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未知のウイルス感染症にどう対応するべきか

2020年6月24日

2019年に中国武漢市で発生し、2020年に世界中に広がった新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による感染症(COVID-19)は、日本国内でも流行した。この感染症の蔓延に対する日本政府の対応には、どのような問題があったのか。コロナ不況に対する日本政府の経済政策は妥当だったのか。本稿では、過去の問題を再検討することで、今後に向けての教訓としつつ、感染症に強い社会を作るための提言を行いたい。

Image by Gerd Altmann+mohamed Hassan from Pixabay

1. 日本の感染症対策にはどのような問題があったのか

治療薬もワクチンもない新しい感染症が海外で発生した時、その感染症が国内で広がることを抑制するために国家として取るべき方策には、三つの段階がある。洪水対策に喩えるなら、第一段の堤防は水際対策であり、第一段の堤防が決壊した時の第二段の堤防は感染者の隔離であり、第二段の堤防が決壊した時の第三段の堤防は無差別的な都市封鎖(ロックダウン)である。

最後の堤防が決壊したなら、残る方策は集団免疫の獲得に頼る方法しかないが、これは無策も同然で、スウェーデンやブラジルで起きたように、多くの犠牲者が出ることを覚悟しなければならない。しかも、一度感染したからと言って、二度と感染しないとは限らない。新型コロナウイルスに対する免疫の持続期間はかなり短いという報告もある[1]。回復しても、後遺症が残る場合もあり、安易に集団免疫に頼るべきではないだろう。

1.1. 第一段階での失敗の検証

日本の近隣国で、第一段階で抑制に成功した国として台湾を挙げることができる。台湾は、中国が武漢市を封鎖する前の2020年1月22日に武漢との団体旅行の往来を禁止し、春節が始まる前の1月24日にはその対象を中国全土に広げ、2月6日には中国全土からの入国を禁止した。これに対して、日本が武漢市を含む湖北省からの入国拒否を表明したのは、春節が終わる1月31日になってからのことである。毎年春節には多くの中国人観光客が海外を訪れる。春節に観光客の大部分を入国させなかった台湾とすべて「熱烈歓迎」してしまった日本とではその後明暗が分かれることになる。

日本が中国からの入国を制限し遅れた理由は二つあると考えられる。第一に、中国との対決姿勢で支持率を伸ばす蔡英文台湾総統とは異なり、習近平中国国家主席を国賓として招聘するつもりだった安倍首相は、入国禁止が日中関係の悪化につながることを恐れた。第二に、観光産業を地方創生の切り札として重視していた安倍政権にとって、春節に大挙して来日する中国人観光客を拒否することができなかった。春節が終わってから湖北省からの入国拒否を表明したことがそれを雄弁に物語っている。

2002年~2003年にアジアやカナダを中心にコロナウイルス感染症が拡大した時、日本は水際対策に成功した。国内に一人の感染者も出さなかったのだ。これに対して、台湾は水際対策に失敗し、国内での感染の広がりにより84人の死者を出した。台湾は、これを教訓にして、今回、水際対策だけでなく、国内での感染拡大抑制のため大胆な政策を実行し、その結果、台湾の人口10万人あたりの死者数は0.03で、日本の0.56よりもずっと低く抑えられた(2020年5月16日のデータ)。日本は前回被害がなかったために、今回は油断したと言うこともできる。

水際対策の失敗の一つとして、ダイヤモンド・プリンセス号に対する対処の間違いをも挙げることができる。入港を認めないことがベストな選択だったが、入港を認めるなら、乗客を下船させ、ゾーニング(感染ゾーンと安全なゾーンを区分すること)がしっかりできる宿泊施設で隔離するべきだった。乗客は約2700人もいたので、一カ所に収容できる施設はなかったが、分割して複数の施設で隔離することは可能だったはずだ。ゾーニングが不十分であった船内に乗客を長期間閉じ込めた結果、船内で感染が広がってしまった。日本は、これと同じ間違いを次の第二段階でも繰り返すこととなる。

1.2. 第二段階での失敗の検証

日本の近隣国で、第二段階で抑制に成功した国として韓国を挙げることができる。韓国も、日本と同様に、政治的な理由から、中国からの入国を禁止することをためらった。つまり第一段階での対策には失敗した。しかし、韓国は、日本とは異なり、SARSコロナウイルスに加え、2015年にはMERSコロナウイルスにも苦しめられた国であったため、それらを教訓として新型コロナウイルスを迎え撃つ体制が出来上がっていた。いわば、社会システムのレベルで免疫システムができていたのである。

韓国は、国内で感染爆発が起きたことを認知すると、積極的にPCR検査を実施し、感染者を隔離し、情報公開と感染経路の追跡を行った。アプリを使って感染者の行動履歴を匿名化の上公表したことで、感染者が立ち寄った店舗や施設は休業に追い込まれた。しかし、それでも、無差別的なロックダウンよりもましだ。休業する事業者の数が少ないなら、政府が休業補償をしても、財政に与える影響は小さい。それゆえ第二段階で感染を抑制できるなら、第三段階に進むよりも好ましいと言える。実際、韓国は、ロックダウンなしで感染を抑制できたので、財政出動も大きくならずにすんだ。

第二段階で感染を食い止めるための三点セットは、(1)検査、(2)感染経路の追跡、(3)感染者隔離であるが、日本は三つとも不十分にしか行わなかった。

(1)検査:日本が行ったPCR検査の人口当たりの実施率は韓国よりも一桁小さく、OECD諸国の中ではメキシコに次いでワースト二位であった。日本にはPCR検査を行う機器や人材が民間に十分あったのにもかかわらず、それがうまく活用されなかったのには、理由が二つあったからと考えられる。まず、大規模な検査を行うと、認知された感染者が増え、医療崩壊が起きることが懸念された。しかし、感染者を医療機関に入院させなければならない必然性はない。どのみち治療方法はないのだから、重症患者以外は、非医療機関であってもゾーニングが可能な宿泊施設などに隔離すればよい。しかし、日本ではこうしたトリアージの体制を整えることが遅れた。

次に、検査数を増やすうえで、保健所がボトルネックとなった。日本の保健所は、海外で感染して帰国した少数の患者の治療を行う体制を整えてはいたが、国内で未知のウイルスによる感染症が大規模に広がるという事態を想定していなかった。保健所が対応できないほど感染を疑う事例が増えた場合は、保健所を介さずに医師が直接民間の検査機関に検査を依頼できる体制に速やかに切り替えるべきだったのだが、役所は前例のない事態に柔軟に対応することが苦手で、こうした切り替えは即座に行われなかった。

(2)感染経路の追跡:日本は、PCR検査に消極的であっただけでなく、陽性判定された感染者に関する情報の公開にも消極的であった。感染者の住所や行動履歴は、極めてあいまいな形でしか公表されなかった。行動履歴の公開は、個人のプライバシーの侵害になるだけでなく、感染者が立ち寄った店舗や施設の営業妨害になることを懸念したからであろう。しかし、行動履歴を公開しないと、感染者が立ち寄っていない店舗や施設までが疑惑の対象となり、無差別的なロックダウンをせざるを得なくなる。個人情報の取り扱いは注意するべきだが、公衆衛生上必要とされる範囲内では公開するべきである。

なお、政府は、新型コロナウイルスに感染した人と濃厚接触した疑いがある場合に通知を受けられるスマートフォン向けのアプリ"COCOA"の試行版を2020年6月19日からリリースした。このアプリは、過去14日以内に陽性であることが判明したアプリ利用者と1m以内の距離で、15分以上の近接した状態をBluetoothを使って検知し、記録する。しかし、陽性者が登録するかどうかは任意であるため、あまり役に立たないと予想される。

(3)感染者隔離:日本政府は、新型コロナウイルス感染症が疑われる場合でも、軽症であるなら、自宅で療養することを推奨した。いわば、感染者を自宅で隔離しようとしたと解釈できる。しかし、自宅ではゾーニングができないので、家族が感染リスクにさらされる。一人暮らしの場合、食料の買い出しに出かけるので、市中で感染を広げてしまう。いずれにせよ、ゾーニングができない場所に感染者を押し込めようとした結果、感染を広げてしまい、ダイヤモンド・プリンセス号での失敗を繰り返すことになった。

韓国における感染経路不明率は4月12日時点で2.8%だった。5月以降、クラブ(ゲイ・バー)での集団感染により、感染経路不明率は上昇したが、50%以下を目標としている日本と比べれば、格段に低い。日本の感染症対策は、クラスター対策を基本としているが、クラスター対策は、クラスター関連以外では感染者がいないことが前提になっている。感染経路不明者が増えると、クラスター対策では太刀打ちできなくなる。そこで、次の段階に移行せざるを得なくなった。

1.3. 第三段階での失敗の検証

第三段階は、ロックダウンである。ロックダウンとは、住民に強制的に外出を禁止したり、生活必需品以外の商品を販売する店舗の閉鎖を命令したりする都市封鎖である。だれが感染者かわかっていて、かつその数が少数なら、感染者だけを隔離すればよい。しかし、そうではなくなった時、非感染者を含めた社会全体の行動を制限しなければならなくなる。日本政府は、ロックダウンに踏み切らなかったが、国民に外出自粛や休業を「要請」した。すなわち、政府は、2020年4月7日に、7都道府県を対象に、16日には全国を対象に緊急事態宣言を発令した。これは、いわばソフトなロックダウンとでもいうべきもので、ロックダウンを実施した時と似たような帰結をもたらした。

その後、以下のグラフに見られるとおり、新規感染者が減少したため、5月25日に、政府は緊急事態宣言を解除した。

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日本における新型コロナウイルス感染症陽性判定者の数の推移[2]

このグラフを見ると、4月7日の緊急事態宣言には効果があったように見える。しかし、その効果を疑問視する人もいる。例えば、池田信夫は、以下のグラフに示されているとおり、発症日ベースでの新規感染者数のピーク(報告日ベースでのピークの2週間前)が3月27日であったことから、緊急事態宣言は「壮大な空振り」だったと言っている。

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桃色の棒グラフは新型コロナの推定新規感染者数(左軸)。青色の折れ線は実効再生産数(右軸)。西浦博の図に池田信夫が加筆したもの。Source: 池田信夫. “緊急事態宣言は「壮大な空振り」だった 新型コロナの感染はなぜ3月末にピークアウトしたのか." JBpress(株式会社日本ビジネスプレス). 2020年5月15日. p. 1.

池田は次のように述べて、「日本では緊急事態宣言による行動削減の効果はほとんどなく水際対策が重要だ[3]」と主張している。

2月末に安倍首相が自粛を呼びかけてからも、3月前半には人の移動はほとんど減っていない。たとえば都営地下鉄の利用者が大きく減り始めるのは4月初めからである。[…]図でもわかるように、2月上旬には2を超えていた実効再生産数は、2月下旬には1を下回ったが、3月下旬にまた2を超えて「第2波の到来」といわれた。人々の移動は2月から単調に減ったが、感染者数は3月後半に上がったのだ。[3]

この認識は正しいのだろうか。それを検証するために「人々の移動」の変動を示す指標として、アップルがマップでの経路検索から作成した移動傾向レポートのデータを使うことにしよう。日本では、iPhoneのシェアが高いので、このデータは実際の移動傾向を反映していると考えらえれる。以下のグラフは、移動傾向レポートからダウンロードしたデータをもとにグラフを作成し、私が加筆したものである。このグラフを見る限り、「3月前半には人の移動はほとんど減っていない」とか「人々の移動は2月から単調に減った」とかいった事実は確認できない。

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2020年1月13日から5月10日までの日本全国での経路検索の変化。青線は徒歩、赤線は交通機関、緑戦は自動車のモビリティ・トレンド(移動傾向)。横線は、2020年の日時。Data source: アップル移動傾向レポート.

このグラフを左から確認していこう。2月24日までは、移動傾向は平常モードで、週末前になると周期的に増加する傾向がみられる。厚生労働省は、2月20日の「新型コロナウイルス感染症の発生を踏まえたイベント開催の取扱い等について」で、イベントなどの主催者に対してアルコール消毒薬の設置などさまざまな感染防止策をとることを求めた。これは実効再生産数の低下には寄与したようだが、自粛要請ではなかったので、移動傾向には影響を与えなかった。移動傾向に異常がみられるようになるのは、2月25日以降である。3月上旬まで移動傾向が低く抑えらえたままになっている。この背後には以下のような事情がある。

2月24日に新型コロナウイルス感染症対策専門家会議が開かれ、「この1~2週間の動向が、国内で急速に感染が拡大するかどうかの瀬戸際である」とする「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針の具体化に向けた見解」が発表された。翌日、それに基づき、政府の新型コロナウイルス感染症対策本部は、今後、地域で患者数が継続的に増えている状況で「積極的疫学調査や、濃厚接触者に対する健康観察は縮小し、広く外出自粛の協力を求める対応にシフトする」、「学校等における感染対策の方針の提示及び学校等の臨時休業等の適切な実施に関して都道府県等から設置者等に要請する」などとした「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針」を発表した。翌日(26日)には、国内初となる新型コロナウイルスの人から人への感染事例が報告され[4]、市中感染のリスクが意識されるようになった。さらに翌日(27日)には、安倍首相が全国の小中高に3月2日から臨時休校するように要請した。

こうした事情があって、移動傾向が低く抑えられ、その結果、感染拡大も頭打ちになった。だが、次第に国民の気が緩んで、移動傾向は上昇し始めた。特に3月20~23日の連休前に、移動傾向が急上昇している。これは、多くの国民が連休中に外出や旅行を行ったことを意味している。その間、実効再生産数が上昇し、感染が急拡大している。

アップルのデータだけでは十分ではないかもしれないので、グーグルが提供する位置情報でもこのことを確認しよう。以下のグラフは、グーグルユーザーのアクティビティデータ(Google’s Community Mobility Reports)を基に柳瀬隆志が作成した位置の増減率のグラフである。青色は住宅(Residential)、桃色は食料品店とドラッグストア(Grocery & pharmacy)、オレンジ色は公園(Parks)、緑色は職場(Workplaces)、紺色は小売店と娯楽関連施設(Retail & recreation)、赤色は駅(Transit stations)への位置の増減率で、後者の四つの場所を自粛対象場所と呼ぶことにしよう。

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2020年2月15日から5月10日までの東京都におけるグーグルユーザーの位置の増減率。下のグラフはその7日間移動平均である。Source: 柳瀬隆志. “Mobility Data in Japan." Originally Published: Apr 22, 2020. Last Updated: Jun 16, 2020.

東京都限定のデータであるが、アップル提供の全国のデータと同じ傾向を示している。2月25日以降、自粛対象場所への移動が減少し、在宅率が増えている。しかし、3月20~23日の連休中には公園への移動が急増しており、行楽目的の(時期から判断して、おそらくは花見のための)外出が盛んに行われたことを示している。

連休終了後、アップルの移動傾向は急落した。グーグルの位置傾向も自粛対象場所への外出が控えられたことを示している。これは、東京都の小池知事が、3月25日の緊急会見で外出自粛を要請し、在宅勤務を推奨したからと考えられる。この自粛要請後、実効再生産数が減少し、三日後には、新規感染者数が増加から減少に転じた。モビリティの低下が感染の拡大をピークアウトさせたと言える。

大阪でも吉村知事が3月27日に外出自粛を呼びかけた。6月12日に開かれた大阪府の専門家会議で、大阪府における新規感染のピークは3月28日と推定された。専門家会議に出席した中野貴志は、「感染拡大の収束に外出自粛や休業要請による効果はなかった」と言っているが、吉村知事が外出自粛要請を出した後にピークアウトしたのであるなら、「外出自粛や休業要請による効果はなかった」とは言えないだろう。

モビリティを低下させた要因は知事による自粛要請だけではなかったと考えられる。3月29日に、志村けんが新型コロナウイルスで亡くなって、大々的に報道されたことで、多くの国民は、新型コロナウイルス感染症の脅威を身近に感じた。これも国民の行動に少なからず影響を与えたようだ。そして、4月7日に緊急事態宣言が発令され、16日に全国に対象が拡大された。3月25日から4月16日まで、アップルの移動傾向は下落し、その後も低い水準を維持した。グーグルの位置傾向も、その期間中、自粛対象場所への外出が漸次控えられ、在宅率が上昇し、五月の連休まで低い水準を維持したことを示している。

以上を要するに、モビリティの漸次低下の結果、新規感染者数が減り続けたということだ。モビリティの変動と新規感染者数の増減との間に相関性が見られる以上、緊急事態宣言が「壮大な空振り」だったとは言えない。むしろ問題は、ソフトなロックダウンの開始時期が遅すぎたことだ。もしも3月20~23日の連休前に外出自粛要請をしていたならば、もっと早期に感染を抑制することができたであろう。自粛要請の解除も実際よりずっと早くできたであろうから、経済に与えるダメージももっと小さかったであろう。

政府が何もしなければ、経済にダメージを与えないと言ってロックダウンに反対する人もいるが、たとえ政府がロックダウンをしなくても、市中でウイルスが猛威を振るっている状況では、人々は外出を怖がるので、経済はどのみち失速する。実際、政府が感染防止にほとんど介入しないスウェーデンやブラジルでも、介入した国と同じぐらい(もしくはそれ以上に)GDP成長率が落ち込んでいる。スペイン風邪に対する米国の各自治体の非薬学的介入(NPI=Non-Pharmaceutical Interventions)を検証したレポート[5]が強調するように、感染対策と経済はトレード・オフの関係にはなく、むしろ、早期にNPIを行った自治体ほど、経済的ダメージは小さかった。

小池知事が3月25日まで外出自粛要請をしなかったのは、もしそうすれば、東京が危険な都市であることを世界に表明したことになり、2020年7月22日から開催する予定であった東京オリンピック開催に悪影響を与えることを懸念したからであろう。その証拠に、東京オリンピックの1年間延期が決まった3月24日の翌日に、小池知事は緊急会見を開き、外出自粛要請を行った。安倍首相よりも決断が早かったとはいえ、所詮は娯楽にすぎないオリンピックを都民の健康よりも優先したという点で、安倍首相だけでなく、小池知事の対応にも合格点は出せない。

それでも日本は人口当たりの死亡者が欧米よりも少なかったから、日本政府はよくやったと評価する人もいるだろう。だが、それを日本政府の功績として誇ることは疑問だ。日本には、もともと身体接触回避の習慣、マスク文化、屋内土足禁止、高い衛生観念など感染が広がりにくい文化的要因があった。加えて、たんなる自粛要請にも素直に従う国民性もあって、大規模な感染が未然に防がれた。太平洋戦争のころから日本は兵卒優秀、指揮官無能と言われている。阪神大震災や東日本大震災でも、政府は無能だったが、国民がボトムアップで動いて問題を解決した。今回も同じで、政府の対応に合格点は出せない。

2. 日本の経済復興策にはどのような問題があったのか

新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、世界同時不況をもたらした。サブプライム危機克服後、長期にわたって続いた米国の好景気も終焉を迎えた。日本では、2019年10月から始まった消費税増税により第四四半期のGDPがマイナスとなっていたところに、コロナショックが加わったことで、リセッションがより深刻となった。しかし、世界恐慌以来とも言われる経済危機に対する安倍内閣の対策は迷走し、主要国の首脳が迅速な経済対策で支持率を上昇させたのとは対照的に、安倍内閣の支持率は低下した。安倍内閣の経済対策にはどのような問題があったのかを検証しよう。

2.1. 財政政策はどうあるべきか

安倍政権は、当初、パンデミックにより収入が激減した世帯に対して現金30万円を給付する緊急経済対策を実行する予定であった。困っている世帯にターゲットを絞って、手厚く援助するという政策は理想的に見えるが、問題は、世帯が困っているかどうかを判定する手段を行政が持っていないところにある。国税庁には2019年の源泉徴収の情報ならあるが、2020年にどれだけ収入が減少したかという情報はない。給付申請者に収入減少の証明をさせるとなると、ハードルが高くなる。そこで、この緊急経済対策は撤回となり、無差別に国民一人当たり十万円を特別定額給付金として支給することとなった。

緊急事態宣言を全国に拡大した4月17日に支給が表明された特別定額給付金は、緊急事態宣言を解除した5月25日の時点でもほとんどの国民の手には届かず、支給の遅さが国民の不満を高めることになった。問題は遅いだけではない。支給には多大なコストがかかる。持続化給付金支給の事業費を電通等が設立したサービスデザイン推進協議会が769億円で落札したことや"Go To キャンペーン"の事務委託費の上限が、当初、事業費の約二割にも設定されたことが非難されたが、実は、特別定額給付金の支給にも1458億円強が事務費として計上されている。行政が直接やろうが、民間が代行しようが、金を動かすことにはコストがかかるのである。

財政政策には、補助金支給以外に減税という方法もある。補助金支給事業では、徴税にかかる事務費用と時間および支給にかかる事務費用と時間という二重の無駄が発生する。負担を強いられる国民の側からすれば、往復ビンタを食らうようなものだ。もちろん、所得再分配という減税では実現できない目的があるなら、補助金支給も無意味とは言えない。しかし、生活支援のために国民全員に一律十万円を支給するとか、消費喚起のために"Go To キャンペーン"を行うとかといった趣旨で財政出動するなら、減税の方が、事務費用と時間を無駄にしないという点で、より合理的に目的を達成することができる。

今回のような場合、減税の方法として、消費税の期間限定の凍結が好ましい。消費税とは、徴税コストという本来政府が負担するべきコストを小売店に転嫁する税金である。軽減税率などのような複雑な仕組みにすれば、なおさら小売店側に大きな負担が生じる。消費税を期間限定で凍結すれば、小売店の負担を減らすことができる。消費をしない国民はいないのだから、十万円一律給付と同様に、恩恵が国民に広く行きわたる。"Go To キャンペーン"と同様に、消費を喚起する効果もある。しかも、そうした補助金事業とは異なり、迅速に、同時に、無駄なく行われるのである。政府が電通のような特定業者との癒着を疑われることもない。

安倍首相は、全世代型社会保障を構築するために必要な財源だとして、減税には消極的である。しかし、消費税は社会保障のために課税する目的税ではない。金に色がついていない以上、減税でも補助金支給でも財政に与える負担は同じである。それならば、無駄な経費と時間がかからないという意味でより好ましい手法を用いるべきである。目下インフレ率が低下しているので、財源不足はインフレ税で補うことができる。それなのに、なぜ安倍政権は、一方で補助金支給政策を安易に連発しておきながら、他方で減税には慎重なのだろうか。おそらく、減税よりもバラマキの方が自分の権力の強化につながるという田中角栄的な発想を持っているからなのだろう。国民の中には、金(カネ)が天から降ってくると勘違いして、バラマキをありがたがる人がいるのだから、田中角栄的な手法には一定の政治的効果がある。

田中角栄は、大都市で集めた税金を地方にばらまき、将来世代に負担を押し付けて高齢者の福祉と医療に金をばらまいた。つまり彼は、サイレント・マジョリティから奪った富をノイジー・マイノリティにばらまいたのだ。恩恵を受けたノイジー・マイノリティは声を大にして角栄政治を絶賛し、そこから「田中角栄は偉大な政治家だった」という幻想が生まれる。しかし、国民全体という視点からすれば、国民から奪った金を国民にばらまいても、タコが自分の足を食べているようなもので、国民全体に恩恵が行きわたることはない。では、財政政策はどうあるべきなのか。

税金が罰金として機能することを考えるなら、コロナ不況のようなデフレにおいて、消費に対する罰金である消費税は凍結した方がよい。代わりに、マネーの死蔵というデフレにおいて好ましくない行為に対して罰金を科すべきである。それはインフレ税によって容易に実行できる。財務省は、消費税が徴税コストの低い税であると喧伝する。小売店の負担を度外視するなら、そう言えるが、インフレ税は、消費税よりも徴税コストはさらに低く、脱税の可能性もない。もちろん、景気が回復し、インフレ率が高まるなら、インフレ税はやめるべきだし、浪費に対する罰金として、消費税が必要になる時もあるだろう。だから、消費税は、廃止ではなくて、デフレから脱却するまでの期間限定での凍結の方が好ましい。

2.2. 休業補償はどうあるべきか

政府がロックダウンという強権的な手法を講じた場合、休業を命じた店舗や施設に対して政府が補償をする必要性が出てくる。全国一律にロックダウンするとなると、補償費用は巨額になる。財政にダメージを与えないようにするには、第三段階に行く前に、第二段階で感染の広がりを止めなければならない。日本では、欧米ほど感染が広がらなかったので、政府がその気になれば、第二段階で止めることができたはずだ。第二段階で止めたなら、休業しなければならない店舗や施設の数は限られるので、比較的小さな財政負担で、経済全体を止めることなく、感染拡大を防止できただろう。段階が進むにつれて社会的コストは大きくなるのだから、安易に前の段階をあきらめるべきではない。

ところが、既に述べたように、日本政府は第二段階で必要な三点セットの実行を怠り、その結果、第三段階を自粛要請というソフトなロックダウンで実行する羽目となった。事業者は、自粛要請を受け入れた場合、法的には勝手に休業したということになり、補償を求める権利がなくなってしまう。罰則を伴う命令が出ていないのだから、自粛要請を無視して営業した事業者もいたことだろう。そうした事業者は、ライバルがいない中、利益を上げることができたに違いない。政府の要請を受け入れた事業者が損をし、無視した事業者が得をするというのはモラル・ハザードである。

日本政府は、「戦前の軍部の独走に対する反省」から、国家緊急権を発動してロックダウンを断行することができないようだ。しかし、違反者を処罰するハードなやり方を採用しなくても、モラル・ハザードを防ぐ代替策はある。それは、自粛要請に従わない事業者に対して、罰金の代わりに税金を課し、それを自粛に応じる事業者に支払う協力金の財源の一部にする方法だ。これなら、営業の自由を否定することにはならないが、休業に圧力をかけることができる。東京都以外の自治体には、協力金を十分に支払うだけの財源はないが、自治体には地方税を独自に課す権利がある。自治体独自でもやろうと思えばできただろう。

2.3. 企業支援はどうあるべきか

日本政府は、休業補償を行わない代わりに、持続化給付金で、打撃を受けた事業者を支援しようとした。新型コロナウイルス感染症の影響により、月の売上が前年同月比で50%以上減少している事業者に対して最大200万円を給付するというのが支援内容だ。しかし、大都市で複数の店舗を持つような事業者にとって、200万円の給付は焼け石に水程度の効果しかない。もちろん、財政が逼迫している日本政府には、無際限に給付金を出す力はない。そこで、給付よりも貸し付けで倒産を防ぐべきだということになる。とはいっても、必ずしも政府が政策金融機関を通じて直接事業者に金を貸す必要はない。

政府は、持続化給付金事業を電通やパソナに委託していることを批判された際、民間の力を借りることの重要性を主張した。なるほど、民間の力を借りることは重要だ。しかし、事業者の「持続化」をサポートする上で活用しなければならない民間企業は、電通やパソナではなくて、民間の金融機関だ。なぜなら、彼らは、事業者の「持続化」をサポートすることを本来の職務としている民間のプロだからだ。政府がやるべきことは、金融緩和等の手法で間接的にそれを支援することである。

政府とは異なり、民間の金融機関には、融資先が融資するに値するかどうかを選別する能力がある。ということは、すべての事業者を救済することはできないということだが、それは止むを得ないことだ。ここで、「中央卸売市場は必要か」で取り上げたグラフを再掲しよう。これは、2010年から2012年における米国の産業別労働生産性水準の平均を100とした時の同時期の日本の産業別労働生産性水準(1時間あたりの実質付加価値)を縦軸で、付加価値のシェアを横軸で示したものである。

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日米の産業別生産性(1時間あたり付加価値)と付加価値シェア[6]。実質付加価値は、購買力平価(PPP)で計算されている。

ソフトなロックダウンで特に大きな打撃を受けた卸売・小売業と飲食・宿泊のセクターに注目しよう。縦軸の値を見ると、どちらもかなり低く、他方で、横軸を見ると、合計の横幅が大きいことに気が付く。これは、卸売・小売業と飲食・宿泊の両セクターが、労働生産性が低いにもかかわらず、雇用の大きな受け皿になっていることを示している。「日本人はなぜ学力が高いのに生産性は低いのか」でも述べたように、雇用を守るという大義名分のもと、生産性が低い産業を政府が保護すると、労働生産性の向上が妨害され、国民の所得を低迷させてしまう。労働生産性の低い店は、コロナ禍をきっかけに、閉店を決断した方がよい。

私は、経済対策として期間限定の消費税の凍結を提案した。ソフトなロックダウンが行われている状況で消費税を凍結すると、ネット通販が売り上げを伸ばす一方で、リアルの店舗が苦戦するので、フェアではないと思うかもしれない。しかし、対面販売からネット通販への流れは時代の流れなのだから、デジタル・トランスフォーメーションという時代の流れは、コロナ禍をきっかけにむしろ加速させた方がよい。デジタル・トランスフォーメーションは労働生産性の高い新しい産業を作る。米国では、失業者数が急増する一方で、IT企業が積極的に新規の人材採用に動いている。労働生産性が低い古い産業が消滅しても、人的資源が労働生産性の高い新しい産業に移動すれば、失業問題が深刻化しないだけでなく、日本の労働生産性が高まるというプラスの効果も期待できる。次の章では、こうしたピンチをチャンスに変えるための方法を考えたい。

3. 日本は今後どのような変革を推し進めるべきなのか

生命誕生以来、ウイルスは生命システムに進化をもたらしてきた。今回もウイルスは、生命システムとしての社会システムにデジタル・トランスフォーメーションという大きな進化をもたらそうとしている。私は、2020年4月9日に、「ウイルス進化説は正しいか」への追記「ウイルスと社会進化」で、「感染爆発防止のため外出が規制される中、人間が物理的に動かなくても、情報だけを動かすことで成り立つ社会が形成されつつある」と書き、テレワーク、遠隔医療、遠隔教育を取り上げた。ここでもこの三つ領域でのイノベーションについて改めて論じよう。

3.1. 遠隔勤務をどう進めるべきか

もともと政府は、働き方改革の一環として遠隔勤務(テレワーク/リモートワーク)を推奨していたが、遅々として導入は進まなかった。コロナ禍は、食わず嫌いをしていた経営者や労働者に「お試し期間」を提供することになった。2020年5月1日~2日に20歳~59歳の事務職400人に対して行われた調査結果によると、6割超がテレワークを希望していなかったが、8割近くは実際にやってみると良かったと回答している。また、内閣府が6月21日に行った世論調査によると、テレワーク経験者の64.2%が「仕事より生活を重視するように」なり、24.5%が「地方移住に関心が高くなった」と回答している。アナログな直感を重視する日本人が、現金・ハンコ・紙・Faxといったデジタル・トランスフォーメーションの障害物を本当に克服することができるのかという課題はあるものの、今後日本でもテレワークは普及していきそうだ。

テレワークの普及とともに、自殺が減っている。通常、不況になると自殺者は増えるものだが、コロナ不況下の月次の自殺者数の前年同月比は、2020年4月で19.7%減、5月で19.0%減と大幅に減っている。自殺は、睡眠不足[7]あるいは睡眠障害[8]で増加することが実証されている。ブレインスリープの調査によると、日本人の睡眠時間の平均は6時間27分と極めて短く、これが日本の高い自殺率の一因になっていると推定される。コロナ禍でのテレワークで通勤時間がなくなっただけではなく、ノミニケーションやら接待ゴルフやらといった仕事か遊びかわからない拘束時間までなくなったことで、睡眠時間が十分にとれるようになった。また煩わしい職場での人間関係のトラブルから解放されたことで、うつを原因とする睡眠障害が減ったということも考えられる。

テレワークには、これ以外にも多くのメリットがある一方で、情報漏洩のリスク、仕事と休みの境界のあいまいさ、コミュニケーション不足、チームワークの悪化などのデメリットもある。こうした問題を在宅勤務で解決する方法がないわけではないが、従来型の勤務でも在宅勤務でもないサテライト・オフィスやシェア・オフィスでの遠隔勤務という第三の選択肢で解決することもできる。地価の安い地方で遠隔勤務を行うことには、企業にとっては、オフィスの賃料や交通費を削減できるというメリットがあり、労働者にとっては、狭い家に住み、痴漢や痴漢冤罪のリスクを冒して満員電車による通勤を行う大都市でのストレスフルな生活から解放されるというメリットがある。また、普段から遠隔勤務に慣れることで、感染症蔓延時に在宅勤務に切り替えやすくなる。とはいえ、地方での生活や子育てが不便ではないようにするには、遠隔医療と遠隔教育の実現が必要である。

3.2. 遠隔医療をどう進めるべきか

現在の日本の医療は、地域の診療所でかかりつけ医が住民の診断にあたり、必要に応じて病院の専門医を紹介するという役割分担を理想としている。この方法だと、患者は、二ヶ所に足を運ばなければならない。セカンド・オピニオンを求めるとなると、行く場所がさらに増える。しかし、診療所と病院との関係をサテライト・オフィスと本社との関係に持ち込めば、患者は、診療所でのワンストップで、あらゆる診療サービスを受けることができる。それだけでなく、手術も、ロボットアームの遠隔操作でできるようになるだろう。

現在、遠隔医療の普及を妨げている最大の要因は、個人情報の保護である。電子カルテを医療機関の間で共有することは、個人情報保護とセキュリティ上の問題から、いっこうに普及していない。しかし、サテライト・ホスピタルでのワンストップ・サービスが可能になれば、情報をそこで管理すればよいので、こうした問題は起きない。将来的には、患者が自らキーを持って、自分の個人情報をクラウド上で暗号化して保管し、どの医療機関でも使用できるようにするべきだが、それがなかなか実現できない現状を考えるなら、サテライト・ホスピタルでの一元管理は、過渡的な方法として有効と言える。

コロナ禍でオンライン診療の導入が増えているが、大部分は従来型の診療をビデオ通話で行っているだけの代物にすぎない。遠隔医療が本領を発揮するのは、IoTから得られるビッグデータ、とりわけウェアラブル端末から得られるバイタルサインを基に人工知能が診断を行うスマート・ヘルスケアである。政府も、それを理解しており、以下の図に示されているような「AIホスピタルによる高度診断・治療システム」のモデル事業を、2022年の実用化を目指して、2020年秋より開始する予定である。

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AIホスピタルの概略図. Source: 中村祐輔「AI(人工知能)ホスピタルによる高度診断・治療システム」内閣府. 2020年6月10日.

しかし、個人宅で本格的な検査を行うことはできないし、ましてや手術などはできないので、その点、サテライト・ホスピタルは、ちょうどテレワークにおけるサテライト・オフィスのように、ハイブリッドなソリューションを提供しうる。

3.3. 遠隔教育をどう進めるべきか

3月2日から休校を続けていた日本の学校は、6月1日から登校が再開した。遠隔教育を実行できた学校はごくわずかで、学習に遅れが生じている。感染第二波が襲来し、学習にさらに遅れが生じる事態に対応するため、9月入学が提案された。いったん見送りとなったが、教育再生実行会議で議論するということなので、安倍総理は完全にはあきらめていないようだ。9月入学は海外では標準的なので、留学が相互に容易になるというメリットがある。さらに、2セメスター制を採用すれば、冬休みと春休みを一年で一番寒い時期(1月下旬から2月上旬)の周辺に集約し、半年ごとのセメスターの区切りにすることが可能となる。現在の制度では、一年で一番寒くて、季節性インフルエンザが流行しやすい時期に授業を、さらには入学試験を行い、その前後に冬休みと春休みが分散してあるが、それよりも気候的には合理的である。

もとより、9月入学は、4月入学と同様、昔ながらの一斉授業を前提としている点で、古い教育のままと言える。4月か9月かは別として、入学や進級の時期が固定されているのは、日本の教育システムが、すべての学習者に固定速度で一斉授業を行い、画一的なカリキュラムを履修させるようにデザインされているからだ。だが、こうした硬直的な画一教育は、一方で落ちこぼれ、他方で浮きこぼれという二種類の不適合者を作り出す。この問題を解消するには、学習の速度を学習者の能力に応じてカスタマイズする必要があるが、従来の対面授業でそうしたパーソナライゼーションを行うには、高コストな個別指導という方法しかなかったので、公教育では無理であった。

しかし、現在のエドテックは、低コストな学習のパーソナライゼーションを技術的に可能にしている。授業には、大別して講義と演習の二種類があるが、前者は、オンデマンド型の講義動画により、後者は、人工知能によるインタラクティブな指導により低コストで提供できる。人間の教師がリアルタイムで学習者に向き合わなければならないのは、定型化が困難な大学や大学院の演習ぐらいだが、これもビデオ会議システムを使うことで、オンライン上でできる。つまり、実験や体育実技などを除いて、ほとんどの教育を自宅で受けることが可能ということである。

それでも、自宅で勉強したくないという人はいるだろう。自宅には娯楽の誘惑があり、ついつい遊んでしまうという人も多い。子供に遠隔教育を受けさせようとタブレット・コンピューターを買い与えても、子供が他のアプリで遊ぶということはよくあることだ。その場合、サテライト・キャンパスで勉強をするという方法がある。放送大学にも学習センターがあり、そこで放送授業を視聴したり、自習したりすることができる。

放送大学は、全都道府県に学習センターを設置しているが、すべての学校が同じことをするのは合理的ではない。むしろどの学校の遠隔教育をも受けることができる汎用のサテライト・キャンパスを数多く設置した方が、学習者にとっては利便性が高くなる。その場合、学習者が特定の学校一校にだけ所属することには意味がなくなる。サテライト・キャンパスで、日本はもとより全世界のオンライン・コースからコース単位で選択できることが理想的である。単位認定や学位授与は、教育機関から独立した評価機関が行えばよい。

サテライト・オフィス方式であっても、遠隔勤務、遠隔医療、遠隔教育が可能になれば、良い収入、良い生活、良い教育を求めて東京をはじめとする大都市に住む必要はなくなる。安価な住居コスト、美しい自然を求めて地方に移住する人が増えるだろう。それは個人の生活の質を向上させるだけではない。大都市に集中した人口を地方に分散させることは、疫病蔓延のリスクを低減する。自然災害や戦争といった有事に対してもリスク分散機能を発揮する。そうした利点を考えるなら、掛け声だけで終わった安倍政権の政策、地方創生を、ポスト・コロナの時代に、デジタル・トランスフォーメーションによって再度試みる必要がある。

4. 参照情報

  1. Long, Quan-Xin, Xiao-Jun Tang, Qiu-Lin Shi, Qin Li, Hai-Jun Deng, Jun Yuan, Jie-Li Hu, et al. “Clinical and Immunological Assessment of Asymptomatic SARS-CoV-2 Infections.” Nature Medicine, June 18, 2020, 1–5.
  2. 首相官邸. “COVID-19 Situation in Japan (Statistical Data) May 14, 2020“.
  3. 3.03.1池田信夫. “緊急事態宣言は「壮大な空振り」だった 新型コロナの感染はなぜ3月末にピークアウトしたのか." JBpress(株式会社日本ビジネスプレス). 2020年5月15日. p. 3.
  4. 国内初の新型コロナウイルスのヒト―ヒト感染事例」『病原微生物検出情報(IASR)』Vol. 41 p. 63-64: 2020年4月号. 速報掲載日: 2020/2/26.
  5. Correia, Sergio, Stephan Luck, and Emil Verner. “Pandemics Depress the Economy, Public Health Interventions Do Not: Evidence from the 1918 Flu,” March 30, 2020.
  6. 滝澤美帆. “日米産業別労働生産性水準比較.”『生産性研究』公益財団法人 日本生産性本部. 2016 年12月12日.
  7. Renee D. Goodwin, Andrej Marusic. “Association Between Short Sleep and Suicidal Ideation and Suicide Attempt Among Adults in the General Population.” Sleep, August 1, 2008.
  8. Bernert, Rebecca A., Joanne S. Kim, Naomi G. Iwata, and Michael L. Perlis. “Sleep Disturbances as an Evidence-Based Suicide Risk Factor.” Current Psychiatry Reports 17, no. 3 (February 21, 2015): 15.