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『浦島伝説の謎を解く』を出版しました

2017年8月12日

このページでは、私の著作『浦島伝説の謎を解く』の解説動画、書誌情報、販売場所、概要、読者との質疑応答などを掲載します。本書に関してコメントがありましたら、このページの下にあるコメント・フォームに投稿してください。誤字脱字の指摘から内容に関する学問的質問に至るまで幅広く受け入れます。

1. 解説動画

浦島伝説の起源は何か、なぜ竜宮は海の中にあるのか、なぜ竜が登場しないのに竜宮なのか、なぜ玉手箱を開けると年を取るのかといった浦島伝説の謎を胎内回帰説の立場から解くことで、私が出版した本『浦島伝説の謎を解く』の導入とします。

2. 表紙画像

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『浦島伝説の謎を解く』の表紙画像

3. 書誌情報

  • Title :: 浦島伝説の謎を解く
    • Furigana :: ウラシマデンセツノナゾヲトク
    • Romaji :: Urashima Densetsu no Nazo o Toku
  • Author :: 永井俊哉
    • Furigana :: ナガイトシヤ
    • Romaji :: Nagai, Toshiya
  • Author bio :: 著作家。インターネットを主な舞台に、新たな知の統合を目指す在野の研究者。専門はシステム論。1965年8月、京都生まれ。1988年3月、大阪大学文学部哲学科卒業。1990年3月、東京大学大学院倫理学専攻修士課程修了。1994年3月、一橋大学大学院社会学専攻博士後期課程単位修得満期退学。1997年9月、初めてウェブサイトを開設。1999年1月、日本マルチメディア大賞受賞。電子書籍以外に、紙の本として『縦横無尽の知的冒険』(2003年7月, プレスプラン)、『ファリック・マザー幻想』(2008年12月, リーダーズノート)を出版。
  • Language :: ja
  • Page :: 294ページ
  • Release Date :: 2017-08-11
  • Identifier (Publisher)
    • ISBN :: 9781310767760 (Smashwords, Inc.)
    • ASIN: B074QVR8LK (Nagai, Toshiya)
    • GGKEY :: P1ECYJ7P5F2 (Nagai, Toshiya)
    • 楽天商品番号 :: 1230001792911 (Nagai, Toshiya)
  • BISAC :: Book Industry Standards and Communications
    • Nonfiction » Social & Cultural Studies » Social Science » Folklore & Mythology
    • Nonfiction » Literary criticism » Asian » Japanese
    • Nonfiction » History » Civilization
    • Nonfiction » Health & Well Being » Psychology » Psychoanalysis
    • 社会科学 » 民間伝承&神話
    • 文芸批評 » アジア » 日本
    • 宗教 » 歴史
    • 心理学 » 運動 » 精神分析
  • Tags :: キーワード
    • Japanese :: 民俗学、宗教学、精神分析学、歴史学、フロイト、ラカン、ミステリー、御伽噺、胎内回帰、蓬莱、去勢
    • English :: folklore, psychoanalysis, history, fairy tale, womb phantasy, phallic mother, castration, Penglai, Freud, Lacan

4. 販売場所

販売価格は小売店によって異なることもあります。リンク先で確認してください。

5. 短い概要

浦島伝説には不可解な謎がある。なぜ竜宮は水の中にあるのか、なぜ竜が登場しないのに竜宮なのか、なぜ玉手箱を開けると年を取るのか。これらの謎を解明しながら、個人史的にも人類史的にも忘れ去られた太古の記憶を甦らせ、さらに、なぜこの記憶が抑圧され、忘れ去られるようになったのか、個体発生的かつ系統発生的にそのフラクタルなプロセスを明らかにする。

6. 長い概要

本書は、三つの章から成る。本書は、浦島伝説について語る本であるが、本書の語り自体が浦島伝説と同じ筋書きになっているというフラクタルな自己相似性を持つ。

第1章で、本書は読者を竜宮の世界に招待する。子宮から生まれた子供が子宮に戻るような気持ちで、読者は現在から過去に思いを馳せてほしい。ここで語られるのは、個人史的にも人類史的にも忘れ去られた時期である。

第2章では、読者は、竜宮から元の場所へ戻る。個人史的には、それは去勢体験の時期であり、人類史的には、それは、キリスト教、イスラーム教、仏教といった父権宗教が成立し、地母神崇拝が忘れ去られ、抑圧される時期である。

第3章では、玉手箱を開け、あっという間におじいさんになってしまったような境地で、個人史と人類史の全体を回顧する。そこで、読者は、浦島伝説の謎を解くことを通じて、個人史と人類史が、精神分析学的に類似の過程を経ていたことを理解するであろう。

7. 質疑応答

本書の内容に関する読者からの質問への私の返答をここに転載します。

第一章 第二節 なぜ竜宮は水の中にあるのか
銀河枕(2006年1月28日 11:04 AM)

凄い洞察で、いろいろと刺激されます。正月の鏡餅なんかも、もはや蛇がどくろを巻いたものではないかと思ってしまいました。神社でご神体に鏡を祭っているのもうなづけます。縄文の人たちの世界を身近に感じることが出来ました。堕胎した子供を水子というのも、縄文的な世界が息づいているような気がします。機織の音に注目されている点も、説得的です。自分の好きな曲がなぜか三拍子なのが不思議だったのですが、何か関係あるのかと考えてしまいました。これは、質問ではなく、感想というか連想です。永井さんの文を読むと、自分の見方が変わったのでしょうが、世界が以前と違って見えてきます。本当に、ありがとうございます。続編が愉しみです。これで、少しはラカンのことが分かるのかなと期待しています。

永井俊哉(2006年1月29日 11:40 AM)

正月の鏡餅なんかも、もはや蛇がどくろを巻いたものではないかと思ってしまいました。

吉野裕子さんも『蛇』で、その点を指摘しています。

匿名(2008年1月28日 10:30 AM)

どうしてあの世・この世を、わけたのか?

永井俊哉(2008年1月31日 7:24 PM)

「自分は、死んだ後どうなるのだろうか」という、誰もが一度は疑問に思う問いに答えることを考えてみてください。

酔いどれ(2011年1月27日 2:24 PM)

鋭い洞察力、目から鱗状態で読ませて頂いております。日本神話の世界では、高天原、葦原の中つ国、黄泉の国が有りますが、天照大神に見られるように高天原が最も上で、その場所は天にあるように感じております。浦島伝説に見られるように天国は海の中、常世の国は海の彼方に有る。この高天原と常世の国は別の世界で、高天原は天国では無いと考えるのでしょうか。私は今まで天照大神の住む世界が天国のように感じていました。

永井俊哉(2020年10月12日 2:48 PM)

あの世が海中や地中にあるというのは、縄文時代から受け継いだ日本古来の思想であるのに対して、高天原というのは、弥生人が大陸から持ち込んだ比較的新しい天の思想であると考えられます。要するに、記紀には、もとからあった縄文系の思想と新しい弥生系の思想が混在しているということです。

第一章 第三節 なぜ竜がいないのに竜宮なのか
M(2009年4月7日 8:46 PM)

現代は人類史が思春期に入った時で男女(人間と自然)が対等に付き合う時代になっています。私の見方では人類は母なる大地を重点的に大切にする時代が来ていて胎内回帰時代が来ているのだと思います。天と大地が対等に重んじられる時代ですけれどどちらかというと大地が大切にされる時代になるような気がします。

永井俊哉(2009年4月9日 9:12 AM)

それはかなり日本的な考え方です。日本人はもともと胎内回帰志向が強く、かつそれを隠そうとしませんから。

第一章 第四節 仏教による去勢
匿名(2010年2月4日 2:31 AM)

西洋的主観から逃れられてませんね

永井俊哉(2010年2月4日 10:03 AM)

近代になって、キリスト教文化圏が世界のリーダーとなり、仏教文化圏が没落した事実をどう考えますか。あるいは、あなたは、仏教が、近代の行き詰まりを打開してくれる考えているのでしょうか。もし、そう考えているなら、その根拠を示してください。

イス(2011年8月8日 12:05 PM)

永井先生が「自発的去勢」という語で用いている意味を、防衛機制に当てはめると、反動形成だけですか?

永井俊哉(2011年8月12日 10:38 AM)

自発的去勢には、胎内回帰願望の断念、精神的な乳離れというポジティブな面もあります。しかし、自立に失敗すると、拒食症をはじめとする自傷症はネガティブな結果をもたらすことになります。ガウタマは、伝説によれば、最初のうち自傷症に近かったが、そこからさらに抜け出すことに成功しました。

かつたろう(2017年8月6日 2:14 PM)

最近話題になったミニマリストは自発的去勢をしたがる人たちだと、この記事を読んで連想しました。最低限のもので満足することは裏を返せば物欲を削って最低限にするということだと思います。不景気で所得格差も広がって欲しいものが手に入らないのも要因だと思います。永井さんはどういう風に考えますか?

そういえば、クーラーを捨てたら暑くて死にそうになったというミニマリストのブログを読んで、少し病気だと思いました。

ユダヤ人は自分の国を持たず土地に縛られない生き方を長くしてきましたが、それは母なる土地からの分離と対応すると思います。ユダヤ人は迫害された苦痛をひっくり返して、自分たちはそういう生き方を自発的に選んでいるんだと思っているのでしょうか?逆にイスラエルの建国は精神的な母胎回帰でしょうか。

出家経は悟った後のブッダが話す内容だとは思えません。「女人は清らかな行いの……」について、悟った人間がなぜこういったレトリック?を使うのかが理解できないです。

永井俊哉(2017年8月6日 6:11 PM)

かつたろうさんが書きました:

不景気で所得格差も広がって欲しいものが手に入らないのも要因だと思います。永井さんはどういう風に考えますか?

貧乏が原因でミニマリストになっても、それが自発的去勢であるとは言えません。もてる男があえて彼女を作らないなら、禁欲的と言えるけれでも、まったくもてない男が彼女を作らないことを禁欲的とは言わないのと同じことです。

かつたろうさんが書きました:

ユダヤ人は自分の国を持たず土地に縛られない生き方を長くしてきましたが、それは母なる土地からの分離と対応すると思います。ユダヤ人は迫害された苦痛をひっくり返して、自分たちはそういう生き方を自発的に選んでいるんだと思っているのでしょうか?逆にイスラエルの建国は精神的な母胎回帰でしょうか。

ユダヤ教は父権宗教です。約束の地は父なる神に与えられたもので、彼らにとって、イスラエルへの帰国は胎内回帰ではありません。詳しくは、「旧約聖書」をご覧ください。

かつたろうさんが書きました:

出家経は悟った後のブッダが話す内容だとは思えません。

仏典はほとんどすべて後世の捏造です。歴史的人物としてのガウタマ・シッダールタが何を言っていたのか、今となっては、正確なことはわかりません。しかし、仏教がどのような宗教であるのかを理解する上では、仏典は手掛かりとなるテキストです。

かつたろう(2017年8月7日 1:18 AM)

私の個人的な考え方の癖なんですけども、貧乏にかぎらず多くの悩みは、周りが自分をそういう風に追い込んだんだという被害妄想的なものがあります。だから、彼氏に振”られた”女性が、自分を振ったことの被害者意識を持っているのではないかと類推しました。同様に、出家前のゴータマシッダルタについても「軍事提供を断”られた”」から逆に今までの地位を捨てたんだと(これはブッダの言葉ではないにしても)。つまりは、自分が被害者という意識があってそれをひっくり返すことが主体性を取り戻すことにつながると、永井さんの記事を解釈しました。

元から地位、能力、魅力などを持っている人間がそれを捨てるのが自発的去勢だとしても、奪われたり与えられないという体験がきっかけになっています。だから、最初から持たざるものが自分から欲しいものを断念するときも心理としては同じだと思います。ただ持たざるものが酸っぱいブドウ論法をつかっているだけではないと思います。

自尊心のある女性なら、ふられても、涙を流して卑屈になったりしない。自分を拒否して自分の価値を貶めた相手を拒否し返し、自尊心を保とうとする。「何だ、あんな男、たいしてハンサムでもないし」と相手の欠陥を見つけて、相手の価値を引き下げ、究極的には「私はもともと彼氏なんて欲しくないんだ」と無欲を装って開き直り、傷ついた自己を防衛しようとする。拒食症とは、拒否を拒否し返す象徴的報復であり、ルサンチマンである。

ルサンチマンと自発的去勢の違いがよく分からなくなりました。並みの迷える拒食症患者と違うブッダにしても同じことをしているようにみえます。

永井俊哉(2017年8月7日 12:57 PM)

私は「まったくもてない男が彼女を作らないことを禁欲的とは言わない」と書きましたが、まったくもてない男というのは実は少数派で、一番数が多いのは、ある程度もてる男です。ある程度もてる男が、たまたまある女性にふられ、その気になれば別の恋人を手に入れることができるにもかかわらず、それをきっかけに、恋人を持つこと完全に断念するようになるなら、それは自発的去勢と言えるでしょう。ガウタマ・シッダールタも、挫折体験があったとはいえ、その気になれば、俗世で一定のステータスを維持できたはずなのに、それらをすべて捨てて出家したのだから、自発的去勢と言うことができるのです。

かつたろう(2017年8月7日 1:58 PM)

極端な持てるもの持たざるものという1か0かの思考は、不自然か実態にそぐわないのかもしれません。確かに、ある程度持っている人間でも、べつの部分では満ち足りずルサンチマンをいだいたりします。

上の引用で語られたルサンチマンというのが単純に束の間の出来事でありきっかけでしかなく、それ以上に踏み込んですでにある自分の可能性まで捨て去るから自発的去勢だというので納得しました。一方で、相手から拒否されてルサンチマンを抱いても、自分に捨てるものがなかったら自発的去勢にならないですね。

話が横道に逸れて、一般的になりすぎる気がしますが、とはいえ自分の可能性を信じていない人間はうつにでもならない限りそうそういない気がします。勘違いでも自分には将来があると思う人間が、現実に直面して思い込みを矯正するのは、どう説明すればいいのだろうかと思います。

永井俊哉(2017年8月7日 2:34 PM)

昔『[1]』という本がベストセラーになり、今でも、ヨーガの行法を元にした断捨離がブームになっていますが、これらはあくまでも不必要なものだけを捨てようということですから、必要なものを含めてすべて捨て去る仏教における本格的な出家とはまた違うと思います。もちろん必要かどうかというのは主観的な基準で、絶対的なものではなく、ルサンチマンが動機になっているかどうかも程度の問題でしょう。

mars(2017年11月18日 2:57 PM)

ちょっと少し。断捨離ブームは「必要なもの」から捨てさせて断捨離本とかは大量に買わせます、必要無いものを捨てる訳でも全てを捨てる訳でもありません。この場合捨てるのは「自分で考える」という行為そのものです、考えることを完全に放棄すれば迷いも苦しみも全部無くなるという考え方。
このような利他主義は来世利益を求める世俗派の在家信徒とは別の在家信徒の思想的根幹になってませんかね?
母体回帰願望の究極系と禁欲主義の「統一」宗教として、具体名は避けますが在家側から成立した宗教は多々あります。
たいていは先鋭化していき個人の救済レベルでの自殺や人類救済と称する大量殺戮に走って消えていきますが、すぐにまた生えてきます。

かつたろう(2018年11月10日 5:55 PM)

当時は気がつかなかったけどmarsさんのコメントを読みこう思いました。それは、断捨離は思想と言うよりビジネスですね。必要なものを捨ててしまったらまた買わなければいけないですし、さらには自分で考えることを放棄した人は物を買わされ搾取されます……。つまり、利他主義とは言えないです。消費サイクルを早める仕組です。人に禁欲を強いてお布施させ自分の欲を満たすことは、宗教にも見られます。

第三章 第三節 個人史と人類史の反復説的再構成
銀河枕(2006年2月13日 4:53 PM)

まず、質問です。永井さんは、「出産時の母の膣とその中の子、授乳時における子の口とそこに挿入される母の乳首あるいは乳、硬くなってペニスのような形をした大便と直腸、これらはすべて本来の性交における膣と男根の関係と等価とみなされる。そして四回の去勢という切断は、口唇期、肛門期、男根期という三つのフェイズを区切る。」と言われています。
ここで、羊水中の子自身、母の乳首や乳、大便がペニスとみなされ、それに対して膣、赤ちゃんの口、直腸というか肛門が膣に対応するわけでしょう
つまり、男の子は、最初ペニスとして生まれ、膣として乳を飲み、膣として大便をし、最後にペニスとして性交すると言うことでしょうか?
非常に面白く興味深いのですが、例えばホモセクシュアルをこの4段階説で説明するとどうなるのでしょうか?

永井俊哉(2006年2月13日 6:15 PM)

羊水の中にいるときは、へその緒が母子をつなぐ絆となります。へその緒が切れた後も、子は、その代替を求め、母子の接点を見出そうとします。その際どちらが能動的でどちらが受動的かは、想像的な鏡像関係においては、相対的で、ファリックマザーとの想像的同一化が後の文化的に規定されたホモセクシュアリティの目標となります。

銀河枕(2006年2月14日 12:00 PM)

鏡像段階では、受動と能動は相対的で、受動と能動(膣とペニス)交換可能で、後の象徴段階で、能動受動の非対称性というか局在化が起こるということですね
以前テレビで、ホモセクシュアルの男に対して、イスラム圏の男が、ものすごい剣幕で「殺す」といっていました。なんでそれほどまでに「ダメ」なのかよく分からなかったのですが、永井さんの論考で少し分かるようになりました。
永井さんの四つの去勢のなかで、最後の去勢だけが重要ということはない気がします。つまり、おしっこやウンチを抑制するのと射精を抑制することにさほどの違いが感じられないのです。
永井さんは、この四つの去勢に対して優先順位というか重要性の違いを感じられているのでしょうか?構造が類似しているということだけではない気がします。段階的に考えるのなら、最初の去勢が決定的ということなのでしょうか?

永井俊哉(2006年2月14日 12:24 PM)

普通、精神分析学で「去勢」といえば、男根期での去勢のみを指します。それは、子が母から自立する最後の局面で、以後、子は、幼児的な性欲を断念して潜伏期に入ります。

銀河枕(2006年2月17日 6:13 PM)

幼児期健忘についての永井さんの解釈は非常に面白い。
それで、思い出したのですが、日本で臨床心理の分野で箱庭療法というのがあって、特に日本で盛んに利用されているそうです。ミニチュアの山や川、いろいろなフィギャーを組み合わせて、一つの箱庭を完成させる。その過程で治癒が達成される。
臨床心理士は、何かを解釈したりするのでなく、受容的に、母親的に見守るだけ。それでなぜかしら直るのだそうです。
音楽療法というのもあると聞いたことがあります。
幼児健忘期の記憶を活性化させるには、言語によらないでイメージとか音楽の方が容易なのかもしれません。
幼児健忘と言語的な分節とは馴染まないということでしょうか?

永井俊哉(2006年2月18日 12:10 PM)

精神分析学は、意識によって抑圧された無意識の欲望を知ることで、心の病を治すという方法をとっています。意識的な方法をとると、意識が検閲しようと抵抗を試みるのでうまくいきません。だから、連想とか、造形とか、無意識のうちに欲望が表れる方法をとるわけです。

ぬここぬこ(2008年4月20日 2:36 PM)

ふと思ったのですが、潜伏期や思春期に入るのにも、去勢というのは存在するのでしょうか?

永井俊哉(2008年4月23日 11:02 AM)

去勢の影響は、去勢後も続きます。

第三章 第四節 浦島太郎と桃太郎
思いつき(2006年1月30日 10:57 AM)

”竜宮から現れる女性は、自分が生まれた時の、まだ若くて美しい、理想化された母の姿である。”のところで ふと 昔の映画ネバーエンディングストーリーを思い出し、あれは桃太郎と浦島太郎を合わせた話だったのか? などと思いつき、書き込みさせていただきました。
なかなかうまく合わさっている話と思いますが永井氏としてはいかがでしょう。

永井俊哉(2006年1月30日 7:46 PM)

私はその映画を見ていないのですが、その話にも竜が出てくるようですね。

イングル(2008年9月24日 6:51 PM)

永井さん、結局「浦島」というのは実在した人物なのでしょうか。
架空としても何故「浦島」という名だったのでしょう。
日本中に浦島という姓の方がいらっしゃいますが、子孫なのか
どうなのか。
そして「浦島」という姓の人はもともと中国出身なのですか?
世界各地で存在している物語の1番古いものは、やはり中国で
書かれたものなのですか?
しかし胎内回帰説があるとは思いもしませんでした、興味深いです。

永井俊哉(2008年9月25日 2:17 PM)

『丹後国風土記』逸文には、「浦嶼子」とありますが、これは「浦の嶼子」というほどの意味ですから、「浦島」という姓の人がいたということではありません。

イングル(2008年9月25日 8:30 PM)

そうなのですね、知らなかったです。
それにしても、とてもとても胎内回帰説に興味が湧きます。