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2017年9月29日

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日本は、覇権国と同盟関係を築き、その先進文明を取り入れると、国運が隆盛に向かい、覇権国との同盟関係を解消したり、覇権国と戦おうとしたりすると、国運が衰退に向かうという傾向がある。この傾向を過去の歴史で確認しつつ、今後日本が世界とどう向き合っていくべきかを考えたい。

2017年8月12日

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このページでは、私の著作『浦島伝説の謎を解く』の書誌情報、販売場所、概要、冒頭抜粋、改訂履歴をまとめます。誤字脱字の指摘、内容に関する質問などありましたら、このページのコメント・フォームに投稿してください。

2017年3月25日

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ウイルス進化説とは、進化はウイルスの感染によって起こるという仮説のことである。「ウイルス進化説」あるいは「ウイルス進化論」は、中原英臣と佐川峻による命名であるが、この仮説は海外では二人が提唱する前からあり、それらを含めた包括的な説とするなら、今日ウイルス由来の遺伝子が哺乳類の進化をもたらしたことが実証されているので、部分的には正しいということがわかっている。

2016年11月4日

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1997年に神戸連続児童殺傷事件を起こした元少年Aが、2004年に社会復帰し、2015年に自らの犯行と半生を回想した本『絶歌』を出版した。1999年に「酒鬼薔薇聖斗のバタイユ的解釈」を行った私にとって、この本を読むことは解いた問題の答え合わせをするようなものだ。私の解釈は基本的には正しかったようだが、この本を読んで初めて知った新事実もたくさんあったので、今回改めて、『絶歌』を読みながら、歴史に残るあの猟奇殺人事件がなぜ起きたのかを考えてみたい。

2015年9月17日

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酒鬼薔薇聖斗と名乗る少年Aは、なぜ罪のない子供たちを殺したのか。私は、1999年にバタイユのエロティシズム論をヒントに酒鬼薔薇聖斗の動機を解釈した。その後、2015年になって、酒鬼薔薇聖斗(元少年A)が沈黙を破って『絶歌』という本を出版したり、「存在の耐えられない透明さ」というサイトを立ち上げたりして、自分について語り始めたので、このページでは、1999年初出のメルマガ原稿を再掲しつつ、併せて、新しく出てきた情報を基に、当時の解釈を再検討したい。

2014年11月5日

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欧米では、リベラルが量的金融緩和に肯定的で、保守主義者が否定的であるのに対して、日本ではそれが逆になっている。日本の左派知識人が、経済成長に積極的でないのは、彼らが、欧米的な意味でリベラルであるだけでなく、仏教かぶれでもあるからだ。

2013年10月23日

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スタジオに専門家でもない芸能人をゲストとして呼び、コメントを求めるという日本のテレビ番組でよく見かける光景は、欧米のテレビ番組ではほとんど見かけない。これは、欧米人が客観的真理を重視するのに対して、日本人は真理であるかどうかを他者との同意を通じて確認しようとすることによる。つまり、欧米人が情報番組に客観的な情報を期待するのに対して、日本人は、芸能人が自分たちの心情を代弁して表明し、意見の共有を確認することで安心しようとするということだ。

2011年9月27日

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日本人でも米国人でも、11~14歳ごろになると、変声が起こり、声の高さが低くなる。したがって、意図的に高い声を出す女性は、意図的に子供のようにふるまおうとしているというように解釈される。日本では、それが「少女みたいでかわいい」と肯定的に評価されるのに対して、米国では「幼稚でバカっぽい」と否定的に評価される。これは、日本文化の前去勢的性格を示している。

2005年11月7日

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ハラキリは、海外の辞典にも載っているぐらい有名な、日本人の伝統的な自殺の方法である。苦しいだけでなかなか死なない、こんな非効率な自殺の方法が、なぜ名誉ある死に方として尊重されたのか。千葉徳爾が『日本人はなぜ切腹するのか』で提示したのとは異なる、新たな仮説で、切腹の謎に迫ってみたい。

2003年4月1日

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しばしば、日本の文化や日本人の精神構造は特殊だと言われる。しかしそれは、日本の文化や日本人の精神が特殊な発達を遂げたからではない。たんに発達が未熟であったからにすぎない。標準的な発展を遂げた他の文化圏の人々と比べると、日本人は、外観だけでなく性格が幼児的に見える。そして、この幼児性ゆえに、日本文化は、特殊であるように見えるだけなのだ。