ギリシアの有の哲学対仏教の無の哲学
紀元前2世紀に現在のインド西北部を支配したギリシア人のミリンダ王は、仏僧のナーガセーナとの問答を通じて仏教に帰依し、出家したと『ミリンダ王の問い』は伝える。この書は、西洋の有の哲学に対する仏教の無の哲学の優位を示すものとして有名であるが、ナーガセーナの無の哲学は、当時のギリシア哲学を論破するような水準のものではなかった。ミリンダ王は出家しなかったし、本当に理解したかどうかも不明である。それにもかかわらず、ミリンダ王や彼の後継者たちが仏教を保護したのは、被支配民の間で仏教の信仰が広がることが、彼らの統治にとって有利であったからと考えられる。仏教は、王朝の保護を受けることで、大衆宗教としては逆に衰退することになる。
哲学は何から始まるのか
哲学は、古代のギリシャにおいて、アルケー、すなわち万物の根源は何かという問いから始まった。哲学としてのシステム論の結論は、世界がそこから立ち現れ、哲学がそこから始まるところのアルケーとは、不確定性であるというものだ。アルケーが、あれやこれやの要素であるとか、基体=意識主体であるとかいった従来の哲学者たちの主張は、本来のアルケーの忘却から生じる。不確定性は、時間的にも、理論的にも、すべてに先立つのである。