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2010年7月14日

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大和(やまと)は、本来「山処」で、「山のような高い場所」という意味なので、日本神話における「高天原」の概念と同じである。アマテラスが高天原に君臨していたという神話は、卑弥呼が邪馬台国を都としていたという史実に基づいている。そして、≪甘木=天城≫は、≪山処=高天原≫の有力な候補である。

2010年7月12日

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卑弥呼の墓がどこにあったかは、邪馬台国がどこにあったかを決める上で重要な問題であり、畿内説では、奈良県桜井市にある箸墓古墳が、九州説では、福岡県糸島市にある平原遺跡1号墓が有力候補である。現在歴史学界で最も有力視されているのは、箸墓古墳であるが、『三国志』魏書東夷伝倭人条の記述との整合性からすれば、平原遺跡の方が、卑弥呼の墓である可能性が高い。

2010年3月16日

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崇峻天皇は、蘇我馬子が放った刺客、東漢直駒に弑逆されたと『日本書紀』は伝えている。人臣が天皇を殺害したことは、空前絶後であり、このため、蘇我馬子は稀代の逆臣と謗られてきた。だが、実際には、この事件は東漢直駒の個人的犯行にすぎず、馬子黒幕説は、馬子を悪者に仕立て上げようとする政治的意図から、藤原不比等によって捏造されたものである可能性が高い。

2006年6月25日

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2001年に私が書いた「仏教はなぜ日本で普及したのか」には読みにくい漢字があるので、別途振り仮名付き版を作成しました。但し、原文は改訂されているので、原文とは内容が多少違います。違いはそれほど大きくはないので、漢字が苦手な方はこちらのページをお読みください。

2001年12月8日

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伝統的な神を祀る日本の天皇家にとって、異国の宗教である仏教を受け入れることは、自殺行為のように思える。それにもかかわらず、なぜ仏教は、日本では、上から下へと、権力者が推奨する中で普及したのか。気候的背景から考えてみよう。

1999年11月20日

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天皇の起源がスケープゴートだったということは意外であろう。例えば極東軍事裁判がそうであるように、多くの人が天皇のスケープゴートにされてきたのだから。しかし黎明期における天皇は、未開社会における酋長と同じで、スケープゴートの色彩が強い。皇祖天照大神を卑弥呼に比定し、そのスケープゴート的起源を明らかにしたい。

1999年11月13日

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卑弥呼は、238年(または239年)に魏に朝献し、「親魏倭王」の称号とともに金印紫綬や銅鏡などをもらったと伝えられる。なぜ卑弥呼は、当時朝鮮半島に日本を脅かす勢力があったわけでもないし、また魏は、それ以前に倭が朝貢した漢とは違って、中国大陸全体を統治する大王朝でもないのに、魏に朝貢したのか。『魏志倭人伝』には、鏡が卑弥呼および倭人の「好物」であると記されているが、なぜ卑弥呼と倭人は、鏡を望んだのか。卑弥呼がもらった鏡は、本当に三角縁神獣鏡なのか。