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2005年9月30日

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生物学者のルートヴィヒ・フォン・ベルタランフィが提唱した一般システム理論は、世間では哲学とは見なされていない。しかし、もしもアリストテレスが謂う所の第一哲学が、アリストテレスの時代にそうであったような万学の女王であろうとするなら、一般論としてのシステム論は、現代における第一哲学の一つの候補になりうる。このページでは、第一哲学としての一般システム論の構想を示すとともに、それがなぜ必要であるかを論じる。

2002年5月24日

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1870年代に、メンガー・ジェボンズ・ワルラスの三人が、独立に限界原理を提唱した。彼らの仕事は、当初は異端として無視されたが、その後、経済学の主流となる近代経済学の出発点として位置付けられ、限界革命と呼ばれている。では、限界革命は、どこが革命的だったのか。

2002年4月5日

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三位一体とは、キリスト教の奥義の一つで、神には、父・子・聖霊という異なった三つの位格(persona)があるが、神は実体(substantia)としては同一であるという考えである。この程度のことなら、高校生でも、世界史の授業で習うので、知識としては知っている。でも、異なるけれども同じとはどういうことなのか。弁証法的に考えてみよう。

1997年9月5日

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ヘーゲルの『精神現象学』の「自己意識」の章に出てくる主人と奴隷の弁証法は、疎外された労働者の解放を夢想していたマルクスを感動させ、鏡像段階論を展開したラカンにもインスピレーションを与えた。このページでは、主人と奴隷の弁証法は、どのような構造を持っているのか考えたい。

1997年9月5日

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経済的交換がポジティブな価値の交換であるのに対して、復讐はネガティブな価値の交換である。前者の交換媒体が貨幣であるとするなら、後者の交換媒体は何であるのか。経済資本に相当する資本は何であるのか。このページでは、マルクスの『資本論』の価値形態論・剰余価値学説等を範に仰ぎつつ、交換としての復讐から公的刑罰、さらには国家権力を導出する《復讐の経済学》を試みる。