3月 182001
 

デ・ファクト・スタンダードとは、市場原理が選んだ事実上公的な標準のことである。これに対して、公的標準決定機関から公式に承認されて普及した標準は、デ・ジュール・スタンダードと呼ばれる。

1. 前提としての相互依存的選択

デ・ファクト・スタンダードの古典的な事例は、VTRのVHS方式やパソコンの Windows OS などである。これらの事例を参考に、ある標準がデ・ファクト・スタンダードとなるためにはどのような条件が必要なのかを探っていこう。

デ・ファクト・スタンダードは、普及しているがゆえに普及するオートポイエーシスである。このポジティヴ・フィードバックが作用するためには、エージェントの選択が相互依存的でなければならない。

VTRの場合、ユーザは、レンタルビデオ店の多数派ビデオテープを再生することができるビデオデッキを買わなければならない。パソコンの場合も、他者とデータを交換するために、多数派OSを買わなければならない。

どの標準が多数派になるのか明確でないなら、あなたは、自分の選択は複数の他者の選択に依存し、そしてその他者の選択は自分の選択を含めた他者の他者の選択に依存するという選択の相互依存性ゆえに判断に躊躇するであろう。しかし、ひとたび多数派が明確になると、みんな勝ち馬に乗ろうとして多数派に殺到し、あっという間に多数派標準がデ・ファクト・スタンダードとしてユーザをロックインしてしまう。

相互依存的な関係が存在しない時、デ・ファクト・スタンダードがもたらす外部経済を期待することができない。過去にあるオンラインモールで買い物をしたから、あるいは友人がそこで買い物をしたからといって、次もそこで買わなければならない必然性はない。2000年3月にピークに達したバブル経済の膨張過程で、多くのドットコム企業は、ニューエコノミーのもとでは収穫逓増の原理が働くと信じ、デ・ファクト・スタンダードを確立すべく巨額の投資を行ったが、その結果は悲惨なものだった。

2. 一番乗りと性能は重要ではない

では、相互依存的な選択関係でデ・ファクト・スタンダードとなることができるのは、どのような標準であろうか。常識的には、優れた標準、一番乗りの標準が有利に見える。しかし実際には、これらはあまり重要な条件ではない。

ソニーが1969年に提案した家庭用VTR、Betamax は、録画時間が1時間であったのに対して、日本ビクターが2年後に提案したVHSは、録画時間が2時間もあった。またVHSはBetamaxよりも5kg軽かった。しかしBetamaxは、VHSよりも画質が鮮明であったから、性能面ではよい勝負であった。

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Betamax(上)は、VHS(下)よりも大きさは小さかった。A blank Betamax casette next to a blank VHS cassette for size comparison.

パソコンでも、Microsoft がOSのパイオニアであったわけではない。世界初のパソコン用OSは、1973年に Digital Research が開発したCP/Mで、Microsoft が IBM に MS-DOS1.0 を供給したのは、それから8年後のことである。世界初のGUI搭載パソコンは、Macintosh の前身、Lisaで、2年後に Microsoft が開発したWindows1.0 は、Macintosh より時期的に遅れただけでなく、性能面でも劣っていた。

3. 最も重要な二つの条件

では、一番乗りでもなければ、性能的に優れていたわけでもないVHSとWindows OSがデ・ファクト・スタンダードとなることができたのはなぜだろうか。二つの要因が考えられる。

  1. 日本ビクターは、ソニーのライバルで、日本最大の系列小売店網を持つ松下を説得することに成功した。これは、Microsoftが、Appleのライバルで、世界最大のコンピュータ製造会社であったIBMにOSを採用させることに成功したことを思い出させる。近年IBMは、Linuxの普及に力を入れているが、IBMがもはや業界の巨人ではないことを考えれば、Linuxが次のデ・ファクト・スタンダードになるかどうかは不確定である。
  2. ソニーが権利を独占しようとしたのに対して、日本ビクターは、試作機を企業秘密にせずに、他社に貸し出して公開した。これにより、シャープがフロントローディングを、三菱電機が速送り機能を付け加えるなど、ビクター以外の会社もVHSの改良に参加することができた。これはAppleがすべてを自社で作ろうとしたのに対して、Microsoftがハードの製造はアウトソーシングしたことを、そしてLinuxがソースコードをオープンにしたことを思い出させる。

要するに、標準に市場をロックインさせるために必要なことは、まず高資本所有者を説得し、それから秘密主義を捨てて、できるだけアウトソーシングのネットワークを広げていくことであると言える。

ある貨幣が普及するには発行者の十分な経済的資本が、ある言語が普及には利用者の十分な文化的資本が必要である。デ・ファクト・スタンダードは、定義により公的権力者に依拠しないが、その代わり、私的権力者の経済的資本と文化的資本(ブランド)に依拠する。そしていったん普及し始めると、普及が普及の原因となるので、IBMのような当初デ・ファクト・スタンダードを支援した私的権力者もその流れを止めることができなくなる。

読書案内
書名収益逓増と経路依存―複雑系の経済学
媒体単行本
著者W.ブライアン アーサー 他
出版社と出版時期多賀出版, 2003/01
書名Increasing Returns and Path Dependence in the Economy (Economics, Cognition, and Society)
媒体ペーパーバック
著者W. Brian Arthur
出版社と出版時期Univ of Michigan Pr, 1994/07/01
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