ゼロから始まる暦の提案
現在私たちが使っているグレゴリオ暦や西暦にはゼロが存在しない。だから、ゼロ年やゼロ月やゼロ日はない。これは西暦やグレゴリオ暦の原型であるローマ暦が最初に考案された当時のヨーロッパでは、ゼロという数字がなかったからである。しかし、今日私たちが用いている十進法はゼロベースであり、ゼロベースではない付番システムで時点を同定すると、時間を変数とした演算がやりにくくなる。伝統的なシステムをむやみに変更するべきではないが、数学が後進的であった時代のヨーロッパで作られた時間システムに人類がこれからも拘束され続けることは好ましいことではない。そこで、暦をゼロベースにするにあたって、どのような暦にすれば最も理想的になるかを考えてみよう。
ギリシアの有の哲学対仏教の無の哲学
紀元前2世紀に現在のインド西北部を支配したギリシア人のミリンダ王は、仏僧のナーガセーナとの問答を通じて仏教に帰依し、出家したと『ミリンダ王の問い』は伝える。この書は、西洋の有の哲学に対する仏教の無の哲学の優位を示すものとして有名であるが、ナーガセーナの無の哲学は、当時のギリシア哲学を論破するような水準のものではなかった。ミリンダ王は出家しなかったし、本当に理解したかどうかも不明である。それにもかかわらず、ミリンダ王や彼の後継者たちが仏教を保護したのは、被支配民の間で仏教の信仰が広がることが、彼らの統治にとって有利であったからと考えられる。仏教は、王朝の保護を受けることで、大衆宗教としては逆に衰退することになる。