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2012年12月30日

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紀元前2世紀に現在のインド西北部を支配したギリシア人のミリンダ王は、仏僧のナーガセーナとの問答を通じて仏教に帰依し、出家したと『ミリンダ王の問い』は伝える。この書は、西洋の有の哲学に対する仏教の無の哲学の優位を示すものとして有名であるが、ナーガセーナの無の哲学は、当時のギリシア哲学を論破するような水準のものではなかった。ミリンダ王は出家しなかったし、本当に理解したかどうかも不明である。それにもかかわらず、ミリンダ王や彼の後継者たちが仏教を保護したのは、被支配民の間で仏教の信仰が広がることが、彼らの統治にとって有利であったからと考えられる。仏教は、王朝の保護を受けることで、大衆宗教としては逆に衰退することになる。

1997年9月5日

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個を普遍へと包摂することは、一方では認識論的な概念《正当化》であると同時に、他方で権力論における基礎概念である《服従》でもある。正当化と服従は、一見すると正反対に見えるが、実は同じ包摂の二つの側面にすぎない。このページでは、以下第一項で前者を、第二項では後者を論じつつ、第三項では、正当化=服従における「包摂する=包摂される主体」の問題を考察する。