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浦島太郎と桃太郎

2006年1月28日

浦島太郎と桃太郎は、日本のおとぎ話の分野では、ともに人気があり、有名である。二人の太郎の話は、しかしながら、対照的である。浦島太郎のテーマが、胎内回帰願望と死への欲動であるのに対して、桃太郎のテーマは、胎内回帰の拒否と生への欲動である。すなわち、前者が去勢以前的なファリック・マザー幻想の物語であるのに対して、後者は自発的去勢の物語である。

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浦島太郎(左)と桃太郎(右)

1. 浦島太郎と桃太郎の違いは何か

浦島太郎の物語については、すでに詳しく分析したので、ここでは桃太郎物語について考えたい。桃太郎物語のポピュラーなバージョンのあらすじは、次のようなものである。

ある村に子供のいない老夫婦が住んでいた。ある日、お婆さんが川で洗濯をしていると、大きな桃が流れてきたので、持って帰ってお爺さんと食べようと家に帰った。二人で桃を割ると中から男の子が生まれたので、「桃太郎」と名づけて大事に育てた。

成長した桃太郎は、鬼ヶ島の鬼が横暴を働き、人々を苦しめていることを知ると鬼退治を決意し、両親から「日本一の黍団子」を餞別にもらい、途中で犬・猿・雉を黍団子で誘って家来に従え、鬼ヶ島で鬼と戦い、勝利を収め、鬼が搾取した財宝を持ち帰り、両親は一生安楽に暮らすことができた。

桃は、「桃尻」という言葉からわかるように、女体の象徴である。桃から生まれるということは、母の体から生まれるということである。実際、明治の初期までは、桃太郎は、桃を食べて回春した父母から生まれたということになっている。晩年にできた一人子はとかく過保護にされがちだが、桃太郎は、若くして生家を後にする。

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桃太郎は、出征時に両親から餞別に貰った黍団子を、道中に出会ったイヌ、サル、キジに分け与えて家来にする。[1]

ところで、鬼ヶ島とはどのような島だろうか。鬼は、隠(おん)の字音から出たという説が有力である。だから、隠岐の島とよく似ている。「因幡のしろうさぎ」で説明したように、そこは、雲隠れするべき胎内の象徴である。南西諸島の沖永良部島では、桃太郎は「ニラの島」へ行ったということになっている。だから、本来そこは竜宮なのだが、そこにいるのは理想化された母ではない。沖永良部島版の桃太郎物語では、島民はみな鬼に食われていたことになっている。そして、鬼は、山姥やあるいは西洋の魔女と同様に、父権時代になってネガティブに評価されるようになった、かつての地母神である。

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佐脇嵩之画「山うは」[2]。妖怪を主題とした江戸時代の絵巻物、『百怪図巻』より。

桃太郎物語が成立時期は、室町時代と推定され、浦島伝説の成立よりも新しい。そのため、その内容は母権宗教的ではなく、父権宗教的ですらある。実際、桃太郎の鬼退治は、自発的去勢と解釈できる。浦島伝説のテーマが、胎内回帰願望と死への欲動であるのに対して、桃太郎物語のテーマは、胎内回帰の拒否と生への欲動である。浦島太郎は、最初は竜宮、次に実母と二回母なるものに帰ろうとするが、桃太郎は、最初は生家、次に鬼ヶ島と二回母なるものと決別している。

もちろん、桃太郎は、最後は故郷に戻るわけだが、功成り名を遂げ、故郷に錦を飾るわけだから、彼の帰郷が胎内回帰だとは言えない。桃太郎は、青雲の志を抱いて故郷を出る明治以降の若者や、「鬼畜米英」を懲らしめるべく、太平洋の島々に遠征した日本軍人の自我理想であった。桃太郎物語は、強い父の肯定、生の肯定の物語である。

2. 桃太郎の変形としての一寸法師

浦島物語と同様に、桃太郎物語にも、様々なバリエーションがある。一つの例として、一寸法師を取り上げよう。『御伽草子』に載っている一寸法師の話のあらすじは、現代のものとは少し異なるが、次のようなものである。

子供のない老夫婦が子供を恵んでくださるよう住吉の神に祈ると、老婆に子供ができた。しかし、産まれた子供は身長が一寸しかなく、何年たっても大きくなることはなかった。そこで、子供は一寸法師と名づけられた。老夫婦は、一寸法師が大きくならないことを気味悪がり、一寸法師を旅に出させる。

一寸法師は宰相殿の家に住み、策略をめぐらして、その家の姫君を妻に取り、宰相殿の家を去る。船に乗って旅に出た一寸法師と姫君は、やがて気味の悪い不思議な島にたどりつく。そこで鬼が一寸法師を呑んでしまうが、一寸法師は呑まれても、呑まれても、鬼の目から飛び出し、鬼たちを驚かせる。鬼たちは恐れて、打ち出の小槌を捨てて逃げる。一寸法師はこの打ち出の小槌を使って自分の背を大きくし、金銀財宝を打ち出して、姫君と戻り、両親を幸せにし、出世した。

一寸法師が鬼と戦う場面に注意しよう。口と食道と胃が、女陰と膣と子宮に相当するということは、既に述べた。一寸法師は、鬼に呑まれたにもかかわらず、地獄に落ちることなく、目から飛び出した。蛇女房では、蛇の目、すなわち水面に男が飲み込まれて、戻ってこなくなるが、一寸法師の場合は、方向が逆である。

3. ペルセウス-アンドロメダ型神話

桃太郎や一寸法師の日本での起源は、『古事記』に記されている八俣の大蛇退治にまで遡ることができる。高天原で乱暴を働いて、出雲の国に追放されたスサノヲが、八つの頭、八つの尾を持つ八俣の大蛇を退治し、八俣の大蛇の生贄にされる予定だった櫛名田姫を妻として娶るという話である。桃太郎も、伝説によっては、必ずしも優等生ではなく、幼い時は、乱暴者だったというバージョンもある。

八俣の大蛇退治は、世界的には、ペルセウス-アンドロメダ型神話に分類される。この名前は、次のようなギリシャ神話に由来する。

ギリシャのセリポス島にペルセウスという、メドゥーサ退治をした青年がいた。エチオピアの王妃、カシオペアは、海の神ポセイドンの怒りをかい、それを鎮めるために、王女アンドロメダを生贄として捧げなければならなかった。クジラの怪物が、海岸の大岩に鎖でつながれたアンドロメダに襲い掛かった時、それを見たペルセウスがメドゥーサの首を突き出し、怪物を岩にしてしまった。エチオピアは平和になり、ペルセウスはアンドロメダと結婚した。

ペルセウス-アンドロメダ型神話は、世界中に存在する。中国の『捜神記』にも、東越の国(福建省)の山の洞穴に棲む大蛇が、毎年八月一日に少女の生贄を要求し、すでに差し出された生贄の数は九人に及んだが、末娘の寄が、団子を食べに来た大蛇を剣で討ち取ったという話がある[3]。その大蛇の目は鏡のようであったという。

生贄を要求する水の怪物ないし山の怪物(龍であることが多い)は、ファリック・マザーの底なしの欲望を意味し、怪物を退治することは、鏡像関係での無限の贈与の反復を打ち切ること、すなわち、去勢を意味する。

4. 最古の自発的去勢の神話

自発的去勢の神話を、文字で書かれて残された世界最古の叙事詩『ギルガメシュ叙事詩』に見出すことができる[4]

ウルクの王ギルガメシュは、エンキドとともに、香柏の森の番人フンババ(フワワ)を退治した。ギルガメシュはフンババの頭を持って華々しくウルクに凱旋した。これを見た女神イシュタルは彼にプロポーズしたが、ギルガメシュは、イシュタルの誘惑を拒否した。すると女神は怒って「天の雄牛」をウルクに送った。この牛は大暴れし、人を殺した。ギルガメシュとエンキドは協力して天の雄牛を倒すが、さらに女神の怒りを買い、女神はエンキドを殺してしまう。ギルガメシュは大いに悲しみ、永遠の命を求めてさまざまな冒険を繰り広げる。

フンババは森の化け物で、八俣の大蛇と似た性格を持っている。ギルガメシュがイシュタルとの結婚を拒否しているところは、スサノヲやペルセウスとは異なるように見えるかもしれないが、イシュタル(イナンナ)は地母神的な性格を帯びるので、これは、母子相関の拒否と受け取ることができる。ギルガメシュが永遠の生命を求めているところは、この話が生の欲動の肯定の話であることを示している。

シュメール神話には、ギルガメシュの物語とは別に、イシュタル(イナンナ)の冥界下りという、胎内回帰の神話がある。ギリシャのペルセウス-アンドロメダ神話に対しては、ペルセポネの冥界行きと帰還の神話があり、日本の八俣の大蛇退治の神話に対しては、イザナギの黄泉の国訪問神話がある。このように、どこの国の神話にも、死の欲動に基づく胎内回帰の神話と生の欲動に基づく自発的去勢の神話がある。

5. 人は胎内から生まれ胎内に戻っていく

読者は、浦島太郎型の物語と桃太郎型の物語のどちらが好きだろうか。桃太郎型は、明快な武勇伝であり、ハッピー・エンドで終わるが、浦島太郎型は、最後がわびしい。しかし、明るく生を肯定するだけが人生ではない。死への欲動は、まるで影のように私たちについて回る。

浦島太郎と桃太郎は、二つの人間類型というよりも、一人の人間の二つの側面を表している。浦島的欲望は、抑圧され、忘れられ、桃太郎的な生き方が自我理想として掲げられる。しかし、人は、鮭のように、母胎から生まれ、また母胎へと戻っていく。人は、年をとるにつれて、幼児に近くなるといわれるが、胎内回帰欲望にもまた目覚めるようになる。浦島伝説は、たんなる童話ではない。

竜宮から現れる女性は、自分が生まれた時の、まだ若くて美しい、理想化された母の姿である。若かった頃の母の胎内に戻り、あらゆる世俗的な穢れと憂いから免れた子宮の中で、時間が経つのも忘れるような母子一体の至福を楽しむ夢を見ていて、ふと我に返ると、もうこの世には母がおらず、年老いた自分一人が取り残されている寂寞たる現実を思い知らされる。 ―― そうした胎内回帰の幻想と幻滅を体験した人なら、浦島伝説の本質を容易に理解できるだろう。

近年、日本では、海などに散骨する自然葬がブームになっている。これまで自然葬は、墓地埋葬法違反に当たるとして禁止されてきたが、法務省が「節度をもって行われる限り問題はない」という見解を出して容認したため、海への散骨が増えている。古来、日本では、海は母の国と言われてきた。海への散骨で「母なる海に戻りたい」という人が多いということは、海に対して、ノスタルジックな胎内回帰願望を持つ日本人が少なくないということである。私たちが、海への郷愁を持つ限り、これからも、浦島伝説は、子孫代々語り継がれていくだろう。

6. 参照情報

関連著作
注釈一覧
  1. T. Hasegawa. “Cover of Momotaro.” Tr. David Tomson. Published by T. Hasegawa in 1886. Licensed under CC-0.
  2. Sawaki Suushi. “Yama-uba (the mountain hag) from Hyakkai-Zukan.” Licensed under CC-0.
  3. 荒川 紘. 『龍の起源』. 紀伊國屋書店 (1996/6/1). p. 153-154.
  4. The Babylonian Gilgamesh Epic: Introduction, Critical Edition and Cuneiform Texts. Trans. & edit. Andrew R. George. London: Oxford University Press (2003/9/25).