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2016年11月4日

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1997年に神戸連続児童殺傷事件を起こした元少年Aが、2004年に社会復帰し、2015年に自らの犯行と半生を回想した本『絶歌』を出版した。1999年に「酒鬼薔薇聖斗のバタイユ的解釈」を行った私にとって、この本を読むことは解いた問題の答え合わせをするようなものだ。私の解釈は基本的には正しかったようだが、この本を読んで初めて知った新事実もたくさんあったので、今回改めて、『絶歌』を読みながら、歴史に残るあの猟奇殺人事件がなぜ起きたのかを考えてみたい。

2015年9月17日

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酒鬼薔薇聖斗と名乗る少年Aは、なぜ罪のない子供たちを殺したのか。私は、1999年にバタイユのエロティシズム論をヒントに酒鬼薔薇聖斗の動機を解釈した。その後、2015年になって、酒鬼薔薇聖斗(元少年A)が沈黙を破って『絶歌』という本を出版したり、「存在の耐えられない透明さ」というサイトを立ち上げたりして、自分について語り始めたので、このページでは、1999年初出のメルマガ原稿を再掲しつつ、併せて、新しく出てきた情報を基に、当時の解釈を再検討したい。

2008年10月29日

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ストーカーは、何を求めて付きまとい、行動を監視して、電話をかけてくるのか。なぜストーカーは、被害妄想を抱いて、憧れ、愛している人を苦しめるのか。日本において、ストーカー規制法を成立させるきっかけとなった、桶川女子大生ストーカー殺人事件におけるストーカーの精神分析を通じて、ストーキングの本質とその解決策を考えてみよう。

2004年5月1日

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2004年4月8日、当時早稲田大学大学院教授であった植草一秀は、品川駅高輪口の上りエスカレーターで、前に立っていた女子高生(15歳)のスカートの中を、手鏡を用いて覗き、東京都迷惑防止条例違反の疑いで、現行犯で逮捕され、2005年4月7日、東京地裁で、有罪が確定した。なぜ植草は、なぜこのような犯罪をしてしまったのだろうか。

2003年8月1日

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2003年7月2日、長崎市万才町の築町パーキングビル敷地内で、前日から行方不明になっていた4歳の男児、種元駿ちゃんが、頭から血を流し、全裸で倒れて死亡している状態で発見された。犯人が同市内に住む12歳の中学生であったことで、この事件は社会に大きな衝撃を与えた。この12歳の少年は、なぜ何の罪もない駿ちゃんを7階の立体駐車場から落として殺害したのか。

2003年6月1日

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現在日本では、売買春は法律で禁止されている。そして、多くの男たちは、「買春は悪だ」と、少なくとも頭では理解している。体が言うことを聞くかどうかは別として。では、この長く信じられてきた価値観に根拠はあるのか。はたして、「誰にも迷惑をかけずに、お互い自由意志で合意してやっているのだから、なーんにも悪くないじゃん」と開き直る売買春肯定論者の主張を、説得力ある理由を挙げて論破することは可能だろうか。いくつか候補を挙げて、その妥当性を検討してみよう。

2002年2月16日

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農村と都市との間には、人口密度が低いか否か、農業に従事しているか否かという以上の違いがある。両者の違いの本質はどこにあるのか、それがなぜ犯罪発生率の違いに結びつくのかといった問題をシステム論的観点から考えてみたい。

1999年10月2日

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この事件を説明するのに「学校での管理教育による抑圧」とか「受験競争による心の歪み」とか「地域社会の崩壊」といった決まり文句は使えない。犯行の原因は、幼児期に味わった、弱いものいじめによるエロティシィズムの反復強迫だ。この事件は人類史的にはきわめてプリミティブな欲動から生まれたものであり、現代特有の現象ではない。

1999年9月28日

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1996年11月、東京都内のマンションの一室で、家庭内暴力に悩む父親が、14才の長男を金属バットで殴り殺し、社会に大きな衝撃を与えた。事件発生当時よりも、家庭内暴力の詳細が明らかになった時の方が、世間の関心は高まった。なぜこのような事件が起きたかに関して、キャスターや評論家たちがいろんなことを言っていたが、私は、この家族の病理は、ファルスの不在にあると考えている。そして長男を殺害した父親は最後までこの原因が分かっていなかった。そして、分かっていなかったからこそ、最悪の結果に終わったのである。