どうすれば電子書籍は普及するのか
電子書籍のメリットの一つは、著者が中間搾取を減らして、よりダイレクトに本を出版できるところにある。そうしたダイレクト・パブリッシングを受け入れるかどうかは、著者や読者といった個人の利益と出版社や取次といった業界団体の利益のどちらを重視するかにかかっている。米国では前者の利益が重視され、日本では、再版制の維持にも表れているように、後者の利益が重視されている。日本は、もっと前者の利益を重視するべきではないだろうか。[1]

1. どうすれば電子書籍は普及するのか
日本語圏では、英語圏とは異なり、いっこうに電子書籍が普及しない。その原因はどこにあるのか、普及させるにはどうすればよいかを考えてみたい。
電子書籍(ebook)とは、紙とインクの代わりに、電子媒体で読む出版物であり、CD-ROM などとしてパッケージ化された商品も電子書籍である。しかし、今注目されている電子出版の形態は、インターネットを用いて、生産、流通、消費のすべてを電子媒体内部で完結させる方法である。グーテンベルクによる活版印刷技術の発明以来、紙の本は、知のメディアとして重要な役割を果たしてきたが、ネットで配信される電子書籍の普及は、それ以来の革命となる可能性を持っている。
ネットで配信される電子書籍には、次のようなメリットが生産者側にある。
- 品切れ・返品などの在庫問題が発生しない
- 製本・配布・保存コスト削減→利益率を高くすることができる
- 出版リスクが低い→新人の参入障壁が低く、実験的試みも容易
- 音声・動画など紙媒体では不可能な表現ができる
- 本格的に普及しても、紙媒体ほど資源を浪費しない
- 読者からのフィードバックを容易に受けることができる
消費者にとってのメリットとしては、
- 作品の単価が安い(少なくとも潜在的には安くできる)
- ネットにつながっていれば、いつでもどこでも購入できる
- 消費者の手に届くまでの時間が短い
- 検索や辞書機能に優れる
- フォントの大きさや読み上げのスピードを変えることができる
- 書き込み・コピー&ペイスト・翻訳・点字化など編集が容易
- 大量の情報を保存してもかさばらないし、重くない
といった点を挙げることができる。他方で、紙の本と比較して、電子書籍には、以下のようなデメリットがある。これらのデメリットは、本質的なものではなく、以下のような解決策がある。
電子書籍のデメリット | デメリットの解決法 |
---|---|
不正コピーによる著作権侵害 | 定額式超流通 |
携帯性に劣る | 端末のウェアラブル化 |
直観的な一覧性が低い | 検索力の高さで代替/読んでいる位置の直観的表示 |
解像度が低い | 技術的に解決可能 |
眼が疲れる | ブルーライトカット液晶保護フィルムやメガネの活用。眼が疲れたら、音声で聴読 |
端末不良によるコンテンツの消滅 | バックアップ/クラウド化 |
フォーマットが統一されていない | 互換性を高める |
在庫が少ない | 普及すれば解消する |
電子書籍の本質的な問題点は、デバイス(読取装置)への依存性の高さである。紙の本は、何もデバイスがなくても直接読むことができるが、電子書籍は、デバイスがなければ読むことができない。かつてワープロ専用機で使っていたフロッピーディスクのデータの大半を、今日読むことができなくなっているように、今日読むことができる電子書籍も、何十年かすれば、読むことができなくなる可能性が高い。紙の本と比べた電子書籍のデメリットの多くは、技術革新によって克服できるが、デバイスへの依存性が高いがゆえに読むことができなくなるリスクが高いという欠点は、むしろデバイスの技術革新が進めば進むほど、顕在化する。
もちろん、デバイスの進化に合わせてコンテンツを新しいフォーマットにコンバートすればよいわけだが、これにはコストと手間がかかる。こうした作業は、読者や作家などの素人が個別的にやるよりも、専門的な企業が、自動化したプログラムで一斉にやった方が効率がよい。だから、電子出版によって中抜きが進んでも、コンテンツの管理を専門的に請け負う企業は依然として必要である。
アップルコンピュータが2003年4月から始めた有料の音楽配信サービス、iTunes Music Store の成功を受けて、同じことを書籍でもやろうとする動きが日本の家電メーカーの間で起きた。2003年7月に、松下電器産業(現在のパナソニック)が「シグマブック」なる電子書籍専用端末を開発し、翌年には、ソニーが「リブリエ」なる電子書籍専用端末を発表した。家電メーカーの双璧が参入したことで、当時「2004年は電子書籍元年」などともてはやされた。しかし、シグマブックもリブリエもほとんど普及せずに空振りに終わった。だから、この時の電子書籍元年は、電子書籍普及試行元年と呼ぶべきなのかもしれないが、なぜこの時には失敗したのだろうか。
書籍(文字コンテンツ)、音楽(音声コンテンツ)、映画(動画コンテンツ)という三大情報商品のうちで、デジタル化した時最もサイズが小さいのは書籍である。デバイスの容量は時間とともに増大するので、書籍、音楽、映画の順でデジタル商品化が進んでもよさそうなのだが、実際には、書籍は一番最後である。最初にデジタル化されたのは、音楽であり、レコードはCDに、カセットテープはMDに置き換えられた。次に映画のビデオテープがDVDに置き換えられた。しかし、本のデジタル化は、辞書を除いて、十分に進行していない。
このように、紙の本だけは、いつまでも生き延びることができる理由は、前節で述べたように、紙の本には、消費するのにデバイスが不要であるという強みがあるからである。他のアナログメディアにはこの強みはない。レコードやカセットに耳をあてても音楽は聞こえない。ビデオテープを凝視しても、映画は見えない。どうせデバイスに依存しなければならないのなら、クオリティが高くて、ランダムアクセスが可能で、編集が容易でなど、いろいろメリットがあるデジタルメディアの方がよい。そして、いったんデバイスの新しいデ・ファクト・スタンダードが優位になると、人々は、雪崩をうって、新しいスタンダードに移行する。音楽と映画では、こうして、デジタル化が進んだ。
ネット配信でも最初に成功したのは、音楽であって、本ではない。現在、iTunes Store、e-onkyo music、mora、Napster、レコチョクなど多くの音楽配信サービスがある。続いて普及したのは、動画配信サービスで、YouTube、ニコニコ動画、Gyao、Hulu などが日本でサービスを提供している。こうしたネット配信に客を奪われることで、米DVDレンタル大手のブロックバスターは、本日全店舗閉鎖に追い込まれた。これとは対照的に、電子書籍配信サービスはなかなか普及せず、多くの業者が参入しては短期で撤退するという動きを繰り返している。
この違いはどこから生まれるのか。音楽の場合、コンテンツがすでにデジタルであるので、店でCDを買っても、オンラインでダウンロードしても、消費者が手にする商品は同じである(少なくとも互換性がある)ので、消費者の関心は、いかにインターネットを用いて流通を合理化し、購入コストを下げるかだけに向かう。ところが、本の場合、オンラインで購入する電子書籍とオフラインで購入する紙の本とでは、消費者が手にする商品が異なっていて、互換性はないも同然である。ダウンロードしたMP3の音楽ファイルをCD-Rに焼いたり、購入したCDの音楽をパソコンでリッピングしたりする手軽さで、消費者が紙の本と電子書籍の間で文字データをコンバートし合うことはできない。
音楽の場合、ゴールは同じで、そこに到達するまでの道筋の優劣だけが問題であるのに対して、本の場合、ゴールが異なるので、道筋だけでなく、ゴールの優劣までが問題となる。それゆえ、たとえインターネットを用いて、流通を合理化して、情報の単価を下げたとしても、電子書籍が、紙の本以上に魅力的でなければ、消費者は買わない。
それなのに、電子書籍の端末を開発しているメーカーは、 電子書籍には、デバイスに依存するというデメリットを打ち消すだけの独自の魅力がなければいけないという点を自覚していない。彼らは、電子書籍を、紙の本に近づければ近づけるほど、消費者に受け入れてもらえると思っているようで、松下が、画面を2枚搭載することで、 シグマブックに見開きの本に近い外観を与えたり、ソニーが、リブリエのディスプレイに電子ペーパーを採用して、紙に印字したような文字表示をセールスポイントにしたり、オランダのフィリップ社が立ち上げたベンチャー企業が、紙のように柔軟に折り曲げて丸められる極薄ディスプレイを製造したり、米コンピュータ会社のヒューレット・パッカードがページをめくるアニメーション付きの電子書籍ビューワーを開発したりしたことはその表れである。
そもそも、従来の紙媒体は、読書の媒体として、必ずしも理想的とは言えない。曲げることができるという紙の特性は、読書という目的にとって、あまりメリットはない。電車の中で読むためには、両手で押さえていなければならない紙の新聞よりも、片手で持って読むことができるソリッドなディスプレイの方が、読書端末として、まだ優れている。
電子書籍が紙の本に近づくことが進歩だと考えている端末開発者は、ロボットが人間に近づくことが進歩だと考えているヒューマノイドロボット開発者と同じ過ちを犯している。人間にできないことができるロボットが優れたロボットであるように、紙の本にできないことができる電子書籍が優れた電子書籍なのである。電子書籍を紙の本に近づけるのではなく、あえて紙の本とは異なる形態を追求することが必要である。
電子書籍専用端末が売れなかったもう一つの理由は、それが専用端末であるというところにある。まだ書籍の品揃えが不十分で、フォーマットや端末のデ・ファクト・スタンダードすら決まっていない段階で、専用端末に何万円もの初期投資をする人は少ない。しかし、他の目的で使っている端末で、ついでに電子書籍も読めるとなれば、敷居は低くなる。だから、電子書籍端末が普及させるには、まずはそれをコバンザメのように、既に普及している端末にくっつけて、増殖させればよい。
世界で最も普及している端末は携帯電話である。だから、携帯電話で電子書籍が読めたら、最も便利である。第一次電子書籍(普及試行)元年以降、専用端末がサービス終了を迎えた中、ケータイ小説など携帯電話で読める電子書籍は、一定のユーザを得ることができた。同じことは、次に述べる第二次電子書籍元年以降の動向にもみられる。当初多くの専用端末が投入されたが、今日、電子書籍端末として期待されているのは、スマートフォンやタブレットなど、他の用途にも使えるモバイル端末である。
ソニーは、2007年のリブリエ終了後、2010年に再びソニーリーダーの名称で電子書籍専用端末を発売し、電子書籍ストア“Reader Store”と共に日本国内で電子書籍提供サービスを開始した。シャープも、GALAPAGOS という専用端末を開発し、独自の電子ブックストアで電子書籍の購入や新聞/雑誌などの自動定期配信ができるサービスを提供した。NEC が Smartia という電子書籍リーダーとしても利用できるタブレット型端末を発売したのも 2010年であることから、今日電子書籍元年と言えば、2010年ということになっている。
しかし、電子書籍という点でもっと重要な動きは2012年に起きた。2012年7月19日に、楽天が日本向けの電子書籍リーダー“kobo Touch”を発売し、「楽天 kobo イーブックストア」でコンテンツの配信を開始した。10月25日には、米アマゾン・ドット・コムが、アンドロイドベースの電子書籍端末「キンドル」を販売し、日本向けの電子書店「キンドルストア」もオープンさせた。これまでエレクトロニクスのメーカーが電子書籍リーダーを販売していたが、アマゾンと楽天は小売業者であり、紙の本をも販売していたので、紙の本から電子書籍への移行はスムーズにいくかと思われた。
2010年から三年がたつのだが、電子書籍が普及したとは言い難い。インターネットコムが全国のネットユーザー約千名を対象に、二年前から行っている定点調査によると、2011年10月には、電子書籍を「読んだことがある」と「読んだことはないが今後読んでみたい」の合計の割合が65%だったが、今年同時期にはそれが54%まで低下している。そのうち、電子書籍を「読んだことはないが今後読んでみたい」という人の割合が、44%から31%まで減った。要するに読者層が広がらないまま期待がしぼんでいるということである。
電子書籍は、英語圏では普及している。2011年に米国の Amazon.com では、Kindle 向け電子書籍の販売部数が、紙に印刷されたハードカバーおよびペーパーパックの合計販売部数を上回り、2012年には、英国の Amazon.co.uk でも Kindle 電子書籍の販売数が紙書籍版を上回った。では、なぜ日本では電子書籍は普及しないのか。最大の違いは、電子書籍化されているタイトルの数と価格の違いである。2012年のオープン時にアマゾンが用意した日本語タイトル数は約5万点で、かつ、紙の書籍価格と比べてそれほど安くはなかった。これに対して、同時期の英語タイトルのキンドル版が140万点以上で、そのほとんどが紙の書籍価格から3-4割ほど安かった。今でも、ベストセラー作品の大半が電子書籍化されていない。これでは普及するはずがない。
同じアマゾンなのに日本語圏と英語圏でこれほどの差が出る理由は、日本の出版社が電子出版に消極的で、かつ、電子書籍は再販制の対象ではないにもかかわらず、小売価格を出版社主導で固定しようとするところにある。日本の出版社が電子出版に消極的なのは、ネットで配信される電子書籍の普及が自分たちの利権を脅かすからである。アマゾンにせよ、楽天にせよ、今のところ出版社が出版権を持っている書籍を販売しているが、いったんオンラインモールが書籍のマーケットとして定着してしまえば、作家が出版社を経由せずに、直接オンラインモールで電子書籍を販売することができるようになる(アマゾンは、既に行っている)。そうなれば、消費者は今よりも安い価格で書籍を手に入れ、作家は今よりも高い印税を手に入れることができるようになる。
ちなみに、現在の日本の紙の書籍の本体価格の内訳は、著者が受け取る印税が10%程度、本屋が20%程度、取次(出版業界の問屋)が20%程度、出版社が50%程度というのが標準的である。取次と出版社をスキップすれば、書籍の価格は大幅に下げることができる。アマゾンの Kindle ダイレクト・パブリッシングでは、著者の印税率を最高で 70% にまですることができる。これだけ印税率が高いなら、書籍の単価を大幅に引き上げても、著者が困ることはない。こうしたダイレクト・パブリッシングを受け入れるかどうかは、著者や読者といった個人の利益と出版社や取次といった業界団体の利益のどちらを重視するかにかかっている。米国では前者の利益が重視され、日本では、再版制の維持にも表れているように、後者の利益が重視されている。日本は、もっと前者の利益を重視するべきではないだろうか。
私は、「電子出版によって中抜きが進んでも、コンテンツの管理を専門的に請け負う企業は依然として必要である」と書いたが、その企業は、出版社である必要はない。特にアマゾンのように、独自のフォーマットで販売しているようなところは、フォーマットの変更に伴うコンバージョンは、アマゾン自身がするべきであろう。著者が複数のモールで電子書籍を販売している場合、海賊版対策を自分でしなければならず、たいへんだから、出版社は必要であると考える人もいるかもしれない。事実、文化審議会の小委員会は、海賊版対策として、出版社に電子出版権を付与する方針を打ち出している。しかし、既に書いたように、不正コピー問題は、定額式超流通によって解消することができる。このシステムは、電子書籍を買うたびに決裁の手続きをするという煩わしさから読者を解放するというメリットもある。リンク先の提案は、1999年にウェブを普及させるための提案として書いたものだが、ウェブが普及した今日、電子書籍、あるいはデジタルコンテンツ一般の普及策として今でも有効だと思う。
2. 著者の知名度によるチャンスの格差
勝間和代が、電子書籍の市場では、有名人にも無名人にもチャンスは平等に与えられていると言っている。
これまで、紙の書籍では、物理的なもの――露出させるための書店の棚、形にしてくれる出版社が希少とされ、それをうまく獲得できた人が勝者になった。言い換えれば、出版社の影響も大きく、むしろ、出版社がベストセラーを作ってきた、とも言える。
しかし、電子書籍では構造が違う、と勝間氏。「希少なのは物理的な場所ではなく、読者の時間。人が持っている時間は等しいから、可処分時間が限られている。読むための時間をどれだけ自分に割いてくれるか、それの取り合いになる。そして、ベストセラーを作るのも読者である。その点で言えば、電子書籍の個人出版をする人たちは、みな対等である」と話す。
勝間氏やいしたに氏のように影響力がなければ売れないのでは? との疑問に対しても「面白ければ売れる。面白くなければ売れない。以上!」と勝間氏は断言。なぜ影響力が関係ないかの理由として、どれほどブログに影響力があり、ページビューがあるとしても、Amazonのページビューには叶うはずがなく、それだけ集客のある大きな市場に並んでいるという点ではそれぞれが対等な立場であると分析。[2]
たしかに、紙の本と比べれば格差は小さいと言えるのかもしれないが、完全にないとは言えない。《面白ければ読まれ、面白くなければ読まれない》という原則が最もよくあてはまるのは、無料で公開されているウェブ・コンテンツである。実際、私たちは、検索結果からページを選ぶとき、無料ゆえの気楽さから、著者が有名人かどうかといったことはほとんど考えずに、ページへのリンクをクリックしている。
有名人が書いたページの方が、そうでないページよりも検索結果が上位に表示される傾向はあるものの、検索結果はかなり民主的なプロセスによって内容本位で決まる。著者が無名人であっても、良いコンテンツを提供しているならば、その存在が SNS 等で紹介されたり、リンクされたり、フォロワーが増えたりして、読者を獲得できる。無料のウェブ・コンテンツ提供市場は、かつて存在したどのコンテンツ提供市場よりも機会均等がより良く実現されていると言うことができる。
では、有料の電子書籍の市場でも、同様に《面白ければ売れ、面白くなければ売れない》という原則が成り立つかと言えば、答えは否である。読者は、電子書籍を無料で全部読んでから購入を決めることはできない。プレビューによる立ち読み機能なら部分的に可能だろうが、それでは十分ではない。低額と言っても、有料である以上、損な買い物をしまいと読者は慎重になる。内容を見て判断できないなら、著者のブランドで判断するしかない。その結果、売り上げが著者の知名度によって左右されることになる。
私が定額式超流通を提案した理由の一つは、コピーごとに課金する方法よりも、低額の方が機会均等を実現することでき、才能のあるクリエイターたちに広く門戸を開くことで、コンテンツ市場を活性化させることができるからだ。アマゾンには、Kindle オーナーライブラリーというプログラム(Kindle 端末を持っている Amazon プライム会員が、利用期間の制限なく毎月1冊無料で読むことができ、著者には、その実績に応じて、KDP セレクトグローバル基金から分配金が支払われるというプログラム)があり、これは比較的定額式超流通に近いが、十分ではない。毎月1冊ではなくて、定額で読み放題にすれば、もっと近くなるが、すべてダウンロードして、非会員に読ませる不正行為が起きる可能性があり、アマゾン一社だけで実現することは困難である。
3. 電子書籍販売推進コンソーシアム
日本の出版関係者たちが、アマゾンに対抗するための電子書籍販売推進コンソーシアムを立ち上げたという報道があった。
紀伊国屋書店など国内の書店や楽天、ソニーなどの電子書店、日販、トーハンなど取次業者の計13社が、書店での電子書籍販売に乗り出す。書店だけで買える人気作家の電子書籍を用意する構想もあり、業界で一人勝ちを続けるアマゾンに対抗できる連合体「ジャパゾン」を目指す。
13社はこのほど、「電子書籍販売推進コンソーシアム」を設立。紀伊国屋、三省堂、有隣堂、今井書店などの「リアル書店」で、電子書籍を販売する実証実験を来春に始める。
書店の店頭に電子書籍の作品カードを並べ、店頭で決済。購入した人は、その作品カードに書いてある番号をもとに電子書籍をダウンロードする仕組みだ。
電子書籍の市場は期待ほど伸びておらず、紙の本の4%程度にとどまる。書店に配慮し、自著の電子化を許していない人気作家も多く、品ぞろえの少なさが課題になっている。
そこでコンソーシアムは、これまで培った作家と書店の信頼関係をもとに、ネットよりも書店で先行販売する電子書籍を用意する考えだ。人気作家の作品をそろえて「本屋の店頭で選んで、電子書籍を買う」形を広め、書店を守りながら電子市場の拡大も目指す。「どれくらいの作品数を独自に集められるかが決め手になる」と関係者は言う。[3]
「ジャパゾン」という言葉は朝日新聞の紙面上の記事にはない。ましてや電子書籍販売推進コンソーシアムの公称ではない。朝日新聞デジタルの記者が勝手に考えたものであろう。とはいえ、日本の出版市場で急速に台頭しつつあるアマゾンに対抗しようという意図があることは確かだ。もっとも「これまで培った作家と書店の信頼関係」という日本的な村の論理でグローバル企業に立ち向かおうとしている段階で、企画内容のお粗末さは言わずもがな、既に期待の持てない事業である。
この記事を読むと、電子書籍販売推進コンソーシアムは民間企業が自主的に結成したという印象を読者は受けるかもしれないが、そうではない。日本書店商業組合連合会、日本出版取次協会、日本雑誌協会、日本書籍出版協会、日本図書館協会が設立した社団法人である日本出版インフラセンターがリアル書店での電子書籍販売環境整備というプロジェクトを構想し、その実証実験を行うために作られたのが、電子書籍販売推進コンソーシアムなのである。その背後でこの事業を推進しているのは「電子出版と紙の出版物のシナジーによる書店活性化 」を謳う経済産業省である。
日本出版インフラセンターの設立母体を見ればわかるように、電子書籍販売推進コンソーシアムは、電子書籍の販売を推進するコンソーシアムというよりも、電子書籍の普及によって利権を奪われる立場の人々が、何とか自分たちの利権を維持しようとして作った団体である。コネを利用して有名作家を囲い込み、書店に足を運ばなければ有名作家の電子書籍を買えないようにするというのだから、そこには消費者にとっての利便性の向上という観点は完全に欠落している。
電子書籍が普及すれば、電子書籍を作る作家と作家が直接出版できる電子書籍ストア(アマゾンの Kindle Direct Publishing やアップル の iBookstore など)以外は不要になる。そうなると出版社も取次もリアルの書店も役割がなくなる。大量に失業者が出るだろうが、関所に陣取って通行料をピンハネする単純労働が減ることは、社会全体にとっては人材の無駄遣いの削減につながるから好ましいことだ。職を失った人は、もっとクリエィティブで付加価値の高い仕事に従事すればよい。失業者が出ることを恐れて時代錯誤なシステムを温存することは長期的に見て労働者の利益にすらならない。
リアルの書店がなくなると、地域の文化の拠点がなくなると嘆く人もいるが、こういう関所ビジネスの擁護論は、地方に住んでいる私には偽善にしか思えない。インターネットが普及する以前、大きな書店や図書館を持つ大都市は、そうでない地方と比べて文化的に有利であった。これに対して、インターネットの普及は大都市と地方との間にあった文化的格差を縮小した。もしも将来すべての公開情報がネット上で流通するようになるなら、書店も図書館も不要になる(古文書を保管する場所は必要だが)。
書店の店頭に並べられた電子書籍の作品カードに書いてある番号をもとに電子書籍をダウンロードするというめんどうくさい仕組みが消費者に受け入れられないことは明らかだ。実証実験とはいってもコストはゼロではない。なぜ日本ではこのようなくだらないアイデアが採用されるのか。日本は年功序列の垂直統合型統制経済で、役所でも産業界でもネット社会に疎く、アンシャンレジュームの既得権益を守ることしか考えていない高齢者がトップに君臨して意思決定を行っているからなのだろう。
2013年の1-9月期に日本の電気製品の輸入額が輸出額を上回り、電機産業が初の貿易赤字に陥ることになりそうだ。かつて世界を制覇した日本のエレクトニクスは見る影もない。日本のエレクトニクスを主導してきたのは、年功序列システムの中で経営陣にまで上り詰めた大企業のサラリーマン役員だが、彼らはインターネット革命の意義を理解することなく、「テレビは家電の王様」だの「DVD の次はブルーレイ」だのといった古い発想に基づく惰性の経営を続け、インターネット時代の主流から取り残されることになった。これよりもたちが悪いのは官僚で、産官学一体の的外れなプロジェクトを立ち上げては失敗するという過ちを何度も繰り返している。日本は、役所を頂点とする垂直統合型のシステムを解体しなければ、グローバルなインターネット革命の時代に生き延びることはできないだろう。
4. コンビニ受け取りができるネット通販
電子書籍販売推進コンソーシアムの実証実験で思い出すのが、コンビニ受け取りができるネット通販だ。これもネット店舗とリアル店舗を融合させる試みだが、これにはメリットもある。めったに自宅にはおらず、帰宅するのはいつも深夜という独身者にとって、24時間営業のコンビニに帰宅途中で立ち寄って、注文した商品を受け取ることができるのは便利だろう。家族に買ったことが知られては困るような商品を受け取る時にもこのサービスは使える。
しかしそのようなニーズはあまりにもニッチなので、よほどの大手でなければ採算が取れない。そもそもネットで注文した商品を近くのコンビニにまで受け取りに行かなければならないのなら、ネット通販の利便性は半減するから、普通のユーザーは利用しない。セシール、インナーショップ白鳩、代官山お買い物通り、再春館製薬所、ドクターシーラボ、シュープラネット、Neowing、フルイチオンライン、ネットオフ、PCワンズ 、DMR、STDチェッカーなどの業者が、次々にこのサービスを終了させている。このサービスを継続している総合通販サイトはアマゾンだけである。
電子書籍販売推進コンソーシアムの実証実験は、物を売るわけではないから、コンビニでの受け取りにあったメリットがない。商品を受け取るために自宅にいる必要はないし、買ったことを他人に知られたくない恥ずかしい商品も誰にも知られることなくダウンロードできる(履歴を消去できる機能があれば完璧なのだが)。つまり、電子書籍販売推進コンソーシアムの実証実験は、コンビニ受け取りができるネット通販よりも成功する確率は低いということだ。
5. 電子書籍小売店の市場シェア
電子書籍小売店の市場シェアに関する正確なデータを得ることは難しい。売り上げデータを公開している小売店が少ないからだ。それでもいくつかの調査機関が、シェアの概算を出している。少し古いデータだが、Bowker が、2012年3月に世界の主要10か国のデータを集計して出した結論によると、各小売店の電子書籍市場でのシェアは、以下のグラフに示されているとおり、アップルが 52.5%、グーグルが 23.6%、アマゾンが 18.9%、コボが 4.1%、バーンズ・アンド・ノーブルが 0.9%であるのに対して、米国だけでは、アマゾンが 51%、アップルが24%、バーンズ・アンド・ノーブルが 7%、グーグルが 5%、コボが 2%とのことである。

アップルとグーグルが、世界全体ではアマゾンよりもシェアが高いのは、アップル・アイブックストアが51か国、グーグル・プレイ・ブックスが44か国で利用可能であるのに対して、アマゾンは、アメリカ、カナダ、ブラジル、メキシコ、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、スペイン、日本、中国、インド、オーストラリアの13か国でしか利用可能ではないからであろう。ちなみに、バーンズ・アンド・ノーブルは英米でしか利用可能ではないため、アメリカでのシェアが 7% であるのに対して、世界でのシェアは、たったの 0.9% しかない。
Bowker の調査の時期は古いので、現在の動向を知るには、もっと新しい時期のデータを使う必要がある。世界全体のデータは見当たらないが、アメリカだけなら、もっと新しい統計がある。例えば、2013年11月に発表された Book Industry Study Group の調査によると、米国における各小売店の電子書籍市場でのシェアは、アマゾンが 67.0%、バーンズ・アンド・ノーブルが 11.8%、アップルが 8.2%で、コボとグーグルはそれ以下である。これ以外にもいろいろな調査による推計が出されていて、アップルの Moerer は、米国で 20%のシェアがあると言っている が、かつては、24%と言っていたのだから、この一年ほどの間にアマゾンのシェアが増えたのに対して、アップルのシェアが減ったと見て間違いない。
日本に関しては、インプレスR&D が、電子書籍ストアの利用率(市場シェアとは異なるが、相関性はある統計値)に関して、以下のような2013年4月と10月を比較した調査結果を出している。
■「Kindleストア」の利用率が半数を超える
前回(2013年4月)調査で49.4%と半数近くの読者が日常的に利用していると回答したKindleストアですが、今回調査では、55.2%と5ポイント以上増加しました。日常的に電子書籍ストアを利用している人に限定すると、73.7%と圧倒的な強さを見せています。
■2位はApple iBookstore、3位は紀伊國屋書店Kinoppy
2位はApple iBookstoreで、17.5%(前回調査では15.8%)の利用率となりました。2位といっても、1位のKindleストアと比べると3分の1以下の利用率です。3位は紀伊國屋書店Kinoppyで、13.5%(前回調査では14.7%)の利用率となりました。紀伊國屋書店Kinoppyは、2011年11月の調査開始以来、はじめて利用率を減少させています。
■地道な活動が功を奏した「楽天kobo」
前回(2013年4月)調査まで、利用率が減少傾向にあった楽天koboは、今回、11.9%まで利用率を上昇させ、4位となりました。割引キャンペーンを積極的に仕掛けるなど、新規利用者獲得と既存利用者の利用率上昇を実現しています。[4]
同じ調査の一年前の概要を見てみよう。
これまでトップを守っていた「紀伊國屋書店BookWebPlus」の13.4%を大きく上回る40.0%で「Kindleストア」が首位になりました。2012年10月25日に日本でサービスを開始したばかりのKindleストアですが、短期間で多くのユーザーを獲得したことが明らかになりました。
興味深いのは、2位以下の電子書籍ストアの利用率に大きな変動がなかった点です。紀伊國屋書店BookWebPlus、Reader Store、BookLive!はそれぞれ利用率があがっています。Kindleストアの日本参入は、既存ストアのシェアを浸食せずに、新たな市場を作り上げたことになります。
一方、楽天koboは前回調査時(8.5%)から1.1ポイント減の7.4%となり、息切れ感が感じられました。電子ペーパー型の専用端末中心であること、iPhoneやiPad、Androidといった端末向けのアプリ対応が遅れたことなどが影響した結果とおもわれます。[5]
日本でも、米国と同様に、アマゾンが 40.0% → 49.4% → 55.2% と利用率を伸ばす傾向が見て取れるが、他方で、米国とは異なり、アップルが比較的高い利用率を維持している。これは、日本では、iOS 端末の所有者が多いという事実と無関係ではない。
かつてスティーブ・ジョブズがまだ生きていた頃、スマートフォンでもタブレットでも、iPhone や iPad といった iOS 端末がトップのシェアを誇っていた。ところが、その後、安価で多様な機種がそろったアンドロイド搭載機がシェアを伸ばし、今では、アップル系端末はもはや世界の主流ではなくなった。IT 関連の調査会社 Gartner が、2013年の OS 別市場シェアを調査したところ、スマートフォンでは、Android が 82%、iOS は12%で、タブレットでは、Android が 61.8%、iOS が 36% で、いずれにおいても、iOS は Android に大きく水をあけられている。これに対して、日本では、スマートフォンにおける iOS 比率は 69.1%と圧倒的で、タブレットでも、iOS が 46%で、Android の 43% よりわずかに上回っている。
アマゾン kindle も、楽天 kobo も、グーグル play books も、Android/iOS といった端末の種類を問わずに、電子書籍が読めるようにしているが、アップルの iBookstore は、iOS でないと読めないようになっている(さらに付け加えると、iBookstore では、Mac がないと出版もできない)。だから、アップルの iBookstore は、アップルのハードウェアと運命共同体を形成しており、iOS のシェアが下がれば、当然のことながら、アップルの iBookstore のシェアも下がる。アップルはなぜこのような非開放的な方針を採っているのだろうか。
アマゾンとアップルは、電子書籍市場の双璧だが、両者の戦略は根本的に違う。アマゾンが電子書籍販売を増やすために電子書籍端末の販売を行っているのに対して、アップルは電子書籍端末の販売を増やすために電子書籍の販売を行っている。アマゾンが、アップルの iPad よりもはるかに安いキンドル用タブレットを販売しているのは、ハードウェアの販売事業が赤字でも、電子書籍市場でそれ以上の利益を上げることができればよいからだ。他方で、アップルにとって利益の源泉は、ハードウェアであり、iBookstore での電子書籍販売事業は、自社のハードウェアの価値を高めるために行われていると考えられる。アマゾンが無料書籍を置くことに制限を課しているのに対して、アップルは、無料書籍の販売(というかダウンロード)を許可しているのもこのために違いない。
安価で比較的質の高いアンドロイド系の携帯端末が普及したことで、アップルのハードウェアだけでなく、アマゾンのハードウェアも売れなくなってきているが、これはアマゾンにとっては、決して打撃にはならない。キンドルの電子書籍が読める端末が普及するなら、そのメーカーがどこかはどうでもよいのである。しかし、ハードウェアの売り上げで高い利益を得ているアップルにとっては深刻な問題である。
もっともアップルは、売り上げ自体が伸びているので、あまり危機感を持っていないのかもしれない。ただその伸びは、市場全体の伸びよりも低いので、シェアは下がってしまう。そして、シェアの低下は、電子書籍小売業にとっては逆風となる。というのも、DRM のおかげで、電子小売店では、シェアが大きくなれば、さらに大きくなり、逆に小さくなればさらに小さくなるというポジティブ・フィードバックが働くからである。
DRM とは、デジタル著作権管理(Digital Rights Management)のことで、電子コンテンツの違法コピーを防ぐための技術として導入された。DRM によって保護されているコンテンツは、コンテンツを提供するメディアから再生することのみが許されるので、結果として、特定メディアへの依存を高めてしまう。電子書籍のばあい、販売する電子小売店ごとに DRM の手法が異なるため、その小売店の端末やアプリ以外で電子書籍が読めないようになっている。つまり、電子小売店がサービスを停止したら、買った本が読めなくなってしまうということである。これでは困るので、消費者はできるだけサービスが停止になりそうにない大手の小売店で電子書籍を買おうとするようになる。だから、大きいところはますます大きくなり、小さいところはますます小さくなるのである。
このように、ポジティブ・フィードバックが働く場合、ある基準がデ・ファクト・スタンダードとなると、それによって市場がロックインされ、勝者総取り(Winner-take-all)になってしまう。アマゾンが、採算を度外視してでも、独自規格の電子書籍の販売を伸ばそうとあらゆる手段を講じている のは、最大の市場シェアをとることの重要性を熟知しているからなのだろう。
電子書籍のハードウェアに対する依存度を高めることでハードウェアの売り上げを伸ばすというアップルの戦略は、ハードウェアのシェアが伸びている間はうまくいく。しかし、ハードウェアのシェアが下がると、電子書籍販売市場でのシェアも下がり、ハードウェアを買う動機にならなくなってしまうという悪循環が生じてしまう。この悪循環から抜け出すには、 iTunes がそうしたように、iBookstore をどの端末からでも利用できるようにすればよい。もしも iTunes がウィンドウズ・パソコンで使えなかったら、あれほど成功することはなかっただろう。アップルは、また、音楽を DRM-free で提供することにも努力した。iTunes は、アンドロイドでも使える。iTunes でやったことを iBookstore でもぜひやってほしいものだ。
DRM に関しては、著作権保有者の意識改革も必要である。実は、アマゾン・キンドル・ストアでも、アップル・アイブックストアでも、グーグル・プレイ・ブックスでも、楽天コボ・イーブックストアでも、著者が選択するなら、自分の本を DRM-free にすることができる。そもそも、キンドルやコボの場合、特殊なソフトを使って、DRM を解除することができるので、DRM で保護することにはあまり意味がない。DRM-free なら、たんに合法的な私的複製ができるのみならず、他のフォーマットへの変換もできるので、消費者は、小売店がサービスを終了することを恐れることなく、一生にわたって購入した電子書籍を所有し続けることができる。だから、消費者にも、DRM-free の本を意識的に選択するなど、作家に DRM-free を促す行動をとることが必要だ。
紀伊國屋書店の Kinoppy をはじめとして、日本の従来からある電子書籍小売店は、紙の本の電子版を売っているだけだが、アマゾン・キンドル・ストア、アップル・アイブックストア、グーグル・プレイ・ブックス、楽天コボ・イーブックストアは、いずれも作家による直接出版を認めており、紙の本としては出版されていない本も扱っている。紙の本の電子版しか取り扱わないのなら、衰退する一方の紙の本と運命を共にすることになるだろう。米国では、直接出版の本がベストセラーになるなどの現象のおかげで、かつてインディーに持たれていた偏見が薄らぎつつある。良い本かどうかを出版社や編集者が決める時代から、消費者が直接決める時代になりつつあるということに、従来からある電子書籍小売店は気が付いた方がよい。
6. コロナ禍が電子書籍の普及を加速化
公益社団法人全国出版協会・出版科学研究所は、『出版月報』の2021年1月号で、昨年の出版市場規模を発表した。紙媒体の売り上げが例年通り低下する中、電子出版市場の推定販売金額が28.0%増と大きく伸び、トータルでは、前年比4.8%増のプラス成長となった。これだけ大きく成長した背景には、コロナ禍で巣籠り需要が大きくなったことがあると言えそうだ。それまで電子書籍化を拒否していた有名作家も、コロナで書店が閉店となる中、電子書籍化に踏み切ったことなども要因とされている。
以下は、ジャンル別の売上高の明細である。電子雑誌は、2017年をピークに、売り上げが減っている。定額制読み放題サービスも不調である。ネット上に大量にある無料のウェブ記事がライバルとなるため、電子雑誌の売り上げは厳しいようだ。

これに対して、電子書籍と電子コミックは、単行本レベルのコンテンツがネット上にあまり無料で存在しないこともあって、強い競争力を持ち、順調に売り上げを伸ばしている。なお、このデータには、出版社を媒介しない自己出版の売り上げは含まれていない。最大手のアマゾンが自己出版の売り上げを公開していないので、実態は不明だが、それを加えるなら、電子書籍の売り上げは、このデータ以上に伸びているはずだ。
2013年の最初の投稿では、電子書籍元年が三つもあることを皮肉交じりに書いたが、今、振り返ってみると、三回目の電子書籍元年は本物になったということができる。コロナ禍が終わっても、電子書籍市場の成長は今後とも続くだろう。キンドルは文字通り電子書籍普及の「火付け役」になったということだ。やはり、世界最大の本の小売りが、紙の本と並行して電子書籍を販売したことは効果的だった。紙の本を検索する読者が、それよりも安い電子書籍のバージョンがあることを教えられると、試してみようという気になるものだ。もちろん、アマゾンによる一社独占は好ましくないので、他のオンライン小売にも頑張ってもらいたい。
7. 参照情報
- 大坪ケムタ『少年ジャンプが1000円になる日~出版不況とWeb漫画の台頭~』コアマガジン (2018/1/26).
- 和田稔『本好きのためのAmazon Kindle 読書術: 電子書籍の特性を活かして可処分時間を増やそう!』金風舎 (2019/11/29).
- Ray『Kindle電子書籍出版 完全攻略マニュアル: 毎月5万円以上の収入アップを実現させるKindle出版ノウハウを公開!』2019/11/25.
- ↑ここでの議論は、システム論フォーラムの「どうすれば電子書籍は普及するのか」からの転載です。
- ↑渡辺まりか「ブロガーにこそ勧めたい:「個人出版」を語り尽くした、勝間×いしたにトークイベント」『ITmedia』2013年06月03日.
- ↑“対アマゾン、電子書籍で連携 書店や楽天など13社、めざせ「ジャパゾン」“『朝日新聞』2013年12月22日.
- ↑「電子書籍ストア利用動向調査」『インプレス R&D』2013年12月19日.
- ↑「電子書籍ストア利用動向調査」『インプレス R&D』2012年12月18日.
ディスカッション
コメント一覧
こんにちは。
2019年あたりにアマゾンが「買いきり方式」で一人勝ちの状況になっていますが、出版社が生き残るには、具体的にどうすればよいと思いますか。
たとえば漫画本など、2015年くらいまでは期間限定で無料でまるごと読めるオンライン書店サイトがありましたが、今はもうほとんどなく、無料で読める本のバリエーションに乏しいです。
私が考えているのは、出版社のオンライン書籍ホームページに「売れ本」の一巻だけまるまる無料で読めて、二巻以降は料金(月払い)がかかり、無料で読むには会員登録が必要で、登録費(メンバー参加費)として初回の登録時に料金を払う代わりに、タダで読める。その会員登録をすると書籍以外にもさまざまなコンテンツやイベント情報などを得ることができたり、というシステムです。
有名な本とマイナーな本では読みたいと思う潜在的読者数に開きがある上に、「売れてる有名な本」というのは売れるだけのクオリティが高いことが多いので、一巻を読んだら続きの二巻も読みたいと思って、会員登録するのではと思います。また、初回に登録費を払うことで、元をとろうとしてオンライン書籍を利用するのではと思います。
また、素人が出版社の公式オンラインで漫画や小説、詩などを気軽に投稿でき、一番人気の漫画や小説を紙の本化はもちろん、漫画家や作家としてデビュー(その出版社で契約)できるみたいな素人育成システムを考えています。
稚拙な意見ですが、何かフィードバックを貰えれば有りがたいです。
むしろ直接出版できる時代に、なぜ出版社が生き残らなければならないのでしょうか。おそらく、マツモトリサさんが求めているのは、出版社ではなくて電子書籍出版プラットフォームでしょう。両者は、前者が独占的な出版権を持つのに対して、後者はそうではないという点で異なります。
シリーズの最初だけを無料にするというのは、個別販売でもよく行われていることです。マツモトリサさんが考えているのは、サブスクリプション・サービスのようですが、それなら、すでに Amazon Kindle Unlimited や Scribd が提供しています。国内でも漫画のサブスクリプション・サービスを提供している会社はたくさんあります。“漫画 サブスクリプション”で検索してください。
なぜ素人を育成するのが出版社でなければならないのですか。電子書籍の作り方など、少し勉強すればわかることだし、面倒というのなら、出版を手伝ってくれるプラットフォームもあります。私は必要とは思いませんが、どうしても紙の本を出版したいのであるなら、プリント・オンデマンド・サービスを使えばよいでしょう。
紙の本は衰退していくと思いますが、例えば電車では片手の縦画面(720×1280)でオンライン版ニュースを読んだりゲームするのに使えるスマホがいいけど、家ではじっくりpc画面でみたいとか、目が疲れたり肌荒れして長時間スマホを見たくない人にとっては、縦サイズのコンテンツが必ずしも見やすいかはわからないです。おそらく、横長のサイズで読みたいはずです。また、デバイスの環境に大きく左右されるので、本当はデジタルでしかできないコンテンツを作りつつ、紙の書籍も出版し、デジタルの短所を補う必要があります。このように、電子書籍が紙にとって代わるのではなく、むしろ電子書籍と紙は「相補関係にある」というのが私の考えです。
これはアフターコロナを見据えての予想ですが(私は出版業界の人間ではなく、大学生です。)、出版業界の今後の未来予想図となぜ出版社(コミック部門をもつ所に限りますが)が新人育成の場でなければならないのかについて・出版社は雑誌からマンガ等のコンテンツプロデュースにリソースを集中せざるを得ないだろう・マンガ雑誌に代わって新人発掘、育成、プロモートする方法が重要になってくるという2点です。
具体的には
①出版社はマンガを中心としたコンテンツプロデュース会社へと強力にシフトしていき、メディア=雑誌としての役割はどんどん失われていく
②マンガ雑誌に代わる新たな新人発掘・育成・プロモート手段の確保が必要
既に進んでいたデジタルシフト
エンタメ業界全般でコロナによって何が起きたかをざっくり言ってしまうとデジタルシフトの急加速です。レンタル店ではなく配信で、ライブハウスではなくYoutubeで、そして本屋ではなく電子書籍で。こういった旧来から進んでいたデジタルシフトがStay Homeにより加速しました。
一方、コロナで子供が自宅待機やリモート授業を余儀なくされたこと、主婦層がリモート出勤になり子供との共有時間が多くなったこともあって、絵本や学参の売上は延びているので、「だからコロナによって紙の本は死滅し、完全デジタルへ切り替わるのだ!」と言ってしまうのは早とちりかもしれません。
大体売上表をみればわかることですがまず、そもそもマンガに関して言えば2016年⇒17で120%、17⇒18で115%、18⇒19で130%成長と、ここ数年非常に高い割合で電子の売上を伸ばしてきています。デジタルシフトは既に急加速していたと言えるんですよね。出版市場規模としては右肩下がり(2019年はコミック『鬼滅の刃』が大ヒットもあって微増)ですが、紙書籍+電子コミック+電子書籍の総数は少しずつ右肩上がりしています。
一方、所謂「雑誌」は電子を足しても右肩下がりです。というより、紙の落ち込み分を電子雑誌で補填できていない。雑誌は電子でのマネタイズが難しいんですね。
まとめますと
・マンガなどIPコンテンツは既にデジタル対応を進めていて、紙の落ち込みを電子が補填できている
・雑誌は電子ビジネスが難しく苦戦している
・書店はそもそもずっと減少傾向にあり、エンタメ需要が増していることもあって、大ダメージは無さそう
・電子書店は大活況
この前提から、出版業界の未来予想図を立ててみます。
①出版社はマンガを中心としたコンテンツプロデュース会社へと強力にシフトしていき、メディア=雑誌としての役割はどんどん失われていく
少人数かつリモートで作ることができるマンガなどの出版コンテンツはデジタル化にも成功しており、今後も一定のスピードでデジタルの割合を増やしながら、紙も持ちこたえて成長していくと思います。
一方、雑誌は中々維持するのも難しい局面がやってくるのではないでしょうか。
雑誌は10年以上前から大幅な右肩下がりを続けているわけですが、落ち込みをデジタルでカバーできるマンガと異なり、雑誌は現状デジタルでは売上をカバーできそうにありません。
基本的に映像・音楽・出版問わずコンテンツビジネスがデジタル化される時は都度課金型⇒サブスクと移行します。映像・音楽は既にサブスクが主戦場に移ってますが、マンガ・書籍はサブスクを解禁せずに都度課金で踏みとどまってますね(ちなみにアダルトもFANZAの頑張りで都度課金を維持してますが、最近H-NEXTが強烈にサブスクへの移行を促してますね。 この辺はまた追々)
雑誌に関しては既に月額読み放題が解禁されていて、多くの雑誌がAmazon Prime、dマガジン、楽天マガジンなどで読めますが、中々紙の売上をカバーする成長が見られません。こうなってくると、出版社としてはデジタルシフトが可能な出版コンテンツにリソースを集中し、雑誌を縮小していくしかないでしょう。そもそもこの流れは今に始まったことじゃないとは思いますが、今後はよりはっきりと雑誌縮小の流れが具体化していくと思います。
で、ここからが本題ですが、
②マンガ雑誌に代わる新たな新人発掘・育成・プロモート手段の確保が必要
①で「雑誌はきついけどマンガは大丈夫」と書きましたが、「マンガ雑誌」はキツイと読んでいます。では、マンガ雑誌が落ち込むと何が起きるのか。仮にジャンプが無くなっても、毎週という形ではなくなるかもしれませんがワンピースもチェンソーマンも読めますし、何ならハンターハンターが好きな人はほぼ単行本待ちですよね。でも、ジャンプが無いとタイムパラドクスゴーストライターやボーンコレクションが世に出ることはなかったかもしれない…または、少なくともジャンプに載っているよりは読者と出会いにくかったかもしれない。そう、マンガ雑誌の役割って新人発掘・育成・プロモートにあるんですね。
新人の作品を、既に人気のある有名な作品と抱き合わせで雑誌掲載することで、以下のような役割をマンガ雑誌は帯びていると考えています。
・新人の作品を多くの読者に見せる、プラットフォームとしての役割
・雑誌の売上を原資に、新人に原稿料を拠出するファイナンスの役割
・マンガ雑誌のブランドを冠することで『この漫画は面白い』と思わせるプロモーションの役割
逆に言うと、マンガ雑誌が無ければ新人は自分で生活の面倒を見て、自分で読者を確保し、自分で人気を獲得するしかなくなります。それができる人は現に今例えばTwitterマンガという形で実際に人気が出て、後から出版社で単行本化してますよね。
Twitterで人気が出た四コマ漫画『100日後に死ぬワニ』も、結局は電通と組んでたわけで(最初から電通が仕掛けたものなのか、Twitterでのヒットに目をつけた電通が途中からプロモ料を支払って契約したのかいちいち調べてないので分かりませんが)ネットに何のコネもない素人が『なろう小説』的な新人サイトで作品を出したところでお金以前に「誰にも見てもらえない」ですよ。そういうサイトは、すでに上位の固定作家や、プロ作家が兼業的に活動して人気を占めているので、素人が入っていったところで誰にも見てもらえず埋もれるだけです。ましてや、個人サイトやpixivの落書きなんて、誰もみない。
ジャンプの漫画『鬼滅』は作品が終わっても売れまくってますけど、はっきり言ってあれはアニメ効果です。原作はつまらないし絵も下手くそで、あれが個人サイトとか最初からセルフプロモーションの電子書籍とか、中小マンガ会社だったら誰にも見てもらえず5巻で打ち切りレベルでしょう。
集英社という大手の助けがあったから何とかなって、集英社だからこそ、アニメにufotableという高クオリティーの作画提供にこぎつけることができた。
出版社というのは、クリエイターのとても世に出せない下手くそな作品でさえもプロモーションやブーム作りによって見違えるものにブラッシュアップし、その上、印税(法人化していれば法人税)という形で換金してくれる育て屋のような存在です。ある意味、出版社は広告代理店です。
(ちなみに、2020年5月時点での『鬼滅』20巻の初版が280万部、電子版含めシリーズ累計6000万部です。印税は作者の取り分が10%なので鬼滅は一冊460円は46円、6000万部だと27億6000万です。これに原稿料やグッズ、権利関係を入れるとそれ以上ですね)
おそらく、集英社はナルトや銀魂という看板作品を失い、ハンターハンターも不定期連載なので、安定した読者層を得ている作品がワンピースのみの苦境に立たされているからこそ、『鬼滅』にあそこまで注力したのでしょう。同じくナルト作者の作品『サムライ8』は集英社が他作品にも宣伝を入れるなどしつこいくらいのプロモにもかかわらず、内容が支離滅裂、作者の言いたいことがわからないまま打ち切りになりました。『サムライ8』の場合、作者が編集をつかせずアドバイスなしで独力で構想・展開をしたために、風呂敷を広げすぎて作品がひとりよがりになってしまったのでしょう。
その点でも、豊富な知見をもつ編集者のアドバイスや修正、台詞の選び方などはクリエイターが面白くて売れる作品をつくるには必要不可欠なものだと思います。
もちろんジャンプが無くなることはないでしょうし、何事も極論がいきなり訪れるとは思いません。が、今後こういった紙のマンガ雑誌が帯びていた役割が別の主体に転嫁されていく流れは間違いないでしょう。
個人的には、コミック部門のある出版社の話になりますが、自粛中にリモート授業などでインターネット環境が整備された家庭が増えているので、webサイトを見る機会が増えるんじゃないでしょうか。webサイトに掲載されてる情報が淡白であっさりとした出版社、結構多いです。webサイトの情報を充実させれば、購買を後押しできるようなチャンスが広がるのではないでしょうか。
また、デジタルコンテンツに関しては出版社や取次・書店ではない所が急成長してますが例えばスマホゲームにコンテンツのライツを提供するのでなく、自前でゲームやプラットフォームを立ち上げるなど、選択肢はたくさんあると思います。今ゲーム業界の大御所であるゲームフリークだって、元々はゲーム系の同人誌サークルでした。当時の同人誌メンバーだった増田順一さんや杉森建さんがゲームの自主制作を始めてゲーム制作会社の形になったので、このご時世、出版社だから本のことしか出来ないということはないでしょう。今だったらCGクリエイターやグラフィックデザイナー、プログラマたくさん余ってますし、低賃金で働くより有名な出版社でゲームクリエイター枠で働けるなら喜んで引き受けると思います。
具体的には以下のようなことが起きる・求められると思います。
・電子書籍サイトが出版社と組んでオリジナルレーベルを出し、原稿料を出すケースが増える
・出版社外の主体(Netflixや、サイバーエージェントなど)が原稿料を負担して作品を連載し、メディアミックスやマーチャン(グッズ化など)の権利をもらうケースが増加する
・出版社がジャンプ+、マンガワンなどの新作マンガ無料掲載アプリにより注力していく
・アルのようなマンガマーケティングサービスが重宝される
・原稿料を負担しなくてもいい兼業作家が重宝され、増える
・セルフプロデュースができ、自力でSNSなどで人気を獲得できる作家が求められる(結局は自ら大きい会社とタイアップできたり、オファーがもらえるようなコネが大事)
以上です。
これまで出版社は漫画家に対し「あなたの生活の面倒もマンガ売るための努力も全部こっちでやりますから、安心して私たちに作品を預けてください。その分創作活動に集中してください」というオファーをしていたのが、これから漫画家は自分で生活の面倒をみて、自分で売っていくことが必要なケースが増えていくと共に、出版社もデジタル化の努力を続けていかないと作家を繋ぎ留められないでしょう、という話でした。
あと、補足ですが「なろう小説」のように誰でも自作の作品を投稿できるサイトがあり、例えばラノベやアニメ化した「魔法科高校の劣等生」など、そういう無料で誰でも閲覧・投稿できるサイトから連載がスタートして人気を博してアニメ化しましたが、誰でも投稿可ということは、要するに名が知れたプロでも投稿できるということで、技術もストーリーも凡人のアマでは太刀打ちできない、ということです。
誰でも投稿できるというと、小説家をなんとなく志望している人や趣味レベルのアマチュアの印象が強いですが、実態は全く逆で、プロがアマをぶったぎる場所です。同じ状況にあるのが無料ゲーム界で、作ったゲームを誰でも投稿できるサイトがいくつかあります。しかも、ストーリー性のあるゲームならば、物語構築に加えて(制作ツールを使うにしても)最低限のプログラミング能力も要求されます。完成したアマチュアゲームは9割が駄作とされますが、プログラミングに魅力的なストーリー展開、キャラクターデザインなど完成させた時点で、プロです。無料ゲームとは、一般個人や同人サークルが自らつくった作品を無料で公開したゲームのことです。小説にせよ漫画にせよゲームにせよ、「誰でも作品を投稿できる」とは「作品を最後まで完成させられる人の誰でも」の略なので、そのなかで売れるとなると既に作品制作関連の仕事をもらっているプロが殆どということです。連載漫画や小説の一話だけなら誰でも投稿できます。つまり、100話のはずが1話だけだけ放置されてるという状況です。
だから素人が素人投稿サイトで多くの人に作品を享受してもらうことができる、というのは間違いです。
あと、電子での直接出版では知名度がないかぎり見向きもされないです。趣味で売ってるなら別ですが、お金にはならない。素人が直接出版で儲けるなら出版社という大きな看板がない分、やはりsnsで宣伝してくれる顧客を集めるしかないでしょう。ゼロからやって自力でいろいろ頑張った結果、時間と費用だけかかって誰も見てくれないではむなしいですから。
その分、出版社の編集がいればクリエイターは作品だけに注力できる、という出版社擁護になってしまいましたが「素人が直接本を売れる」とはいえ、そこに何らかのフィードバックや見返りを求める場合は、やはり個人出版は適さないと思いますね。
電子書籍は、基本的にタブレットで読むべきコンテンツです。
もしも出版社がなければ、漫画家はプロとして成功できないと思っているのなら、まずは、佐藤秀峰さんの以下の記事をお読みください。
PS. 文中で改行しないでください。改行は自動的に行われます。
出版科学研究所によると、2019年の紙と電子を合算した出版市場(推定販売金額)は、前年比0.2%増で、合算を始めた2014年以降初めて前年を上回りました。紙媒体の出版市場は、1997年以降右肩下がりで縮小しているけれども、電子書籍の市場が成長しているので、出版社の未来は明るいと思われていますが、はたしてそうでしょうか。
伝統的な出版業界の流通経路は《著者→出版社→取次→書店》です。電子書籍もこの経路で出版されることがありますが、著者が、出版社や取次を中抜きして、容易にオンライン書店で直接出版できるという点で、プリント・オン・デマンドではない紙の本の出版とは異なります。個人による直接出版を認めないオンライン書店もありますが、アマゾン、楽天、アップル、グーグルといった主要オンライン書店では可能です。
このため、多くの伝統的な出版社は、自分たちの存在意義がなくなりかねない電子書籍の出版に積極的に取り組もうとはしません。この傾向は米国で特に顕著です。伝統的な出版社は、電子書籍に紙の本と同じような(場合によってはより高い)価格を設定し、紙の本が売れなくなることを阻止しようとしています。その結果、AAP(Association of American Publishers)Statshots や NPD PubTrack によると、米国での電子書籍の売り上げは減少しています。
しばしば、AAPやPubTrackのデータを引用して、電子書籍に未来はないと言う人がいますが、AAPやPubTrackは、伝統的な出版社の報告をもとにデータを作成しており、そこにはすべての電子書籍の売り上げが反映されていません。Bookstat.comによると、AAPやPubTrackのデータは、すべての電子書籍の売り上げの37%を無視しています。その売り上げの大部分は、出版社を経ない直接出版によるもので、こちらの売り上げは急速に伸びています。ベストセラーにも自己出版の本が多くランクインするようになりました。米国では、紙離れだけでなく、出版社離れも起きているということです。
米国では、ビッグ・ファイブと呼ばれる大手五社(Penguin Random House, HarperCollins, Macmillan, Hachette Book Group, Simon & Schuster)が市場の六割を寡占しているのですが、彼らは、アマゾンのサブスクリプション・サービス、Kindle Unlimited には参加していません。サブスクリプション・サービスは、音楽や映画では大手も参入していますが、電子書籍ではそうではありません。
ビッグ・ファイブがオンライン出版に消極的であるのは、日本の民放キー局五社がインターネット配信に消極的であるのと似ています。地上波テレビは、NHKと民放キー局五社が完全に寡占しており、彼らにとっては現状維持が一番望ましい。アナログからデジタルへと時代の流れが変わる中でも、彼らはネット時代の到来に抵抗し、ネットと互換性のない地上デジタルテレビ放送を新たに始め、そこで寡占権益を維持しようとしました。
それでもテレビの衰退には歯止めがかからず、そのため、現在ではNHKが先頭を切る形でネット配信を行う方針に転換しているようですが、在京キー局によるネット同時配信は、系列局の利益に反します。ビッグ・ファイブも、オンライン出版に力を入れることは、取引先のオフライン書店の利益に反するので、積極的に推進できません。しかし、アンシャン・レジームに既得権益を持つエスタブリッシュメントがどれほど抵抗しても、時代の流れには勝てません。ビッグ・ファイブの業績もジリ貧状態になっています。
米国と比べると、日本の出版社はオンライン出版に積極的に取り組んでいるように見えます。また、日本は文化的に個人の自立が弱く、米国ほど自己出版は盛んではありません。それでも、日本のテレビ業界で起きている現象を見ていると、将来、日本でも出版社の役割は小さくなるという気がします。
かつて作家が広く世に出ようとするなら出版社から作品を出す必要があったように、芸能人が有名になろうとするなら芸能事務所(プロダクション)に所属する必要がありました。芸能人が事務所から独立しようとすると、仕事を干され、テレビに出演できなくなるなど、かつての事務所は芸能人に対して生殺与奪の権力を持っていました。
しかし、テレビの衰退とともに、芸能事務所の力も落ちてきました。2019年に吉本興業所属の芸能人が闇営業をしていたことが発覚し、反社会的勢力から金をもらっていたことが問題となりましたが、この事件で明らかになったことは、闇営業しないとやっていけないほど芸能人は事務所から搾取されているということです。最近では、芸能人がユーチューブでチャンネルを開設するなど、テレビ離れと同時に事務所離れも起きています。
テレビからネットに動画視聴の場の主流が移っても、UUUMやVAZといったネット芸人専門の事務所が従来の事務所と同じ働きをすると思うかもしれません。しかし、オンライン動画では、テレビと違って、事務所に所属しないと仕事ができないということはありません。UUUMでも、VAZでも、所属芸人の脱退が相次いでいます。収入の20~30%を取られてまで事務所に所属する価値がないと判断したからなのでしょう。
作家が出版社から紙の本を出した時の印税は、10%程度が相場です。電子書籍の場合も大して変わりません。しかし、電子書籍の自己出版だと、印税は35-70%になります。印税が増えるなら、それを使って、出版社が行っていた仕事を、フリーランスの編集者やイラストレーターやPR会社に外注することもできます。実際、米国の売れている自己出版作家の中には、そうしたアウトソーシングをすることで、出版社のサポートの代替を行っている人もいます。おそらく電子出版時代の出版社は、UUUMやVAZと同じようになると予想されます。
私は、情報革命はたんなる情報技術革新以上の社会的な構造変化をもたらす革命であると見ています。情報革命の時代において重要なことは個の自立です。会社に人生を全て委ねる昭和時代のサラリーマンの生き方が時代遅れになっているように、出版社にすべてを委ねる作家とか事務所にすべてを委ねる芸能人とかは時代遅れの存在となるでしょう。
永井俊哉さん
丁寧に解説してくださりありがとうございます。確かに、電子書籍における中抜きは言われていることですね。また、自己出版の場合だと印税率が上がることは知っていましたが、PR等を専門の人にアウトソーシングできる点は出版社の紐付きにはない利点だと思います。
ただ、ひとつ懸念するのは2023年に開始される予定の「インボイス制度」についてです。「予定」なので実施は不確定ですが、この制度は軽減税率に伴い、仕入税額控除に条件がつきました。(なので、私は増税→軽減税率→インボイス制度のコンボで何とか因果関係を与えて税を集めようという意図の元での一連の税収政策の途上にあると見ています。)インボイス制度だと、控除の条件が「課税売上1000万以上の人」なので、年間売上1000万円以下のフリーランスは証明書が発行できず納税しなければならないだけでなく、節税効果のある課税事業者に仕事が流れていってしまい、結果として収入が下がります。また、仕入税額控除を受けられないことによる損失を補填するために、発注者側が報酬から消費税を差し引いた「値下げ価格」での受注を最初から提示する(要求はできないけども)ことも可能性としてあると思います。
つまり、直接値下げを要求することは法に抵触するのでできないけれども、消費税がなくても仕事がほしいフリーランス側から自発的に値下げ受注を受け入れさせることは考えられます。課税所得者にならないかぎり、報酬を値下げしなければ仕事ができなくなるのではと思います。課税売上1000万以上になったとしても、他の税金が免除になるどころかむしろ負担は増えるので、メリットだけを考えると難しいですが、自費で全てをこなす以外はフリーランスの方が効率的だと思います。フリーランスはこのような制度が考えられるほど、クリエイティブ業界の「穴」だったのではと思います。
インボイス制度で影響を受けるのは、消費税を課しながら、自分のものにしている免税事業者で、アマゾンのような小売業者を通して電子書籍を出版している著者は、消費税を小売業者に課していないので、影響を受けません。
税制上注意しなければならないのは、アマゾンのような米国企業で電子書籍を販売する時に起きる二重課税です。米国の所得税の源泉徴収を回避するためには、雇用主識別番号(Employer Identification Number:略して、EIN)または個人納税者識別番号(Individual Taxpayer Identification Number:略して、ITIN)を取得し、受益者海外在住証明書(Certificate of Foreign Status of Beneficial Owner for United States Tax Withholding:略して、W-8BEN)をアマゾンのような小売業者に提出して、租税条約上の優遇措置を受けなければなりません。
これは、最初のうちは事務作業的に結構大変ですが、慣れればどうということはありません。