ブッシュはなぜ戦争を始めたのか
ブッシュ政権は、親子ともイラクで戦争を行った。息子の方は、9.11事件を口実にアフガニスタンでも戦争をした。ブッシュはなぜこれほど戦争に熱心なのか。ブッシュは、石油や天然ガスが欲しくて戦争をしているのか。ブッシュの戦争を分析しよう。[1]
1. 9.11事件は米国の陰謀か
2001年9月11日に米国で起きた同時多発テロ事件[3]、所謂、9.11事件以降、ブッシュ政権は、「テロと戦うため」と称して、アフガニスタンやイラクを攻撃した。しかしながら、これらの戦争の出発点となった9.11事件に関しては、事件発生直後から、米国政府による謀略ではないかという疑いがもたれている。一口に陰謀説といっても、いろいろな説があるわけだが、大きく分けて、米国政府は、テロの計画を知りながら、その防止に努めず、むしろそれを戦争の口実として利用しようとしていたとする穏健版陰謀説と9.11事件は米国政府による完全な自作自演であったとする過激版陰謀説の二つがある。
穏健版の陰謀説は、事件が起きる前に、米国の国家安全保障局が、通信トラフィックを監視し、分析する人工知能ベースのエシュロン・システムから、さらにはイスラエル、ドイツ、ロシア、イランなどの国の情報機関から、テロの計画の情報が米国に通告されていたのにもかかわらず、米国政府はこれを無視し、事件当日も、米国空軍が、テロ被害の拡大を防ぐための適切な措置を行わなかったことから生まれた[5] 。
2002年5月15日にライス大統領補佐官が、2001年8月6日にブッシュ大統領がCIAから報告を受け、ハイジャックされた航空機による攻撃の事前警告を受けていたことを認めた。そして、翌日(2002年5月16日)には、フライシャー報道官がが、事件2日前に、ブッシュ大統領にアルカーイダ掃討の詳細な戦争計画が渡され、戦争への大統領令を発動する準備が進められていたということを公式に認めた[6]。これで、なぜ米国政府が、事件後即座に、ろくに調査もせずに、事件の首謀者をビン・ラーディンと断定した[7]のかという謎を解くことができる。穏健版の陰謀説は、正しかったと言える。
では、過激版の陰謀論はどうだろうか。過激版の陰謀論[8]は、さらに一歩進んで、9.11事件の首謀者が米国政府だとまで主張する。9.11事件の首謀者はビン・ラーディンで、実行犯はイスラム原理主義者というのが米国政府の主張であるが、その証拠とされるものは、どれも疑わしいものばかりで、実行犯とされたイスラム原理主義者たちの名前は、実際には、公式の搭乗者名簿に一人も載っていなかったと言われている。では、その場合、実行犯は誰だったのか。実は、米国政府は、この問題を含めて、事件の真相解明に熱心ではない。例えば、アメリカン航空やユナイテッド航空など、テロ直後急落した会社の株の大規模な空売りで巨額の利益を手にした投機家がいるが、SEC(米証券取引委員会)は、首謀者を突き止める上で重要なこの情報を公開しようとしない。
航空機が世界貿易ビルに激突したのは、イスラム原理主義者たちの自爆行為によってではなく、地上からの遠隔誘導リモコン操作によってであるという陰謀論もある。 真相を知るには、ブラック・ボックスを回収して、それを解析しなければならないのだが、当局は、一方では、焼き焦げた跡すらないテロリストのパスポートを現場から回収したとしながら、耐熱性が高いはずのブラック・ボックスは、高熱のために破壊されたといって、その内容を公開しない。
陰謀論者たちは、さらに、米国の仇敵とされるビン・ラーディンが、実はCIAの工作員ではないかと疑っている。1980年代に、アフガニスタンに侵略したソ連軍と戦うために、ビン・ラーディンがCIAと提携していたことはよく知られているが、91年の湾岸戦争をきっかけに、反米テロリストになったというのは本当だろうか[9]。2001年10月31日付のフランスの新聞『フィガロ』は、9.11事件の2ヶ月前、CIAのドバイ支局責任者が中東ドバイのアメリカン病院に入院していたビンラディンに会いに行ったことを暴露した。また同じ時期に、米国の雑誌『ビレッジ・ボイス』は、1996年に、スーダン政府が、スーダンに亡命し、既に米国から危険視されているはずのビンラディンの身柄を引き渡したいとCIAに申し出たところ、断られ、ターリバーンのいるアフガニスタンに亡命させるように頼まれたと報道した。
2. 米国はリフレのために戦争をする
過激版の陰謀論が正しいかどうかは、現時点ではわからないけれども、戦争の口実を求めていた米国政府が、9.11事件に何らかの形で関わっていた可能性はかなり高いと私は考えている。太平洋戦争のきっかけとなった真珠湾攻撃、ベトナム戦争のきっかけとなったトンキン湾事件、あるいは湾岸戦争のきっかけとなったイラクのクウェート侵攻などの過去の事例を見ればわかるように、工作活動によって戦争の大義名分を捏造することは、米国の常套手段である。
私は、「ニューディールは成功したのか」で、米国が日本を真珠湾攻撃へと誘導したのは、戦争によって大恐慌以来のデフレを克服する必要があったからだという見解を示した。同じ説明は、9.11事件にも使うことができる。すなわち、米国は、ネットバブルの崩壊によって生じたデフレの危機から脱却するために戦争をする必要があったのであり、9.11事件は、世論を戦争へ駆り立てるため、米国政府が以前から起きることを望んでいたテロ活動だったと考えることができる。
対アフガニスタン戦争の大義名分は、テロ支援国家を壊滅させることで、対イラク戦争の大義名分は、イラクから大量破壊兵器を除去することだった。9.11事件が米国の狂言ならば、あるいはイラクに大量破壊兵器がないのならば、米国は戦争の大義名分を失う。しかし、だからといって、米国の戦争が失敗だったとは言えない。
戦争のリフレ効果を以下のチャートで確認してみよう。黒線のグラフはハイテク企業が多いナスダック総合指数を、赤線のグラフは幅広い業種を網羅する米国の代表的な株価指数であるS&P500を表す。
これを見てもわかる通り、ドットコムバブルのおかげで、2000年初頭に最高値を記録した株価は、バブル崩壊後暴落し、9.11事件の時にはバブル前の水準にまで下落した。その後アフガニスタンへの攻撃が始まると、株価はひとまず回復した。ところが、戦争が終了した2001年12月以降になると、エンロン社やワールドコム社の不正会計操作の問題が浮上し、両者の経営破綻の結果、株価は再びバブル崩壊後の最安値をつける。しかし、2003年3月から始まったイラク戦争とともに、株価は再び上昇し始めた。このように、戦争ケインズ主義は、今日においても有効なのであり、ブッシュが対イラク戦争を始めたのは、国民の関心を、自分自身に飛び火したエンロン・スキャンダルからそらすためだけではなかった。
3. 米国の戦争は石油が目当てか
読者の中には、「ブッシュの戦争は、エネルギー資源が目当てではないのか」と反論する向きもあるに違いない。たしかに、多くの人は、対イラク戦争は、石油のための戦争だと思っている。アフガニスタンは、トルクメニスタンに埋蔵されている豊富な天然ガスを輸送するパイプラインの通路に当たることから、天然ガスを手に入れるために、ブッシュ政権は、邪魔となっているアルカーイダをアフガニスタンから一掃したのではないかとよく言われる[10]。この通説は、はたして正しいだろうか。
物不足を解消するために、他の国から《物》を奪う戦争をディスインフレ型戦争と名付けることにしよう。この型の戦争は、物余りを解消するために《物》を浪費するリフレ型戦争とは区別される。ディスインフレ型戦争は、主として、生産力が低かった前近代社会に見られるタイプの戦争であり、これに対して、米国のような現代の先進国がする戦争は、リフレ型の戦争が多い。そして、ブッシュの戦争も、石油や天然ガスといった《物》を手に入れるためのディスインフレ型戦争ではなかったと私は考えている。
石油価格は、2000年の物価基準をもとに計算すると、1973年から1985年にかけては、1バレル当たり30-60ドルだったが、1985年以降は、10-30ドルの低水準で推移している。もしも、米国が石油それ自体を欲しがっていたとするならば、なぜ米国は、《物》としての石油の希少価値が最も高かった時に「石油のための戦争」をせずに、石油価格が暴落した後で、「石油のための戦争」と呼ばれる戦争をしたのだろうか。特に、9.11事件の時には、バブル崩壊後の不況ということもあって、エネルギー需要が小さく、戦争をしてまでエネルギー資源を求めるような状況ではなかった。
イラクを占拠している英米は、イラク政府が適正に樹立されるまでの間、イラクでの石油、天然ガスの輸出売り上げはすべてイラク支援基金に入れ、基金からの支出は、イラク暫定政権と協議の上、米英の監督下で行うという案を出した。もしも、英米が求めているものが石油や天然ガスならば、輸出先を英米に限定するという条件をつけることがあってもよさそうなのだが、もちろんそのようなことはない。米国は国内に油田があるので、他の先進国と比べるならば、石油の輸入依存度が高くない。英国などは、逆に石油を輸出しているぐらいである。
ブッシュ政権は、石油業界と癒着しているので、石油業界の利益のために戦争をするという説明もよく聞くが、この説も正しくない。なるほど、ブッシュ大統領もチェイニー副大統領も石油会社の経営者だったし、エネルギー産業から献金も受けている。しかし、イラクからフセインを追放し、イラクに対する制裁措置を解除し、英米が実際にこれからそうしようとしているように、イラクの原油生産を増やすならば、他の産油国が減産に協力でもしない限り、原油価格は下落し、石油業界は打撃を受ける。
米国の国務省の「将来のイラク・プロジェクト」石油部会は、イラクの国営石油公社を段階的に民営化し、70%は米国の石油会社に、30%は外資(多分英国)の会社に管理させる方向を打ち出した[11]。資源ナショナリズムの反発が予想されるので、この企みは成功しそうにもないが、もしも、このおこぼれに与ることができるならば、石油会社の中にも、儲かるところが出てくるかもしれない。戦争によって、一時的に石油価格が高騰するということも石油業界に利益をもたらすが、全体として、ブッシュの戦争が石油業界の利益に貢献しているとは言いがたい。
日本政府の公共事業が建設業界の利益に貢献できるのは、公共事業が業界の需要を増やすからであって、供給を増やすからではない。ブッシュの戦争によって、需給関係が好転するのは、石油産業よりも軍需産業の方である。ブッシュ政権でのエネルギー産業関係者が21人であるのに対して、軍需産業関係者は32人もいるので、ブッシュ政権は、石油産業のための政権と名付けるよりも、軍需産業のための政権と名付けた方が適切かもしれない。もとより、特定の業界のための政権は長続きしない。数々のスキャンダルにもかかわらず、ブッシュ大統領の支持率が依然として高いのは、幅広い分野の業界が、特需の恩恵に浴することができるからである。
では、かつての米国が、日独伊、朝鮮半島、ベトナムといった、エネルギー資源という点であまり魅力的でない地域の国と戦争をしていたのに対して、ブッシュ親子が、石油の利権が絡む地域を選んで戦争をしたのはなぜだろうか。この問いに答えるには、レーガン時代以降の米国経済の変質について語らなければならない。
4. 変質した米国の戦争
第二次世界大戦が終わった時、米国は世界最大の債権国であり、米国の財務省は、世界中の金の60%を保有していた。米国は、国内に豊富な戦争資金があった冷戦時代の前半、現在のように、自国の経済成長のために同盟国の金を使って戦争をするのではなく、同盟国の経済成長のために自国の金を使って戦争をしていた。例えば、朝鮮戦争は日本に特需景気をもたらし、ベトナム戦争は韓国に特需景気をもたらした。当時の米国は、日本や韓国にとって、成長のための母乳を与え、共産主義という外敵から自分たちを守ってくれる母のような存在だった。
ところが、レーガンの時代以降、双子の赤字(財政赤字と経常赤字)が増大すると、米国の戦争の方法が変化する。戦争の本質がリフレーションであることには変わりないが、米国は、もはや戦争資金を国内だけでは調達することができなくなったため、同盟国に「国際貢献」、すなわち戦争資金の献上を要求するようになった。湾岸戦争はその代表的な例である。
1987年10月19日の月曜日、ニューヨーク株式市場の株価が22.6%下落するブラック・マンデーが起きた。日銀が低金利政策を長期にわたって継続したおかげで、米国は恐慌に陥らずにすんだのだが、この米国救済策は日本にバブル経済という副作用をもたらした。1990年1月にバブル経済が崩壊すると、世界的なデフレ懸念が生じ、このため、ブッシュ・シニア大統領(ブッシュ・ジュニア大統領の父親)は、イラクとの戦争によって、デフレの危機を克服しようとした。
もともと米国は、イラン・イラク戦争でイラク側を支援していた。米国は、日本やヨーロッパに圧力をかけてイラクの石油を買わせ、そしてイラクは石油を売った金で米国から武器を買った。1988年にイラン・イラク戦争が終わると、米国は、大量の武器を持ったイラクとの戦争を計画し始めた。時あたかも、ブラック・マンデー後の、戦争の必要性が出てきた頃である。計画は、89年に戦争計画1002-90としてまとめられ、翌年にはコンピュータによる図上演習が行われた。
もっとも、長年の戦争に疲弊していたイラクには、新たに戦争を始める意欲がなかったので、米国は、イラクに対する最大の債権国である隣国クウェートに、イラクを挑発させることにした。すなわち、クウェートは、OPECの割当量以上に石油を生産し、石油価格を下落させ、石油の売却益で債務を返済しようとしていたイラクの計画を挫折させ、それでいて、債務免除には一切応じずに、即刻返済を迫った。さらにクウェートは、米国から供与された傾斜穿孔技術により、イラク領内に位置するルメイラ油田から石油を盗掘していた[12]。フセインが、2003年12月に拘束された後、米連邦捜査局(FBI)の取り調べに対して行った供述によると、原油の盗掘などの懸案を協議するためにフセインが外相を派遣した際、クウェート首長は外相に、すべてのイラク人女性を10ドルの売春婦として差し出すまでは盗掘を止めないと言ったとのことである[13]。その侮辱的な態度に罰を下すために、サダム・フセインは、1990年8月、クウェートに侵攻したと言っている。
「窮鼠猫を噛む」という諺がある。弱者であっても、退路を断たれ、逃げられない窮地に追い込まれれば、強者に必死の反撃をするという意味である。追い詰められたイラクというネズミは、ABCD 包囲網によって窮地に立ったかつての日本と同様に、猫に噛み付く以外に事態を打開する方法がなかった。こうしてネズミに噛み付かせ、被害者の立場を演じることで国際世論を味方につけ、「正義」を声高に叫びながらネズミ退治をする、これが米国が得意とする方法である。
米国が戦争に踏み切った1991年1月は、ちょうど世界が不況の谷間にあった時期だった。ベーカー長官は、「砂漠の嵐作戦は、アメリカ人の雇用を守る」と言って、湾岸戦争を正当化しようとしたが、この理由は正直すぎて不評だった。これに対して、ブッシュ・シニア大統領は、「イラクの核武装阻止」を戦争の大義名分として掲げた。こちらの大義名分のほうが、世論の受けが良かったが、それが戦争を始めた本当の理由ではなかったことは、ブッシュ・シニア政権がイラクに核兵器開発用の機器を密かに売っていたことから明らかである。
後に発覚して、イラクゲートと名付けられるスキャンダルに発展したことなのだが、ブッシュ・シニア政権は、イラン・イラク戦争が終わった後も、イラクがクウェートに侵攻した後も、こっそりとイラクに武器を売り続けた [14]。そして湾岸戦争では、米国が作ってイラクが買った兵器を米国の兵器が破壊する光景が見られた。ケインズではないが、穴を掘って埋めるだけの無駄な公共事業でも、やれば景気は良くなる。ダウ指数その他景気の先行指数を見ればわかるように、1991年の湾岸戦争を境に、米国経済は好転し始めた。
ブッシュ・シニアは戦争には勝ったけれども、景気回復には失敗したという評をよく聞くが、これは間違いである。92年の大統領選で、ブッシュ・シニアがクリントンに敗れたのは、景気回復が当初ジョブレス・リカバリーで、国民の多くが雇用の改善を実感できなかったためと、イラクゲート・スキャンダルの発覚のためである。クリントンの時代に米国経済は黄金時代を迎えるが、それはブッシュ・シニアが蒔いた種が成長したからであって、クリントンの功績ではない。
湾岸戦争が米国に繁栄の10年をもたらしたのに対して、日本には「失われた10年」しかもたらさなかった。それは、日本が、日本のマネーを日本の繁栄のために使うことができなかったからだ。湾岸戦争で米国が使った金は、約610億ドルで、そのうち9割近くは、他の国が拠出した。ちなみに日本が拠出した金額は、合計135億ドルで、この出費は国債の発行と増税で賄われた。湾岸戦争のおかげで、1991年に、米国は、10年ぶりに経常収支を黒字にすることができた。そして、その後ネットバブルを発生させ、他の国からの資本フローによって、経常赤字をファイナンスした。
経常赤字の問題を解決したいのなら、米国は、戦争ビジネスで儲けるなどという邪道を捨て、先進国らしく国内にハイテク産業を育てればよいではないかと読者は思うかもしれない。しかし、画期的な新技術の多くは、軍需産業における採算を度外視した研究開発から生まれるものであり、例えば90年代のバブルでもてはやされたインターネットも、米国政府による軍事技術への投資の中から生まれてきたテクノロジーなのである。
今後米国は、デフレになると他の国の金を使って戦争し、リフレを行い、インフレになると軍縮によって軍需技術を民間に移転し、経常黒字国からの投資でハイテク産業を育て、そしてバブルが崩壊し、再びデフレになると、工作活動によって戦争の口実を捏造し…というサイクルを繰り返すことで、平和な時も戦争の時も、他の国民のマネーを搾取しながら自らの繁栄を維持していこうとするだろう。
今回の、ブッシュ・ジュニア大統領の対イラク戦争は、ブッシュ・シニア大統領の湾岸戦争の時とは違って、多くの国の理解を得ることができなかった。それでも、ネオコンが強引に戦争に踏み切ったのは、他の国から拠出金が得られなくても、イラクの石油で戦争資金を賄うことができると計算したからだ。ネオコンが石油利権にこだわるのは、石油そのものが欲しいからではなく、戦争資金が欲しいからだ。米国は、石油を媒介にした三角貿易で、経常赤字を解消しようとしているのであるが、もしそれがうまく行かなければ、直接日本に資金拠出を迫ることになるだろう。
5. 追記:2007年現在の陰謀論
ブッシュ大統領による「テロとの戦い」の発端となった9.11事件に、実はブッシュ政権が何らかの形で関与したのではないかという陰謀論が、米国人の間ですら支持者を見出すようになった。特に、ネットで話題の“Loose Change 解き放たれた変革”に焦点を当てて、9.11陰謀論のその後を紹介しよう[15]。
2005年4月13日、9.11陰謀論をまとめたドキュメンタリ映画“Loose Change”(ディレクター:Dylan Avery, プロデューサー:Korey Rowe)が一部の過激派向けに公開された(ウェブサイト:Loose Change 9/11)。この映画は、その後、第二版が製作され、間違いの修正や内容の増強が行われた。第二版には、日本語版をはじめ各国語版が作られ、大きな反響を呼んだ。2007年に、最終版となる DVD “Loose Change Final Cut” が製作され、公開された。
内容は、これまで指摘されてきた9.11事件の疑問点をまとめたものになっている。日本では、2004年9月11日に、テレビ朝日が「ビートたけしのこんなはずでは!! 世界を震撼 9・11同時多発テロ!! ブッシュは全てを知っていた!?」を放送し、ユナイテッド航空93便では、携帯電話が使用できないことから、飛行機からかえられた電話が音声合成によって作られたものだという説を出していたが、このビデオもその説をとっている。
ネット上では、これ以外にも、いろいろと興味深いドキュメンタリ・ビデオが無料で公開されている。“Loose Change 2nd Edition Recut”は、世界貿易センタービルで起きたアメリカン航空11便テロ事件とユナイテッド航空175便テロ事件、アメリカ国防総省本庁舎(ペンタゴン)で起きたアメリカン航空77便テロ事件、ペンシルヴァニア州のピッツバーグ郊外で起きたユナイテッド航空93便テロ事件のすべてに対して、通説を否定し、積極的に陰謀論を唱えているが、“9.11 Mysteries”は、世界貿易センタービルに焦点を絞って、航空機の激突でビルが崩壊したという公式見解に疑問を呈している。ドキュメンタリ映画としては、ルース・チェンジよりも質が高い。
“9.11 Press For Truth”は、被害者の家族の視点から、ブッシュ政権に対する不信感を表明している。ブッシュ政権がテロの警告を事前に受けながら、それを無視して何もしなかった疑惑、報復として行われたはずのアフガニスタン侵攻で、米軍が意図的にビン・ラーディンをパキスタンに逃がした疑惑、パキスタンのISI(Inter-Services Intelligence)からテロ実行犯へ送金した疑惑が取り上げられている。私は、穏健版の陰謀論と過激版の陰謀論を区別したが、このビデオは、前者に基づいている。
これ以外に、風変わりで興味深いものとして、Alex Jones のビデオ“Martial Law 9.11: Rise of the Police State”がある。ブッシュ政権は、テロ対策を口実に米国を警察管理国家にしようとしているという趣旨のビデオで、前半はやや退屈だが、後半(1時間40分後)、ボヘミアン・グロウヴのあたりから面白くなる。ボヘミアン・グロウヴについては、このビデオより前にリリースされた“Dark Secrets Inside Bohemian Grove”に詳しい。真偽のほどは定かではないが、世界制覇を目指すカルト・ネットワークに米国の政界の要人が関わっているとのことである。
ルース・チェンジの成功に刺激されて、様々な陰謀論に基づくビデオが作られ、ネットで公開されているが、他方で、“Screw Loose Change”のように、ルースチェンジの根拠に逐一反論を加えたカウンタービデオも公開されている。例えば、ルース・チェンジは、ペンタゴン(アメリカ国防総省の本部庁舎)にできた穴は、アメリカン航空77便の大きさに比べて小さすぎるというが、アメリカン航空77便が突入したのは、下の写真(図2)に写っている右側の小さな黒い穴ではなくて、左側の大きな崩壊箇所であるといったことが指摘されている。
ルース・チェンジは、世界貿易センタービルが崩壊した時に多くの爆発が起きたは、遠隔操作で爆薬を使って解体が行われたからで、映像には、崩壊時に爆発の煙が見えると言っている。しかし、スクルー・ルース・チェンジは、爆弾による解体では、爆発の煙は、崩壊の前に見られはずだし、また映像には、解体に先立つ、パチパチという音や閃光が確認できないなどと反論している。
9.11事件は、私たちが、権力者によって統制された情報の中で生きているのではないかという疑問を抱かせることになった。2006年3月17日(日本では2006年4月22日)より、『V フォー・ヴェンデッタ』というワーナー・ブラザーズ製作・配給の映画が公開されたが、これは9.11事件のパロディ映画ではないかと見られている(注意:以下、作品の内容の一部がわかる記述がなされています)。
監督は『マトリックス』三部作の助監督を勤めたジェームズ・マクティーグで、製作・脚本は『マトリックス』シリーズのウォシャウスキー兄弟で、主人公のV役を『マトリックス』でエージェント・スミス役を演じたヒューゴ・ウィーヴィングが担当している。『マトリックス』と同様に、洗脳からの覚醒と体制への反逆が主題となっている。
この映画では、自国民にバイオテロ攻撃を仕掛け、それをテロリストの仕業と宣伝し、あらかじめ開発・用意した特効薬で危機を救って、英雄となり、権力を握った独裁者、アダム・サトラー宰相[18]が登場する。アダム・サトラー(Adam Sutler)のモデルは、アドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler)である。ホロコーストをイメージした生体実験のシーンが出てくるし、ヒトラーをイメージした演説シーンも出てくる 。
サトラー宰相によるバイオテロの狂言とそれを口実にした圧政は、9.11陰謀論に基づいているとみなすことができる。実際、この映画には、イラク戦争や反イラク戦争のデモの映像が含まれている。この映画の中に、テロリストVの仮面を剥がしてみると、実はサトラー宰相というテレビ番組が出てくるが、この番組はサトラー宰相に対する痛烈な皮肉であり、トーク・ショー番組のホスト、ゴードンが逮捕されるのも当然である。
この映画は、1982年から85年にかけて、英国のコミック雑誌『ウォリアー』に連載された同名の漫画『V フォー・ヴェンデッタ』を原作としている。近未来のフィクションといっても、原作には、当時の冷戦時代の状況を反映した古臭さがあるので、この映画は、現代の政治状況を反映させるように、内容をアップデートしている。
もっとも、独裁者が、BBC をイメージした BTN(British Television Network)を通じて国民を洗脳し、その洗脳を打破するためにVがBTNを乗っ取って、国民にメッセージを流すというあたりには、依然として古さを感じる。現代では、中央集権的なマスメディアにはもはや国民を洗脳するほどのパワーがない。『ルース・チェンジ』がネット上で流布したことからもわかるように、9.11陰謀論のような反体制的な言説は、インターネットを通じて広がる。
『V フォー・ヴェンデッタ』は、ジョージ・オーウェルの小説『1984年』の影響も受けている。この近未来反ユートピア小説では、市民は常にテレスクリーンによって監視されていることになっている。当時普及していなかった監視カメラが普及するようになったのだから、その意味では、現代の情報社会は管理社会化しているということができるが、インターネットは、ビッグ・ブラザーが市民を監視するための情報技術ではない。インターネットでは、一者が多数を監視するのではなくて、多数が多数を監視している。インターネットのような分権的メディアの発達によって、全体主義的な世論操作は、難しくなっている。
6. 参照情報
- ↑本稿は、2004年2月1日(前編)と2004年2月2日(後編)の2回に分けてメールマガジンで公開した「ブッシュはなぜ戦争を始めたのか」を加筆修正して公開しているものです。原文はリンク先のキャッシュを参照してください。
- ↑US Navy. “Southern, Iraq (Apr. 2, 2003) U.S. Army Sgt. Mark Phiffer stands guard duty near a burning oil well in the Rumaylah Oil Fields in Southern Iraq.” Licensed under CC-0.
- ↑日本のメディアは「アメリカ同時多発テロ事件」という名称を使っているが、英語圏では、“9/11”という名称が一般的である。読み方は、米国では“September (the) eleven(th)”、英国では“the eleventh of September”である。日本では、2.26(にいにいろく)事件などの読み方にならって、「きゅういちいち」事件と読むのが正しいようだ。なお、米国では、“911”は、日本の“110”に相当する緊急通報専用電話番号である。9月11日という日付には、「緊急事態発生!直ちに出動せよ!」というメッセージがこめられている。この日付は、イスラム文化というよりもむしろ米国の国内事情を知っている、かつまた被害者の立場に立ちうる犯人によって意図的に選ばれたと考えることができる。
- ↑Robert J. Fisch. “Fireball erupting in the South Tower.” Licensed under CC-BY-SA.
- ↑田中宇.『仕組まれた9.11―アメリカは戦争を欲していた』. PHP研究所 (2002/03). 第一章.
- ↑“Two Months Before 9/11, an Urgent Warning to Rice” The Washington Post. Sunday, October 1, 2006. ライス米大統領補佐官は、2004年4月8日午前、米独立調査委員会の公聴会で証言し、国際テロ組織アルカーイダが米本土を攻撃する意図を事前に認識していていたことを認めた。9.11事件の約1カ月前に提出した大統領への報告日録「ウサーマ・ビン・ラーディン、米本土攻撃を決意」で、CIA がビン・ラーディンやアルカーイダの通信を傍受し、「非常に大きな事件が起きる」と警告していたというのである。大統領補佐官は、「航空機を兵器として使うという分析が報告されたことはなかった」と語り、事件は想定外の攻撃方法だったと言っているが、2004年4月19日付の米紙USAトゥデーによると、北米航空宇宙防衛司令部(NORD)は、9.11事件が起きる2年前に、テロリストに乗っ取られた航空機が世界貿易センターなどに突っ込む「自爆テロ」を想定して模擬演習していたとのことである。“NORAD had drills of jets as weapons.” USA TODAY 2004.04.18.
- ↑ターリバーンは、9.11事件を非難し、関与を否定したが、米国はこれを認めず、最後通告を突きつけ、アフガニスタン攻撃に踏み切った。“The US refuses to negotiate with the Taliban” BBC. 2014.
- ↑過激版陰謀論の中で最も有名なのは、フランスでベスト・セラーになった、ティエリー・メッサン著の『9/11:ザ・ビッグ・ライ(フランス語の原著名は、L’Effroyable Imposture)』である。ティエリー・メッサンは、ユナイテッド航空の757機が激突して米国国防総省(ペンタゴン)ビルの一部を破壊したという通説を批判している。破壊された箇所が、飛行機よりも小さく、現場に、飛行機の残骸が全く残っていないことが根拠である。
- ↑2004年9月11日にテレビ朝日が放送した「ビートたけしのこんなはずでは!! 世界を震撼 9・11同時多発テロ!! ブッシュは全てを知っていた!?」は、2000年夏、アフガニスタンで行われたビン・ラーディンの息子の結婚式にビン・ラーディン一族が何人も映っているビデオを証拠として挙げていた。
- ↑クリントン大統領の時代、パイプライン建設計画で、ターリバーンと米国政府は、当初協力的な関係にあったが、ターリバーンの人権侵害に対する非難が国内で強くなってきたために、クリントン政権は、ターリバーン政権を一転して不承認にしてしまい、パイプライン建設計画は、頓挫した。これについては、板垣英憲『ブッシュの陰謀―対テロ戦争・知られざるシナリオ]』ベストセラーズ (2002/01). を参照されたい。ターリバーンがビン・ラーディンを使って対米テロを始めたのは、その報復としてであると言われている。もっとも、そのビン・ラーディンは、二重スパイならぬ二重工作員の可能性があるのだが。
- ↑田原牧.『ネオコンとは何か―アメリカ新保守主義派の野望』. 世界書院 (2003/07). p. 102.
- ↑ラムゼー・クラーク.『ラムゼー・クラークの湾岸戦争―いま戦争はこうして作られる』Translated by 中平信也. 地湧社 (1994/08).
- ↑“What really triggered it for him, according to Saddam, was he had sent his foreign minister to Kuwait to meet with the Emir Al Sabah, the former leader of Kuwait, to try to resolve some of these issues. And the Emir told the foreign minister of Iraq that he would not stop doing what he was doing until he turned every Iraqi woman into a $10 prostitute. And that really sealed it for him, to invade Kuwait. He wanted to punish, he told me, Emir Al Sabah, for saying that.” CBS News. Interrogator Shares Saddam’s Confessions Tells 60 Minutes Former Iraqi Dictator Didn’t Expect U.S. Invasion. January 24, 2008.
- ↑Alan Friedman. Spider’s Web: The Secret History of How the White House Illegally Armed Iraq. Bantam (1993/10/1). ブッシュ・シニアの父親であるプレスコット・ブッシュも、米国とドイツが戦争している時、ナチスと密かに交易をしていたので、敵国との取引は、ブッシュ家のお家芸と言える。
- ↑この追記は、2007年2月に投稿した「9/11 アメリカ同時多発テロ事件」を再掲載したものである。
- ↑Pentagon Building Performance Study Team. “The Pentagon Building Performance Report: Pentagon Building Performance Study Team.” Amer Society of Civil Engineers. p.4.
- ↑“V for vendetta” by Dranka11. Licensed under CC-BY-SA.
- ↑この映画の日本語版では、“Chancellor Sutler”を「サトラー議長」と訳しているが、独裁者のイメージがわかないので、良い訳ではない。“Chancellor”は、ヒトラーの肩書きの英語訳で、ドイツ語の“Reichskanzler(帝国宰相)”に相当する。「宰相」ないし「首相」と訳すべきだろう。
ディスカッション
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「ブッシュはなぜ戦争を始めたのか」は大変参考になりました。9.11の真相は闇の中ですが、私も「穏健版陰謀説」に近い考えを持っていました。それは真珠湾を初めとするアメリカの一連のやり方から推測していただけですが、というのは幾つかの資料や意見などに目を通しましたが、それらの主張の根拠として挙げてある資料について、こちらの判断材料がないため、推測する以外なかったのです。
アメリカの戦争を「リフレ型の戦争」と言い切っている点は流石ですね。特にブッシュ・シニアの湾岸戦争ショーでアメリカの軍事システムの有効性を、実際の戦争という最高の桧舞台で全世界にプレゼンテーションすることに成功し、以後アメリカ経済は好景気に転じバブル期を迎えたのを見て、私も石油ではなく永井様が言う「リフレ型の戦争」ではなかったか、と前世紀の終わり頃に考え方を修正したのです。そこをレーガン時代以降のアメリカ経済の変質について、きっちりと分析しているくだりは大変参考になりました。そして今再び双子の赤字をかかえたアメリカ経済の立て直しに、日本のカネが使われるだろう、という点でも同意見です。
そして「こうしてネズミに噛み付かせ、被害者の立場を演じることで国際世論を味方につけ、「正義」を声高に叫びながらネズミ退治をする」も全く同感です。これについて私は「ネズミ退治」は狩猟民族アングロサクソンの“狩りの本能”に起因すると考えています。この詳細については私の論考「狩猟民族国家・アメリカの本性」をご覧下さい。この中で私はイラク派兵国が、凡そ他国の復興などにかまけている余裕などない国が殆どだ、ということを指摘しています。
アメリカやイギリスが戦争をするのは、彼らが狩猟民族(正確に言うと、農耕牧畜を生業としていた、小麦文化圏の民族)だからではありません。日本のような農耕民族(正確に言うと、稲作文化圏の民族)の国も、昭和恐慌から脱出するために、南満州鉄道の線路を爆破するという自作自演のテロ活動で戦争の口実を捏造し、満州事変、日中戦争、太平洋戦争と長期にわたる戦争に邁進しました。
今回永井様は触れていなかったのですが、アメリカのイラク攻撃と占領には、もう一つパレスティナ情勢への影響力も充分計算に含まれていたように思えます。事実、イラク攻撃はイスラエルに力と勇気を与え、アメリカのイラク攻撃と同調してイスラエルが“テロリストと戦う”という、アメリカと同じ理由を掲げてパレスティナに侵攻し、境界線を押し上げ、事を有利に運びました。アメリカの経済構造の底辺を支える軍産複合体と新しいオピニオンリーダーであるネオコンの他に、ユダヤ資本の力も大きく影響していたように思いますがこの点はどうお考えですか?
もう一つは日本の対応ですが、今回のイラク派兵は仕方なかったと考えています。今のアメリカとの関係においての日本の立場を考えると、他に選択の余地は無かったからです。これは私の論考「狩猟民族国家・アメリカの本性」で既に書いていることですが、イラクに派兵している国の多くが“仕方なく”派兵している国ばかりです。例えばエルサルバドルはずっと内戦状態で1990年代の国連の仲介で停戦協定が結ばれた国です。「あんたらイラクで何すんの?、自分の国は大丈夫?」と訊きたい気持ちです。
アメリカのたった1頭のBSE牛の発覚で日本の牛丼産業が牛丼停止に追い込まれるような、アメリカ一辺倒の外交をしていたら、いつまで経っても日本は「自立した独立国」になれません。アメリカは日本にとって最重要な国ではあっても、これから日本は日米安保条約の機能を段階的に縮小し、全方位外交に転換すべきだ、と考えています。
一頃前に日本の国連常任理事国入りがマスメディアを中心に叫ばれていましたが、それを叫ぶ前に先ず自他ともに認める「自立した独立国」になるべきです。今の状態はアメリカの属国です。この点、永井様ははどうお考えですか?
ネオコンがイスラエル右派と結びついていることは周知の事実です。戦争をしたがっているブッシュ・ジュニア政権とその戦争を自分たちに有利になるように利用しようとするイスラエル政府の利害が一致して、フセイン政権打倒の戦争が起きたという一面があることを否定しません。
日本は、「自立した独立国」になるべきだといっても、それは経済的な自給自足を目指すということであってはならないと思います。ですから、牛丼の例は適切ではありません。私が問題にしているのは、なぜ日本人は、自分たちが所有するマネーを自分たちのために使うことができないのかということです。グローバル経済から孤立するのではなくて、グローバル経済をうまく利用することが必要だと思います。
1番目の質問に対する回答はいいのですが、2番目の質問に対する回答は質問の意味を曲解されていると思います。私は自給自足なんて言ってませんよ。全方位外交が出来る「自立した独立国」と言っている訳で、それは永井さんの言葉を借りれば、“多給自足”なんです。
一般論としてXという品目を単にA国だけに頼るのではなく、B、C,..と複数の国と取り引きを普段からしていれば、借りにA国からの輸入がストップしても代替が利く、ということです。そういう意味でアメリカ一辺倒の外交や通商から脱却すべきだ、ということです。その一つの例としてBSE牛の話を持ち出したに過ぎません。もう一度前の質問をよく読んで貰いたいですね。
それはそうと「グローバル経済をうまく利用することが必要」と仰いましたが、それは今の政府や役人の中にも解かっている人はいると思いますよ。ただ、現在の日本が”アメリカ一辺倒の外交”を永年続けて来たために、利用しようとグローバル経済の土俵の中に入ると、結局アメリカに利用されてしまう、とうい構図ではないですか?、それがイラク戦争へカネを拠出することを“余儀なくされ”派兵も“余儀なくされ”ている現実です。この点はどうお考えですか?
最後に、これは論文のテーマには関係ない、と言われそうですが、9.11が陰謀だと仮定すると、今度のBSE牛も陰謀では、とも思えて来ます。つまりBSEなど発生していないにも拘わらず、日本に対するアメリカの影響力の絶大さを知らしめるために、わざとBSEをデッチ上げた。デッチ上げだから日本は騒いでいるが自分たちは平気で食っている、という穿った見方ですね。この点はどうお考えですか?
「Xという品目を単にA国だけに頼るのではなく、B、C,..と複数の国と取り引きを普段からしていれば、借りにA国からの輸入がストップしても代替が利く」とありますが、日本は、牛肉の輸入をアメリカだけに頼っているわけではなく、半分以上は、オーストラリアなど他の国から輸入しているので、この提案は、牛肉に関しては、既に実現されています。
「それでも、吉野屋は、牛丼の販売を停止したではないか」と反論するかもしれませんが、あれはたんに牛丼の安売りができなくなったということであって、牛丼そのものが日本の食卓から姿を消したわけではありません。一般に、ある国からのある商品の輸入が途絶えると、国内のその商品の価格が上昇するということはあるでしょうが、それはなにもアメリカからの輸入品に限ったことではなく、どの国からの輸入品についても、大概当てはまることです。
したがって、牛丼を例にとって、日本が貿易に関してアメリカ一辺倒であると言うことはできません。実際、2001年の日本の輸入総額に占めるアメリカ合衆国の割合は、たったの18%であり、貿易に関しては、既に「全方位外交」になっています。
理想は、その理想がまだ実現されていない限りで意味を持ちます。エルニーニョさんも、日本がまだ「自立した独立国」でないと書いていますね。全方位の貿易が既に実現されている以上、牛丼に言及した文に出てくる「自立した独立国」という理想は、「自給自足の国」としか解釈のしようがありません。私は、「自立した独立国」を曲解したのではなくて、好意的に、つまり整合的に解釈しただけです。
質問をよく読めということなので、もう一度よく読みました。「全方位外交」という言葉は、日米安保に関連して出てきた言葉でしたね。日本は、経済に関しては、アメリカ一辺倒ではありませんが、政治と安全保障に関しては、アメリカ一辺倒です。だから、政治や安全保障に関して、「全方位外交」を主張するなら、理解できます。
「グローバル経済」とは、民主導のボーダレスな市場経済のことであって、官主導の、つまり政府間の「国際経済」とは区別されます。日本政府がイラク復興のために金を拠出するとか、日銀が市場介入するとかいったことは、「国際経済」に属することであって、「グローバル経済」に属することではありません。
BSEがアメリカ政府による陰謀だったということはないでしょう。陰謀だと主張するのならば、証拠を提示してください。
ご回答有り難うございます。 確かに政治と経済をいっしょくたにしていた部分があり、舌足らずでした。 BSE牛陰謀説は冗談ですので、気を悪くしないで下さい。
どちらに転んでも、日本に負担が回りそれに対して、日本は有効な拒絶方法を持たない。ならばまず、石油を媒介にする三角貿易を立つことを目指し、返す刀で日本に対して資本拠出を求められても対抗できる外交革命がよろしかろうと思いませんか?日本ーEUームスリムが密かに手を結べば人口的にも、経済的にも、米中同盟を圧倒できることが可能となります。
アメリカと中国は同盟関係にありません。中国は、アメリカの戦争に異を唱えているのですから、ヨーロッパやロシアとともに、アメリカの戦争を阻止するための協力者とすることができます。
日本政府は、「対イラク復興支援」という名目で、総額15億ドルの無償資金と最大35億ドルまでの円借款を表明しています。この数字を見る限り、湾岸戦争の時より「国際貢献」の規模が小さいようにみえるのですが、実際には、日本は、ドルの買い支えという別の形でアメリカの戦争を支援しています。
現在、政府・日銀は、円高阻止と称して、大規模な円売りドル買いを行っています。今年の1月期(2003年12月27日-2004年1月28日)の介入額は7兆1545億円で、日本の1月末の外貨準備高は7412億ドルに膨れ上がっています。中国も、ドルペッグ制を維持するために、元売りドル買い介入をしています。中国の外貨準備高は4032億ドルで、日本についで世界第2位です。
日本や中国がドルを買い支えているおかげで、アメリカは、資金難に陥ることなく、低金利で戦争を続けることができます。だから、アメリカの戦争をとめるには、日本・中国・欧州など、世界の主要なドル保有国が、ドルを売却すればよいのです。
これは、かつてヨーロッパがアメリカに対してやったことでした。ベトナム戦争で、財政が悪化したアメリカに対して、ヨーロッパの債権者たちは、ドルの金への交換を要求しました。1971年に、ニクソン大統領が金とドルの交換停止を発表したため、ドルが下落し、このため、原油価格の高騰など、世界的なインフレが生じ、アメリカは戦争ができなくなりました。
アメリカは、1941年から1973年までの32年間、第2次世界大戦・朝鮮戦争・ベトナム戦争といった大規模な戦争(合計16年間)を連続的に行っていました。しかし、1973年から湾岸戦争が起きるまでの18年間は、大きな戦争をしていません。戦争の目的がリフレである以上、インフレになれば、アメリカは、戦争をしなくなるのです。
日本・中国・欧州がドルを売却すれば、ドルは暴落し、アメリカはインフレになって、戦争ができなくなります。こうした荒治療を施さなければ、アメリカの双子の赤字は永遠に解消しないでしょうし、アメリカによる他の国民の搾取は終わらないでしょう。
もちろん、それだけでは、アメリカ以外の国がデフレになってしまうので、日本・中国・欧州は、協力してマネタリー・ベースを増やし、ドル売却を通して互いに相手国の通貨を買わなければなりません。私は、戦争には反対ですが、リフレは必要だと考えています。但し、リフレは官主導の無駄な公共事業によってではなくて、民主導の投資によって成されるべきです。だから、積極財政よりも金融緩和のほうが、リフレ政策としては優れています。
小泉純一郎は、日本の無駄な公共事業を兵糧攻めにするために、郵政事業を民営化し、資金源を断とうとしています。小泉は、戦争というアメリカの無駄な公共事業を止めるためにも、得意の兵糧攻めで、アメリカの産軍複合体の息の根を止めるべきでしょう。
昔、デロス同盟というものがありました。海軍力をアテネに固めるために同盟資金(西側基軸通貨)をためました。これをアテネは自分の財政赤字の補填につかい他の同盟諸国の反感を買いました。アテネは民主主義(奴隷解放)のために戦い、スパルタはアテネの専制支配に対抗して戦いました。まるで、どこかの国のようではありませんでしょうか?
既に日本の政治家はCIA資金やスキャンダルを握られアメリカに対抗する事は不可能です。つまり、マハラジャがイギリス国王に反乱しないのと同じく現在の日本の政権がアメリカ国債を売ることはありえません。実際、日本の金備蓄はアメリカにある。
そうですね。たしかに日本の政治家が、アメリカに反旗を翻すことはないでしょう。結局のところ、日本国民が稼いだ金が、日本の土建マフィアやアメリカの軍需マフィアに使われるという現状は変わりそうにありません。
消防士が火をつけて、いち早く駆けつけ、英雄になる。という話を思い出しました。ガラス屋がガラスを割り、車屋がパンクを仕掛けるようなものです。こうした個別の例でみるとその非合理さは、明白ですが、需要の喚起という点ではマクロ的には合理的であるわけでしょう。そこで質問です。軍隊の存続という視点に立てば、全体主義であれ,共産主義であれ、テロリストであれ、敵が必要だと思います。テロリストは口実としてはよく出来ていて、コントロールもしやすく、いまのところ、一般には、わかりやすいと思います。ただ、テロリストは軍隊よりは、むしろ警察に向いているのではありませんか?軍隊が警察化するのですか?イラクを潰した後、軍隊向きの相手としては、北朝鮮ぐらいしか残っていないのではないかと思います。テロリストを持ち出した時、ブッシュは焦っているようにも、迷走しているように思えますがどうでしょう?
国内で暴動が起きても、軍隊が出動するというのが世界の常識です。ましてや、国外でテロを支援する国家があるならば、それはその国と戦争をする口実になります。冷戦終了後、アメリカは唯一の超大国となり、敵がいなくなりました。これは、産軍複合体にとっては困ったことです。ネオコンは、無理やり敵を作っているようです。
北朝鮮を想定した、日本単独での経済制裁が可能になる法案が成立しました。永井さんの提唱している日欧中国が共同してドル売りを仕掛ける方向より、アメリカと日本は北朝鮮を挑発して、テポドンを撃ち込ませたがっているように思えます。六カ国協議は決裂すると思います。日米で共同の軍事作戦を敢行し、北朝鮮に自由をもたらそうというのが口実でしょう。日本は、やっとアメリカのおこぼれに預かる気になったようにも思えます。アメリカもある程度譲歩するでしょう。自衛隊を動かしたのですから。この選択は、内輪ではもっとも現実的で合理的な選択のような気がします。今アメリカを敵に回すのは、リスキー過ぎませんか?少なくとも湾岸戦争のときの日本の対応より、はるかにマシではないでしょうか。金を出しているのに何の見返りもなかったわけですから。
アメリカの対戦希望リストには、北朝鮮よりもシリアやイランの方が上位にあるようです。北朝鮮の脅威のおかげで、日本や韓国はアメリカから自立することができません。だから、アメリカからすれば、北朝鮮の脅威を残しておいた方が好都合なのです。一歩譲って、アメリカが北朝鮮と戦争をするとしても、それが日本や韓国の利益になるとは限りません。日本や韓国にとって、もっとも望ましいシナリオは、金体制の内部崩壊です。経済制裁によって、北朝鮮をさらに鎖国状態にすることは、国民をマインドコントロールしている独裁国家には逆効果です。日本がするべきことは、経済制裁でも経済援助でもなく、経済交流です。貿易が盛んになれば、北朝鮮国内に事業家が育ち、外部の情報に接して、クーデターもしくは革命を起こす主体となります。これが最もリスクの少ない方法でしょう。
日本にとって戦争という公共事業が本当に無駄であるといえますか?戦争が郵政と同じくらい無駄な公共事業だと断言できますか?アメリカの論理の方に普遍性(うまくいっているといった程度の意味です)があると思いませんか?日本は、いまのところアメリカの戦争テクノロジーの恩恵に寄生するのがベストの選択では?
正確に言うならば、戦争は、無駄な公共事業というよりも、有害な公共事業です。つまり、無駄な公共事業よりももっと悪いということです。リフレーションにしても、科学技術の開発にしても、戦争以外の手段がある以上、よりましな代替手段を考えるべきでしょう。
ブッシュの戦争に加担させられたわが国は今後どういう方向に進んで行くとお考えですか?わが国政府も,イラク戦争のシナリオはある程度読めていたはずだと思うのですが。
これまで通り、日本政府は、アメリカのスポンサー役を続けることでしょう。「日本がどうなるか」ではなくて、「日本はどうするべきか」については、kojiさんへの返事をご覧ください。
と書いてありますが、イラクの混乱が長引いて、石油の供給が増えず、石油価格が高くなっているので、やはり、石油業界の利益にも貢献しているのではないでしょうか?中東が不安定になったほうが、石油価格も上がり、戦費も増えて、石油産業・軍需産業の利益につながるので、ブッシュは最初からイラクを混乱させるために戦後統治の準備も十分にせず、戦争を仕掛けたように思います。
と書いてありますが、アメリカ以外の現代の先進国が不況になっても、戦争をあまりしないのはなぜなのでしょうか?パレスチナ紛争はディスインフレ型の戦争なのでしょうか?
イラクでの長引く混乱は、ブッシュの大統領再選に悪影響を与えており、「ブッシュは最初からイラクを混乱させるために戦後統治の準備も十分にせず、戦争を仕掛けた」ということはありません。計画外れの失敗と考えるべきでしょう。
戦争は、リフレーションのための唯一の手段ではないので、デフレになれば、必ず戦争が起きるというわけではありません。第一次世界大戦前のように、市場の独占・寡占によって価格を維持するという方法もあります。平和的な公共投資の拡大や金融政策が功を奏することもあります。ただ、現在の日本の景気がやや回復しているのは、戦争特需の恩恵に与っているからと見ることができます。
目下、石油価格は上昇しているものの、アメリカ経済あるいは世界経済がインフレ状態にあるとはとてもいえません。したがって、パレスチナ紛争はディスインフレ型の戦争ではなく、リフレ型の戦争です。アメリカの国防産業とイスラエルの結びつきは深いので、パレスチナ紛争とアメリカのイラク侵略は連動しているとみなすことができます。
いつも興味深く拝見させていただいております。
永井さんの論文は広範な知識と深い考察、軽妙な文章でいつも楽しく読んでいるのですが、一転コメント欄では時として好意的な書き込みにも攻撃的に返されているように思われます。
言われている事自体には間違いはないのでしょうが、真意を汲み取った対応をされたほうが一読者としては楽しく読めるので一考願えませんでしょうか?
永井さんの生真面目さ、融通の利かなさからA型かな?と考えているのですが。(勿論冗談ですよ。)
色々と反論はございましょうが、別に事実を曲げる必要も意見を抑える必要も無く、ただ単に論調を考慮頂ければという、一読者としての意見です。
それではこれからも楽しみに致しております。
永井サンの意見を読ませていただきました。
アメリカのイラク侵攻についてですがなぜブッシュがそのようなことをしたのかというのが問題点であったと思います。私なりにまとめました。
①永井さんが言うようにネットバブル崩壊の後に戦争をやりアメリカ経済を回復させる。
②イラクの石油の利権を手に入れてアメリカ経済を潤わせる。
①の意見ですがアメリカは不景気になっているのでこれは長期的な観点からして正解といえると思えない。
②英米は石油の利権を手にしていません。そのようなことはしなかった。
①②の両方どちらでもないというのが私の意見です。ではなぜブッシュがイラク侵攻したのかというのが問題です。
結論は田中宇氏の意見が一番妥当だと思います。意図的に米中枢部が多極化を誘発するために自滅的行為を繰り返してきた最終段階に差し掛かったのでしょう。
アメリカ経済を破綻させてアメリカを影から操るイギリスやイスラエルの勢力を排除してアメリカが世界で力を振るえなくなれば世界は多極化して中国やその他の途上国の経済が発展することにより投資先が拡大して米中枢にいる資本家たちが大もうけをすることができる。それを邪魔している勢力がイギリスでありこれを排除するにはアメリカの自滅以外に方法が無いためではないでしょうか・・・?
日本をどうするか?
この問いに関していうなら三角外交および多国間外交政策にすぐにでも変えるべきです。アメリカは友好国の一つになる。この意見が妥当だと思われます。
三角外交とはアメリカと中国を重視する外交です。今までは対米従属でけでしたが中国は今後日本に与える経済の影響は多大であります。この国との関係なしでは日本は生きていけません。
多国間外交世界の国々をアメリカの顔色を伺わないで日本が独自に外交をするということです。国策や国益に合った外交ができるので日本にとって有益であることは間違いありません。
後今後日本はアメリカに投資しないほうが得策でしょう。
1. 「アメリカは不景気になっているのでこれは長期的な観点からして正解といえると思えない」
ネットバブル崩壊後、米国主導のテロとの戦いが、長期にわたってグローバルな景気をもたらしたことをお忘れでしょうか。好景気が長く続いた分、その後の反動も大きかっただけのことです。オバマ大統領は、2009年10月現在、アフガニスタンへの増派を検討していますが、このことは、米国が、依然として、戦争をリフレの手段として位置付けているということを示しています。オバマ大統領が、イラクよりもアフガニスタンに力を入れているのは、そのほうが国際的な協力を得やすいからでしょう。
2. 「英米は石油の利権を手にしていません。そのようなことはしなかった。」
イラクの石油資源は、イラク再建の資金として使われる予定です。イラク再建特別監査官のスチュアート・ボーエン氏によると、2008年のイラクの石油収入は700億ドルを超えたとのことです。もしも米国が資源のない国で戦争していたならば、こういうことはできなかったでしょう。
日本人は憲法九条に感謝しなければならない。
私の小さい頃街角で傷痍軍人をよく見かけたものである。
手や足の無い人がアコーディオンを引いてカンパを募っていた。
九条がなければ韓国と同じようにベトナム・イラク・アフガニスタンに行かされていたことは間違いない。
明らかに9・11はアメリカの陰謀です。
あんなビルの閉鎖された空間で鉄の溶ける温度になることはあり得ない。
ジェット燃料とは灯油であり衝突したのはビルの上部であり1700度になりビルの地下の鉄柱が溶ける事はあまりにも納得のできるものではない。
貴方の体が戦争で身障者になっていなかったら憲法九条に感謝しなければならない。
日本の親中派や欧米のパンダハガーたちを形容するならば、「中華人民共和国との経済交流を深めることで、むしろ彼らの崩壊を早める存在」でしょうか。あるいは、彼らにはリベラル派が多いので「国内では古いシステムを守り硬直化に貢献するが、シナ大陸の自由化には貢献する存在」でしょうか。
冷戦時代からオバマ政権の時代に至るまで、米国にとっての最大の仮想敵国はソ連(後のロシア)でした。米中間の関係を改善することで中ソの離間を謀り、ソ連/ロシアの弱体化を目論むのが米国の外交戦略でした。しかし、オバマ政権の後期あたり(中国がAIIBを設立した頃)から、米国にとっての最大のライバルは中国ではないのかという認識が米国内で高まりました。それで、トランプ政権時代になって米中間の対立が激化した次第です。バイデン政権の時代になっても事態はあまり変化しないでしょう。
これに対して、戦後日本の外交は戦略性を欠いたたんなる善隣外交で、周辺諸国と仲良くしていれば平和を維持できるという単純な発想に基づいていました。天安門事件で孤立した中国に救いの手を差し伸べたのも、そういう発想によるのでしょう。安倍政権の時代になってようやく遠交近攻の戦略に基づいたインド太平洋構想が出てきましたが、二階幹事長が実権を握る現政権が安倍路線を継承するかどうかは不透明です。
ホワイトハウスに新設するインド太平洋調整官のポストに対中強硬派として知られるカート・キャンベル元米国務次官補が起用されことが決まったようです。
バイデンはリベラルだから対中融和策を取るという見方が日本にありましたが、この人事を勘案すると、そうとは言えないようです。
永井先生はロシア対ウクライナについてどう思いますか。タイトルは「プーチンはなぜ戦争を始めたのか」みたいな感じでお願いします。
プーチンの動機は、ソ連崩壊で失われた領土の回復という政治的なものであって、経済的なものではないでしょう。現在のように、インフレが亢進しているときは、大規模な予算を伴う戦争を起こさないはずですが、今回プーチンがウクライナ侵攻に踏み切った理由として、一つには、早期に作戦が終了するという楽観的な期待があったことと、もう一つには、まさにインフレゆえに、米国やNATOは戦争をしたがらないだろうという見通しがあったことを挙げられます。
「プーチンはなぜ戦争を始めたのか」に答える代わりに、「どうすればプーチンの戦争を防げたのか」という観点から、私の考えを記したいと思います。
プーチン大統領の動機は、NATOの東方拡大阻止なのですから、東方拡大させなければよかったと思う人もいるでしょう。しかし、それよりももっと根本的な解決策がありました。それはロシアをNATOに加盟させるという方法です。
実は、プーチン大統領は、大統領就任当初からNATOを敵対視していたわけではありませんでした。それどころか、プーチン大統領は、ロシアのNATO加盟を提案しました。しかし、西側はそれを拒否しました。
その一方で、西側は、旧ソ連の衛星国を次々とNATOに加盟させました。ソ連時代の栄光の復権を目指すプーチン大統領は、手足をもがれる思いだったことでしょう。それでも、加盟国が旧衛星国とソ連解体以前にソ連から独立が承認されたバルト三国であるうちは、対立が決定的になることはありませんでした。
対立が決定的になったのは、2008年4月4日にブカレストで開催されたNATO首脳会議においてです。この時、米国は、旧ソ連構成共和国のグルジア(ジョージア)とウクライナのNATO加盟を提案しましたが、独仏の反対で、合意に達しませんでした。
それでも、NATOの報道官は、「問題は、加盟できるかどうかではなく、いつ加盟するかということだ」と述べ、将来の加盟をにおわせました。これで、プーチン大統領の堪忍袋の緒が切れました。4か月後、ジョージアとロシアの間で南オセチア紛争が起きたのは偶然ではありません。
そして、ロシアは、2014年3月にウクライナ領のクリミアに侵攻して、ロシアに編入し、2021年2月には、クライナ東部の親ロシア派による支配地域を独立国家として承認し、それを認めさせるべく、ウクライナへの侵攻を開始しました。
ジョージアとウクライナがNATOに加盟する前に、親ロシア派の住民が多い地域を分離して、支配下に置いておこうという意図がロシアにあったことは明白です。もしもロシアがNATOに加盟していたならば、こうした軍事侵攻が起きることはなかったでしょう。
NATOは、もともとソ連に対抗するための西側の軍事同盟なのですから、そこにロシアを加盟させることはナンセンスと思う人もいるでしょう。しかし、NATOが核兵器を持っている旧ソ連やロシアと戦争することは実際にはありませんでした。
NATOが実際に軍事行動を発動したケースは、湾岸戦争、ユーゴスラビア内戦、アフガニスタン紛争、イラク戦争、ソマリア内戦、リビア内戦など、核兵器を持たない小国あるいは勢力を相手にした戦争に限定されます。それなら、そこにロシアが参加してもよかったはずです。
ロシアがNATOに加盟する絶好のチャンスは、9/11以降、ブッシュ政権が「テロとの戦い」を外交と安全保障の柱にした時に訪れました。プーチン大統領が、チェチェン共和国の独立派武装勢力を一掃しようとした結果、独立派武装勢力は、アルカイダと結びついて過激化し、テロを起こすようになったからです。
2002年10月のモスクワ劇場占拠事件や2004年9月のベスラン学校占拠事件などがそうです。この頃に、イスラム過激派という共通の敵と戦うという大義名分のもと、ロシアのNATO加盟を認めていたなら、その後の歴史がどうなったかを考えてみてください。
ジョージアやウクライナをはじめ、旧ソ連構成共和国がNATOに加盟しても、何の問題にもならなかったことでしょう。それだけではありません。NATO加盟国のブロックは、ヨーロッパからシベリアや中央アジアに至るまで広がり、Quadと連携することで、完全な中国包囲網を形成しえたはずです。
Quad(クアッド)とは、日本、米国、オーストラリア、インドによる安全保障のる枠組みですが、インドは伝統的に親ロシアであるため、ロシアによるウクライナ侵攻で結束に乱れが生じてしまいました。
ロシアがNATOの一員であったなら、ウクライナ侵攻を防げただけでなく、ロシアとインドの連携を利用して、中国の外交的孤立化、一帯一路構想の封じ込めをより有効に推し進められたはずです。
現在、米国から覇権国の地位を奪う能力と野心を持った国は、世界広しといえども、中国一国だけです。ゆえに、米国の主敵は、中国であって、GDPが韓国以下のロシアではありません。
米国は、自由と民主主義を尊重する国ゆえ、ロシアのような権威主義国家とは同盟関係を持ちえないと反論する人もいるでしょう。それなら、米国と長年にわたって同盟関係にあるサウジアラビアはどうでしょうか。
ロシアが少なくとも形式的には議会制民主主義国家であるのに対して、サウジアラビアは絶対君主制です。カショギ記者を殺害するなど、言論弾圧もいといません。こんな国がロシアよりもましと言えるでしょうか。
プーチン大統領が極悪非道であることは確かですが、そもそも途上国の政治では、そうしたサイコパスの独裁的権力者は珍しい存在ではなく、それを理由に敵国と認定すると、際限もなく敵の数が増えてしまいます。
米国が敵の数を増やすと、「敵の敵は味方」の論理に従って、中国陣営に加わる国が増えます。米国が世界の警察として一国で敵に立ち向かうのなら話は別ですが、実際にはそうではなくて、日本を含めた同盟国にその負担が重くのしかかります。これでは困ります。
ソ連崩壊後、ロシアは欧米流の市場経済と議会制民主主義を導入して、欧米の一員になろうとしたのにもかかわらず、西側は、冷戦時代以来の敵視政策を完全には撤廃せず、その結果、ロシアを中国陣営に走らせることになりました。これは、米国の国益という観点からしても、愚策と評せざるを得ません。
巨大な敵を切り崩すために有効な方法は、敵の内部に亀裂を生じさせる離間策です。それなのに、西側諸国は逆のアプローチで敵の勢力を大きくしてしまいました。この点は反省すべきです。
NATOに拒絶された今、プーチンはQuadに関心があると思いますか?「自由で開かれた北極海」が実現すれば、ロシアの利益にもなりそうです。
もしも2008年以前にロシアをNATOに加盟させていたならばという反実仮想の話をしているのであって、NATOに拒絶された今の話をしているのではありません。
パレスチナ問題についても、永井先生の見解をお聞きしたいです。ハマスによるイスラエルへの越境攻撃は、911事件の穏健版陰謀論のように、イスラエル(ネタニヤフ政権)がガザ侵攻のための口実に利用した可能性はありますか
それと、日本はイスラエル・パレスチナ情勢にどう向き合えば良いのでしょうか。永井先生は「集団的自衛権の行使は危険か 」でアメリカやアメリカの同盟国との安全保障上の関係を強化すべきだと仰られており、私も同意見なのですが、ガザ侵攻に関しては国際的に非難も多いようですので、どこまで協調したらいいのか難しく感じます。
パレスチナ問題は、世界で最も解決の難しい紛争と言われていますが、なにか解決策はあるのでしょうか
ハマスによるイスラエルへの越境攻撃がネタニヤフ政権の陰謀ということはありません。実際、国防の不完全さが露呈したために、ネタニヤフ政権の支持率は下がりました。
日本の外交は、伝統的にイスラエル一辺倒ではありません。中東から輸入される石油は日本の生命線なので、中東諸国を怒らせないようにバランスをとっているのです。