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2013年6月30日

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ローマ・カトリック教会は、地動説を提唱したかどでガリレオを有罪にした。キリスト教が地動説を異端視したのは、たんにそれが『聖書』の記述に反するからだけではない。ユダヤ教やキリスト教は、母権宗教の克服により成立した父権宗教であり、ローマ・カトリック教会は、母なる大地が自ら勝手に動き出し、それが父なる神を象徴する太陽を没落させるという地動説の含意が、自らの支配を危うくする母権宗教の復活と感じたからだ。ガリレオは、俗語でわかりやすく対話篇を書いたので、その自然に対する認識は大衆に広まった。ローマ・カトリック教会は、母なる自然の真理に目覚めた大衆が自ら勝手に動き出し、それがローマ・カトリック教会を没落させることに危機感を抱いていた。この二重の意味で、ガリレオはローマ・カトリック教会の支配の脅威とみなされ、有罪となった。

2004年7月1日

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十字架がキリスト教の象徴であるということは、常識的に考えると奇妙である。敵対する異教徒の中には、「彼らは、彼らに値するもの(死刑)を拝んでいる」と皮肉る人もいるが、なぜキリスト教徒は、教祖であるイエスを死に追いやった忌まわしい処刑の道具を、キリスト教の象徴として崇拝するのだろうか。イエスは、死後復活したのだから、十字架は、死の克服の象徴だと言う人もいるが、それならば、なぜ、釘とか槍といった他の処刑道具ではなくて、十字架でなければならないのかが問われなければならない。

2003年7月1日

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チャールズ・ダーウィンが、1859年に出版した『種の起源』で進化論の学説を発表し、その学説がキリスト教の聖職者たちから非難されたことはよく知られている。では、なぜキリスト教はダーウィンの進化論と両立しないのか。ダーウィンが指摘した進化という事実が、神は、六日で世界を創造したとき、すべての生物を個別に創ったとする聖書の記述に反したからだと一般に言われているが、はたしてそれだけのことだったのだろうか。

2003年3月1日

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キリスト教は、なぜかつて地動説を否定して、天動説を支持していたのだろうか。たんに聖書に書かれている記述と矛盾するからだけなのか。キリスト教が母権宗教を否定する父権宗教である点に注目して、考えよう。

2002年4月5日

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三位一体とは、キリスト教の奥義の一つで、神には、父・子・聖霊という異なった三つの位格(persona)があるが、神は実体(substantia)としては同一であるという考えである。この程度のことなら、高校生でも、世界史の授業で習うので、知識としては知っている。でも、異なるけれども同じとはどういうことなのか。弁証法的に考えてみよう。

1997年9月2日

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マックス・シェーラーは、現象学の影響を受けた倫理学者であり、哲学的人間学の提唱者でもある。フッサールは、倫理学にはあまり興味を持たなかったので、現象学的な直観主義が、倫理学に何をもたらすのかを、マックス・シェーラーの提唱する実質的価値倫理学で検証し、彼の哲学的人間学の成否を検討したい。