『システム論研究序説』の書誌情報、販売場所、概要、冒頭抜粋、改訂履歴をまとめます。誤字脱字の指摘、内容に関する質問などありましたら、このページのコメント・フォームに投稿してください。

1 : 表紙画像

システム論研究序説
横幅300ピクセルに圧縮した『システム論研究序説』表紙画像

2 : 書誌情報

  • Title :: システム論研究序説
    • Furigana :: システムロンケンキュウジョセツ
    • Romaji :: System Ron Kenkyu Josetsu
  • Author :: 永井俊哉
    • Furigana :: ナガイトシヤ
    • Romaji :: Nagai, Toshiya
  • Author bio :: 著作家。インターネットを主な舞台に、新たな知の統合を目指す在野の研究者。専門はシステム論。1965年8月、京都生まれ。1988年3月、大阪大学文学部哲学科卒業。1990年3月、東京大学大学院倫理学専攻修士課程修了。1994年3月、一橋大学大学院社会学専攻博士後期課程単位修得満期退学。1997年9月、初めてウェブサイトを開設。1999年1月、日本マルチメディア大賞受賞。電子書籍以外に、紙の本として『縦横無尽の知的冒険』(2003年7月, プレスプラン)、『ファリック・マザー幻想』(2008年12月, リーダーズノート)を出版。
  • Language :: jpn
  • Page :: 373ページ
  • Publisher :: Nagai, Toshiya
  • ISBN :: 9781311583116 (Smashwords, Inc.)
  • BISAC :: Book Industry Standards and Communications
    • Science / System Theory
    • Social Science / Sociology / General
    • Philosophy / Social
  • Tags :: キーワード
    • Japanese :: システム理論, 複雑性, エントロピー, オートポイエーシス, ルーマン, フォン・ベルタランフィ, ウォーラーステイン
    • English :: communicaion, complexity, complexity theory, horizon, logic, luhmann, media, system theory, theory of sociology, wallerstein

3 : 販売場所

販売価格は小売店によって異なります。リンク先で確認してください。

4 : 短い概要

システムは、全体部分関係から構造論的にではなく、複雑性/エントロピー概念から機能論的に解明しなければならない。本書は、第一章で、地平の論理構造を解明しつつ、不確定性(エントロピー)の哲学を提唱し、第二章で、ルーマンの社会システム論を超越論的目的論へと改作し、第三節では、システム論の視点から進化と歴史を論じ、ルーマンが放棄した規範論と目的論の再建を目指す。

5 : 長い概要

フォン・ベルタランフィ以来、システムの概念は、相互作用する要素の関係として定義されたが、こうした全体部分関係論的な定義だけでは、システムと環境の差異が明確ではないので、システムは、複雑性を縮減する主体として機能的に定義されなければならない。システム論における複雑性とは、不確定性の大きさ(確率の逆数)である。実在する要素や要素間の関係といった常識的な意味での複雑性は、複合性として、常識的な意味での複雑性から区別されなければならない。複雑性の対数がエントロピーであり、システムが複雑性(エントロピー)を縮減した結果、排除された諸可能性の集合が、そのシステムの環境を形成する。システムと環境は、通俗的には空間的な内と外で区別されるが、情報システムに空間的な内と外は存在しないので、両者は複雑性(エントロピー)の落差によって説明されなければならない。

私たちは、情報システムとして、可能的意味の過剰を削減しているが、間主観的には、その選択はダブル・コンティンジェントになる。そして、社会システムとは、ダブル・コンティンジェンシー、すなわち、自己の選択と他者の選択が相互に相手の選択に依存している二重の不確定性を縮減する機能として定義できる。自他の間に完全な対称性が成り立つなら、私たちは、ホッブズが自然状態で起きると想定した「万人の万人に対する闘争」から抜け出せないが、対称性の自発的破れにより、資本の非対称な蓄積が起こり、高資本の第三者が媒介者となることで、ダブル・コンティンジェンシーは解消される。その際、媒介の機能を果たすのが、言語、貨幣、刑罰などのコミュニケーション・メディアである。

熱力学第二法則によれば、物質システムのエントロピーを縮減しようとするなら、それ以上のエントロピーを環境において増やさなければならない。すなわち、システムは、複雑性を縮減するためには、複雑性を増大させなければならない。これは、物質システムのみならず、情報システムや社会システムにも当てはまることだ。一般に、システムは、持続可能であるためには、環境適応性と変化適応性の二つの要件を満たさなければならないが、前者は複雑性を縮減するために、そして後者は複雑性を増大させるために必要である。本書は、ここから、なぜ社会システムを持続可能にするためには、格差の否定でも格差の固定でもなく、格差の流動化が必要であるかを論じる。

6 : 改訂履歴

本書の材料は、私が一橋大学大学院博士後期課程に在籍中に書いた以下の論文です。

  • “「地平の哲学」序説”.『一橋論叢』通巻616号. 日本評論社. 1992年2月1日. pp. 52-68.
  • “超越論的システム論の可能性”.『哲学の探求』第20号. 全国若手哲学研究者ゼミナール. 1992年12月1日. pp. 85-94.
  • “現代社会の成立と複雑性”.『現代社会学研究』第9号. 経営社会学会編. 1993年3月31日. pp. 9-19.
  • “他者の不確定的存在構造”.『一橋論叢』通巻633号. 日本評論社. 1993年8月1日. pp. 330-341.
  • “道徳的規範の妥当性の基礎付けに向けて”.『哲学の探求』第21号. 全国若手哲学研究者ゼミナール. 1993年12月1日. pp. 26-36.
  • “機能的システム論と超越論的目的論”.『一橋研究』通巻104号. 一橋研究編集委員会. 1994年7月31日. pp. 29-45.

これらは、私の専攻が倫理学から社会哲学に変わる過程で書かれたものでした。

その後、1997年9月に、これらにオリジナルコンテンツを加えて、『システム論の哲学』というタイトルの著作としてウェブ上に公開しました。現在、システム論アーカイブ書籍編で公開している『システム論研究序説』は、当時のものと内容は大きく変わりません。

  • 1.0(1997年09月):: ウェブサイト「超越論的システム論」の第四巻『システム論の哲学』として、ウェブ上で公開。
  • 1.1(2005年01月):: ブログ「永井俊哉ドットコム」の書籍編の第四巻『システム論研究序説』として、ウェブ上で公開。
  • 2.0(2015年05月):: 電子書籍として出版。序文、各章の冒頭への新しい文章の追加など全般的なアップデート。
  • 2.1(2015年12月):: ePub 3.0 へアップグレード。若干の内容の修正。
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私が書いた本

  2 コメント

  1. 永井先生お久し振りです。

    電子書籍版「システム論研究序説」を読ませて頂きました。本書も前三冊同様システム論アーカイブにて既に読んだことがあったのですが、修正加筆された部分も多々見受けられ、改めて多くのことを学ばせて貰いました。特に私は歴史の研究を趣味としているので、第三章のシステム論の見地から実際の歴史上の流れを概説していくところは、その内容に強い説得力を覚えるとともに、非常に面白くも感じました。何故にイギリスやドイツではなくロシアで共産主義革命は起こったのか、何故に東側は西側との競争に敗れたのか等々といった問いに本書は簡潔に答えてくれますが、そうした過去への問いにより得られる知見を如何にして現在起こっている問題、または未来起こり得る問題へ生かすことができるでしょうか。本文中でも2015年現在の問題としてアジアインフラ銀行に触れている箇所がありますが、中国の南沙諸島占拠、ロシアのウクライナ侵略、ギリシャ債務危機、中近東で猖獗を極めているISISのテロ活動等々、未解決のまま我々に残されている大きな問題がいくらでもあるこの現状下で、これらの問題がどのように展開、または終熄することになるのか、気になるところです。

    さて、残念ではありますが私には本書そのものを批評できるほどの力はないので、今回も細かな編集、執筆上のミスや、不明な点を指摘することでお手伝いとさせて頂きたいと思います。

    「理解することにおいて現実的な地平の融合が生起するが、その融合は歴史的地平を企投すると同時に止揚する」という文中に「企投する」という言葉が使われていますが、「諸可能性の投企は、そのつど排除されたものとしても[……]」という文中では「投企」という言葉が使われています。Entwurfの訳語としては、単なる翻訳上のゆらぎであって、どちらでも間違いではないということですが、同書の中ではどちらかに統一した方がよいのではないでしょうか。それとも、微妙な意味合いの違いを示すために敢えて使い分けたと解釈してもよろしいのでしょうか。

    「したがって他者認識の不確定性は他者論にとってポジィティヴな意味を持つと主張したい」という文中に、「ポジィティヴ」とありますが、ポジティヴのタイプミスかと思われます。

    「不確定性の不確定性という他者の現事実的問題構成は、事後的なな問いに先立っていつもすでにその問いを貫いて構成しているのである。」という文中に「事後的なな」と、タイプミスがありました。

    「―こうして確定的他者認識論は、他者認識論たろうとすることによって[……]」という文の文頭に―(ダッシュ)が使われていますが、「――こうして確定的他者認識論は」のように二つ重ねて使った方がよいかと思います。全文を通して―(ダッシュ)及び、…(3点リーダ)が単独で使われていますが、――や……のように、二つ重ねて使うのが現代日本語で文章を書く上で一般的なルールとなっているようです。―(ダッシュ)を一文字単独で使うと漢数字の一と混同または誤認し易いというデメリットもあります。

    「やや長くなるけれども、以下主な定理の証明を行う。やや長くなるけれども、以下主な定理の証明を行おう。」とほぼ同じ文章が連続して重複しています。

    囚人のジレンマについての概要を述べる箇所において、数字上の齟齬が生じていたのでここに指摘しておきます。

    「共犯者である二人の囚人が別室に隔離され、もし二人とも黙秘するなら、懲役一年となり、相手が黙秘しているのに一方が自白すれば、自白した方が釈放となり、黙秘している方が懲役三年となり、二人とも自白すれば二人とも懲役二年となるという条件を突きつけられる。これは、二人とも刑が相手の選択に依存しているという意味で、ダブル・コンティンジェントな関係であるということができる。」

    と、一人が黙秘し一人が裏切り自白した場合、黙秘した方には三年の懲役が、両者が両者を裏切った場合、双方に二年の懲役が待っていると説明されていますが、少し後の文章では以下のように「十年の刑に服するリスク云々」といった文章が登場します。

    「囚人のジレンマでも、囚人同士でコミュニケーションできないから、二人にとって最も望ましい結果をもたらすことができないのである。もちろん、たとえ囚人たちが相互に会話することが許されても、相手に裏切られて十年の刑に服するリスクを依然として持つから、たんなる言語的なコミュニケーション以上の社会的交換が要求される。」

    これはおそらく前掲の文に従うならば、「三年の刑に服するリスク」の誤りではないでしょうか。囚人のジレンマについて説明する上で数字をどう設定するかは非本質的な問題であって、黙秘することよりも自白すること方が刑期が短くなり、故に自白することがナッシュ均衡解であるということが読者に伝われば問題ないのですが、同書の中に於いては、その数字は統一しておくべきではないでしょうか。

    「フォン・ベルタランンフィの一般システム理論がモデルとしたホメオスタシス[……]」という文内にて、「ベルタランンフィ」とタイプミスがありました。

    「数学的な例を一つ挙げると、整数は、加法、減法、乗法に関して閉じているが、乗法に関しては閉じていない。すなわち、整数どうしを足したり引いたり掛けたりしても、整数しか産出されないが、整数を整数で割ると整数以外の数が産み出される。」

    とありますが、「乗法に関しては閉じていない」の部分は「除法に関しては閉じていない」の誤りではないでしょうか。

    「云々と自らのレゾンデトルを」とありますが、raison d’etreの片仮名表記としては「レゾンデートル」の方が一般的ではないでしょうか。

    『この「なぜ?なぜ?』」としつこく迫り寄る反論者と真面目に議論して[……]』とありますが、疑問符及び感嘆符の後ろは一マス開けるというルールがあるので、「なぜ? なぜ?」と表記した方がいいかもしれません。但し、このルールは主に小説を対象としたルールであるとのことなので、ここでも適用すべきかは私も自信が持てません。

    これは質問なのですが、「大庭がつと嫌悪感を吐露しているスメラ倫理のことではない」とありますが、スメラ倫理(皇倫理?)とはどういう倫理観のことをいうのでしょうか。私は大庭氏の著作を読んだことがないので、よく分からないのですが、「オカミの言うことが絶対であり、それに従うことを是とする」というような倫理観のことを指すのでしょうか。また『アレが諸悪の根源なるケンリョクだ!」とありますが、後尾の鉤括弧は二重鉤括弧の変換ミスかと思われます。

    「これがルートビッヒ・ボルツマンの定義である」とありますが、ドイツ語圏の人名の場合「ルートヴィッヒ・ボルツマン」と表記するのが一般的ではないでしょうか。些事もいいところだと思いますが、一応指摘しておきます。

    「本題に情報システム戻ろう」とありますが、「本題に戻ろう」または「本題の情報システムに戻ろう」の誤りかと思われます。

    「1995で20年経ったが、ウォーラーステインの予測は明らかに外れている」とありますが、「1995年から」または「1995年より」の誤りではないでしょうか。

    「たんに安い人件費を求めて途上国に投資を行った」という文は間違いでもないし、文意を理解することも容易ですが、「人件費を求めて」という箇所だけ抜き出すと「人件費を算出して」というようにも読めてしまいます。「安い人件費」という箇所を「低賃金の労働者」や「安い労働力」などに置き換えるとより文意が明瞭になると思いますが、どうでしょうか。

    今回も不要だと思われる空白が多数見つかったので、一応ここにまとめておきます。また、これらの空白はiPad上にてGoogleplayブックスを通して閲覧した際に発生したもので、PC上にダウンロードしたpdfファイルでは発生していませんでした。アプリと文章ファイル、または、文章ファイルを作成する上で使用したソフトウェアの相性が悪いために発生しているのでしょうか。

    • 「レッテルを張って終わりにするわけにはいかないのである」の「張 って」
    • 「実際両者はたんに言語を重視した[……]」の「実際 両者」
    • 「[……]パラダイムの共約不可能性/翻訳の翻訳不可能性を主張するが[……]」の「共約不可能 性」
    • 「したがって他者認識の不確定性は他者論にとってポジィティヴな意味を持つと主張したい」の「意 味」
    • 「バイオテクノロジーの発達に伴って[……]」の「発 達」
    • 「何か重要なパラダイム転換が[……]」の「重 要な」
    • 「[……]諸システムを区別しなければならないのである」の「諸 システム」
    • 「それではシステムの概念が狭くなり過ぎる」の「シ ステムの概念」
    • 「エントロピーを縮小するシステムの選択機能である」の「機能 である」
    • 「分化するので、象徴的交換メディア[……]」の「で、 象徴」
    • 「印刷や放送など、[……]」の「印 刷」
    • 「境界を位相学的な意味で決定していない」の「意 味」
    • 「何よりも神経システムの自己再生産ではない」の「の 自己」
    • 「オートポイエティック・システムもまた閉鎖システムではない」の「閉鎖シス テム」
    • 「社会システムを根本的に[……]」の「社 会システム」
    • 「彼の機能システム論を前者からではなくて後者から説明しようとする」の「後 者から」
    • 「自己を維持する同一性として理解されなければならない」の「として 理解」
    • 「目的論ではなくシステム論を、と主張しているわけではない」の「わけ ではない」
    • 「目的/手段計算の外部にそのシステムとして立つ」の「とし て立つ」
    • 「その根底に横たわっている」の「その 根底」
    • 「基礎付けられなければならなくなるのである」の「け れば」
    • 「最高の目的に到達するわけではない」の「わ けではない」
    • 「システムの維持というそのシステムにとって」の「シス テムに」
    • 「先取/後置されるべき選択肢は」の「べき 選択肢」
    • 「目的の国と言う一つのシステムであることに注意したい」の「であ る」またここでは「目的の国という」と「言う」を「いう」と平仮名表記した方がいいような気がしますが、どうでしょうか。
    • 「つまりシステム間の秩序の[……]」の「つ まり」
    • 「後者は有意味性の地平において初めて[……]」の「初め て」
    • 「道徳に限定するならば」の「する ならば」
    • 「メタ倫理学的な判断システムである」の「メ タ」
    • 「行為論的な説明の理論ではない」の「行為論 的」
    • 「抽象的で内実に乏しい」の「抽象的 で」
    • 「我々としてはこの複雑性を縮減しなければならないのだが」の「縮減し なければ」
    • 「[……]は物質システムと意味システムの両方に見られる現象であるから」の「あ るから」
    • 「2. 意味システムにおける複雑性の増大による複雑性の縮減の解釈」の「解 釈」
    • 「これが熱力学の第2法則である」の「熱 力学」
    • 「[……]一つを選ぶことによってその複雑性を縮減するのである」の「縮減す るの」
    • 「[……]500年前とは十字軍遠征が終わって」の「十 字軍遠征」
    • 「ポルトガルやスペイ ンが世界の五つの大陸を[……]」の「スペイ ン」
    • 「[……]という区別は直観的には分かり易いかもしれないが」の「し れないが」
    • 「階級関係は強国/弱小国という[……]」の「弱小 国」
    • 「[……]財に関しては所有者であるか否かという選択肢で振り分けてしまう」の「所 有者」
    • 「生き生きしたエントロピー」の「生き生き した」

    以上長々と羅列させて頂きましたが、多少なりとも編集、校正作業に資することができれば幸いです。時間に余裕ができ次第、続巻となる「社会システム論の構図」も拝読させて頂く予定ですが、同様に何か気付いたことがあれば改めて投稿しようと思っています。これからもよろしくお願いいたします。

  2. 金子圭亮 さんが書きました:

    何故にイギリスやドイツではなくロシアで共産主義革命は起こったのか、何故に東側は西側との競争に敗れたのか等々といった問いに本書は簡潔に答えてくれますが、そうした過去への問いにより得られる知見を如何にして現在起こっている問題、または未来起こり得る問題へ生かすことができるでしょうか。本文中でも2015年現在の問題としてアジアインフラ銀行に触れている箇所がありますが、中国の南沙諸島占拠、ロシアのウクライナ侵略、ギリシャ債務危機、中近東で猖獗を極めているISISのテロ活動等々、未解決のまま我々に残されている大きな問題がいくらでもあるこの現状下で、これらの問題がどのように展開、または終熄することになるのか、気になるところです。

    ウォーラーステインの功績は、それまで一国内で論じられていた階級闘争を地球規模で論じたところにあると言えます。米国の覇権に挑戦する中国、およびその中国と連帯して NATO と対決しようとするロシア、キリスト教先進国による世界支配に抗おうとするイスラム過激派は、いずれも地球規模での階級闘争を行っていると評することができます。

    「未解決のまま我々に残されている大きな問題」のうち、「ギリシャ債務危機」は異質な問題です。もっとも、この危機の問題の根源は、複数の政府と中央銀行が存在するにもかかわらず、ユーロという単一通貨を導入したところにあり、ユーロの導入がドルによる世界経済の支配への対抗にあるのだから、これもまた地球規模での階級闘争とは無関係ではないと言えなくもありません。

    金子圭亮 さんが書きました:

    「理解することにおいて現実的な地平の融合が生起するが、その融合は歴史的地平を企投すると同時に止揚する」という文中に「企投する」という言葉が使われていますが、「諸可能性の投企は、そのつど排除されたものとしても[……]」という文中では「投企」という言葉が使われています。Entwurfの訳語としては、単なる翻訳上のゆらぎであって、どちらでも間違いではないということですが、同書の中ではどちらかに統一した方がよいのではないでしょうか。それとも、微妙な意味合いの違いを示すために敢えて使い分けたと解釈してもよろしいのでしょうか。

    「投企」の方がオーソドックスな訳語ですが、この言葉は「投機」を連想させるので好ましくないという人がバブル時代にいて、それで「企投」という訳語が案出されたのだそうです。改訂では、「投企」に統一したいと思います。

    金子圭亮 さんが書きました:

    「したがって他者認識の不確定性は他者論にとってポジィティヴな意味を持つと主張したい」という文中に、「ポジィティヴ」とありますが、ポジティヴのタイプミスかと思われます。

    「不確定性の不確定性という他者の現事実的問題構成は、事後的なな問いに先立っていつもすでにその問いを貫いて構成しているのである。」という文中に「事後的なな」と、タイプミスがありました。

    これらはケアレスミスなので、御指摘の通り修正します。

    金子圭亮 さんが書きました:

    「―こうして確定的他者認識論は、他者認識論たろうとすることによって[……]」という文の文頭に―(ダッシュ)が使われていますが、「――こうして確定的他者認識論は」のように二つ重ねて使った方がよいかと思います。全文を通して―(ダッシュ)及び、…(3点リーダ)が単独で使われていますが、――や……のように、二つ重ねて使うのが現代日本語で文章を書く上で一般的なルールとなっているようです。―(ダッシュ)を一文字単独で使うと漢数字の一と混同または誤認し易いというデメリットもあります。

    昔は廣松渉の影響で、ダッシュを多用していました。当時使っていた和製ワープロは、ダッシュを長く表記して印刷してくれたので、それほど読みにくくはなかったのですが、最近は読みにくさを実感しているので、できるだけ使わないようにしています。改訂では、ダッシュを使わないように書き換えるつもりです。…(3点リーダ)は、他の文字と混同されることはないので、そのままでもよいかと思います。

    金子圭亮 さんが書きました:

    「やや長くなるけれども、以下主な定理の証明を行う。やや長くなるけれども、以下主な定理の証明を行おう。」とほぼ同じ文章が連続して重複しています。

    たぶんコピペミスでしょう。修正します。

    金子圭亮 さんが書きました:

    囚人のジレンマについての概要を述べる箇所において、数字上の齟齬が生じていたのでここに指摘しておきます。

    第一版と数字を変えたので、齟齬が生じたのだと思います。古い数字の方を修正します。

    金子圭亮 さんが書きました:

    「フォン・ベルタランンフィの一般システム理論がモデルとしたホメオスタシス[……]」という文内にて、「ベルタランンフィ」とタイプミスがありました。

    これもケアレスミスです。修正いたします。

    金子圭亮 さんが書きました:

    「数学的な例を一つ挙げると、整数は、加法、減法、乗法に関して閉じているが、乗法に関しては閉じていない。すなわ

    ち、整数どうしを足したり引いたり掛けたりしても、整数しか産出されないが、整数を整数で割ると整数以外の数が産み出される。」

    とありますが、「乗法に関しては閉じていない」の部分は「除法に関しては閉じていない」の誤りではないでしょうか。

    「じょほう」のつもりが「じょうほう」と入力してしまったのでしょう。修正します。

    金子圭亮 さんが書きました:

    「云々と自らのレゾンデトルを」とありますが、raison d’etreの片仮名表記としては「レゾンデートル」の方が一般的ではないでしょうか。

    本当は長母音ではないのですが、日本の慣習に従うことにします。

    金子圭亮 さんが書きました:

    『この「なぜ?なぜ?』」としつこく迫り寄る反論者と真面目に議論して[……]』とありますが、疑問符及び感嘆符の後ろは一マス開けるというルールがあるので、「なぜ? なぜ?」と表記した方がいいかもしれません。但し、このルールは主に小説を対象としたルールであるとのことなので、ここでも適用すべきかは私も自信が持てません。

    英語では、クェスチョンマークの後は、ピリオドの後と同様に、半角空けることになっているので、その慣習に従うことにします。

    金子圭亮 さんが書きました:

    これは質問なのですが、「大庭がつと嫌悪感を吐露しているスメラ倫理のことではない」とありますが、スメラ倫理(皇倫理?)とはどういう倫理観のことをいうのでしょうか。私は大庭氏の著作を読んだことがないので、よく分からないのですが、「オカミの言うことが絶対であり、それに従うことを是とする」というような倫理観のことを指すのでしょうか。また『アレが諸悪の根源なるケンリョクだ!」とありますが、後尾の鉤括弧は二重鉤括弧の変換ミスかと思われます。

    御推察の通りです。「統」の訓読みは「すべる」で、大庭氏は、「すべる=すめる」という連想から、国民を統合する全体主義的イデオロギーをスメラ倫理に観て取っています。私は、「すめる」はシュメール(スメル)文明に起源があると思っているのですが、その話は措くことにしましょう。二重鉤括弧の件は修正します。

    金子圭亮 さんが書きました:

    「これがルートビッヒ・ボルツマンの定義である」とありますが、ドイツ語圏の人名の場合「ルートヴィッヒ・ボルツマン」と表記するのが一般的ではないでしょうか。些事もいいところだと思いますが、一応指摘しておきます。

    検索で調べてみると、「ルートヴィッヒ」の方が多数派なので、そちらに統一します。

    金子圭亮 さんが書きました:

    「本題に情報システム戻ろう」とありますが、「本題に戻ろう」または「本題の情報システムに戻ろう」の誤りかと思われます。

    その通りです。修正します。

    金子圭亮 さんが書きました:

    「1995で20年経ったが、ウォーラーステインの予測は明らかに外れている」とありますが、「1995年から」または「1995年より」の誤りではないでしょうか。

    1975年に書かれた論文の中で、20年後(1995年)の「地政学的提携」をウォーラーステインが予想したのですから、1995年の時点でそれが外れたと判断することは妥当です。

    金子圭亮 さんが書きました:

    「たんに安い人件費を求めて途上国に投資を行った」という文は間違いでもないし、文意を理解することも容易ですが、「人件費を求めて」という箇所だけ抜き出すと「人件費を算出して」というようにも読めてしまいます。「安い人件費」という箇所を「低賃金の労働者」や「安い労働力」などに置き換えるとより文意が明瞭になると思いますが、どうでしょうか。

    「安い人件費を求めて」よりも「人件費の安さを求めて」の方が適切な表現だと思いますので、そう修正します。

    金子圭亮 さんが書きました:

    今回も不要だと思われる空白が多数見つかったので、一応ここにまとめておきます。

    空白には必要なものもあるので、不必要なものだけを検索で見つけて取り除くというのはなかなか難しいものです。正規表現を使うなら、英数字や記号以外で囲まれている空白を

    [^a-zα-ω0-9)}>'"=.,:*] [^a-zα-ω0-9({< '"=]

    というストリングで検索することで、ある程度候補を見つけることができるのですが、本書のように記号がたくさん出てくる本では、無力です。ですから、指摘してもらえば、とても助かります。

    金子圭亮 さんが書きました:

    多少なりとも編集、校正作業に資することができれば幸いです。時間に余裕ができ次第、続巻となる「社会システム論の構図」も拝読させて頂く予定ですが、同様に何か気付いたことがあれば改めて投稿しようと思っています。これからもよろしくお願いいたします。

    こちらこそよろしくお願いします。金子さんに以前校正していただいた三冊は、現在たんなる誤字訂正以上の改訂を行って、再出版を行う予定です。いろいろな雑用に忙殺されて、予定が遅れていますが、できるだけ早く何とかしたいと思っています。

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