なぜ近代資本主義はヨーロッパから始まったのか
なぜ近代資本主義は、世界の他の地域ではなくて、ヨーロッパから始まったのか。マックス・ヴェーバーは、プロテスタンティズムの倫理、遡っては、古代ユダヤ教のエートスにその原因を求めた。ヴェーバーは権威のある社会学者で、この説は、社会学界では定説のようになっているが、私は、これとは全く異なる仮説からヴェーバーが立てた問いに答えたい。[1]

1. 宗教社会学的説明
マックス・ヴェーバー晩年の代表作『宗教社会学論集』の冒頭は、次のような問題提起から始まる。
近代ヨーロッパ文化世界の子供は、不可避的に、また正当にも、次のような問いを立てて、普遍史学的な問題を取り扱うことになるだろう。いかなる事情の連鎖が重なり合って、ヨーロッパの地において、そしてヨーロッパの地においてのみ、普遍的な意義と妥当性を持った方向へと発展した(少なくとも、私たちヨーロッパ人は、好んでそう考える)文化現象が現れたのか。[2]
ヨーロッパは、中世においては世界の田舎だった。イスラーム文化圏や中国文化圏の方が、科学技術的にも経済的にもずっと先進的だった。しかし、近代になってから、ヨーロッパで革命が起きた。ルネサンスが起き、科学革命がおき、産業革命が起きた。ヴェーバーが言うように、ヨーロッパで生まれた近代資本主義と近代科学は、普遍的文化として今日の世界を支配している。
なぜヨーロッパだったのか。ヴェーバーは、宗教的エートスに原因を求める。ヴェーバーは、1904-5年に、一連の宗教社会学的研究の嚆矢となる『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』という論文を書き、近代資本主義の蓄財精神や近代科学の合理主義精神とカルヴィニズムに代表される禁欲的プロテスタンティズムの倫理との間に内的な親近性があることを指摘した。
私たちは、ともすれば、資本主義経済というのは、禁欲的であるよりも貪欲的な起業家が、計画的で合理的というよりも投機的で冒険的な事業で、一発大儲けする経済と考えがちである。ヴェーバーによれば、そうした「資本主義」は、近代以前から世界中いたるところに存在したが、決して近代的な資本主義をもたらさなかった。禁欲的でないから儲けをすぐに消費してしまうし、合理的でないから、運が悪くなるとすぐに破産してしまう。これでは、資本の確実な蓄積にならない。
プロテスタンティズムの禁欲は、神秘的瞑想にふける東洋の出家信者によく見られるような無為の禁欲ではなくて、在家信者による世俗内的禁欲である。カルヴァン派の信者たちは、信仰による救いを確かめるべく、自分の職業(Beruf 神から与えられた使命)に禁欲的に専念した。それゆえ、彼らの禁欲は、目的達成のために全力を捧げる行動的禁欲であり、その禁欲は、目的達成のための最適な手段を求める合理性を伴い、かくして近代科学の成立にも寄与した。そして、禁欲的な蓄積のための蓄積が、近代的な資本主義社会の基となったというのだ。
もとより、近代資本主義の成立と宗教改革は、ほとんど同時代の出来事であり、どちらが原因で、どちらが結果かわからない。近代資本主義の成立という時代の流れにあわせて、宗教が変質したのかもしれない。こうした批判に応えるためなのか、ヴェーバーは、キリスト教の禁欲は、原始キリスト教から始まっていること、そしてその禁欲は他の世界宗教の禁欲とは異なって行動的禁欲であることを示すべく、『儒教と道教』『ヒンドゥー教と仏教』『古代ユダヤ教』という一連の「世界宗教の経済倫理」の研究を開始した。
2. 比較宗教学的説明
ユダヤ教やキリスト教などの父権宗教が現れる前、人々は母権宗教(自然宗教)を崇拝し、呪術により御利益に与ろうとしていた。しかし、ユダヤ教やキリスト教は、信者に利益をもたらすのではなくて、苦痛をもたらすという点で、それ以前の呪術宗教とは全く異なっていた。そして、ユダヤ教やキリスト教が世界を呪術から解放したおかげで、近代資本主義や近代科学が成立する素地である合理主義が西洋で育まれたとヴェーバーは考える。
合理的な父権宗教は、西洋以外の地域でも誕生した。バビロン捕囚を契機としたユダヤ教の誕生は、紀元前586年ごろであるが、ちょうどこの頃、孔子(紀元前551-479年)による儒教の成立、ガウタマ(紀元前463-383年)による仏教の創設など、東洋でも世界を呪術から解放する宗教が誕生した。では、なぜ中国やインドでは、近代資本主義は誕生しなかったのか。
例えば、「子、怪力乱心を語らず[3]」とあるように、孔子は呪術を拒否し、極めて合理的かつ冷静であった。では、儒教の合理性とピューリタニズムの合理性はどう違うのか。
ピューリタンは、儒者と同様に、「冷静」であった。しかし、ピューリタンの合理的な「冷静さ」は、力強い情熱に裏打ちされていた。その強い情熱は、西洋の修道院で培われたものと同じで、儒者には完全に欠けていた。というのも、西洋の禁欲的苦行に見られる現世拒否は、修道院においては、禁欲的苦行と表裏一体の関係にある世界征服の願望と不可分に結びついていたのであり、その要求は、現世を超える神の名の下に、修道士に、そして穏健に変更された形で現世に、届けられたからだ。[4]
儒教は現世肯定的であったために、革命の理論にはならなかったということである。
では、現世否定的であると言われる仏教の場合はどうか。ヴェーバーによれば、仏教の救済の教えが模範預言であるのに対して、ユダヤ・キリスト教のそれは使命預言である。模範預言とは、悟りの境地に達した師が弟子たちに「自分と同じようになれば、救われる」と教えを垂れる救済教義である。師は現世に存在する人間であるから、自己満足的で自己肯定的になる。仏陀は来世の存在を否定したので、その意味では、それは、実は現世肯定的な宗教なのである。これに対して、ユダヤ・キリスト教では、預言者はたんなる使者、つまり神の道具に過ぎず、実現すべき神の国はこの世に存在しないから、その救済教義は、根本的な現世否定による過激な革命の理論になりうる。
要するに、儒教や仏教は、呪術を否定する合理的な宗教であったが、現状肯定的で保守的な宗教だったから、社会を根本的に変えることはなく、したがって、中国やインドに近代資本主義をもたらすことはなかったというのである。では、ユダヤ・キリスト教は、なぜすぐに西洋に資本主義社会をもたらすことはなく、カトリックが全盛を極めた中世ヨーロッパを経済的に停滞させたのか。
この世を「魔術から解放する」こと、すなわち救いの手段としての呪術を排除することは、カトリック信仰では、ピューリタン派の信仰(それ以前には、もっぱらユダヤ教)において成し遂げられたほど徹底的には成し遂げられなかった。[5]
確かに、カトリック教会は、信者を救うために、呪術的な典礼を行っていた。宗教革命を惹き起こすきっかけとなった免罪符(indulgentia 贖宥状)の発行などはその最たるものである。しかし、ヴェーバーの理論では、なぜ近代になってカトリックの呪術的性格が非難されるようになったのかという問いに対しては、なぜ西洋においてのみ、ユダヤ教やキリスト教といったラディカルな現世否定の合理的宗教が誕生したのかという問いに対してと同様に、「偶然」と答えるほかはない。ここにヴェーバーの理論の限界がある。
3. 気候環境論的説明
「寒冷化が促したヒトの進化」で既に述べたように、近代資本主義や近代科学の誕生といった革命的な出来事は、寒冷化によって惹き起こされる。
寒冷化の時期 | 革命の名称 | 説明 |
---|---|---|
BC10500-9600 | 食料革命 | 西アジアと中国で植物栽培が始められる |
BC3700-2000 | 都市革命 | 大河のほとりに都市文明が形成される |
BC800-400 | 精神革命 | 父権宗教と哲学が発達した「枢軸時代」 |
AD1600-1850 | 産業革命 | 近代科学と技術革新による大量生産 |
こうした寒冷化は、ヨーロッパや西アジアといった、ユーラシア大陸で最初にかつドラスティックに起きる。例えば、上の表に書いた食料革命を惹き起こしたヤンガードリアス寒冷期の開始は、モンスーンアジアでは、ヨーロッパよりも300年も遅れ、また寒冷化の度合いもヨーロッパより微弱であった[6]。
宗教革命、近代科学、近代資本主義といったヨーロッパにおける一連の出来事は、気候史上“近代小氷期 Little Ice Age”と呼ばれる時期の出来事である。逆に、ヨーロッパが、中世において経済的にも学問的にも停滞したのは“中世温暖期 Medieval Warm Period”においてである。「“近代小氷期”は、変動した大気循環のパターンとしては、北大西洋において最も明確に表れたように思える[7]」とIPCCも指摘するように、中世温暖期とそのあとに続く近代小氷期というドラスティックな気候変動は、北大西洋地域で顕著に見られるが、その他の地域ではそれほど大きな変動ではなかった。
以下の図は、様々な気温変動の推測を重ねたものであるが、これを見ると、中世温暖期と近代小氷期の差がはっきりしているグラフもあれば、そうでもないグラフもあるということに気が付く。

近代小氷期で最も寒かった時期の太陽にほとんど黒点がなかったことから、太陽活動の停滞が寒冷化を惹き起こしたという説が最も有力である。以下の図は、放射性炭素から推定した過去1000年間の太陽活動の変動である。A には、1700年以降の太陽黒点数の変動が重ねられているが、両者の相関性は高い。B には、太陽黒点数の極大期と極小期の名前が示されている。

近代小氷期がいつから始まるかに関しては、諸説あるが、1250年ごろから、大西洋の流氷が増え始めているので、最初の寒冷化を1300年ごろのウォルフ極小期に求めることができる。ウォルフ極小期はルネサンスの時期に対応し、シュペーラー極小期は、宗教改革と大航海時代に対応し、マウンダー極小期は農業革命と産業革命の時期に対応している。
温暖期には大気循環が活発になり、人々は食料(低エントロピー資源)に不自由しなくなる。将来のことを考えずに、富を蕩尽し、今を楽しむ余裕がある。それは動物的な無媒介の生き方であり、それゆえ、温暖期には、文明が発達せず、歴史的記録が少ないという意味で暗黒時代になる。中世のヨーロッパが暗黒時代と言われる所以である。温暖期は物質的に低エントロピーであるから、精神的には高エントロピーでかまわないのである。
しかし、寒冷化が進むと、資源の減少により、人々は生存の危機に直面するようになる。1315年から翌年にかけてヨーロッパは記録的な大飢饉に苦しむ。1347-49年、さらに1361-62年には、ペストが流行し、人口の3割がこれで命を落としたとも言われている。そんなウォルフ極小期に、ルネサンスによる啓蒙が始まり、ヨーロッパ人は暗黒時代から抜け出し、自然に翻弄される存在から自然を克服する存在へと成長しようとし始めた。
シュペーラー極小期になると、ヨーロッパ人は、新たな資源を求めて海外に渡り、大航海時代が始まる。人々は、カトリック教会の腐敗というエントロピーの増大にプロテスト(抗議)し、宗教革命を起こす。ピューリタニズムの「ピュリティ」は、清潔、潔白を意味し、低エントロピー性を象徴している。
マウンダー極小期になると、牧草栽培や囲い込みなど農業経営の合理化と集約化が行われ、農業生産性が向上する農業革命が起き、人口が増えた。人口の増加と寒冷化は、衣類の需要を増やすので、機械化により繊維製品を大量生産する必要性が生じ、それが産業革命を惹き起こし、近代資本主義社会、産業社会を生み出した。
結局のところ、プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神を生み出したのは、寒冷化である。寒冷化により、低エントロピー資源が減ると、禁欲的に将来に向けて貯蓄に励まなければならなくなり、また、生産性を高めるために合理的な手段が求められるようになる。
そして、ヨーロッパで最初に近代資本主義が発達したのは、ヨーロッパでいち早く、そして最も顕著に寒冷化が起きたからだった。
ヴェーバーは、ユダヤ教と原始キリスト教に近代資本主義の萌芽を見出そうとした。しかし、原始キリスト教が伝わったエチオピアでは、人々は2000年以上にわたってキリスト教を信じ続けているにもかかわらず、今日にいたるまで、資本主義経済は発達していない。他方で、キリスト教が支配的になることは決してなかった日本では、ヨーロッパに勝るとも劣らぬ近代資本主義経済が発達している。キリスト教は、近代資本主義発達の必要条件でもなければ十分条件でもない。
4. 参照情報
- マックス・ヴェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』日経BP (2010/1/21).
- マックス・ヴェーバー『世界宗教の経済倫理 比較宗教社会学の試み 序論・中間考察』日経BP (2017/1/26).
- Max Weber. Die Protestantische Ethik Und Der Geist Des Kapitalismus. Die Protestantischen Sekten Und Der Geist Des Kapitalismus. Schriften 1904-1920. Max Weber-Gesamtausgabe. Bd. 18. Mohr Siebeck (July 1, 2016).
- Max Weber. Die Wirtschaftsethik Der Weltreligionen. Konfuzianismus Und Taoismus. Schriften 1915-1920. Max Weber-Gesamtausgabe. Bd. 19. Mohr Siebeck (December 1, 1989).
- Max Weber. Die Wirtschaftsethik Der Weltreligionen Hinduismus Und Buddhismus 1916-1920. Max Weber-Gesamtausgabe. Bd. 20. Mohr Siebeck (July 1, 1996).
- Max Weber. Die Wirtschaftsethik Der Weltreligionen. Das Antike Judentum. Schriften Und Reden 1911-1920. Max Weber-Gesamtausgabe. Bd. 21. Mohr Siebeck (May 1, 2005).
- ↑本稿は、2006年10月25日に『連山』で公開した「なぜ資本主義はヨーロッパで誕生したのか」に加筆と修正を施して、2021年7月18日に公開したものである。
- ↑“Universalgeschichtliche Probleme wird der Sohn der modernen europäischen Kulturwelt unvermeidlicher-und berechtigterweise unter der Fragestellung behandeln: welche Verkettung von Umständen hat dazu geführt, daß gerade auf dem Boden des Okzidents, und nur hier, Kulturerscheinungen auftraten, welche doch – wie wenigstens wir uns gern vorstellen – in einer Entwicklungsrichtung von universeller Bedeutung und Gültigkeit lagen?” ― Max Weber. Die Protestantische Ethik Und Der Geist Des Kapitalismus. Die Protestantischen Sekten Und Der Geist Des Kapitalismus. Schriften 1904-1920. Max Weber-Gesamtausgabe. Bd. 18. Mohr Siebeck (July 1, 2016). Vorbemerkung zu den »Gesammelten Aufsätzen zur Religionssoziologie«.
- ↑「子不語怪力亂神」― 孔子『論語』述而第七-20.
- ↑“Der Puritaner wie der Konfuzianer waren »nüchtern«. Aber die rationale »Nüchternheit« des Puritaners ruhte auf dem Untergrund eines mächtigen Pathos, welches dem Konfuzianer völlig fehlte, des gleichen Pathos, welches das Mönchtum des Okzidents beseelte. Denn die Weltablehnung der okzidentalen Askese war bei ihm mit dem Verlangen nach Weltbeherrschung als ihrer Kehrseite unauflöslich verbunden, weil ihre Forderungen im Namen eines überweltlichen Gottes an den Mönch und, in abgewandelter und gemilderter Form, an die Welt ergingen.” Max Weber. Die Wirtschaftsethik Der Weltreligionen. Konfuzianismus Und Taoismus. Schriften 1915-1920. Max Weber-Gesamtausgabe. Bd. 19. Mohr Siebeck (December 1, 1989). VIII. Resultat: Konfuzianismus und Puritanismus.
- ↑“Die “Entzauberung” der Welt: die Ausschaltung der M a g i e als Heilsmittel, war in der katholischen Frömmigkeit nicht zu den Konsequenzen durchgeführt, wie in der puritanischen (und vor ihr nur in der jüdischen) Religiosität.” ― Max Weber. Die Protestantische Ethik Und Der Geist Des Kapitalismus. Die Protestantischen Sekten Und Der Geist Des Kapitalismus. Schriften 1904-1920. Max Weber-Gesamtausgabe. Bd. 18. Mohr Siebeck (July 1, 2016). II. Die Berufsethik des asketischen Protestantismus. 1. Die religiösen Grundlagen der innerweltlichen Askese.
- ↑安田喜憲『気候変動の文明史』NTT出版 (2004/12/1). p. 65.
- ↑“The “Little Ice Age” appears to have been most clearly expressed in the North Atlantic region as altered patterns of atmospheric circulation.” ― Intergovernmental Panel on Climate Change. Climate Change 2001: The Scientific Basis: Contribution of Working Group I to the Third Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change. Cambridge University Press (July 23, 2001). cf. O’Brien, S. R., P. A. Mayewski, L. D. Meeker, D. A. Meese, M. S. Twickler, and S. I. Whitlow. “Complexity of Holocene Climate as Reconstructed from a Greenland Ice Core.” Science 270, no. 5244 (December 22, 1995): 1962–64.
- ↑Global Warming Art. “2000 Year Temperature Comparison“. Accessed Date: 10/25/2006.
- ↑U.S. Geological Survey. “The Sun and Climate – U.S. Geological Survey Fact Sheet 0095-00. Version 1.0“. Figure.3. Page Last Modified: Wed Jan 9 19:30 EDT 2013.
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コメント一覧
アルゼンチンは100年前は先進国だったが、現代では後塵を拝している。ここ100年でブレーキを掛けたのはなにか。アルゼンチンは案外寒くて、永井さんの言う「精神的に高エントロピー」名状態を許しにくい土地柄だと思うのだが。
アルゼンチンは、肥沃な平原と温暖湿潤な気候に恵まれ、農業国として強い国際競争力を持っていました。しかし、大恐慌以降、世界経済がブロック化する中、政府が工業を含めて自給自足することを目指し、保護主義的な政策を採った結果、国内産業が国際競争力を失ってしまいました。1960年代になって、保護主義をやめたところ、国内産業(特に工業)が競争力のある海外の産業に負けて崩壊し、以後、今日に至るまで慢性的にインフレと通貨危機を起こす貧しい国になって、没落してしまったということです。
逆に温暖期には、どういう国や地域が有利になるんですか?
温暖期は現状維持の時期です。地域を問わず、支配を確立した国にとって有利な時期です。