十六菊花紋の謎

2018年8月27日

BC3500年ごろに世界最古の都市文明を築いたシュメール人は、BC2004年にウル第三王朝が滅亡した後、歴史の表舞台から消えたと言われていたが、実は、その後、日本列島に上陸し、弥生人になったという説がある。江戸時代に来日したエンゲルベルト・ケンペルが最初に唱え、戦前から熱心な支持者がいる日本人シュメール起源説は本当だろうか。岩田明が『十六菊花紋の謎―日本民族の源流を探る』で挙げる根拠を検討しながら考えてみよう。

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Fig.01. 靖国神社の門扉にある十六菊花紋[1]

1 : 人種的類似性

シュメール人の人種的特徴は日本人に似ている。

シュメール人の特徴は、目が大きく鼻も大きい。身長は高からず、つぶらな瞳で、髪の色は黒である。[2]

しかし、「目が大きく鼻も大きい」のは、弥生人よりも縄文人の特徴であり、シュメール人が、日本に上陸して弥生人になったという仮説に反する。弥生人は、寒冷な気候に適応した北方モンゴロイドの特徴を備えているが、シュメール人や縄文人は、温暖な気候に適応した顔の特徴を持っている。

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Fig.02. シュメールの都市国家ウルの王墓に描かれているモザイク絵画[3]。ここに描かれているように、シュメール人は、目が大きく鼻も大きい。

岩田は、日本人にも、イラク人にも蒙古斑が見られるという事実をも指摘する[4]。蒙古斑とは、乳児の背中、特に腰の辺りにできる青いあざで、2歳をピークに次第に消えていく。蒙古班は、モンゴロイドに幅広く見られるので、有力な証拠にはならないが、シュメール人が、アラブ人ではなく、中央アジアの出身で、その遺伝子はイラク人に引き継がれていると言うことはできる。

2 : 十六菊花紋

BC600年ごろ、ネブカド・ネゼル2世が築いたバビロンのイシュタル門の両壁には、ライオン像が多数描かれ、その周囲には、日本の皇室の紋章に酷似した十六菊花紋があしらわれている。ライオン像と聞いて、スフインクスとともに、日本の神社社殿の内外に守護獣として、狛犬とともに獅子の像が置かれていることが思い起こされる。岩田は「十六菊花紋の原型は菊の花弁ではなく、船乗りが使っていた羅針儀または日時計を、平面に図案化したものではないかと推論している[5]」。岩田は、一等航海士らしく、シュメール人を海洋民族と捉え、海路で日本に来たと考えている。

しかし、BC2300年頃のナラムシン戦勝碑に描かれている紋章は、その位置から判断して、太陽のようにも見える。もっとも、シュメール人が太陰暦を使い、太陽よりも月を崇拝していたことを考えると、光を放つ月と解釈できるかもしれない。

バビロンのイシュタル門戦勝碑
Fig.03. 復元されたバビロンのイシュタル門(左)とナラムシン戦勝碑(右)[6]

3 : 道祖神

日本の道祖神の像には、向かって右側にいる男神が、左の女神の肩に右手をかけ、左手で女神の右手を握っている像があるが、これと同じ構図の粘土製の塑像がBC3000年頃のメソポタミア遺跡から出土している[7]。これも、たんなる偶然とは言えない。

Fig.04. メソポタミアの出土品(左)と諏訪大社近くにある道祖神(右)[8]

しかし、よく見ると、シュメール人の像は、眼がどんぐり眼で、鼻が大きく(男の鼻は欠損している)、縄文人風であるのに対して、日本の道祖神の像は、眼は切れ長で、鼻が目立たず、弥生人風である。

4 : 楔形文字と岩刻文字

日本列島には、ペトログリフと呼ばれる絵文字のような岩刻文字がある。吉田信啓によると、山口県下関市彦島にある有名な岩刻文字は、古代北方ツングース系の楔形文字に当てはめると、「世々子々孫々現れ、勇猛に打ち振るい、日夜戦う日神の子らが日神を祭り、天地に力を満たす。戦いつづける日神の子孫の日々を!」と解読され、シュメール系の古拙楔形文字に当てはめると、「最高の女神が、シュメール・ウルク王朝の最高司祭となり日の神の子である日子王子が神主となり、七枝樹にかけて祈る」と解読される[9]

絵文字だから、漫画の解釈と同じで、どうとでも読めるのではないかという恣意性を感じてしまう。ただ、太陽崇拝だけは共通していて、日神(ヒミコ)と日王(ピリギス)というように、日が、日本語と同様に、ピ(ヒ)と発音されているところは注目に値する。ちなみに、アイヌ語でも、日はピと発音される。

シュメールの楔形文字は、後にアラム文字として、インド経由で東南アジアに、そしてソグドやウイグル経由でモンゴルと満州に伝わった。岩田は、シュメール人が南方の海路で日本に来たと考えるが、現日本語がツングース系の言語の影響を受けていると考えるならば、文字文化は、北方の陸路を伝わって、日本に来たということになる。

5 : 言語的な類似性

シュメール語は、日本語と同様に、しかし周辺のセム系言語とは異なり、「てにをは」に相当する語を持つ膠着語であり、動詞が文末に来る。アッカド語やバビロニア語はシュメール語の影響を受けたが、統語論的には全く別だった。

日本語とシュメール語は、統語論的に似ているだけでなく、意味論的にも共通するところがある。シュメール人たちは、自分たちの国を楔形文字で「葦の主の地」(キエンギ)の「国」(クル)と呼び、古代の日本人たちは、自分たちの国を 「豊葦原の瑞穂国」(とよあしはらのみずほのくに)と呼んでいた[10]

シュメール(Sumer スメル)は他称で、岩田は次のように解説する。

スメル族の意。ス(Su)は妙、善の意で、崇高なメル族の意。メルは古代の緬(めん)族と同族か。尊い、気高いの皇(すめ)に通じる。[11]

メルの解釈には賛成できない。古代エジプトでは、ピラミッドを「メル」(昇天の場)と呼んでいた。また、ヒッタイト人が崇拝した太陽神は、シウあるいはスと呼ばれた。だから、「シウメル」「スメル」は、太陽の昇天と関係がありそうだ。

日本では、天皇を褒め称える時、天皇のことを「すめらみこと」あるいは「すめろき」と言う。「め」は甲類である。

「すめ」は「統べ」の意とする説が従来行われていたが、「統べ」のべは乙類であるから、その交替形としがたい。それで吉田金彦に「清めら」説がある。宗教的な最高位者をいうのに、ふさわしい語のようである。[12]

スメラの語源がシュメールだとするならば、スメラミコトはアマテラス信仰と深いつながりがあることになる。

タミール語では、「メル山の頂上[13]」という意味があり、「すめら」は、タミール語経由で、日本に入ったと考えることもできる。

これ以外にも、シュメール語には、日本語あるいはアイヌ語と共通点が多い。ここでは詳しく書かないが、シュメールの創世神話と日本の創世神話にも多くの類似点がある。

6 : 私の結論

私は、日本人シュメール起源説が、江上波夫の騎馬民族征服王朝説に似ていると思う。4世紀の日本が、ツングース系騎馬民族の文化的影響を受けたことは確かだが、だからといって、ツングース系騎馬民族が日本人を征服して王朝を建てたと結論を下すことは、論理の飛躍である。同様に、日本文化が、シュメール文化の影響を受けたことは確かだが、だからといって、シュメール人が弥生人として日本に移住したとまでは言えない。

日本に来たかどうかという前に、シュメール人がインダス文明を作ったかどうかも怪しい。インダス文明の言語は、シュメール語とは異なって、まだ解読されていない。インダス文明は、メソポタミア文明の影響を受けてできたことは確かだが、シュメール人が移住して造ったとまでは言えない。

メソポタミア文明とインダス文明は、ともに麦の文明だが、弥生人は、日本に稲作をもたらした民族だった。弥生人は、縄文人とは異なって、太陽を崇拝していたが、シュメール人は月を崇拝していた。人種的特徴から考えても、シュメール人と弥生人は異なるのではないか。

シュメール人は、戦争によって中央集権的な帝国を拡張させずに、都市国家に甘んじて、交易に従事する平和な民族だった。しかし、それが、かえって、シュメール文化を世界に広げることになったのではないだろうか。シュメール文化は、古くから存在した交易のネットワークを通じて、バケツリレー的に世界に伝播したと考えたい。

7 : 参照情報

  1. 上野. “菊の御紋章.” 2008年3月27日 (木) 13:22. Licensed under CC-BY-SA.
  2. 岩田 明.『十六菊花紋の謎―日本民族の源流を探る』. 潮文社. 新装版 (2003/5/1). p.67.
  3. Alma E. Guinness. “From the royal tombs of Ur, the Standard of Ur mosaic, made of lapis lazuli and shell, shows peacetime.” Licensed under CC-0.
  4. 岩田 明.『十六菊花紋の謎―日本民族の源流を探る』. 潮文社. 新装版 (2003/5/1). p.29.
  5. 岩田 明.『十六菊花紋の謎―日本民族の源流を探る』. 潮文社. 新装版 (2003/5/1). p.67.
  6. 松本 健 他.『四大文明 (メソポタミア)』. NHKスペシャル「四大文明」プロジェクト. 日本放送出版協会 (2000/07). p.36, 37.
  7. 岩田 明.『十六菊花紋の謎―日本民族の源流を探る』. 潮文社. 新装版 (2003/5/1). p.70.
  8. 岩田 明.『十六菊花紋の謎―日本民族の源流を探る』. 潮文社. 新装版 (2003/5/1). p.1. 左の写真の出典は『メソポタミアの昨日とイラクの今日』(サルテック社)で、右の写真は、岩田が撮影。
  9. 岩田 明.『十六菊花紋の謎―日本民族の源流を探る』. 潮文社. 新装版 (2003/5/1). p.122. Cf. 吉田 信啓.『神字日文解(かんなひふみのかい)―ペトログラフが書き換える日本古代史』. 中央アート出版社; 改訂新版 (1999/3/1).
  10. 岩田 明.『十六菊花紋の謎―日本民族の源流を探る』. 潮文社. 新装版 (2003/5/1). p.100-107.
  11. 岩田 明.『十六菊花紋の謎―日本民族の源流を探る』. 潮文社. 新装版 (2003/5/1). p.136.
  12. 白川 静.『字訓 新装普及版』. 平凡社; 新装普及版 (1999/01). p.425-426.
  13. 田中孝顕. “第13章 雷神「スメラ」としての大王.” 12 Aug 2004.