新自由主義はなぜ誤解されるのか
おおよそ新自由主義ほど左右両陣営から非難されている経済思想はありません。しかし、なぜ新自由主義はそれほど非難されなければならないのでしょうか。本稿は、そもそも新自由主義とはどのような思想であったのかの説明から始めて、なぜ最高の思想である新自由主義が最低の思想と誤解されるようになったのかを解説します。

新自由主義は過激な自由放任という誤解
今日、新自由主義という呼称は、過激な自由主義を非難する文脈で使用され、良い意味で使われることはめったにありません。この言葉の本来の意味は何であったのか、そしてなぜ蔑称として用いられるようになったのか、その歴史的経緯を説明しましょう。
新自由主義とはどのような思想的立場か
新自由主義(néolibéralisme)という造語自体は、19世紀のフランスに存在しました[1]が、現代思想としての新自由主義の起源は、1938年にパリで開催されたリップマン会議に遡ります。この会議に出席した自由主義者たちは、古典的自由主義のレッセ・フェール(自由放任)が機能しなくなっている現状を認め、自由実現のための国家による介入を容認し、その自由主義の呼称として「新自由主義」を採択しました。
リップマン会議での定義を承けて、1951年に、米国の経済学者、ミルトン・フリードマン(Milton Friedman, 1912 – 2006年)は、「新自由主義とその展望」と題する論文で、新自由主義を次のように特徴付けています。
新自由主義は、19世紀の自由主義による個人の根本的な重要性の強調を継承するものの、その目的を達成するための手段として19世紀の自由放任の目標を、競争秩序の目標に置き換える。生産者間の競争を通じて消費者を搾取から保護し、雇用主間の競争を通じて労働者と財産所有者を保護し、消費者間の競争を通じて企業自体を保護することを目指す。国家はシステムを監視し、競争に有利な条件を確立して、独占を防止し、安定した貨幣制度を提供し、深刻な苦境と苦痛を緩和する。市民は、自由な私的市場の存在によって国家から保護され、競争の維持によって互いから保護される。[2]
自由放任の代わりと位置付けられた目標、「競争秩序」は、その後の説明を読むと、複数の生産者と複数の消費者が相互に自由選択する市場原理のことだと解釈できます。市場原理を機能させるためにフリードマンが政府に容認する新自由主義的な介入は、独占防止と貨幣価値の安定の二つです。
- 自由放任で、政府が何もしないと、企業は自分たちの利益率を高めるために独占や寡占に走って、結果として、市場原理が機能しなくなります。そこで米国は、1890年に世界に先駆けて「シャーマン法」と呼ばれる独占禁止法を制定しました。フリードマンも、「シャーマン反トラスト法は、その存在期間の大部分において厳格に執行されなかったにもかかわらず、米国における競争の度合いが欧州よりもはるかに高い主因の一つであることは疑いようがない[3]」と言って、独占禁止法の有効性を認めています。
- もう一つの貨幣価値の安定は、マネタリズムの創始者でもあるフリードマンならではの介入策です。マネタリズムとは、貨幣供給量の調節を通じて物価の変動を制御しようとする経済理論です。こうした中央銀行を媒介とした政府の市場介入は、古典的自由主義では想定されていないので、マネタリスト的な手法による物価調整を推奨する自由主義は、新自由主義の名にふさわしいと言えます。
なお、フリードマンは、終生自分の思想を新自由主義と呼んだのではありません。「19世紀後半から、米国では1930年以降、リベラリズムという言葉は、特に経済政策において、まったく異なる意味合いを帯びるようになった[4]」現状を苦々しく思いつつも、「自由を破壊するような施策の推進者にこの言葉を明け渡したくないという気持ち[5]」もあって、リベラリズムという呼称に固執しています。
フリードマンと並んでフリードリヒ・ハイエク( Friedrich Hayek, 1899 – 1992年)も新自由主義の代表的な経済学者とみなされることがありますが、ハイエクは、独占禁止法も国家による通貨発行権の独占も否定している原理主義的な自由主義者なので、彼の自由主義はフリードマンの自由主義とは区別されるべきです。新自由主義よりもむしろリバタリアニズム(libertarianism)に近いといってよいでしょう。
もともとフランスで無政府主義的社会主義を意味したリバタリアニズムは、リベラリズムの意味が変質した今日の米国において古典的自由主義を意味する用語として用いられるようになりました。米国のリバタリアンは、中央銀行による金融政策に批判的で、金本位制を支持する者もいます。こうした原理主義的な自由主義と比べるなら、フリードマンのリベラリズムである新自由主義は、修正主義的で穏健な自由主義と言えます。
それにもかかわらず、なぜ現代の論壇や学界において、新自由主義は、新自由主義が否定した自由放任と同一視され、さらには、冷酷無慈悲な弱肉強食の思想と誤解されるようになったのでしょうか。そうした誤解が生まれるようになったのは、歴史的な事情があります。
なぜ新自由主義は蔑称として使われるのか
査読雑誌掲載論文における「新自由主義」の用法を調査した2009年の研究[6]によると、新自由主義という用語は、1980年代まで、たまにしか使われませんでしたが、90年代以降、最初は南米のスペイン語圏で、後には英語圏で頻繁に使われるようになりました。肯定的な意味で使われた事例が3%しかなかったのに対して、否定的な意味で使われた事例は45%もありました。
そうなったきっかけは、1973年にチリでクーデターを起こして社会主義政権を倒し、1990年まで大統領を務めたアウグスト・ピノチェト(Augusto Pinochet, 1915 – 2006年)にあります。ピノチェトは、一方で独裁的で抑圧的な政治を行いつつも、他方ではシカゴ大学でフリードマンのもと学んだチリ人経済学者(通称、シカゴ・ボーイ)たちを招いて、新自由主義的な経済政策を打ち出しました。反対派を拷問で圧迫するピノチェトの強権政治は国際的に糾弾されましたが、経済政策の方は成功し、社会主義政権時代に壊滅的になったチリの経済は、他の南米諸国を上回る成長を遂げて回復しました。
以下のグラフでは、チリの一人当たり実質GDPの年間成長率が、1961年から2024年にかけて赤の点線でプロットされています。青の点線は、世界の平均です。トレンドを見やすくするため、両方に実線で2次近似曲線を追加しました。

2次近似曲線に着目すると、ピノチェト政権以降、チリの一人当たり実質GDPの年間成長率が、世界平均を上回るようになったことがわかります。ただし、2000年以降チリの政治は左傾化し、そのため、世界平均に対する優位を失い始めています。
もとより、ピノチェト政権の経済運営は、必ずしも順調ではありませんでした。経済成長よりもインフレ抑制を優先した最初の数年を除いても、チリの一人当たり実質GDPの年間成長率は、グラフからもわかるとおり、1982年に大きく落ち込んでいます。これは、ドル・ペッグ制を導入したことで、ペソが過大評価され、その結果、通貨危機が起きたからです(1997年のアジア通貨危機と似ています)。この時の経済危機は、しばしば新自由主義の失敗と宣伝されていますが、変動相場制の為替を固定相場制にすることは、新自由主義的な自由化とは逆方向なので、誤解と言わざるをえません。フリードマンもこの統制経済化を批判していました。
フリードマンは、ピノチェト時代のチリで講義したことで世間から非難されましたが、彼が講義した独裁国家がもう一つあります。それは鄧小平(邓小平, 1904 – 1997年)時代の中国です。鄧小平は、新自由主義的な改革開放政策を推進して経済を成長させた一方で、天安門事件での学生運動を武力で弾圧するなど政治的自由化を拒否した点でピノチェトに似ています[8]。フリードマンは、チリでも中国でも同じ内容を講義したのにもかかわらず、前者では抗議のデモが起き、後者ではそうでなかったのはダブル・スタンダードだと難じています[9]。
それにしても、フリードマンは、なぜピノチェトや鄧小平のような独裁者の経済政策に関わったのでしょうか。1982年にフリードマンは、次のような認識を示しています。
私は長年、経済的自由は政治的自由の必要条件ではあるが、十分条件ではないと主張してきた。しかし、この一般化は、政治的自由が経済的自由の長期的な維持の必要条件であるという主張を伴わない限り、真実ではあるものの誤解を招くものであると確信するようになった。[10]
「経済的自由は政治的自由の必要条件ではあるが、十分条件ではない」という命題は、政治的自由なき経済的自由は可能だけれども、経済的自由なき政治的自由は不可能ということを論理的に意味します。その関係を直観的にわかりやすくするためにベン図で表すと、以下のようになります。

戦後の日本には、経済的自由と政治的自由の両方があります。ピノチェト時代のチリや鄧小平時代の中国の場合、経済的自由はあっても、政治的自由はありません。カストロ時代のキューバや北朝鮮には、両方の自由がありません。他方で、経済的自由はないけれども、政治的自由があるという場合はありえないことになります。
中国の鄧小平が政治的自由なき経済的自由を目指して成功したのに対して、ソ連のミハイル・ゴルバチョフ(Михаи́л Горбачёв, 1931 – 2022年)は経済的自由なき政治的自由を試みて失敗しました[11]。かつてソ連は中国以上の経済大国でしたが、今ではその関係が逆転しています。鄧小平の成功とゴルバチョフの失敗は、「経済的自由は政治的自由の必要条件ではあるが、十分条件ではない」というフリードマンの命題の正しさを証拠立てています。
引用した文章において、フリードマンは、「政治的自由が経済的自由の長期的な維持の必要条件である」とも言っています。これは、政治的自由なき経済的自由は長続きはせず、経済的な自由化を続けるなら、それはやがて政治的自由化をもたらすということです。実際、チリでの独裁政治は長続きせず、クーデターから17年後に民主主義政治に戻りました。
民主主義政治の前例がない中国では、それよりもずっと長く政治的自由なき経済的自由の時代が続きました。近年、習近平(习近平, 1953年 – )が、民営企業の台頭による共産党指導体制の弱体化を恐れ、経済的自由を後退させようとしました。習近平の国進民退路線は、中国経済を停滞させ、彼の権力基盤を揺るがしています。中国の今後は予断を許しませんが、フリードマンの命題が正しいのなら、改革開放路線は、最終的には、中国に政治的自由をもたらすはずです。
フリードマンは、「チリは経済的奇跡だ[10]」と言って、ピノチェト政権の経済政策を賞賛しましたが、彼は、決して、ピノチェト政権の独裁政治まで称賛したのではありません。むしろ、経済的自由化が、たんに経済的成長をもたらすだけでなく、政治的自由をももたらすことを見越して、ピノチェト政権に関わったのですから、道徳的に非難されるべきどころか、南米で初めてOECDに加盟できたチリの成功に貢献した点で評価されてもよいぐらいです。
しかし、必要条件と十分条件の論理的違いすらわからない一般の人々に、フリードマンの弁明は通じません。新自由主義のイメージは、ピノチェトの冷酷無慈悲な圧政の印象ですっかり悪くなってしまいました。1990年代以降、このイメージの悪化が、自由主義に対するネガティブ・キャンペーンで大いに利用されました。市場経済から社会主義経済への移行を進歩とみなしていた左翼は、1989年の東欧革命と1991年のソ連崩壊で面目を失い、1990年代以降進んだグローバルな経済の自由化を牽制するために、反自由主義プロパガンダをイメージ戦略で強化する必要があったのです。
南米のスペイン語圏から始まった新自由主義批判は、英語圏にまで広がりました。日本でも、海外の潮流に合わせて、新自由主義批判をする人が多数現れましたが、そういう人に新自由主義と古典的自由主義との違いを問うても、大抵の場合、満足に回答できません。それは、その人たちが、新自由主義という用語を、学問的に定義された用語としてではなく、論敵を罵倒するためのレッテルとしてしか使っていない証拠なのです。
新自由主義は、左派だけでなく、右派からも批判されています。2025年7月の参議院選挙で「日本人ファースト」を掲げて躍進した右派政党、参政党によると、「日本人ファースト」とは「外国人の差別や排外主義ではなく、日本人の当たり前の暮らしを守ることです。それを壊そうとしているのが、グローバリズムによる経済至上主義、新自由主義、拝金主義です[12]」とのことです。なぜ新自由主義は、左右両方から攻撃されるのでしょうか。
なぜ新自由主義は左右から嫌われるのか
冷戦時代の日本において、政治思想は保守と革新という対立軸で位置付けられていました。資本主義を「保守」するのか、それとも社会主義に「革新」するのかという対立軸です。冷戦が終わると、社会主義革命は論外となり、もともとそれが論外だった米国における対立軸である保守とリベラルが代わりに用いられるようになりました。米国における保守主義が「保守」しようとしているのは、資本主義社会というよりかはむしろキリスト教の伝統的な価値観です[13]が、日本では、かつての保守と革新という対立構造が、そのまま保守とリベラル、あるいは右と左という対立構造に引き継がれています。
そうした対立構造でしか考えられない人にとって、新自由主義は、位置付けが難しいようです。実際、新自由主義は、右と左の両方から批判されてきました。右でも左でもないので、日本新党、みんなの党、日本維新の会といった冷戦終結後に登場した新自由主義的な立ち位置の政党は、第三極と呼ばれました。業界団体が支援する第一極の自民党でも労働組合が支援する第二極の社会党や民社党(およびその後継政党)でもないということです。
第三極とは、第三勢力という意味ではありません。その違いを理解するために「極」という漢字に注目しましょう。説文解字(巻六)によると、この漢字の語源は、棟木です。棟木が極まる端は二つしかありません。例えば、北極と南極というように、一本の対立軸に極は二つしかないのです。それにもかかわらず、第三極があるということは、第一極(自民党)対第二極(組合政党)、あるいは資本家対労働者という従来の対立軸とは異なる対立軸があるということです。

それは、大きな政府か小さな政府かという対立軸ですが、それはまた、生産者の既得権益の保護か、それとも消費者の選択の自由かという対立軸でもあります。後者の視点からすると、自民党も組合政党も新自由主義からすれば、反対側の極にいることになります。このことを労働市場と財・サービス市場という二つの市場で確認しましょう。
労働市場において、生産者は労働者で、消費者は企業です。一般的に言って、生産者は自分たちの権益を守ろうとして独占や寡占を試みます。労働市場の場合、その結果生まれたのが労働組合です。これに対して、新自由主義は、市場原理を守るために、雇用者側の選択の自由を主張します。そこだけに着目すると、新自由主義は資本家階級の味方のように見えます。そのため、労働者階級の利害を代弁する第二極は、第三極を自民党の補完勢力などと呼んで、第一極と同一視するのです。
しかし、財・サービス市場になると話は異なります。自民党が企業の既得権益を擁護するのに対して、第三極は権力と企業の癒着を批判します。第二極も企業と権力の癒着に厳しいので、第一極から見ると、第三極は、第二極に近いように見えます。しかし、新自由主義の第三極にとって重要なことは、資本家階級との闘争ではなくて、市場原理が機能することなので、批判の意味合いが異なります。
新自由主義が生産者の既得権益の保護よりも消費者の選択の自由を優先するのは、それがたんに消費者にとっての利益になるだけでなく、生産者にとっても、競争力(消費者に選ばれる能力)が向上し、短期的にはともかく長期的には利益になるからです。これに対して、第一極と第二極が伝統的にやってきたように、消費者の選択の自由よりも生産者の既得権益の保護を優先すると、それは、たんに消費者にとっての不利益になるだけでなく、生産者にとっても、グローバルな競争力の低下ゆえに、長期的には衰退を招くことになってしまいます。
消費者の選択の自由を優先した方が明らかに社会全体の利益になるのにもかかわらず、第一極と第二極が生産者の既得権益の保護を優先するのは、さもなくば、競争力のない生産者が市場原理により淘汰されてしまうからです。雇用者が被雇用者を自由に解雇できるようになったなら、労働組合は存在意義を失うので、組合政党がそれに反対するのは当然ですが、自民党も終身雇用を社会に不可欠なセーフティ・ネットと位置付けていて、解雇の自由化はもとより、競争力のない企業の倒産も極力避けようとするのです。
こう言うと、たとえ市場原理で社会全体の生産性が向上し、平均的な所得が増大したとしても、負け組の労働者、負け組の企業を生み出すのなら、本当の意味での国民全員のための経済にならないのではないのか、あるいは、十七条憲法以来「和を以て貴し」としてきた日本では、新自由主義は受け入れられないのではないかと反論する人もいることでしょう。実際、第一極も、第二極も、新自由主義を弱者切り捨てと言って非難しています。そこで次の章では、新自由主義が、実は、弱い立場にある生活者にとっても利益になるということを説明しましょう。
新自由主義は弱者切り捨てという誤解
「新自由主義は弱者を切り捨てる」という論難は、反自由主義プロパガンダの定番です。その結果、新自由主義を支持する経済的弱者は「肉屋を支持する豚」と世間では思われるようになりましたが、本当にそうなのかどうか考えましょう。
フリードマンが提案する弱者救済策
私たちは、新自由主義が市場経済への介入を容認する自由主義であることを確認しました。政府による貧困対策も、新自由主義が容認する介入の一つです。中でも、フリードマンが支持して有名になったのが、負の所得税です。日本では、竹中平蔵や堀江貴文がベーシック・インカムを提唱していますが、税率が一律の所得税をベーシック・インカムで事前に控除にすると、負の所得税と同じになります。これを以下の図で説明しましょう。

このグラフの横軸は所得で、縦軸は手取りです。政府が何もしないなら、所得がそのまま手取りになる青色の45度線が成り立ちます。
今、政府が緑色で示したベーシック・インカムを国民全員に支給すると、青線は紫色の線まで上に平行移動します。次にベーシック・インカムを除く所得に一律税率の所得税を課すと、赤線から上が所得税の額になります。
点線で示した分岐点では、ベーシック・インカムと所得税が同額となるので、両者は相殺されます。分岐点よりも右側では、所得税の方が多いので、濃い赤色で示した差額が納付すべき税額となります。分岐点よりも左側では、所得税よりもベーシック・インカムの方が多いので、濃い緑色で示した差額が負の所得税として支給されます。
事前にベーシック・インカムを国民全員に支給して、所得税は別途後で納付するという方法もありますが、それだと動かす金額が大きくなりすぎるので、差額だけを課税もしくは支給する方が合理的です。
フリードマンは、負の所得税の利点を次のように説明しています。
この取り決めの利点は明らかだ。貧困問題に特化している。個人にとって最も有用な形、つまり現金で援助が受けられる。一般的であり、現在実施されている多くの特別措置に取って代われる。社会が負担するコストを明確にしている。市場の外で機能する。この施策は、貧困を緩和するための他の施策と同様、被援助者の自助努力のインセンティブを低下させるが、ある一定の最低限度まで所得を補填する制度のように、そのインセンティブを完全に除去しない。収入が1ドルでも増えれば、支出に回せるお金も増えるのだ。[14]
フリードマンの負の所得税が何であるかは、それが何でないかによって理解されます。ベーシック・インカムと対照的なナショナル・ミニマム実現方法にベーシック・サービスがあります。ベーシック・サービスとは、医療、介護、教育、保育、住宅など、人間らしい生活を送るために不可欠なサービスを税を財源に無償で提供する現物支給型セーフティ・ネットです。
しかし、ベーシック・サービスには、無料で提供される公的サービスが有料で提供される民間のサービスとのイコール・フッティングな競争を阻害する欠点があります。たとえ公的サービスを無料ではなくて、たんに低料金にするだけとしても、特定事業者への税金投入は市場原理を歪め、社会全体の生産性を低下させる結果となります。
また、所得制限を設けずにベーシック・サービスを提供すると、純粋な貧困対策以上にコストがかかってしまいます。「貧困問題に特化して」、「社会が負担するコストを明確にして」、「市場の外で機能する」という負の所得税の利点は、このように、ベーシック・サービスとの対比から理解されえるのです。
フリードマンは、国公立の学校に税金を投入して、学費を無料もしくは低料金にするベーシック・サービスに対しても批判的です。国家や自治体が特定の学校を優遇することは、消費者から選択の自由を奪うことになるからです。そこで、フリードマンは、学校を自由に選択できるように、どこの学校でも学費の支払いに利用可能なクーポン券(教育バウチャー)の配布を提案しています[15]。
フリードマンは、また最低賃金制度にも反対しています[16]。最低賃金制度も、貧困対策のためのセーフティ・ネットとして位置付けられていますが、労働市場を歪める弊害があります。前の章で説明したように、第三極としての新自由主義は、財・サービス市場であれ、労働市場であれ、生産者の既得権益の保護よりも消費者の選択の自由を優先します。セーフティー・ネットの構築においても、その原則が守られるのです。
フリードマンは、負の所得税のもう一つの利点として、自助努力のインセンティブを完全に除去しない点を挙げています。日本に現存する代表的な現金支給型セーフティ・ネットは、生活保護ですが、生活保護受給者が働くと、所得に応じて減額されるため、受給者は働く意欲を失い、生活保護から抜け出せなくなります。負の所得税の場合、働けば働くほど手取りが増えるので、この点でも、生活保護よりも好ましいと言うことになります。
フリードマンの提案からも明らかなように、新自由主義が拒否しているのは、弱者救済による市場原理の機能不全であって、弱者救済そのものではないのです。フリードマンは、政府による救済策以外に、民間慈善事業の重要性を説いています。選択の自由に基づく民間慈善事業は、自由主義との相性が良く、「自由放任主義の全盛期であった19世紀半ばから後半にかけて、英国や米国で民間の慈善団体や慈善機関が並外れて急増したことは注目に値する[17]」とフリードマンは言っています。
米国で共和党を支持するような保守派は、弱者救済の担い手として政府よりも民間のチャリティ団体の方が好ましいと考える傾向があります。共和党の支持者たちは、福祉を充実させようとする民主党を批判しているので、弱者保護に否定的とリベラルは考えがちですが、2019年に発表された米国のリサーチ結果[18]によると、共和党に投票する保守派は、民主党に投票するリベラル派よりも、より多く慈善団体に寄付をしています。これには、共和党の支持者の方が熱心に教会に通う人が多いという事情もありますが、その点を考慮に入れても、「リベラルは弱者にやさしい利他主義者で、保守は弱者に冷たい利己主義者」というステレオタイプ化された社会通念が間違いであることがわかります。
要するに、「小さな政府」を信奉する米国の保守派は、「弱者は飢えて死ね」と主張しているのではなく、政府が「弱者を救済する」という口実の下に、非効率な官僚組織や官製ビジネスを肥大化させることを懸念して、「小さな政府」を主張しているのであって、弱者救済そのものを否定しているのではないのです。政府が余計なことをしなくても、自分たちが民間レベルで弱者を救済するというのが共和党の支持者にしばしば見られる考えです。トランプ大統領の登場で、共和党の保守主義は変質しつつあるとはいえ、この点に関しては、米国の保守主義は、新自由主義的と言えます。
サッチャーは福祉を切り捨てなかった
私たちは、新自由主義が理論的に福祉切り捨てでないことを確認しました。では、実際の政治ではどうでしょうか。主要先進国で最初に新自由主義的な改革に取り組んだのは英国です。英国は、第二次世界大戦後、「ゆりかごから墓場まで」をスローガンとする福祉国家を目指し、その結果、英国病(British disease)と呼ばれる深刻な経済停滞に陥りました。英国病を治療したのは、マーガレット・サッチャー(Margaret Thatcher, 1925年 – 2013年)です。彼女の経済政策、サッチャリズムは、新自由主義の実践事例として最も有名です。
以下のグラフでは、英国(赤色)と世界(緑色)の一人当たり実質GDPの年間成長率が点線で示されています。ここでも、長期的なトレンドを見るために、2次近似曲線を実線で引きました。

英国病の時代、英国は世界平均を下回っていましたが、サッチャー政権の時代、およびその後を継いだメージャー政権の時代に、上回るようになりました。
サッチャリズムが英国病を克服したという通説に疑問を投げかける人もいます。米国の投資家、ジム・ロジャーズ(Jim Rogers, 1942年 – )は、北海油田が英国経済を復活させたという見解を示しています。
サッチャー政権(1979~1990年)の構造改革が起爆剤になったという人もいるが、サッチャー政権時代にイギリス経済は一時的に持ち直したものの、英国病の克服といえるほどの絶大な効果があったかというと、疑問が残る。
復活の決定打となったのは、1960年に開発が始まった北海油田だ。イギリスは1980年から2005年までの間、石油の純輸出国となり、外貨を豊富に獲得できるようになったのである。
以降のイギリス経済は、1992年から2007年まで連続してプラス成長を続け、2001年には、ブレア政権が「英国病克服宣言」を行うに至った。[20]
1960年代以降に北海油田を開発できたのは英国に限りません。以下の地図からもわかるとおり、オランダも、同時期、天然ガスを豊富に生産できるようになりました。

天然資源という同じ僥倖に恵まれたのにもかかわらず、両国の結果は真逆でした。オランダ(青色)の一人当たり実質GDPの年間成長率を示した以下のグラフをご覧ください。

オランダの長期的なトレンドを示す青色の実線に注目してください。1960年代において、英国が世界平均を下回っていたのに対して、オランダは世界平均を上回っていましたが、その後、サッチャー政権の時代に英国が世界平均を上回ったのに対して、オランダは世界平均を下回りました。英国が新自由主義的な改革で英国病を克服したのに対して、オランダは新自由主義とは逆の政策でオランダ病(Dutch disease)になってしまったのです。ロジャーズ説では、両国の対照的な帰結を説明できません。

オランダは、天然ガスで多くの外貨を稼いだものの、通貨高と賃金上昇により国内製造業が国際競争力を失い、衰退してしまいました。これがオランダ病の正体です。これに対して、英国では、サッチャーが、一方で労働組合を弱体化させて、賃金の割高化を防ぎ、他方で民営化・規制緩和・外資の積極導入等により国内産業の国際競争力を復活させました。それゆえ、英国が北海油田でオランダ病にならなかったのは、サッチャリズムのおかげなのです。
サッチャーの後を継いだジョン・メージャー(John Major, 1943年 – )は、同じ保守党ということもあって、新自由主義的な経済政策を継承しましたが、1997年に首相となったトニー・ブレア(Anthony Blair, 1953年 – )は、サッチャリズムを基本的に継承しつつも、部分的に後退させました。ロジャーズは、2001年にブレア政権が「英国病克服宣言」を出したと言っていますが、グラフからも分かるとおり、ブレア政権以降、英国経済は再び衰退し始め、新たな英国病を発症しています。
たとえサッチャーが福祉国家の弊害を是正し、英国経済全体を復活させたのが事実だとしても、それで利益を得たのは資本家であって、大部分の労働者はそうではなかったと思う人もいるかもしれません。例えば、清水知子(しみずともこ, 1970年 – )は、
イギリスのサッチャー元首相は社会保障など福祉政策を大胆に縮小し「社会というものはない。あるのは個人としての男と女と家族だけだ」と言いました[24]
とサッチャーの言葉を引用して、「割が合わないと判断された人間は安易に切り捨てられ、孤立してしま[24]」う新自由主義的な自己責任論に眉を顰めています。たしかにサッチャーは、イデオロギーとしての福祉国家を否定しましたが、福祉そのものまでは否定していません。そもそも、フリードマンの新自由主義においても、「切り捨て」られるのは、弱い生産者であって、弱い生活者ではありません。
そのことをデータで確認しましょう。以下の図は、英国における社会保障費の推移を示しています。

サッチャー政権時代、その前を10とした時の社会保障費(赤色のグラフ)は、インフレの影響を取り除いても、増えています。英国政府の支出に占める社会保障費の割合(青色のグラフ)も増えています。英国のGDPに占める社会保障費の割合(緑色のグラフ)は、退任時に就任時と同じ水準まで下がっていますが、これは、分母のGDPが大きく増えたからにすぎません。経済が成長したからこそ、緊縮財政にもかかわらず、手厚い福祉が可能になったといえます。この傾向は、サッチャー政権を引き継いだメージャー政権の時代にも続いています。
それゆえ、サッチャーが「社会保障など福祉政策を大胆に縮小し」たというのは、事実に反します。では、「社会というものはない。あるのは個人としての男と女と家族だけだ」という発言でサッチャーが言おうとしたことは何だったのでしょうか。しばしば新自由主義の冷酷な自己責任論を象徴する台詞として引用されるサッチャーのこの発言は、1987年のインタビューに登場します。少し長くなりますが、彼女の真意をはっきりさせるため、その前後を含めて引用しておきましょう。
あまりにも多くの子供や人々が「私には問題がある。それに対処するのは政府の仕事だ!」とか「私には問題がある。それに対処するために補助金をもらおう!」「私はホームレスだ。政府は私に住居を提供しなければならない!」と思い込まされてきた時期を私たちは過ごしてきたと思います。そうして彼らは自分たちの問題を社会に転嫁していますが、社会とは一体誰のことなのですか。そんなものは存在しません!存在するのは個々の男女であり、家族です。政府は人々を通じてしか何もできず、人々はまず自分自身の面倒を見ます。自らを世話するのが私たちの義務であり、それから隣人を世話するのも義務です。人生は相互扶助の営みなのに、人々は義務を顧みず権利ばかりを意識しすぎています。というのも、誰かがまず義務を果たさない限り、権利など存在しないのですから。[26]
要するに、社会が個々人を離れて実体として独立自存することはないので、すべての人が社会に面倒を見てもらうのは不可能ということです。人々がまずは自助自立を試みるからこそ、不幸にしてそれができない隣人まで扶助できると言っているのですから、サッチャリズムが相互扶助を否定した自己責任論ではないことは明らかです。
多くの人は、社会主義や国家主義のようなパターナリズムの方が新自由主義よりも弱者に優しいと思っています。しかし、これは「弱者」でもって弱い生活者を考えているのなら間違いです。パターナリズムでは、生産性が低下し、弱い生活者を救済するのに必要な富が生み出せないからです。これに対して、新自由主義は、弱い生産者を守らないのにもかかわらずというよりも、むしろ弱い生産者を守らないからこそ、生産性の向上を通じて、弱い生活者を守るだけの富を作り出せます。それゆえ、新自由主義が福祉を充実させるというのは、逆説でも何でもなくて、経済学的には当たり前の話なのです。
新自由主義による格差拡大は悪なのか
新自由主義が経済を成長させるとしても、それで格差が拡大するのなら、社会的公平性に反すると感じる人もいることでしょう。社会における所得の不平等さを測る指標としてよく用いられるのは、ジニ係数です。以下のグラフからも明らかなように、英国のジニ係数は、福祉国家時代においては米国よりもはるかに低い水準にありましたが、サッチャー政権時代に米国の水準にかなり近づきました。メージャー政権時代は横ばいでしたが、ブレア政権以降低下する傾向にあります。

この格差拡大は当時でも問題視されていました。1990年11月、サッチャー政権終了六日前の庶民院で、このようなやり取りがありました(*)。
野党議員:首相が多くの面で大きな成功を収めたことは疑いようがありません。しかし、異論のない統計が一つあります。それは、首相の11年間の在任中、この国で最も裕福な10%と最も貧しい10%の間の格差が大幅に拡大したということです。首相の英国政治最終章に、私の選挙区のような地域で多くの人々が1979年当時よりも相対的にはるかに貧しく、はるかに劣悪な住環境で、はるかに不十分な支援しか受けていないという事実を、どうして正当化できると言うのでしょうか? 首相自身、あるいはいかなる首相も誇れるような実績ではないとお認めになるに違いありません。
サッチャー首相:あらゆる所得階層の人々は1979年当時よりも生活水準が向上しています。議員は、むしろ富裕層の富を減らして、貧しい人々をさらに貧しくさせたいと言っています。そのようなやり方では、私たちが成し遂げたように、より良い社会サービスのための富を生み出すことは決してできません。なんという政策でしょう。[28]
この時の発言は、しばしば「金持ちを貧乏にしても、貧乏な人が豊かになるわけではない」とまとめられることがあります。しかし、サッチャーは、「金持ちを貧乏にすると、貧乏な人はもっと貧乏になる」というもっと突っ込んだことを言っています。実際、ブレア政権は、サッチャー路線を引き継ぎつつも、教育支出を増やしたり、最低賃金を引き上げるなど格差縮小に力を入れ、その結果、ブレア政権以降、ジニ係数は低下しましたが、同時に経済成長は低下しました。
左翼は、貧困問題を格差問題と同一視し、格差をなくせば、貧困層がより豊かになると考えます。こうした思考は、富の全体が固定されているという前提に基づいています。しかし、実際には富の全体は固定されておらず、富の全体が大幅に増えれば、たとえ相対的に格差が広がっても、貧困層から富裕層に至るあらゆる階層が絶対的に豊かになりえます。反対に富の全体が大幅に減るのなら、たとえ相対的に格差が縮まっても、貧困層から富裕層に至るあらゆる階層が絶対的に貧しくなりえます。
これを以下の図で直観的にわかりやすく説明しましょう。ただし、階級闘争論的に、金持ちと貧乏人を資本家と労働者に置き換えています。

この図の左側が、左翼が考える格差の拡大です。このように富の全体が固定されているなら、資本家が豊かになると、労働者が貧しくなります。この場合、貧困問題は格差問題であり、貧困問題を解決するには、この矢印を逆にして、格差を是正しなければなりません。資本家を貧しくすれば、労働者が豊かになるはずというのです。
サッチャーは、そうしたゼロ・サム・ゲームの考えを否定します。サッチャーが考える格差の拡大は、右側のようなものです。資本家と労働者の格差はたしかに拡大しています。しかし、経済全体が成長しているので、資本家だけでなく、労働者も豊かになっています。この場合、貧困問題と格差問題は同じではありません。矢印を逆にすると、格差は縮まりますが、資本家だけでなく、労働者まで貧しくなってしまいます。「金持ちを貧乏にすると、貧乏な人はもっと貧乏になる」所以です。
それは、英国よりも中国においてより顕著です。鄧小平が新自由主義的な改革開放路線を推し進めたことで、中国では格差が拡大しましたが、同時に貧困層の生活水準が向上しました。毛沢東時代の復活を目指す習近平が、共同富裕を理念として掲げ、格差の是正に乗り出すと、共同富裕どころか共同貧困に陥ってしまいました。まさに「金持ちを貧乏にすると、貧乏な人はもっと貧乏になる」のです。
それにしても、今の資本家は儲けすぎていると感じる人もいることでしょう。しかし、資本家は、利益をさらに投資に回すので、経済成長を促します。俗に複利効果と呼ばれる指数関数的成長こそが資本主義の本質です。経済が成長すれば、税収が増え、それによって社会保障も充実します。格差拡大でも貧困問題を解決できることを示したのが、サッチャーの治世11年間です。
もしもサッチャーの新自由主義が、少数の資本家の利益にしかならなかったのなら、彼女が三回の総選挙で勝利することはなかったでしょう。サッチャーが選挙で勝ち続けたのは、その改革の成果が貧困層にも及んだからです。それゆえ、新自由主義を支持する経済的弱者は決して「肉屋を支持する豚」ではないのです。
成果主義や競争主義と同一視する誤解
新自由主義は成果主義であり、競争主義でありますが、成果主義と競争主義がすべて新自由主義ということはありません。なぜなら、市場原理が機能しなくても、成果主義と競争主義は成り立つからです。成果主義や競争主義を新自由主義と同一視することで起きる誤解を最後に取り上げましょう。
日本の成果主義はなぜ失敗したのか
バブル崩壊後、業績低迷に苦しむ日本企業で、成果主義がブームとなりました。1991年にソビエト連邦が崩壊し、社会主義経済の失敗が明らかになって、新自由主義が世界的に流行していた時期であったため、以下の引用に見られるように、両者はしばしば同一視されました。
成果主義は能力主義に代わるものとして90年代後半からメディアに登場してきた。新自由主義経済を煽る一部の経済紙などでは、成果主義は好ましいものとして盛んに喧伝された。このような成果主義は新自由主義と軌を一にしたもので、パラレルなものだと言ってよい。ニューエコノミーを唱導する企業の多くは企業内部で熱心な成果主義人事改革を進めた。[29]
ここに登場する「能力主義」とは年功序列のことです。日本企業は、経験を積むにしたがって職能(職務を遂行する能力)が高まるという想定の下、勤続年数に応じて職能給を上げていく賃金体系を採用していました。これを、勤続年数とは無関係に、仕事の成果で賃金に差をつけようとするのが成果主義です。
成果主義の失敗事例として有名なのが、富士通です。1993年というかなり早い時期に年功序列を廃止し、成果主義に基づく人事評価制度を導入しましたが、この制度はうまく機能せず、売上高1兆円、経常利益1000億円であった富士通の業績は急激に悪化し、2003年3月期に2期連続の最終赤字を計上してしまいます。
1997年から2004年まで富士通の人事部に勤務していた城繁幸(じょうしげゆき, 1973年 – )によると、評価する側の管理職は、年功序列で昇格してきて、成果主義に不慣れで、目標シートもまともに書けず、評価も主観的で、不公平であったため、社内のモチベーションが低下したとのことです[30]。
他の企業でも、成果主義は従業員の間で不評であったため、従来型の年功序列が再評価される結果となりました。では、日本の年功序列型賃金制度は、欧米の成果報酬型賃金制度よりも優れているのでしょうか。実は、日本が試みた成果主義は、欧米での成果主義と三つの点で異なっています。
まず、欧米企業の雇用には、ブルーカラー、ホワイトカラー、マネージメントという三つの階層があって、報酬が成果主義なのは、マネージメント(管理職)に限られるという点で異なります。ブルーカラーとホワイトカラーは、命令された仕事をこなしているだけなので、通常、成果で賃金が変わることはなく、労働時間当たりの賃金が固定されています。自由と責任が表裏一体である以上、成果の責任が問われるのは、自由のある管理職に限られるのです。
城も「一般の社員よりも、まず管理職から成果主義を導入すること[30]」を提案していますが、日本の場合、管理職ですら成果主義の導入が適切かどうか疑問です。欧米の管理職に就く人は、大学で専門的な知識を学んだ経営のプロであり、経営者から、経営者に準じる自由裁量と権限を与えられています。これに対して、日本企業の管理職は一般の従業員に長期勤務の褒美として与えられる役職にすぎません。彼らは、マネージメントの専門的な知見を持たない現場上がりの素人で、経営者に準じる自由裁量と権限を与えられていません。これが二番目の相違点です。
日本型成果主義で評価対象となった一般の従業員には、管理職よりもさらに自由裁量と権限が与えられていないので、目標の達成具合に応じて報酬に何倍もの差をつけるのはナンセンスです。喩えるなら、体を縄で縛って、自由に動けない状態で海に突き飛ばし、「自由に泳げ!溺れても自己責任だ」と言うようなものです。自由に泳げる人が、自らの意思で海に飛び込むのなら、自己責任というのも理解できますが、これではまるで、大した権限もないのに、何か不祥事が起きると詰め腹を切らされた江戸時代の武士のようです。
三番目は、終身雇用か否かという違いです。欧米の管理職は、たんに会社から自由を与えられているだけでなく、会社からも相対的に自由です。これは、評価と淘汰が相互的であることを意味します。日本の成果主義では、評価が客観的で公正かどうかが大きな問題となりますが、相互選択が可能な場合、この問題は市場原理により解決されます。すなわち、たんに無能な管理職が淘汰されるだけでなく、部下を正しく評価しない経営者も有能な管理職から見放されることで淘汰される二重の淘汰メカニズムが働くのです。
ここで、もう一度、フリードマンによる新自由主義の定義を思い起こしてください。そこでは、複数の消費者と複数の生産者が相互に選ぶ自由を有することが強調されていました。終身雇用という転職の自由が制限された環境下で、上司が部下を一方的に評価するだけの成果主義が新自由主義的でないのは明らかです。このように、日本型成果主義は、欧米型成果主義と大きく異なりますが、実は、日本型に近い成果主義を実践して、失敗した国があります。それはソビエト社会主義共和国連邦です。
社会主義は成果主義や競争主義とは無縁と思っている日本人も多いことでしょうが、空想的社会主義ならともかくとして、現実に存在した社会主義は、厳しい競争社会です。代表的な社会主義国、ソ連では、労働者は、ノルマを課され、ノルマ未達なら報酬を減らされるといったペナルティを受けました。ちなみにノルマはロシア語で、シベリア抑留者が日本帰国後に広めた用語です。成果主義や競争主義といっても、上が下を評価して、選ぶだけで、下が上を評価して選ぶことはありません。選択が相互的ではないという点で、新自由主義とは異なります。
これは実に皮肉なことではないでしょうか。1990年代といえば、ソ連の崩壊により、ソ連型社会主義の失敗が誰の目にも明らかになった時期です。そのような時期に、日本企業は、わざわざソ連型社会主義の模倣を試みたのです。しかも、滑稽なことに、当の経営者たちは、欧米型の経営を実践しているつもりだったのです。当然の如く失敗した挙句に、欧米型成果主義よりも日本型年功序列の方が優れていると言い出す始末です。明らかになったことは、ソ連型社会主義よりも日本型社会主義の方がまだマシということであって、日本型社会主義が新自由主義よりも優れているということではなかったのです。
国立大学の法人化はなぜ失敗したのか
成果主義や競争主義を新自由主義と同一視することで起きたもう一つの誤解の事例が、国立大学の独立行政法人化です。この大学改革の方針は、2001年の遠山プランで表明されました。遠山プランでは、国立大学を独立行政法人化した上で、国公私立大学を競争させ、第三者機関の評価結果に基づく競争的資金の重点配分により、トップ30を世界最高水準に育成する構想が打ち出されていました。2003年に遠山プランを具現化した国立大学法人法等関係6法が成立し、翌年度から施行されました。
これは、1990年代に日本企業が試みた成果主義の大学版です。小泉内閣の時に施行されたことから、しばしば新自由主義的な構造改革と見做されています[31]が、大学版成果主義でも、上が下を評価して、選別するだけで、下が上を評価して選別することはありません。選択が相互的でなく、市場原理が機能していないという点で、新自由主義よりもソ連型社会主義に近いと言えます。
2004年度から文部科学大臣は、6年間において国立大学法人が達成すべき業務運営の目標を中期目標として定め、国立大学法人は、その中期目標を達成するための計画を中期計画として作成し、文部科学大臣の認可を受けることとなりました。この中央集権的な大学統制は、ソ連時代に行われた五カ年計画を思い起こさせます。国立大学の法人化は、民間的経営原理の導入を謳い文句としていますが、民間企業は、国に目標を立ててもらって、その目標達成のために立てた計画の認可を受けるということはしません。
政府は、世界最高水準の大学を育成しようと、指定国立大学や国際卓越研究大学として認定された大学を重点的に優遇しましたが、こうした「選択と集中」で日本の研究水準が高まったということはありません。以下のグラフは、日本の論文数(赤色)、被引用数の多いTop10%の論文数(青色)、同Top1%の論文数(緑色)の世界に占めるシェアです。

日本の科学研究力を定量化したこれらの指標は、2004年の国立大学法人化以降、低下しています。もとよりそれ以前からピークアウトが始まっているので、中国の急速な台頭のような他の要因も考えなければいけませんが、同時期に英独仏の指標が日本ほど悪化していない以上、2004年以降強化された「選択と集中」の弊害も否定できません。
日本は、米国が有するような世界最高水準の科学研究力を目指したのになぜ失敗したのでしょうか。実は、日本がお手本にした米国は、日本ほど「選択と集中」に邁進していません
[33]。第二次世界大戦開始から冷戦終結までの軍産複合体の力が強かった時期に米国の公的研究資金が卓越性に基づいて重点的に配分されたのは事実ですが、70年代初めに7割近かった大学研究費に占める連邦政府のシェアは、90年代に6割程度に落ち、かつ、相対的に地位の低かった研究機関を含めた多様な対象に必ずしも競争的でない資金が配分されるようになりました。つまり、日本の「選択と集中」とは対照的に多様化と分散化が進んだということです。
連邦政府に加え、州や民間など、日本よりも多様な資金源を選べる米国の大学の方が、市場原理が機能しやすいので、新自由主義的です。米国の大学では、教授が学生を評価し、選別するだけでなく、学生が教授を評価し、選別する相互選択・相互淘汰のメカニズムが作動していますが、研究者と資金提供者との間にも、相互選択・相互淘汰のメカニズムが作動しているということです。
市場経済と民主主義は、無知の知の自覚に基づいています。もしも全知全能の人がいるなら、その人に経済と政治の全てを委ねれば良いのですが、そういう人がいないからこそ、相互選択・相互淘汰のメカニズムが必要になるのです。経済システムと政治システムについて当てはまることは、文化システムについても当てはまります。何が重要な研究であるかは事前にわからないからこそ、国家という単一の評価者が、特定大学の特定研究に重点的に資金配分する「選択と集中」は、計画経済や独裁政治と同様に、不毛なのです。
新自由主義の本質は市場原理である
競争主義や成果主義とともに新自由主義と結び付けられやすいのが、民営化と規制緩和です。しかし、民営化と規制緩和も、市場原理を機能させないのなら、新自由主義の政策とは言えません。フリードマンの定義で確認したように、新自由主義の至上原理は市場原理であるからです。
国有企業の民営化も、市場原理が機能しないなら、新自由主義的とは言えません。2007年に郵政が民営化されましたが、信書配達は、日本郵便が独占しています。信書便法第九条により、総務大臣の許可を得るためには、全国約10万本の郵便ポストを設置するといった日本郵便なみのユニバーサル・サービスの実現が求められるため、他の民間事業者は参入できません。自然独占産業のように、民営化しても、新規参入が事実上不可能な産業では、市場原理は機能しません。
規制緩和は、英語では規制撤廃(deregulation)ですが、新自由主義はすべての規制を敵視していません。新自由主義は、あらゆる規制を否定する無政府主義でないことはもちろんのこと、自由放任を是とする自由主義ですらありません。すでに述べたとおり、フリードマンは、独占禁止法のような規制に賛成しています。新自由主義が問題視するのは、例えば、新規参入を不当に制限する信書便法第九条の厳格適用のような市場原理の機能を阻害する規制です。
効率化やコスト削減も新自由主義や市場原理と結び付けられやすいのですが、消費者に選択の自由を与えて市場に出回る商品は、必ずしも安物だけではありません。高くても良い商品を求める消費者がいるので、高級品から廉価品に至る多様な商品が売られます。ソ連型社会主義の「選択と集中」が画一化をもたらすのに対して、新自由主義的な市場原理は多様性をもたらします。この点で両者は決定的に異なるのです。
日本で「選択と集中」がもてはやされるきっかけを作ったのは、GE(ゼネラル・エレクトリック・カンパニー)のCEO、ジャック・ウェルチ(Jack Welch, 1935年 – 2020年)です。ウェルチは、金融に経営資源を集中させ、GEの経営を大幅に改善させましたが、それが逆に仇となって、GEは、リーマン・ショックの影響を大きく受け、ダウ工業株30種平均からも外されるほどに没落してしまいました。
一般的に言って「選択と集中」は、現在の環境への適応に有効ですが、現在の環境に適応すればするほど、環境の変化に対応しにくくなります。それゆえ、学術研究のような予見可能性が低いジャンルで「選択と集中」に傾斜してはいけないのです。
もちろん、生き残るためには、変化適応だけでなく、環境適応も重要です。この点、多様化した上で淘汰する(システム論的に言うなら、複雑性を増大させて、複雑性を縮減する)市場のメカニズムは、変化適応と環境適応という二律背反的な要求に応じていると言えます。
第2節で確認した通り、新自由主義は福祉切り捨てではありませんが、悪平等容認でもありません。これも二つの適応で説明できます。一方で、失敗者をセーフティー・ネットで守って、人材の多様性を維持しつつ、他方で成功者がインセンティブを失わないように、格差拡大を容認することで、変化適応と環境適応の両方を実現するのです。
19世紀以降、社会主義者は長らく資本主義の終焉を予言してきました。しかし、実際に終焉を迎えたのは社会主義の方です。自由な市場経済に基づく資本主義は、今に至るまで繁栄を続けています。それは、市場原理が、変化適応と環境適応の両方を実現するがゆえに、持続可能な豊かさをもたらすからです。
最高の思想である新自由主義が最低の思想とみなされているのは、これまで指摘したような誤解があるからだと思います。日本では、成果主義の弊害以外にも、派遣労働における中間搾取など、市場原理が機能しないことで起きる問題が、市場原理が原因で起きる新自由主義の弊害と誤解されることがあります。本稿が、こうした誤解の解消に役立てればと願いたいところです。
参照情報
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- 柿埜真吾『ミルトン・フリードマンの日本経済論 (PHP新書)』PHP研究所 (2019/11/15).
- 冨田浩司『マーガレット・サッチャー: 政治を変えた「鉄の女」 (新潮選書)』新潮社 (2018/9/27).
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- 朝日新聞「国立大の悲鳴」取材班『限界の国立大学 法人化20年、何が最高学府を劣化させるのか? (朝日新書)』朝日新聞出版 (2024/11/13).
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- ↑“Partly because of my reluctance to surrender the term to proponents of measures that would destroy liberty, partly because I cannot find a better alternative, I shall resolve these difficulties by using the word liberalism in its original sense-as the doctrines pertaining to a free man. " ― Milton Friedman. Capitalism and Freedom. University of Chicago Press (1962, Reprint: 1982). p. 6.
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- ↑参政党X公式アカウント2025年7月16日投稿
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ディスカッション
コメント一覧
市場原理が効率的であることは正しいと思います。
その上で、経営というか商売の実務家として痛感するのは、ほとんどの人間は、具体的に想像できないことは欲求できないということです。どんなに優れた製品であっても、自分が効用を享受している様子を具体的に想像できなければ、購買意欲は低いままです。
財やサービスと同様に、ほとんどの人間にとっては、どんなに優れた思想であっても、自分が効用を享受している様子を具体的に想像できなければ、思想への支持は低いままなのだろうと思います。
特に自分を社会で相対的に劣位にあると認識している層にとっては、パターナリズムは「何かもらえそう」と効用をイメージしやすいのに、市場原理は自分はさらに負けて「何か損しそう」という想像につながる傾向が生じるのは自然なことです。
民主主義体制下での新自由主義は、負の効用の想像しやすさと、効用の想像の難しさという点で、制約を受けがちなのかもしれません。
日本人は、一方で、能力のポテンシャルという点で世界トップクラスなのに、他方で、自信の無さと不安の感じやすさという点でもアンバランスに高い民族なので、本当はグローバルな自由競争で優位に立てるのに、拒否感を抱く人が少なくないのでしょう。
ありがとうございます。
永井先生は、日本人は幼児的であると指摘なさっていたと記憶しています。パターナリズムと幼児性が整合的であるのは、当然かもしれません。
日本人が独裁的権力なしに、つまり政治的自由を前提として市場原理を受容するには、幼児性という心理面での深い変化が前提になるということでしょうか。
日本人の幼児的傾向には、羊水としての日本海という地理的な要因が大きいとしばしば指摘されます。地理的環境は不変ですが、周辺国の船舶の技術的環境は近年激変しました。歴史上初めて、その気になれば数万人以上が大陸から上陸可能な状況が成立したと言えそうです。その意味で日本はもはや、守られた胎内の幼児ではないように思えます。
こうした環境変化に対して、日本の心理面さらに思想面での変化は遅行して起きるということなのかな、と感じています。
民族全体で幼児心性が強いと、パターナリズムが好まれることになるのですが、日本における問題は、民族全体の幼児心性ゆえに、父親に適した人材が少ないというところにあります。太平洋戦争の時も、父親役が天皇なのか、首相なのか、陸軍大将/海軍大将なのかはっきりしないまま「無責任の体系」のまま戦争に突入しました。父親不在のパターナリズムという去勢以前的なレジームは、戦後も続いていると思います。