制裁か援助かという不毛な選択肢

1999年12月18日

日本では、北朝鮮に対してどう対応するべきかに関して、経済制裁を発動するべきだという右寄りの主張と、一般の北朝鮮人民には罪はないとして、人道的な分野に限った経済支援をするべきだという左寄りの主張がある。しかし、諸悪の根源である金正日体制を崩壊させるためには、経済制裁も経済援助も、ともに有害である。[1]

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1. 高まる制裁への世論

北朝鮮が、遺骨を捏造するなど、日本人拉致問題に対して不誠実な対応を続けているとして、捏造が発覚した2004年12月以降、日本では、北朝鮮に対して、経済制裁を求める動きが強まっている。

朝鮮半島情勢や拉致問題に詳しい専門家らが14日、北朝鮮への経済制裁発動を求める5項目の緊急提言を発表した。「日本単独の制裁では効果がない」「弱い立場の北朝鮮人民を苦しめる」といった制裁慎重論に反論した形だ。

拉致被害者を救う会副代表の西岡力東京基督教大教授は「単独制裁を発動すれば、金正日総書記に日本の強い決意が明確に伝わり、対日政策が変わる」と指摘。李英和関西大助教授は「北朝鮮からの魚介類の輸入を停止すれば、栄養失調に陥っている北朝鮮の子供らを助ける人道的効果がある」としている。

また、ジャーナリスト恵谷治氏は「北朝鮮には『国交正常化で経済協力が得られる』との期待があり、制裁を発動してもミサイルは飛んでこない」と述べている。[2]

世論調査によると、半数以上の日本人は、北朝鮮に対して、経済制裁を発動するべきだと考えている。

対北朝鮮経済制裁に関する世論調査
調査実施社 調査結果
毎日新聞(2004/10/03) 「経済制裁すべきだ」66%「すべきでない」23%
朝日新聞(2005/01/31) 「経済制裁など強い態度で臨むべきだ」61%「外交努力で対話を深めるべきだ」30%
読売新聞(2005/02/17) 「日本人拉致問題を解決するため、交渉期限を区切って、北朝鮮に対する経済制裁を行うべきだ」71%
「そうは思わない」23%

こうした世論の流れを受けて、自民党も、経済制裁に対しては前向きの姿勢を見せている。

自民党の北朝鮮経済制裁シミュレーションチームは15日の拉致問題対策本部の会合で、日本が独自に経済制裁した場合の試算をまとめた。北朝鮮との貿易を全面停止すれば、最大で北朝鮮の国内総生産(GDP)の約7%を減らす効果があるとしている。

北朝鮮の経済データは不十分なため、GDPは国連の統計などを前提にした。日朝間の貿易は2000年からの4年間平均で、約7900万ドル(約83億円)が日本側の輸入超過となっている。同チームは貿易停止でこれがゼロになるとしたうえで、年間最大で約10億ドル(約1050億円)の打撃になると計算した。

個別品目はベニズワイガニ、アサリ、衣料品、中古車の4つを例示。衣料品に関しては、北朝鮮国内で1万人前後の雇用喪失になる可能性があるとの見方を示した。

安倍氏は会合後、記者団に「権力中枢に入っているおカネを絶つことになる」と語った。[3]

ただし、小泉首相は、慎重な姿勢を崩していない。

小泉首相が10日夜、視察先の札幌市で、地元選出の自民党国会議員らと会食した際、北朝鮮への経済制裁について、悩ましい胸の内を吐露していたことが明らかになった。出席者によると、首相は北朝鮮の拉致問題などへの対応に強い憤りを見せた。そのうえで、「制裁の効果があるのは、日本が絶対的に優位な場合に限られる」と語った。一方で、「やる場合、戦争になってもいいぐらいの覚悟が必要だ」「国際協調の枠組みでやるしかない」などと述べたという。[4]

2. 経済制裁には効果があるのか

北朝鮮に対して経済制裁を行った場合、どのような結果を生むだろうか。日本が単独で経済制裁をしても、商品は第三国を経由して流通するだろうから、中国や韓国の仲介業者が儲かるだけで、損害を受けるのは、日本と北朝鮮の消費者である。「北朝鮮からの魚介類の輸入を停止すれば、栄養失調に陥っている北朝鮮の子供らを助ける人道的効果がある」とは言えない。

それでも、金正日の外貨獲得能力を削ぐ効果があると思うかもしれないが、その場合、北朝鮮は、薬物や偽札のような非合法なビジネスに力を入れるであろうから、日本にとってはもっと困ったことになる。一般に規制を強化すればするほど、活動はアングラなものとなり、取締りが難しくなるものだが、ここでも同じことが言える。

経済制裁をすれば、「怒りのメッセージを伝えることができる」と言う人もいるが、メッセージを伝えるだけなら、声明を発表するだけでできることである。問題は、経済制裁に実質的な効果があるかどうかである。もしも実質的な効果がないならば、メッセージを伝える効果は、たんなる声明の発表以上のものではなくなってしまう。

日本一国による経済制裁に効果がなくても、韓国、中国、ロシアを含む周辺諸国が協力して経済封鎖をするならば、効果があると思うかもしれない。しかし、経済封鎖は金正日体制を崩壊させる上で、むしろ逆効果である。金正日体制を崩壊させるには、ソ連と東欧が崩壊した時と同じことをするべきである。

3. 市場経済が独裁体制を崩壊させる

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軍事力を誇示する北朝鮮ののパレード[5]。2007年5月25日撮影。

冷戦時代に、自由主義諸国は共産主義諸国にCOCOMなど経済統制を行ったが、共産主義社会はもともと自給自足を理念とした社会であるから、それによって東側陣営が弱体化することはなかった。ところがベトナム戦争後の緊張緩和により東西貿易が活発になると、ヨーロッパの社会主義諸国は資本主義の論理に巻き込まれ、その生産性の低さから膨大な対外債務を抱えて国家経営に行き詰まり、外部情報に接して目覚めた国民の力によって、打ち倒される。

共産主義的独裁体制は、完全に経済封鎖されると、外部から撹乱されないから、むしろ中央集権的な支配を安定的に行うことができる。こうした独裁国家に経済援助を行って、援助物資が実際に貧しい人民にまで届けられたとしても、援助されているという情報自体は末端の人民に届かないから、人々は将軍様の配給に感謝し、中央経由の再配分構造の強化に役立つだけという結果に終わる。

経済援助とは逆に、経済制裁をしても、やはり外部から情報が入ってこないから、北朝鮮人民は、相変わらず洗脳されたままである。どんなに飢餓がひどくなっても、それが米帝の仕業だと宣伝されれば、人民の怒りは外へと向けられ、かえって、人々の決断力を強めることになる。

こうした情報鎖国状態を打破するために、韓国は、ラジオ電波を飛ばしたり、上空からビラをまいたりして啓蒙活動をしているが、ちょうど私たちが、北朝鮮のプロパガンダをいくら聞いても信じないように、北朝鮮の人々も、資本主義者たちのプロパガンダをいくら聞いても信じない。北朝鮮の人々は、今でも、資本主義社会が北朝鮮よりももっと悲惨だと信じている。

こんな話がある。北朝鮮が、工作員教育のために、ソウルと同じ街並みの地下都市を建設し、そこで工作員を生活させたところ、ソウルに憧れて、韓国に亡命する工作員が続出した。百聞は一見に如かずである。ある工作員は、韓国料理があまりにもおいしかったので、北朝鮮で生活し続けることがばからしくなったと回想している。

東欧で起きたのと同じ革命を北朝鮮で起こすには、日朝貿易を減らすのではなくて、むしろ増やすべきだ。経済制裁でも経済援助でもない、経済交流こそが必要なのである。物の流れが増えれば、当局がいくら検閲して規制しようとしても、情報が外部から入ってくる。海外から入ってくる優れた製品は、言葉では何も語らないが、プロパガンダのチラシよりも説得力のあることを語る。

近代市民革命は、経済的に自立したブルジョワたちが、寄生虫化した王侯貴族を打倒することで成し遂げられた。配給経済では、人民の方がむしろ寄生虫的である。北朝鮮で革命を起こすには、海外との貿易を盛んにし、被抑圧人民たちに、自分の労働で外貨を稼ぐ力を付けさせ、金正日体制がなくても経済的に自立できるようにしなければならない。

金王朝は、遅かれ早かれ崩壊するだろうが、グローバル市場経済から隔絶された状態で崩壊すると、崩壊後の経済の建て直しが大変になる。たんに、独裁体制の崩壊を早めるためだけでなく、崩壊後のことをも考えて、北朝鮮をグローバル市場経済に組み込むべきである。

4. 関連著作

5. 参照情報

  1. 本稿は、1999年12月18日に、メールマガジンで配信した「戦争か平和かの対立地平を超える」に、修正と加筆を行い、2005年2月26日にブログで配信したものである。
  2. 『産経新聞』2005/02/14.
  3. 『日経新聞』2005/02/15.
  4. 『読売新聞』2005/2/12.
  5. Military Parade, North Korea” taken on May 25, 2007 by babeltravel. Licensed under CC-BY-SA.