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複雑系としての社会システム

2001年9月15日

一般的に言って、社会科学は自然科学より厳密性を欠くので、社会科学者は自然科学にコンプレックスを感じている。その結果、自然科学の新しいパラダイムが現れると、それに追従しようとする社会科学者が必ず現れる。複雑系ブームの場合もしかりである。しかし社会システムを複雑系として扱う前に、それがいかなる意味で複雑系なのかを理解しておく必要がある。

Image by Keith Johnston + 3D_Maennchen from Pixabay modified by me

1. 社会システムは他者準拠型の複雑系である

複雑系とは、「複雑系の時代」で定義したように、複雑な(不確定な)環境に晒されつつ、その複雑性(不確定性)を縮減することを通して、自己自身を複雑にする系(システム)である。複雑系には、自己準拠型システムと他者準拠型システムの二種類がある。他者準拠型システムは、他のシステムの選択結果(アウトプット)を変数(インプット)として含む関数で、この関係が相互的である場合、そのシステムは複雑系になる場合が多い。

社会システムがこの意味で複雑系であることは明白である。例えば、大規模なテロ活動に対して、日本はいち早くアメリカへの支持を表明したが、アメリカが「もし同盟国の支持を得られるならば、テロ支援国家に対して報復戦争を行う」という立場を明らかにすると、同盟国の一つである日本は、「もし戦争ということになれば、武力行使を伴う協力はできない」と発言を修正するという具合に、国際社会では、自国の行動を単独で無条件には決められず、「もし他の国が…」というように、条件法導入により、他国の戦略の選択を変数として取り込んで戦略を選択しなければならない。

戦略が高度に相互依存していると、一つの国が予想外の選択をするだけで、全体の戦略が連鎖的に狂ってくる。その結果、環境が変化しすぎて、予想外の選択をした最初の国までが、選択を変更するということもある。このように、国家という社会システムは、複雑性を縮減することによって、自らを複雑にするので、国際社会は平衡に達することなく、カオス的な振る舞いを続ける。

では、もし人類社会が単独政府によって統一されたならば、社会システムは複雑系であることをやめるだろうか。そうではない。なぜならば、社会システムは、他者準拠型複雑系であるだけでなく、自己準拠型複雑系でもあるからだ。

2. 社会システムは自己準拠型の複雑系である

自己準拠型システムとは、自己自身を変数として含む関数のことである。f(x)=x のように、永久に自己同一性を維持する関数も存在するが、ロジスティック写像のように、カオス的な振る舞いを示すものもある。現代の民主主義社会は、自国民の選択に基づいて営まれているはずだから、その意味では、自己準拠型システムである。しかし社会システムの構成員は、通常、全体に対して自己同一性を感じないので、個人の振る舞いと社会の振る舞いに乖離が生じる。

社会は、社会を構成するエージェントなくして存立しえない。にもかかわらず、各個人は、社会をあたかも自分とは独立に自己運動する超越的な物として錯覚する。この錯覚は物象化的錯視と呼ばれる。

例えば、有権者数が極めて多い国政選挙で、「自分ひとりだけが利己的な選択をしても、全体には影響を与えない」という判断は、個人レベルでは正しいが、多くの人がそう考えれば、国政に悪い影響を与える。すると、まじめに投票していた人たちが、「いくら良心的に投票しても、政治は少しも変わらない」と絶望して、投票しなくなる。誰が首相になっても、政治は良くならない「もの」だから、政治について考えるだけ時間の無駄というわけだ。有権者が間違った投票をするから政治が良くならないのだが、個人レベルの意識では、「政治が良くならないから、投票に行かない」という倒錯した認識が現れる。

個人の選択の結果が社会の選択になる。ところが、個人は社会を環境と捉えているので、その選択を外的所与と受け取り、それに基づいて、各個人は新しい選択をする。するとそれが前提となっている環境としての社会を変えるので、… というように、社会システムは、自己準拠的であるにもかかわらず、いつまでたっても平衡(個人と社会の完全な自己同一)に達しない。社会レベルで複雑性を縮減すると、個人レベルでの新たな複雑性を増大させ、社会システム自体の複雑性を増大させるという意味で、社会システムは自己準拠型複雑系でもある。

3. 社会システムの複雑性はきわめて大きい

社会システムは、他者準拠型システムとしてだけでなく、自己準拠型システムとしても複雑系である。また、社会システムの複雑性は、他者準拠的複雑性と自己準拠的複雑性のたんなる和ではなく、両者の積であり、したがって、その複雑性は尋常ではなく、社会のカオス的振る舞いを予測できなくても、コンプレックスを感じるには及ばない。

4. 関連著作

ルーマンは、当初、パーソンズのダブルコンティンジェンシー論の影響を受けていたが、後になって、オートポイエーシス論の影響を受けるようになった。つまり、ルーマンの関心は、他者準拠型複雑性から自己準拠型複雑性へと移っていったと考えられる。自己準拠(自己言及)については、『自己言及性について』(原書:Essays on Self-Reference)を参考にされたい。