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2014年12月4日

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私の著作『カントの超越論的哲学』の解説動画、書誌情報、販売場所、概要、読者との質疑応答などを掲載します。本書に関してコメントがありましたら、このページの下にあるコメント・フォームに投稿してください。誤字脱字の指摘から内容に関する学問的質問に至るまで幅広く受け入れます。

2000年11月5日

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自分の認識に限界があると認識できる人は、実は自分の認識の限界を超越している。限界の内部にいる人には、限界が見えない。限界を超越して初めて、限界を認識することができる。認識の限界を認識することは、超越を論じることであり、超越論的である。

1997年9月2日

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フッサールの超越論的現象学は、カントの超越論的哲学と何が同じで、何が異なるのか。このページでは、カントの超越論的哲学と比較しつつ、フッサールの哲学を全体部分関係論の観点から分析し、超越論的哲学としての現象学の射程と限界を見定めたい。

1997年9月1日

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カントの哲学を行為論的・目的論的に解釈するとき、認識的・身体的を問わず、行為一般の究極目的は何かが問題となってくる。このページでは、これまでの「カントの純粋理性批判」と「カントの実践理性批判」での議論を踏まえ、『判断力批判』を、理性の自己実現を究極目的とする目的論的哲学としてヘーゲル的に再構築してみたい。

1997年9月1日

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カントにとって『実践理性批判』は『純粋理性批判』とは異なって超越論的哲学ではなくて、超越的哲学である。だが、本当に道徳法則は、カントが考えたほど超越的であるのだろうか。このページでは、「カントの純粋理性批判」の続編として、理論理性と実践理性、認識行為と身体行為はどこまで同じで、どこが違うのかを考えながら、カントの実践哲学の成否を検討したい。

1997年9月1日

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自然科学者は、自然法則を探求するが、なぜ自然に法則があるのかまでは探求しない。人間が発見した法則にはどれだけの妥当性があるのか。これは科学ではなくて、哲学の問いである。カントが『純粋理性批判』で提示した批判哲学を検討しながら、超越論的哲学とは何かを考えてみよう。