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2010年3月16日

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崇峻天皇は、蘇我馬子が放った刺客、東漢直駒に弑逆されたと『日本書紀』は伝えている。人臣が天皇を殺害したことは、空前絶後であり、このため、蘇我馬子は稀代の逆臣と謗られてきた。だが、実際には、この事件は東漢直駒の個人的犯行にすぎず、馬子黒幕説は、馬子を悪者に仕立て上げようとする政治的意図から、藤原不比等によって捏造されたものである可能性が高い。

2010年3月15日

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『日本書紀』は、もともと天武天皇が、自らの権力の継承が正当であること、自分の称号として定めた「天皇」が、雄略朝の時期から続く由緒あるものであることを国内外に誇示するために、編纂された。しかし、後に修史事業を受け継いだ藤原不比等は、聖徳太子という聖人を捏造し、蘇我氏を聖徳太子の子孫を滅ぼした悪役にし、その悪役を滅ぼした中大兄皇子と中臣鎌足を英雄にし、天皇親政の中央集権国家の建設という天武天皇の業績を、二人の業績にすり替えるべく、改竄を加えて、『日本書紀』を完成させた。

2006年6月25日

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2003年に私が書いた「聖徳太子とは誰のことか」には、読みにくい漢字があるので、別途振り仮名付き版を作成しました。漢字が苦手な方は、こちらをお読みください。

2005年3月7日

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柿本人麻呂は、持統朝時代を中心に活躍した宮廷歌人であった。後に歌聖として崇められ、人麻呂を神として祀った神社が創建された。梅原猛の『水底の歌』によれば、神として祀られたことは、人麻呂が非業の死を遂げたということを暗示している。この梅原説は正しいだろうか。人麻呂の歌を分析して、私なりの結論を出したい。

2003年1月3日

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『日本書紀』には、聖徳太子という理想の聖人が登場するが、近年、聖徳太子の実在が疑われ始めている。聖徳太子はフィクションなのか。もしフィクションならば、なぜそのようなフィクションが作られなければならなかったのかを考えてみよう。